生首
鬱蒼とした森の奥、足元にゴロゴロと生首が転がってくる。
後輩が「先輩すみません」とこっちに転がしたことについて謝罪する。
生首と目が合い、憎らしい目を向けられて俺は興奮した。
後輩に「体はどうすればいいですか」と聞かれて、政府にでも送っておけばいいと雑に答えて、生首を手に入れる方法を考えていた。
生首の髪を引っ張って、俺の顔と同じ高さに持ってくると、どれくらいの値段が付くだろうかと後輩に聞く。
後輩は「大体、30銭くらいですかね」と言ったので、懐から、30銭を出して後輩に無理矢理持たせる。
俺が買うことにしたと言うと、後輩は「じゃあ、このこと黙っているので、あと10銭下さい」と生意気に言った。
確かにこの職業は、勝手に商品を持って帰ったら、かなりの罰金を取られる。
しかし、今日は豊作だったので、誤魔化すことは容易い。
唯一、後輩が上に告げ口をしなければ、気づかれることはないだろう。
「分かった、絶対言うなよ」と、念を押すために20銭を後輩に握らせる。
「すいませんね」と後輩は言いながら、商品を売るために山から降りていく。
煙草にマッチで火をつけて、煙を吐きながら生首を見つめている。
その赤き目は、どれほどの恨みを持っているのだろうか、玩具のように扱われるその顔を生首はどれほど愛しているんだろうか。
煙草の火を生首の顔にくっつけると、歯を食いしばって苦悶の表情をするが、すぐにその傷は消え去る。
これを俺が、子供の頃に手にしていたら、どれほどの無邪気を盾にした残酷な行動をしただろうかと考えると、背筋が凍る。
この生首を愛するには、まず名前をつけることにした。
何か洒落た名前が思いつかずに、雑にポチとかでいいだろうと思った。
灰皿代わりにしていたポチの髪の毛は、灰色が混ざる色になって、若干嫌いになった。
俺の黄色の染まった歯をうるさく鳴らして威厳を見せたら、赤色の目と口を閉じてあきらめたような顔をする。
その顔に苛立って全力で蹴ると、山を草木にまみれながら落ちていき、道路の真ん中で車にはねられる。
車はぶつかった衝撃で止まっていたが、人影がなかったからかすぐに出発した。
俺は、めんどくさいなと思いながら、あらぬ方向に行ってしまったポチを探す。
道路の溝に、血まみれになりながら狼に嚙みつかれているポチを見つけて、もう諦めようと決心する。
狼に殺されるよりは、金が無駄になった方がいいだろう。
無視しようと後ろを振り向くと、運良く猟銃を見つける。
弾丸は二発ほど入っていて、狼に向けて標準を定めて一発打つと、またまた運良くポチに当たる。
その音で狼は森に消えて行き、弾丸の一発残った猟銃とポチだけがそこに残ったので、ポチに確実に弾丸が当たる距離まで移動して額に弾丸を打つ。
貫通した弾丸は血まみれになって、地面に転がった。
俺は、それを10秒ほど眺めていると、美味しそうに思えてきたので、血を拭き取るように舐めて、苦みが混ざった鉄の味に満足する。
ポチの口を無理矢理開けると、それを口に放り込む。
夕日が傾いて、暗闇が周りを覆い始めたところで、ポチを持って家に帰る。
特徴のない公園の隅の地面に、雑草で隠されている家の入口がある。
周りに誰もいないことを確認し、ドアを開けて暗い階段の方に足を運ぶ。
静かな地下に、或る女の子の苦しそうな声だけが響いてる。
その声を頼りに、一番奥の部屋のドアを開けると、その中には赤い服を身にまとう、だいぶ前に買った物が、手錠をつけながらちょこんと座っている。
名前は買う前からとうについていて、花子だったはずだ。
その部屋の電気を付け、冷めた表情で花子を見ると、恐怖心のせいか、部屋の右の奥に逃げてしまう。
手に持っているポチを部屋の中に放り投げると、花子は落ちる寸前に、小さな腕で一生懸命に掴み取った。
ポチの頭の灰を優しく払って、お人形のように抱擁すると、ポチは落ち着いたのか忌憚のない笑顔を振りまく。
俺は、その優しさが善人のふりをしているように見えて腹立たしく、花子諸共、蹴り飛ばす。
二つは壁にぶつかって、ポチは何ともない表情をして、花子は嗚咽を繰り返す。
ポチが花子に駆け寄ろうと、体がないのに一生懸命に動いている姿を見て、気分がいいとポケットにあるお菓子を部屋の中にばら撒く。
悪意の満たされたこの空間が気持ちよくて、いくらでも飯を食べられるような気がする。
そういえば、今日は飯を食べていなかった。
外食しに行ってもいいが、この光景をずっと見ていたかったので、家にあるカップラーメンを二つの前で、美味しそうに食った。
食べているときに花子のお腹が鳴りだしたときは、スープをポチにかけて、青ざめているところを大笑いした。
性的欲求のためにこの二つを買ったが、見世物としても中々見ごたえがあって、これだけで元は取っただろう。
今日は特に性欲も溜まっていないので、別の部屋で静かに寝ることにした。
入口近くの部屋のドアを開けて、壁に飾ってある自殺してしまったアイドルの写真を拝んで、スカートに接吻をする。
敷いてある布団に身を包んで眠ろうとしたときに、上からどたどたと子供の走る音がする。
この上は確か、4人家族が住んでいたはずである。
この場所は、その人達に知らせずに勝手に作られた場所であると、ここに前に住んでいた人に聞いた。
幸せな家族の下に住むとは、俺に相応しい現状であると、とても満足している。
明日は給料日で、いくら貰えるか楽しみだ。
照りつける火の光が、夢から覚めて見た景色だった。
咄嗟に家が燃えていることに気付いて入口を見ると、ドアが燃えていることで、もう死ぬことを察した。
どうにかできないかとポケットを探すと、昨日のマッチがなかった。
あの部屋にお菓子をばら撒くときに、ついでに置いてきてしまったことに気付く。
それは、この火事の原因があの2つであることを物語っている。
これは、俺の戒めだろう。
諦めながらも最後の足搔きとして、アイドルの写真をつかむと、一緒に炎の中に飛び込んだ。
家を飛び出して逃げたはいいものの、この体ではどうしようもない。
この子が私を持ち上げてくれなかったら、どうなっていたかなんて考えたくもない。
こんなことがもう起こらないように、火をつけたのはしょうがないことだったのだと、自分に言い聞かせる。
「あなた、名前は?」と赤い服を着たこの子に聴くと、小さい声で「花子」と返ってきた。
「花子、もう大丈夫だから一緒に生きていこう」と言うと、花子は少し頷いてある方向に指を差す。
その先には、燃えている家があった。
火をつけた場所と離れているので、私達がつけた火とは関係無いとは思うが、人がみんなそこに向かって行くのでその流れについていこうと提案する。
話すことが思いつかずに、無言のまま舗装された道路を自分達がどうなるか不安に思いながら歩いて行く。
白く濁った煙がその家を覆って、その隙間から行く当てもない火が、強い風に吹かれて隣の家や周囲に火花をまき散らしている。
家の前には、ただ呆然と火を眺めているおよそ6、7才の子供が、とめどなく涙を流しているのが見て取れた。
子供の周りに両親と思われる人はおらず、多分火事で死んでしまったのだろう。
花子は、その子に同情して涙を流し始め、私は止めることなくただ見ていた。
火が元の半分くらいになったところで泣くのを止めて、花子は「都会の方に行こう」と言って、私の意見を聞かずに走り出す。
都会に近づくにつれて、大きなビルが次々と増えてゆき、それにつれて車の量も多くなる。
信号の赤で、スーツを着ている大人たちに囲まれながら青になるのを待っていると、スーツの大人たちが一斉に逃げて行った。
どうかしたのか周りを見渡してみると、背が小さいせいで気付かなかったが、前方からトラックが私達に突っ込んでくる。
気付くのが遅かったせいでよけられずに吹っ飛んで、私はゴロゴロとあらぬ方向に飛んで行った。
そんなことよりも花子は大丈夫だろうかと思ったのも束の間、手錠がついている腕がない手が目の前に落ちてくる。
赤い服が風に流され、都会の中心部の方に飛んで行って、私には血の雨が降り続ける。
雨が止んだところで、赤い涙を流した。