84話 アシュリーの反抗期
人の亡くなるシーンがあります。ご了承ください。
苦手な方は飛ばしていただいても、話の流れの妨げにはならないと思います。
すれ違う街の人全員が、驚いて振り返る。
この私の小さい身体で、あまり変わらない大きさの子ども達をまとわりつかせて走っているのだから、何事かと思うだろう。
トムと妹をこれ以上怖がらせないためにも、一応道を走るに留めているので人目についても仕方ない。さすがに屋根の上を飛んで行ったら、目隠ししてても怖いかもしれないからな。
間もなくザックの家に着いたので、すぐさま二人を下ろし目隠しを外してやり、急いで家の中へ入って行った。
「ザック!」
「父さん!」
「お父さん!」
部屋にはカーリーだけでなく、他にも人が何人か居てベッドを囲んでいた。ベッドには異様に青白い顔のザックが寝ているのを見て、私は一瞬硬直した。
顔色が・・・
間に合わなかったか!?
「父さん!」
トム達が側に駆け寄ると、ザックは薄らと目を開けたので、私はホッ…と息を吐いた。
「ト・・・ム・・・」
「父さん・・・」
ザックの手をぎゅっと握るが、言葉は出ない。
「お父さん・・・」
妹も並んで手を握る。
「ミ・・・ナ・・・」
「アシュリー様が子ども達を連れて来てくださったのですね。ありがとうございます」
「いえ・・・」
「ザックは先ほど店で倒れまして、近所の人達が運んでくれたのです」
「そうですか。店で・・・」
こんな状態なのに働いていたとは。
今すぐ癒しの魔法をかけようと、手に魔力を集め始めたら…
「アシュリー様。もうよろしいのです」
「え⋯?」
「ザックは多分、もう・・・」
「でも!」
「アシュリー様のおかげで、この半月以上もの間楽しく暮らせました。以前のように皆で起きて、働いて、食事をして・・・。アシュリー様がザックに魔法をかけてくださらなかったら、あのままザックは寝たきりで苦しんで、こんな幸せな日常には戻れなかったでしょう。本当にザックも私も感謝しているのです」
「そうだよ!アシュリー様のおかげだよ!」
「俺達もザックの幸せそうな顔がもう一度見れて嬉しかったんだ。本当にありがとうございます」
近所の人にまでお礼を言われた。
でも、何だろう⋯これ以上感謝されたくない。
「ア・・・シュ・・・さ・・・」
ザックが私を呼んだ!?
「ザック!今すぐ癒して・・・」
「あぃ・・・が・・・と・・・・・・」
え⋯?
ありがとう?
はっきりは聞こえなかったがそういった。
そして
すーっと何かが抜けたように、ザックは力なく目を閉じた。
「父さん?」
「お父さん!?」
「ザック!」
私は動けなかった。
何故だか動けなかった。
周囲が騒がしい。
私の意識はここにあるのか
自分でも分からない。
「アシュリー様⋯ザックは息を引き取りました」
「そう、ですか⋯」
これは誰だろう?
教会の服着てる?
いつの間に来たのだろうか。
「アシュリー様?大丈夫でいらっしゃいますか?」
「だい、じょうぶ、です」
何で大丈夫か聞くのだろう。
私は健康だ。
「アシュリー様のおかげで・・・」
「私は帰ります! 後は家族水入らずが良いでしょう!」
「あっ!アシュリー様!?」
動けるようなので、私は咄嗟にザックの家を飛び出した。
これ以上、感謝されたくなかった。
ありがとうって聞きたくなかった。
飛び出して来たが、家にも帰りたくなかった。
それなのに、向こうから我が家の馬車がやって来るのが見える。
私を迎えに来たのだろうか・・・。
走って帰れるのに。
今は誰にも会いたくない。
誰にも会いたくないなんて初めてだ。
でも、
今家に帰れば優しい人達が私を慰めるだろう。
慰められたくないなんて我儘だ。
訓練を放ったらかしなのも無責任だ。
分かっている。
でも・・・
私は踵を返して馬車が来る我が家の方とは反対の方向へ走り出した。
「アシュリー様!?アシュリー様ーーー!」
見つかってしまったか。
あの声はクラリッサだ。
すまん・・・。
人の居ない所を無意識に選んで走っていたのだろう。目の前には森が現れた。
いや、私の方から来たのだが⋯。
魔の森。
誰にも会わない為にはちょうど良い。
森の中へ入って行き、しばらく歩きながら今年の魔物討伐を思い出す。この3年、少しずつ奥の方まで同行させてくれて、昨年はレッドベアを一人で討伐して褒められたな⋯。
独りで来たのは初めてだ。
今日の森はシーンと静まり返っていて、少し不気味だ。生き物はいるようだが、索敵に反応は感じられないので、もう少し奥に行く。
この先に確か少し開けた場所があったはず。ジメジメした木陰にいたら、余計にジメジメしそうだから、日当たりの良さそうな所を選ぶことにした。
短い草地が広がった日当たりの良い所に寝そべってみたが、ちょっと暑いし眩しい。
日焼けしたら、クラリッサに怒られるかな。
やはり、陽に当たっていた方が気持ちも持ち直すようだ。少し浮上した気がする。
しかし・・・
ザックの最期を思い出すと、また、いたたまれないような、腹立たしいような、自分でも不可解な気持ちが湧き上がってくる。
『お前は、自分の何にそんなに腹を立てておる』
『・・・あ、ケンシロウ様!』
『違うわ!』
『え〜!落ち込んでる時くらいいいじゃん!』
『慰められたくはないのだろう?』
『うん・・・余計、自分に腹立たしくなると思う』
『自分に腹を立てるとは器用なやつだ』
『私は何もしてない。なのに皆がお礼を言う』
『お前はしてないつもりでも、他の者はされたつもりなのであろう。人の気持ちなど本人にしか分からん』
『それはそうなんだが・・・ありがとうがこんなに重いなんて思わなかった』
『では聞くが、お前は何ができたら良かったのだ。お前が自分を認める為には何が出来なければならなかったのだ』
『それは・・・』
『あの人間の病を治すことか』
『・・・・・』
『治していないお前は、何も出来なかった』
『・・・・・』
『図星であろう』
『・・・多分』
『それは身の程知らずであろう』
『・・・どういう、意味、でしょうか?』
『ははっ!いつものようで構わんぞ』
『うん、分かった。どういう意味?』
『たかが人間の小娘が不治と云われる病を治そうなど、あつかましいと言うておるのだ』
『・・・!!』
『お前ならできるとでも思ったか』
『ううん…あの病気は治せない。いや、あの病気だけではない。ただの風邪だって私に治せる知識などない』
『分かっておるではないか』
『うん、分かってた。だから苦痛だけ取り除いた』
『それを喜ばれたのであろう?』
『うん・・・』
そしたら、働き始めた。
苦痛がなくなって動けるようになったから毎日働いて・・・痛みがないから、身体はどんどん悪くなっているのに働いて・・・。
ボロボロになって、こと切れた。
『そういうことか』
『え⋯?』
『全く、それこそあつかましいわ!あの人間が何を喜びとするかをお前に決める権利などない!』
ケンシロウ様が怒った?
『ケンシロウではないと言うておるであろう!』
『また怒ってる・・・』
『もう良い⋯』
『え?ケンシロウ様でいいの!?』
『その事ではない!』
『え〜』
『ははっ!少し戻ったようだの』
『ああ、うん。怒られたのが効いたかな』
『あの人間の最期の言葉を真っ直ぐ受け止めてやるのが、お前の最後の役目なのではないか?』
『私の役目・・・』
そうか。
私はザックの「ありがとう」を受け取ってやらねばならぬのか。
それが私が彼にできる最後の役目。
『分かった気がする!』
『本当はもっと簡単に説明出来たのだがな』
『⋯?どういうこと?』
『あの人間達の「仕事」とお前の「鍛錬」を同じだと考えれば良い』
仕事と鍛錬が同じ・・・。
『不治の病でもお前は死ぬまで鍛錬するであろう?』
確かに・・・多分そうだ。
うん!すごいよく分かった!!
もし、動けないほどに悪化している自分を動けるようにしてくれた人がいたら、心から感謝するだろう。
『ケンシロウ様、ありがとう!』
かなり浮上したよ。
クラリッサも心配してるだろうから帰らないとな。
『それならば、もうすぐこちらに来るであろう』
『え?』
『気付かぬか』
言われて気配を探ると、大勢の人がこちらに向かって来るのが分かった。
『え?これはもしかして・・・』
『ああ、お前を追って来たのであろう』
しばらくすると声も聞こえてきた。
「アシュリー様ー!」
「アシュリー!!」
「お嬢様ーー!!」
「アシュリー!!どこにいる!!」
ゲッ!
クラリッサだけじゃない
お父様もハロルドお兄様もヘクターもいる!
他に何人もいるのは騎士団か!?
いったいどれだけの人数引き連れて来たのか⋯。
私のせい⋯か。
『ああ、そうだな。しっかり謝るのだぞ』
『うん。そうする』
『それに、あの者達はお前のことをよく知っておる。無闇に慰めたりはせんと思うぞ』
『そうかも・・・何か怒られそうな気がする』
『ははっ!さあ、怒られて来るが良い』
『・・・皆に怒られたら、さすがに凹むよ』
でも・・・
ちょっと怒られたいと思っている自分がいる。
「あっ!アシュリー様!」
「アシュリー!?」
あんなに運動の苦手なクラリッサが必死に走って来る。そんなに心配かけてしまったか⋯すまん。
「キャーー!アシュリー様!こんな日差しの強い所で寝転んでましたね!日焼けするではありませんか!今の陽の光は直ぐに焼けてしまうのですよ!
ああ!しかも草木で細かい傷までついているではありませんか!跡が残ったらどうなさるおつもりですか!今すぐにお屋敷に帰りますよ!」
「⋯はい・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
クラリッサ以外、誰も何も言わなかった。
何か、思っていた方向とは違うが、やっぱり怒られてホッとしている自分がいた。
私が魔の森へ入って行ったことは目撃されていたようで、私のことだからもっと奥の方にまで入り込んでいることも想定して、急遽騎士を集めて追ってきたという。
私はひたすら謝った!
土下座しようとしたら止められたが…。
「無事なら良いのです。アシュリー様の生まれて初めての反抗ですね」
セオドアまで連れて来ていたらしく、彼はちょっと吹き出しそうな顔だった。
もしかして反抗期だとでも思われたか?
子育て経験のある父親の思考か!
それはちょっと恥ずかしいぞ!
しかし、周囲を見れば、全員がニコニコ笑顔である。
もしかして、これは・・・
反抗期が始まったことを皆が「微笑ましく見守るの図」かっ!?
やめてくれ!
その笑顔!!
魔の森を出て馬車に乗ると、お父様が穏やかな笑みで私を見ていた。
「また、あっという間にスッキリしているようだな」
・・・また?
「保養施設の件を諦めた時も、アシュリーはもっと落ち込むのではないかと思ったが、すぐにスッキリとした顔になっておった」
そういえばそうか。
「今回は、ケンシロウ様に怒られて浮上しました!」
「「「けんしろう様?」」」
「神獣様のお名前です!」
「「「神獣!?」」」
『認めておらぬわ!!』
『え~?さっきは呼ばせてくれたから、もう決まったのかと思ったのに』
『・・・そうだったか?』
『うん、お礼言った時に呼んでも怒らなかったから』
『・・・そうか、もう良い』
『わ~い!いいの!?』
『良いわけではないが、もう、好きに呼ぶが良い』
『何度も呼ばれれば馴染んでくるよ!』
『お前に言われたくはない・・・』
「神獣殿はその名を認めてくださったのか?」
「はい!『もう、好きに呼ぶが良い』と仰ってくださいました!」
「それは・・・」
「神獣様は諦めたということでしょうか」
「多分そうだろう」
「何か…とても申し訳ないですね」
「ああ、何か詫びができると良いのだが」
「その術がありませんね」
「ああ・・・」




