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こんな良い女、現実にいるわけがない  ―詰んだ中年男が「取りに行かない恋」で人生をやり直すまで  作者: 早乙女リク


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第15話 動かない人の前で、動かないこと (里緒視点)

 神崎から連絡が来ないことを、

 私は予想していた。


 驚きはない。

 落胆も、ほとんどない。


 むしろ、

 その沈黙が

 彼らしいと思った。



 私は、

 自分からも連絡しなかった。


 これは、

 我慢ではない。


 様子見でも、

 駆け引きでもない。


 ただ、

 動かないことを

 自分で選んだ。



 これまでの私なら、

 どこかで動いていた。


 確認の連絡。

 区切りの言葉。

 次につなげる一言。


 どれかを入れて、

 関係に意味を与えていた。



 今回は、

 それをしなかった。


 意味を与えないまま、

 時間を流す。


 それが、

 どんな感覚になるのかを

 知りたかった。



 仕事は、

 相変わらず忙しい。


 判断することも、

 決めることも多い。


 誰かに委ねる場面は、

 ほとんどない。



 そんな日常の中で、

 神崎との関係だけが、

 宙に浮いている。


 終わっていない。

 始まってもいない。



 私は、

 その状態を

 意識的に保っている。


 切らない。

 進めない。


 ただ、

 固定する。



 これは、

 彼に合わせているわけじゃない。


 彼の静止に、

 自分の静止を

 重ねているだけだ。



 動かない人の前で、

 動かない。


 それは、

 意外と難しい。


 沈黙に耐える必要がある。



 私は、

 自分に問いかける。


 私は、

 この関係に

 何を期待しているのか。


 答えは、

 すぐには出ない。


 でも、

 一つだけ分かることがある。



 私は、

 彼を動かしたいわけじゃない。


 追わせたいわけでも、

 振り向かせたいわけでもない。


 もし、

 そういう気持ちがあるなら、

 今すぐ終わらせた方がいい。



 私は、

 神崎と

 同じ場所に立ってみたい。


 期待しない。

 役割を持たない。

 価値を交換しない。


 その状態で、

 関係がどうなるのかを

 見たい。



 それは、

 恋愛としては

 かなり不安定だ。


 でも、

 人としては、

 正直だと思う。



 動かない人の前で、

 動かないこと。


 それは、

 相手に合わせることでも、

 試すことでもない。


 自分の姿勢を

 揃えることだ。



 もし、

 このまま何も起きなければ、

 それはそれでいい。


 それは、

 私が選んだ結果だ。



 私は、

 スマートフォンを伏せる。


 通知がないことを

 確認するためじゃない。


 触らないと決めたからだ。


 今は、

 この静止の中に

 身を置く。


 それが、

 私の選択だ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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