陰謀論
或る夏の日に、扇風機を浴びながら考えなしにテレビを見ていると、来月に地球が終わるというニュースが流れる。
先月からメディアは騒ぎ立て、外からはデモ隊が暴言を吐きながら道を横断している姿が、毎日決まった時間に来るのが鬱陶しくてたまらない。
私、「自思 密結」はこんな根拠もないニュースなど、信じるはずもなく陰謀論に染まっているこの世界を蔑んだ目で見ていた。
陰謀論が広がったところで、電気やガスは止まらずに動いているし、人は普通に生活している。
一つ問題があるとすれば、政府の偉い人々が陰謀論を信じてしまっていることだろう。
地球終わり税などという、突拍子もない案を急に発表したり、ロケット開発に国家予算全てを費やすなどといった具合にやりたい放題なのである。
それを止める人はおらずに、どんどんと話が進んで、今日、また新しく決まったことがある。
それは、急遽作った地球から離れるためのロケットに乗る人をサイコロで決めるという法案だった。
馬鹿馬鹿しいこのアイデアは、所謂、この陰謀論に対する最終手段なのだろう。
サイコロというランダム要素に身を任せて、デモ隊などを黙らせる役割も担っているのかもしれない。
デモ隊は今度はサイコロは不正があったなどと、言いそうなものであるが、そこは特別待遇でデモ隊のリーダーがそのロケットに乗る、ということで事を収めた。
そのサイコロは特殊で、普通は1~6までなのだが、今回使うのは1~12までのサイコロだ。
この中で、一番出なかった数を使って、その数字が出た人がロケットに乗ることになる。
サイコロを振れるのは、今日から一週間で、場所は市役所の窓口である。
だが、その間に市役所に行かなくても、勝手に政府が振ってくれるらしい。
市役所に行く人は、政府を信じていない人や自分の手で運命を決めたい人だけだろう。
正直、市役所に行ってサイコロを振るのは魅力的ではあるが、同じ事を考えている人はごまんといるらしく、テレビで流れている、市役所のすし詰め状態を見ると、行く気が失せてしまう。
政府は迷走中ではあるが、信用はしているので、どうせ当たらないと高を括り、ぼうとテレビを見ていた。
ただ、何気ない日常を過ごしている。
仕事をして帰ってきてゲームをして寝る、これを変わらずに繰り返す。
そんな別に面白味も無い日常に、唐突に赤い封筒が届く。
「重要」と表面に書いてあるそれを、送ってきたのは政府だった。
何か滞っているものがないかと考えるが、水道やガスはちゃんと動くので、思い当たる節はない。
緊急の用事だとまずいので、素早くそれを開け、入っていた内容は手紙一枚と、カード一つのみ。
手紙の内容は、ロケットに乗れる権利を得たことと、カードの使い方と、集合場所と時間が記されている。
嬉しいような、私なんかが生きていいのかという背徳感が混ざり合って、口を開けたまま呆然としてしまう。
カードが窓からくる光を反射して、眩しくて目をつぶると、夢ではなく、本当に当たったことを実感した。
カードを拾い上げて、太陽にかざしてみると、手紙に書いてあるように、首相の顔が浮かんでくる。
他の人はどうなのか気になってSNSを見ると、外れた人のもっと善行を積めば良かったなどと言う声が増え続け、ネットの海を覆った。
だが、一つ引っかかることがあり、それは当たったという人が一人も見当たらないこと。
あからさまに噓と分かる人が当たったと言っているだけで、当たった証拠を出す人はいない。
仲間のいない不安で、政府が何かをしているのではないかという陰謀論側になってしまいそうだ。
こんな外れた人がいるようでは、当たったなどと、むやみやたらに言うのは自分に危害が加えられかねないと危惧して、唯一両親だけに言おうと決めた。
電話をかけて母親が出ると、軽く近況報告をして、本題に入った。
「お母さんはロケットの乗る権利当たった?」と聴くと、まだ開けていなかったらしく、急いで封筒を持ってきた。
数秒開けるのを躊躇った後、覚悟を決めて封筒を開ける音がした。
一瞬の静寂が起こった後に、大きなため息がしたことで、駄目だったことを察した。
「まあ、そんな気を落とさなくても」と言い、こうもため息をつかれると、言うタイミングをつかめずに困ってしまう。
父の封筒も確認したが、やはり当たってはいない。
複雑になった感情の中で、政府を信じつづけている母親には申し訳ないが、私は当たったという優越感を味わっている。
ここまで当たった人がいないのなら、自分の持っている運が宝くじが当たったと同等くらいなのだろう。
正直言って、陰謀論を信じていない私にとっては宝くじが当たったほうが現実味がある。
宝くじは金が目の前にあるという楽しみを味わえるのに、私には紙一枚とカード一つだけである。
このことを察せられる前に、またねと言って電話を切り、この手紙を金庫の中に隠した。
こんな優越感を味わえるのなら、突拍子もない地球が終わるという陰謀論を信じてもいいのかもしれない。
ここで陰謀論がないと、主張し続けることが、自分にとって不利益であると思う。
終わる地球の最後の生存者と思うと気分がいいし、それに何よりこんな退屈な日常を変えられるのだと考えると、未来に期待が膨らむ。
さながら気分は、戦場を駆け回る武士のようである。
快感が心臓を乗っ取って、アダムとイブが林檎を食べた時は、こんな感覚だったんだと知識を羨む。
待望の日、英雄は車で辺境な森を抜けた研究所に辿り着く。
乗るロケットが、研究所の真ん中に堂々と立っている姿が、高揚感とともに、希望を運んでいる感じがして、とてもいい。
始まりとも終わりとも取れる黒いロケットは、地球から見たときに月に被ると、或る映画の一幕としてとても美しいだろうと考えると、地球にいる人を羨ましく思った。
3と大きく書かれた建物が集合場所で、その近くの駐車場に止まり車から出て、研究所内を歩いていると、白衣を身にまとう人が異質な物を見るかのように、歪んだ目で蔑んだように私を見てくることに、気味悪さを感じる。
よく考えたら、こんな国家秘密が混ざり合っている場所に私服の私がいるのは、ドレスコードに反してしまうと思うと、恥ずかしさが湧き上がってきて、誰にも会わないようにして3の建物に向かった。
3の建物に入ると、無駄に大きいエントランスホールに、白色一色の受付があって、広いくせに無音なのが自分がいることを否定しているみたいで息苦しくなる。
死んだ表情の受付の人が私を見つけると、取り繕った笑顔を見せ、ひんやりとした空気に亀裂を入れるように、ピアノの音のような声で、「カードを見せてください」と言う。
カードを渡すと、カードの裏面のバーコードを読み込んで、パソコンを確認すると、「カードを入口の機械にかざして入ってください」と淡々と言いながら、目は私を羨むように見ているような気がした。
だが私は、その羨むような目に蔑むような笑みを浮かべて、神に見放された受付の人を心の中で下に見ている。
すべてを統べた神のような気持ちの中、どっかの大富豪しか入れないバーに入るかのように、無駄にかっこつけながら、金のネックレスを買う時のカード決済みたく、慎重にカードをかざした。
ピッと大きな音が鳴り、ゲートが開くと、ロボットが道を教えてくれるという、最先端施設に相応しい歓迎の仕方をされながら、カードをしまわずに通行人に見せびらかすようにしながら歩いていると、それに不快な表情を見せないどころか、同じカードをこっちに見せびらかす、大柄の男が前から歩いてきた。
その男はテレビで何度も出てきた、デモ隊のリーダーである。
丸刈りであふれそうな筋肉が腕からはみ出しそうになっていて、その体に似合わない美顔が、デモ隊の人数を増やした一員だろう。
黒い目には正義感そのものが宿っていて、カードを見せびらかすという、ちょっとお茶目な一面が、高嶺の花という偏見を無くして、付き合えるかもという淡い期待で女どもを落としてきた憎い存在である。
ああいう奴は、正義感がから回って、自分のやっていることが意味ないということを知って、誰からも知られずに孤独に死んでいくのだろう。
男はトイレに入り、私は見て見ぬふりをして、あんなにはなりたくないなとカードをしまって、白い廊下を進んでいく。
5と書かれた部屋の前でロボットは止まると、自動的にドアが開いて、部屋にいる人が一斉に私を見る。
中にいる人の女の人2人は失望したような顔をして、男の人3人は私が男ということで興味を無くした。
無音の部屋で何か挨拶しようと思ったが、ものすごく気まずい雰囲気を感じ取って、言葉が詰まってしまう。
何も言えずに空いている椅子に座ると、白い部屋に白いホワイトボードしかないこの状況が、実験体のネズミみたいで居心地が悪い。
そこにあいつが帰ってくると、女の人は気に入られようとして、何処から持ってきたのか分からないお菓子を差し出したり、筋肉を褒めている姿に、男達は呆れと苛立ちで部屋から出ていこうとするが、そいつは「STOP」と無駄に英語を使って僕達を止め、女の人を振り払い、俺達の方に向かってくると、扉の外に指を差し、俺達がその先を見ると、白衣には沢山のバッチを付けていて、如何にもこの研究所の偉い人だという雰囲気を醸し出している、白髪のおじいさんが何も言わずに部屋に入ってきていた。
研究を続けてきたせいで曲がったのであろう腰が、私達の若者とは違うということを主張して、アインシュタインの真似事か、白い髪と髭が顔を覆って、表情を確認できない。
私達の間をくぐり抜け、ホワイトボードの前に立つと、その立ち姿からは想像できないような大きな声で「注目」と言い、ポケットにある林檎を目の前で潰しながら、ホワイトボードに視認できないほど速く何かを書いていく。
そこに描かれたのは、幼稚な絵で私達をおちょくっているのかなと思うが、自慢げにしているおじいさんの姿を見て、何か意図があるのではないかと、考えてしまう。
おじいさんは、「ただ絵が下手なだけだよ」と意図を読み取ろうと悩んでいる私達を一蹴して、「結構上手く書けたと思うんだけどな」とひとりごとを漏らし、「説明に入る」と私達をホワイトボード近くに集めた。
ホワイトボードに書かれているロケットを指で差し、話を続ける。
「君たちには、外から見えていた、あのロケットに乗ってもらう。大きさやどうやって作ったのかは言っても分からないと思うから省くけど、最先端技術が惜しげもなく使われているから安心して欲しい。じゃあ、次は計画の説明をする。ロケットに乗った君たちは、国際宇宙ステーションあたりまで飛んでいくと、その同時刻に地球が終わるんだけど、そのままロケットが、自動で移住しやすい星まで飛んで行ってくれるんだ。だけど、もし地球が終わらなかったら、地球に帰ってくる。まあ簡単にだけど、伝えられたかな」と言い終わると、私達はいい計画だと思って、拍手を送る。
満足げのおじいさんは、空虚な奴隷を持って、机上の空論を述べているかの如く、この中でリーダーであるということを、人生の到達点が分かった時みたいに、充実していることだろう。
満を持して到達したこの地位と凡人の拍手喝采に、天才のおじいさんは性格が悪くなって、これから出てくる天才どもを愚かな人間という称号で飾り立ててしまうことだろう。
拍手が騒音に移り変わって、うるさいこの空間で正気を取り戻しそうになる意識に、栄光の感情を植え付けて、その後にロボットが持ってきた宇宙服に幻想を抱く。
呪われた陰謀論は、現実味を帯びて私達を殺すということなんて、この時の地球上にいる人々は噓だと言って迫害するまでいたる、ふざけた考えなのだろう。
そんなつまらない妄想に囚われるほど、ここにいる私達は愚かでもなく、おじいさんが作った精鋭部隊であり、世界の救世主だ。
この研究施設に命を預ける準備は、手紙を貰ったときに決めていたし、どんな未来があろうとも大丈夫だろうと思い、渡された契約書にサインをした。
かけがえのない友人たちと勇者になるための苦しい訓練が続くことは分かっていたが、そんなことは地球が終わるということに比べればなんてないことだし、何よりも優越感はいいものだ。
一か月後
私達7人はメディアの取材に、正義感を持って世界の命運を握っているという使命感に心動かされて、誇らしげに少し冗談を混ぜながら答えていく。
記者たちは死ぬという恐怖に苛まれながらも、最後までこの仕事に誇りを持っているという顔をしながら、視聴者の意図をくんだ質問を投げかける。
あの男が、女の視聴者に向けて爽やかな笑顔をすれば、女の記者が「かっこいい」と耳が痛くなるような高い悲鳴を上げ、私達はいつものごとく嫌な顔をする。
場があったまってきたところで、ロケットの準備が出来て、速やかに記者は散っていく。
仲間に目配せをして、写真映えするためにヘルメットを被り、カメラに手を振りながらロケットの中に入る。
窓が無くて、仲間の息ばっかりが響くロケット内は、カプセルホテルのようになっていて、居心地が悪くないことに衝撃を受け、最先端技術を感嘆した。
全員が乗り終わったら、音もなくドアが閉まり、いつ出発するかも分からないながらも、仲間と談笑しているうちに、大きな音を立ててふわっと体が浮く感覚とともに、潰されそうになる重さが上から降りてくる。
ここで訓練の成果が出て、慣れていた私達は本当はこんな感じなんだと、余裕の表情で乗っている。
中盤から熱くなっていくことも、想定通りである。
熱くなって、この中が燻製器みたくなったときに、すべてを察した。
そして、ロケットは終わりのない地球に墜落した。