【F1短編小説】ゴースト・ラップ～父の遺したタイムライン～

　俺の世界は数字でできている。路面温度、湿度、タイヤ内圧──膨大なデータを解析し、F1マシンのタイヤ戦略を支配するエンジニア・橘蓮。彼が追い求めるのは理論上の限界値「107%」。感情というノイズを排除した完璧な世界で、彼は孤独に戦い続けていた。
　そんな彼の聖域に現れたのは、歴史学者・九条凛。彼女はチームの古いアーカイブから、ある日本人エンジニアの物語を掘り起こす。それは40年前に事故で亡くなった蓮の父親だった。
　父が遺した幻のレインタイヤの設計図。そこに隠された技術と哲学。データでは計測できないドライバーの「心」の重要性。凛の導きで、蓮は初めて自分のルーツと向き合う。
　運命のレース、スパ・フランコルシャン。予測不能な豪雨の中、蓮は全てを賭けた戦略を決断する。父の哲学と最新のAI、過去の物語と現在の技術が融合した時、奇跡のラップタイムが刻まれる──。
　コンマ1秒の世界で繰り広げられる、データと愛の物語。