表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/237

7話 お嬢様の奇妙な日常〜乳母・エリーとその子供達視点

 奥様が亡くなられてから、お嬢様はあまり喋らなくなられました。

 だからといって食事を残したりされませんし、夜もぐっすりお休みになっていらっしゃるので、お身体の心配はしていないのですが・・・


 毎日、ふっと何処かに消えるのです。

「おさんぽしてきます」

と、仰ってから、鐘一つ分ほど戻って来られないので、もしかしてお独りで泣いていらっしゃるのかと思いましたが、戻って来られるとご機嫌が良いことが多いので、そうではないのだと安心しておりました。



 私にはアシュリーお嬢様と同じ日に生まれた娘がおります。名はクラリッサと申します。

 お嬢様とクラリッサは言わば乳姉妹というもので、生まれた時から一緒に過ごす事が多かったのですが、奥様が亡くなられた後のお嬢様はあまりクラリッサと一緒に遊ぼうといたしません。


 同じお部屋で遊んでいても、一人で本を読んでいらっしゃることが増えた様に思います。旦那様にグレンヴィル家のご先祖様の備忘録をお借りしてからは、辞書を引きながら一生懸命読んでいらして驚きました。その後に国の歴史書も読んでみたいと言われた時はまた驚いたものです。


「みているだけでたのしいわ」

と、仰いましたが、ページを捲る様子は読んでいるとしか思えませんでした。

 読み書きは以前からお勉強されていらっしゃるのである程度は読めても不思議ではありませんが、分からない言葉がたくさん書かれているはずなのに理解出来ていらっしゃるのなら、お嬢様は天才かもしれません!



 息子のヘクターはお嬢様より二つ年上ですが、お嬢様はとても懐いてくれていたのです。

 私よりヘクターにご本を読んでとおねだりする様子はとても可愛らしく、ヘクターの身振り手振り付きの朗読が楽しくて仕方ないご様子でしたのに・・・

 ヘクターとも、あまりお話にはならなくなり、本を読んでと強請ることもなくなりました。


 子供達と遊ばなくなったのは、やはり母親を亡くしたご自分と母親の居る私の子供達に理不尽さを感じていらっしゃるのかも知れません。

 そう気付いてからは子供達をあまり近付けないようにしました。


 やはり安心してはいられません!

 私はアシュリー様の心の安寧を一番に守らなければならないのです!



 そうこうしているうちに、お嬢様がお屋敷内を毎日お散歩し始めたのです。

 最初は使用人の皆がお声掛けをしたのですが、どうもお返事を詰まらせていらっしゃるのです。

 あれは、多分数を数えていらっしゃるのですよ。と教えてくれたメイドの言う通り、お嬢様のお返事は歩くリズムと同じでした。


 ふふっ

 何とお可愛らしい。

 何だか日を追う事に歩く時間も長くなってきました。たくさん数を数えていらっしゃるのですね。


 もう、トーマス様が邪魔されるから怒っていらっしゃるではありませんか!

 そっとしておいて差し上げてください。


 お屋敷内で歩くお姿が見えなくなる頃、お庭に出られてから帰って来るまでの時間がどんどん長くなっていきました。

 お帰りになられると酷く汗をかいていることが多く、すぐにお湯をご用意するのが日常です。

 お嬢様も大きくなってきましたからね、少しずつお外の時間が長くなるのも仕方ないのかも知れませんが、私の不安も大きくなりました。



 ある日、ふと窓の外を見るとお嬢様のドレスが見えた気がしたので目を凝らし、木々に見え隠れしながら移動するドレスらしきものを目で追ったのです。その移動する速さが驚く程で、あれはお嬢様のドレスではなかったのだとその時は思ったのでした。


 でも、やはりあれは走っているお嬢様だったに違いありません。


 その翌日見てしまったのです。あっという間に見えなくなるほどに素晴らしい速さで走るお嬢様を!

 私はあの様に速くは走れません。夫のセバスチャンよりも速いかも知れませんね。いつも走っていらっしゃるから汗もいっぱいおかきになるのだと納得しました。


 この事は内緒なのでしょうね。

 本当は走るのがお好きなのに、貴族令嬢として恥ずかしいとお思いなのだと思います。

 これは見なかった事にいたしましょう。


 少し不安が減ったように思います。



 それからひと月ほど経った頃、日陰に咲く美しい花があると聞いた私は、いつもは行くことのない庭の奥の方に行きましたら、何やらビュンビュンと音がするのです。

 少々気味が悪いので木の影に隠れながら音のする方へ行きますと、音を出していたのはお嬢様でした。


 あれは何をしているのでしょう?

 何かを回しているように思いますが、速すぎてよく分かりません。お嬢様の手が動いているのは分かるのですが・・・。

 でも、ビュンビュンという規則的な音をさせながら無心で手を回し汗を流すお嬢様はいつまでも見ていたくなりますね。


 それにしても、お嬢様はいったい何を目指していらっしゃるのでしょう。

 また一つお嬢様の秘密を知って不安も減ったように思いますが、疑問は増えた気がいたします。



 そういった活発なお嬢様を時折見かける様になって、またひと月ほど経った頃でしょうか、

 旦那様がお嬢様に与えた遊具というものでどのようにお嬢様が遊んでいるのか、一度は確認しようと庭の奥に行きました。

 乳母として、お嬢様の安全の為に知っておかねばならないと思い立ったのです。



 小さなお城の様な建物や、細かったり高かったりする台など、纏まりなく散らばっている様に見えます。これでどうやって遊ぶのかこっそり覗いておりましたら、お嬢様は一生懸命高い棒に掴まったり、台の上を跳んだりしていらっしゃました。


 そのお顔はとても真剣で、お嬢様の本気が伝わって来ました。きっとこれが何かの為にお嬢様が自分に課した試練なのでしょう。

 旦那様によく似た気性をお持ちなのですね。


 私の不安は随分と減りました。これからも陰ながら見守ることにいたします。

 今度、もっと動きやすいお洋服を作って差し上げましょうか。





 そして二年が経った今、

 お嬢様は飛んでおります!


 幾度となく遊び場をこっそり覗きにやって来ておりましたが、お嬢様の成長は凄まじいものです。

 ご自分の背丈よりもずっと高いところにある棒を飛び越え、勢いつけて壁を登り・・・飛び降りて回転!

 人の、しかもまだ10歳にも満たない子どもの技とは思えない動きです。


 屋根の様な高い所から飛び降りた時は悲鳴が出そうでしたが、必死に耐えました。

 私が見ていることをお嬢様がお知りになったら傷つかれるのではないかと思ったのです。


 きっとこれは何かの訓練で、誰にも内緒なのです。奥様が早くに亡くなられ、お嬢様は旦那様の様にもっと強くなるおつもりなのだと私は思うのです!

 そういえば、以前図書室で旦那様に仰っていらっしゃいましたね、一緒にこのグレンヴィルを護りたいと。旦那様は笑っておられましたが、お嬢様は本気で仰ったのではないでしょうか。


 私は乳母ですからね、何時でもお嬢様のお心を一番大事に思っております。

 ただ少々危険すぎて私には見ていられませんので、こっそり帰るといたしましょう。どうやらお嬢様のお側には庭師のヨアブが付き添っているようですし。


 私の不安は全くなくなりました。




 ◇クラリッサ


 アシュリーさまは、おくさまがおそらにめされてから、ぜんぜんおはなししてくれなくなっちゃった!


 クラリッサがおはなしすると、「そうね」とか「よかったわ」とかいってくれるけど、アシュリーさまからはなにもおはなししてくれない!


 おくさまがなくなったつぎのつぎのひに、あさのごあいさつにいったら・・・

「くららじゃないのね」っていった。

 くららってわたしのことかな?

 クラリッサはむつかしいから、こんどからくららってよばれるのかな?

 そうおもったけどちがったみたい。


 おやしきのひとたちが、すこしげんきになってきたから、クラリッサもアシュリーさまとまたあそべるとおもっていたのに、アシュリーさまはごほんばかりよんでいて、クラリッサとはあそんでくれなくなった!


 おにんぎょうもかしてくれるけど、いっしょにはあそんでくれない・・・。

 アシュリーさまはクラリッサがきらいになっちゃったのかな・・・。

 おかあさんには、アシュリーさまのおかあさんがなくなったから、おかあさんがいるクラリッサといっしょにいるのがつらいのかもしれないといわれた。

 よくわからなかったけど、アシュリーさまが、クラリッサをみるとつらいからあそべないのはわかった・・・。


 アシュリーさまが、はやくげんきになるといいな。




 ◇ヘクター


 おじょう様がしゃべらなくなった!

 あんなにかわいくなついてくれていたのに、とてもさびしい。


 おく様が亡くなる前のおじょう様はよくいっしょに遊んだ。

 小さなおじょう様と妹のクラリッサが手をつないでおさんぽするのは、屋しき中の人たちも大好きだったと思う。オレも二人がかわいくてしかたなかった。

 言葉をおぼえるのが早くて、ふだ合わせや絵本が大好きで、お気に入りの絵本を何度も何度も読まされた。



 でも、おく様が亡くなった次の日だった。

 少し元気になったらしいおじょう様に会いに行ったら、会うなり落ち込んだようすで言われた。


「ペーターじゃないのね」


「・・・!?」


「あ・・・ちがうの・・・なんでもないの」


 なんのことかぜんぜん分からずびっくりした!会いに来たのがペーターじゃなくてオレだったと落ち込まれたんだと思ってすごくきずついた。

「ペーター」とはだれなのか、屋しきの使用人たちみんなに聞いたけど、だれも知らなかった。


 それからは、オレにだけじゃなく、だれにもあまりしゃべらなくなった。

 しゃべらないだけで、おへんじやあいはつはちゃんとするし、使用人のみんなにもあいさつやお礼はぜったいしてくれる。



 みんなおじょう様が大好きだけど、なぜか少し今までとちがうふんいきだったのをふしぎに思っていたこともある。

 そのりゆうは、そのうちに分かった・・・。


 おじょう様はいつも庭遊びと言っては、庭を走り回っているのだとメイドの一人に聞いて、オレもこっそりと何回も見に行った。

 おじょう様はないしょにしているつもりらしかったので、だれも何も言わなかったけどみんな知ってたと思う。



 走っている時もあれば、庭を歩き回って何かをさがしていたり、何かを作っていたり。

 おじょう様は外遊びが好きなのだと思った。

 庭しのじーちゃんとすごく仲が良くて、あの時は少ししっとしたと思う。


 そのうち、走り回っているだけじゃなくなって、何かほかのこともやりだして、それがどんどんうまくなっていくようすも見ていた。


 そのころからかな?おじょう様は外遊びをしているのではなく「たんれん」をしているのだとわかった。そのたんれんに使うものもぜんぶ自分で考えているんだと。

 母さんに聞いたら、お嬢様は旦那様やトーマス様達と一緒にこのグレンヴィルを護るのだと言ったそうだ。その為に一人でたんれんしているのだろうと。


 すごいと思った!


 オレもがんばらなきゃって思った!


 年下の女の子に負けてちゃダメだと思った!


 オレもたんれんしよう!

 でも、何をすればいいかな・・・。




 そうだ!オレもグレンヴィルのきしの見ならいの人たちとくんれんさせてもらうのはどうだろう?


 さっそく、父さんに話してみよう!







乳母や使用人達には既にバレていた件

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ