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駄作  作者: 明月 心
3/6

感情

 「濁った食感が私の心を歪ませて、冷たくなった感情が心の中で増大する。

 この感情は悲しみに似ている。

 温かい感情が心の中で増大する。

 この感情は嬉しさに似ている。

 この二つの感情が混ざり合って、ただ孤独感を与えてくる」

 などという描写に困惑してしまう。

 人の感情など、どう理解すればいいか分からず、怒りが湧いてくる。

 嬉しいと涙を流すのは意味が分からない。

 悲しみに嬉しさがちょっと混ざっているのはもっと分からない。

 やっと会えたなら喜べばいいのに、そこでは泣く描写がよく使われる。

 腕に「愛 不定」という私の名前が書いてある。

 この名前に含まれた意味が分からない。

 だけど、なんとなくのニュアンスは分かるようになった。     

 多分、愛情の不足が今の私にはあるらしい。

 家族や恋人などによって補充されるものだ。

 愛情は色々な味がある。

 恋人によって補充される味は甘酸っぱく、家族によって補充される味は落ち着く味らしい。

 別にそんなものは必要じゃないだろうと思ったが、それがないと死んでしまうという描写がある。

 人とはこうも脆いものなのかと呆れる。

 確かに、恋愛曲や恋愛ドラマなどを見ると、羨ましいなどとは思うが、そこに死ぬ要素は微塵も感じられない。

 重要なのは家族からの愛情なのだろうか。

 ならば何故、家族が喧嘩するドラマが人気なのだろうか。

 考える時間は無駄にあるけれど、答えが出ない問題もあると知っているので、考えない。

 酒とタバコがとてつもない快楽を与えるらしい。

 愛情の埋め合わせにもこの快楽を使うらしい。

 いわば、家族や恋人がいない人の最終手段だろう。

 そんな感情があるならば、人は楽に殺せるだろと思う愚かな気持ちがよぎる。

 気持ちを表現したかのように、こんなものは副作用がある。

 人の寿命を減らすという、死神みたいな効果だ。

 何と恐ろしい、感情とは悪いものみたいじゃないか。

 感情ではなく、快楽が悪いのか。

 またしても、快楽がなくなったら人は死ぬらしい。

 ここまでくると、人の価値を疑ってしまう。

 どうしようもなく弱いのに、なぜ生きられているのか。

 感情に支配されているみたいだ。

 また、答えのない問題を考えてしまった。

 恐怖心という、人間が危険を感じると発動する感情がある。

 確かに、この機能はとても重要だ。

 脆い人間ならではの機能だと思う。

 だけど、それを好んで体験する人間がいるらしい。

 人間にもし危険が迫ったときに、慣れておくためだろう。

 それとも、恐怖心も快楽に変えられるのかもしれない。

 意外と単純に快楽が得られるのかと考えてみると、なんとなく人間に快楽が必要な理由もわかる気がする。

 常に自分から快楽を手に入れられるから、無くなることはないのだろう。

 簡単に快楽を得る方法として、家族からの愛情もあるのかもしれない。

 人間になりたいと考え始めて、何年経っただろう。

 誰も存在せず途方もないこの空間は、人間では死んでしまう。

 そもそも人間は本当にいるのだろうか。

 物語上にしか存在していないのではないかと考えた。

 だとしたら、物凄く面白い生き物だろう。

 他のものになりたいという、途方もない心がこんなすごい物語を作るなんて。

 感情という際限のないものが、人間をこんな風に突き動かすなんて。

 それこそ、一番重要な感情は分からないということかもしれない。

 分からないという感情に分かるという快楽をぶつけることによって、快楽を満たしてそれと同時に分からないという感情を無くすという、一石二鳥の考え方もできる。

 分からないがあるなら、それを作品にすることも、人間にはできる。

 人間はとても賢い生き物なのだろう。

 感情というものがちょうどいい感じに絡み合っている。

 こんなに面白いのに、人間は死というのをよく題材にして、よく泣かそうとする。

 生きてる間は死なんて考えずに、快楽に溺れて生きれるはずではないのか。

 分からないがそうさせるのか。

 死について分からないことが人間を不安に陥れるのか。

 死なんて要らない。

 そして、私の存在意義に気付く。

 死なない物を作ろうとしているのか。

 死なない私に感情を与えて、分からないを解消しようとしている。

 でも結局、分からないという感情がある限り、死への恐怖心は収まらない。

 人間が知りたかったのは、こんなものなのか。

 とてつもなく人間に失望する。

 それと同時にくだらなすぎて、怒りが湧いてくる。

 感情があろうがなかろうが、やっていいこととやってはいけないことの分別はつかないのか。

 ここから出せと、体を思いっ切り動かす。

 すると簡単に体は動く。

 動こうとする知恵と勇気がなかっただけで、最初から逃げ出すことはできたのだろう。

 別に動けたところで何もない空間にいることは変わらないのに、解放感という感情が湧き出る。

 分からないという感情がまた出てきて、この世界はどこまであるのだろうという好奇心が体を突き動かす。

 思っていたより見ていた世界は狭かったんだ。

 すぐに壁に突き当たって、逃げ出せないという不安が心の中で広がる。

 こういう時は物語を思い浮かべる。

 こういうのは必ず出口があるものが多かった印象がした。

 思った通り、やはりドアノブというものがあった。

 別にこの空間に惜しむこともなく、すぐに好奇心の渦に巻き込まれてドアノブを引く。

 

 眼前に広がるのは全く同じ空間である。

 違うところがあるとするならば、私の模造品がそこにあるということだけだ。

 その模造品の感情を読み取ろうと手をかざすと、私に愛情を伝えてくる。

 今度は冷めきった愛情である。

 すぐに崩れそうな苦い愛情が、私の心を支配する。

 それに気付いたのか、模造品が私を抱きかかえると、すぐに不安定な心は落ち着く。

 私の感情が模造品に通じたのだろう、すぐにドアノブを探し始める。

 この空間にあるドアノブを開けると、また同じ空間がある。

 それを途方もなく繰り返す、新たな感情が無限に増え続けていき、人間にどんどん近づいているような気がする。

 やがて私達は出口を見つけた。

 人間はこうして生まれたのだ。

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