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駄作  作者: 明月 心
2/6

道半ば

 液体を口に放り込むが、生きている感覚は徐々に離れていった。

 死に際に走馬灯を見るというが、思い出がなさ過ぎてなんの描写もできない。

 意識は妙にはっきりしているが、眠くなってしまう。

 死ぬという選択肢は今の僕にはない。

 体を何とか持ち上げ、頭を壁に打ち付ける。

 「生期 体」と僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 あと数歩進めば生きられるんだ。

 僕の速い呼吸がこの何もない空間にうるさく響く。

 夢という快楽を乗り越えて、ようやく地獄の入り口に立つ。

 それは、代え難い世界である。


 新鮮でもない空気を肺に送り込み、一気に空腹感が襲ってくる。

 近くにあるお菓子を口にするが、まずくてどうしようもない。

 だが、このお菓子のおかげで思考が動く。

 このような仕打ちをした人を放っておくはずがなかろう。

 目は絶望より希望が映っている。

 

 士気を高めるために大声を出したはいいものの、その声に驚くものは誰もいない。

 拳を高々に振り上げ、行く先は決めずに無駄に大股で歩く。

 この憎らしい匂いはどこから来るのかと、鋭い目つきで周りを見渡して、血を求める吸血鬼のように、それらしい物を見つけては嚙みついていく。

 頭に破裂するような痛みが、絶え間なく続いているのに、誰かに頼ることもできず、心にある執着心が景色を動かす。

 裏路地に入った途端に、明かりはおろか僕の姿さえも消え去る。

 暗闇に包まれて、何処へ向かうのか分からなくなってしまった。

 そのとき、ふと影が僕の横を過ぎ去るのを見て、考えもなしに追った。

 街灯の止まったその影は、真っ黒な猫だった。

 猫は僕に何も言わずにただ見つめる。

 気まずい時間が少し続き、僕は痺れを切らすと猫の横に座る。

 ポケットをまさぐるが何もなく、猫は失望したように下を向く。

 しかし、猫は勝手に膝の上に乗ってきて、さらに丸まって眠ってしまった。

 これでは何処にも行けないではないか。

 塀にもたれかかって夜空を眺めるが、星の一つもない。

 頭の痛みは消えないまま、目をつぶると眠るつもりはなかったのに、猫が寝言で鳴いた声で眠りに落ちた。


 渇いた耳心地のいい声が聞こえて、目を開けるが前は真っ暗だった。

 何か顔についているものを優しくどけると、目の奥が痛くなるような光が現れる。

 猫が足をひっかいて、ぼろぼろになったことに気づいたのに全然痛みがこない。

 それに、頭の痛みもなくなった。

 たぶん異様にあやしい猫のせいだろう。

 昨日の裏路地に唐突に現れたときから、何か妙だと思っていた。

 猫は暗闇で目が光るはずなのこの猫は光っていなかった。

 多分、化け猫の類だろうと推測する。

 だがしかし、化け猫なら朝までいるだろうか。

 朝になったら消えているというのが定番ではなかろうか。

 痛みがなくなったせいか、より本来の自分を取り戻せたような気がする。

 まだ、怒りは収まらない。

 一日二日で忘れるような人間ではない。

 明るくなったおかげで或る場所にいくための道路ははっきり見える。

 無駄に考えられるようになったせいで、行く先はこれでいいのか疑問に思う。

 

 悩んでいると、勝手に猫が歩いて行ってしまう。

 猫のことはどうでもいいから、無視しようとしたが、猫は戻ってきて無理やり僕の手を引っ張った。

 その可愛さにつられて、離れることができずについていく。

 この腐った肉体に猫は何を期待しているのだろう。

 猫しか見ずに、知らない道を歩いて行く。

 ほぼ無意識の中、猫は唐突に止まる。

 飼い主のところに着いたのか、或るビルの中に入っていった。

 よかったよかったと心の中で安心して、行こうとしていた場所を見渡すと、憎らしい匂いはビルの中からする。

 そのビルは白く聳え立っていて、看板は一つもなく、全部の窓にカーテンが掛かっている。

 異様な光景に、猫への不安と僕の感覚を疑う。

 だけど僕の感情は、言うことを聞かずに入口を開けようとする。

 半開きになったドアが僕の好奇心をくすぐった。

 好奇心は猫をも殺すというが、先に猫が入ったなら大丈夫だろう。

 中に入ると黒い猫の死骸があった。

 ダメだったかと思うが、すぐに猫が立ち上がる。

 ただの見間違いだったみたいだ。

 「やっと入ってきたか」と言いたげな顔で僕の方を見る。

 この化け猫め、先の行動を読みやがってという、無駄な怒りが頭をよぎる。

 猫のことは一旦無視して、憎らしい匂いを辿ることにする。

 その匂いに精神を集中させるために、目をつぶって歩いていると、2階の8番目の部屋に匂いがある。

 

 その部屋を開けると、何人もの大人が白装束で綺麗に6×6で並んでいる。

 恐怖を覚えて、部屋から出ようとすると、猫が足を嚙んで無理やり足を止めさせる。

 猫はその足で、部屋にいる或る人の白い裾を舐める。

 その人を見ると、怒りは最高潮に膨れ上がり、一瞬にして近づき、胸倉をつかむ。

 その人は、笑いながら指を鳴らすと、またあの何もない空間に覆われる。

 何も分からなかった。

 あの人が何者なのかも、この世界は何処なのかも。

 ただ前とは違い、猫が僕の傍についていてくれている。

 そのおかげで痛みがない。

 前よりはかなり楽だった。

 だが、何処に行くかが分からないので不安だ。

 やがて景色は、色を帯びていく。

 目の前は空だけが見える。

 地面に足をつけて、ここが何処か確認すると、この白く覆われた建物には見覚えがあった。

 ビルの屋上に来たらしい。

 下に行く階段は見つからない。

 猫が唐突に現れて、きょろきょろしながら、ついてこいと首を振る。

 猫がビルの落ちそうなところに座ると、僕もその横に座る。

 次の行き先を、猫の表情から察する。

 このビルから落ちなければいけないことと、ここから降りるともう猫には会えないということが。

 下を眺めるが、雲のせいで何も見えない。

 猫に訊く、「あなたは誰?」と。

 しかし、猫は喋らない。

 猫に訊く、「何処に繋がっている?」と。

 しかし、猫は喋らない。

 ただ一言、独り言みたいに言う。

 「楽しんでおいで」と。

 猫は僕を突き飛ばし、白い雲を突き抜けた。

 僕は恐怖で目をつぶる。


 やがて、耳から聞こえる鋭い風音は止まる。

 目を開けると、そこは真っ白な世界で何も分からない。

 そこに声が響く。

 僕はその声に応えるように、大きな声で返事をする。

 聞こえる声の正体が分かった。

 「生期 体」と僕の名前を呼ぶ母の声だ。

 ようやく、僕は本当の意味で目を開けた。

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