72話 教会へ行ってみよう
帰りの馬車では、クラリッサが笑っていた。
何でだろう?
「ふふっ⋯すみません。旦那様が心配していたようなことにはならなかったと安心しましたので、つい⋯」
お父様には心配をかけたようだが、どんな心配をしたのだろう。
「旦那様は、アシュリー様が自分が救えない命があるのだと実感することで、傷付いてしまわれるのではないかと心配されているのですよ」
自分が救えない命があるなんてことは今更だ。
傷付くというより⋯何だろう、この空っぽな感覚は⋯。
何かしたいけど、自分には彼の命を救えない。痛みを取るのもグレンヴィルにいる間だけしか出来ない。私が王都に行ってしまってから、苦しむザックの姿を想像すると心臓がギュッとなる!
しかも、ザックが言ったように、私が知らないだけで同じ病気に苦しんでいる人は他にもいるのだろう。その人達にも何も出来ない。
これは傷付いているのではない。
自信が無くなった⋯というのが近いだろうか。
いや、自分の無力さが腹立たしいと言った方が合っている気がする。どんな時も前向きに実行して来たのに、今の自分には何の術も思い浮かばないのだ。
「私は⋯傷付いたりはしていません。自分の無力さが腹立たしいのです!」
「はい、分かりますよ」
「え?」
「アシュリー様のことは、見ていれば分かります」
「そ、そう?」
「アシュリー様はいつでも思い立ったら直ぐ実行されます。でも今回はその先が見えない。自分が出来ることが見つからない。そんな葛藤をしているのではないですか?」
当たっている!
「アシュリー様、焦ってはなりませんよ」
「え?」
「今すぐ見つからなくても、アシュリー様に出来ることはあるはずです。これから見つけてみましょう」
そうか・・・
私は焦っていたのか。
「そうですね⋯」
「はい。微力ながら私もお力になれればと♪」
「クラリッサ、ありがとう!」
「あと、お忘れになっていると思いますが⋯アシュリー様があの者にかけた癒しの魔法は、きっとアシュリー様だからあれほど効いたのですよ」
「え?そう?」
「痛みを取る魔法というのを私は聞いたことがありません。癒しの魔法は、痛みに苦しむ人にあれほど効かないと思います。ご自分の魔法の威力を忘れてはなりませんよ」
「そ、そうなのね⋯知らなかったわ」
「アシュリー様、このまま教会へ行きませんか?」
「教会ですか?」
「はい。教会には、あのザックのように光魔法では治らない病気の人がどれほどいるのか、また、その人達はその後どうしているのか分かるのではないでしょうか」
確かに!
それはいい考えだ。
「それでアシュリー様のモヤモヤしたものが少しでも晴れるのでしたら、寄り道も必要かと」
馭者に頼んで教会に寄ってもらったのだが・・・教会に着いた途端、すごい勢いで歓迎された。
「アシュリー様!ようこそいらっしゃいました!」
「ああ⋯アシュリー様が来てくださるとは!」
「是非ともお会いしてお礼を申し上げたいと、我々一同願っておりました!」
何事かと思う歓迎ぶりだったのだが、理由は直ぐに分かった。私が街で光魔法をぶっぱなしたおかげで、この所忙し過ぎた教会の人達にやっと休息が得られたということだった。
この教会の責任者である司教と、この教会に席を置く魔術医師長という人が答えてくれた。
「そんなに忙しいのですか?」
「はい⋯光魔法が使える人が年々減っておりますようで、教会の人員が増えることはなかなかないのです」
「それでも、グレンヴィルの街は栄え、人々は集まって来ます。我々の手が足りなくなるのはお分かりいただけますでしょうか」
そうか、グレンヴィルの人口は増える一方なのに、病院の数は増えない⋯そんな感じなのだな。
「なるべく緊急性の高い患者から対応して、薬草などで対処出来そうな方はそうしてもらっておりますが、我々は休む暇もなく・・・」
「そんな時に、アシュリー様の魔法で一気に病人と怪我人が減ったのです!これが感謝せずにおられましょうか!!」
「本当にありがとうございます!」
「ええ…お力になれて良かったです」
勢いが怖い・・・
余程疲れているのだろう。
教会のスタッフ達にも癒しの魔法が必要なんじゃないか?
「その上、あれほど疲れていた我々までもが元気になりました!」
「これほど身体がすっきりとしたのは久しぶりです!」
「本当にありがとうございます!」
そうか、この人達にも魔法は効いてるか。
まぁ、良かった。
「それで、本日は何かご用が?」
ハッ!
皆の勢いで、ここに来た理由を忘れる所だったよ。
私は、光魔法で治療出来ない病の人達はどれくらいいるのか、その人達の対応をどうしているのか、今日あった事も話しながら、知りたいと思った事を聞いた。
「そうですか⋯そんなことが」
「アシュリー様には酷な話かも知れませんが、我々には治療できない病の人は、この教会だけで一年で十数人はおります。怪我人はもっとおります」
「手足を失くして運ばれてくる人や、高いところから落ちて大怪我を負った人など⋯そういった人達は、傷を塞ぐのがやっと・・・その中で助けられる人は半数といったところかと」
「光魔法が効かない病に侵された人には回復魔法は使わぬようにしております。これまでの治療で、回復魔法を使うと死期が早まるという結果が多く、我々教会や魔術医師達の間では暗黙の了解となっているのです」
やはり、光魔法が効かない病とは「癌」と呼ばれるものなんだろう。回復魔法では悪性の腫瘍まで活発になってしまう。それをちゃんと分かっているこの人達はさすがだ!
「回復魔法は使わず、他に何か治療はするのですか?」
「治療ではありませんが、苦痛で心身共に疲弊しているので癒しの魔法を使います。そういった人達は教会へも来れませんので、順番に家を回っていくのですが・・・」
「何か不都合が?」
「いえ、人手も足りない為に、一人の病人に対して回れる回数も限られており、なかなか癒してやれないのが現状です」
「そのパン屋の主人は、アシュリー様に癒していただいて本当に幸せ者だと思います」
「そう⋯ですか」
あの時のザックの顔は本当に喜んでいた。
こういう現状も知っていたのだろうか。
「痛みを和らげる薬はないのですか?」
「腹痛など、痛む原因が分かっているものに関しては薬も効くでしょうが・・・」
「原因の分からぬ病の痛みを取ることは難しいと」
「はい・・・」
そうか、この世界では、脳に痛みを伝達する身体の仕組みなどは分からないのかも知れない。
「では、怪我をした人に痛み止めの薬を与えたりはしないのですか?」
「怪我に関しては、薬草を塗ったり貼ったりする以外に飲む薬は与えませんね」
やっぱりそうか・・・
どうすればいいかな?
何となく、私がすべき事が見えてきた気がするんだが、まだ具体的にどうしたら良いか分からない。
「私の発言をお許しいただけますでしょうか」
クラリッサ?
なんだろう
「もちろんです!」
「動けないような重病人は、集めてしまえばいかがでしょう」
クラリッサの発言は目からウロコだ!
そう、確か前世でもそういったホスピスと呼ばれる施設があったはずだ。
「それは良いですね!そういった施設を作れば、魔術医師の方々が回る必要は無くなります」
「いや、しかし⋯そのような施設に来る者はいるのでしょうか」
「それに、そのような施設をどのように賄っていくのです?」
確かに⋯お金が必要だ。
ボランティアなど、この世界にはないだろう。
お父様がお金を出すのにも限りがある。
うーん・・・。
こういう問題は、まずお父様に相談した方が良さそうだ。この話は一旦持ち帰ろう。
後は、痛み止めの薬と魔法をどうするかだな。
とりあえず、聞いてみるか。
「私の光魔法をここにいる魔術医師の方々に伝授したいと言ったら、受けていただけますか?」
「え?」
「ええっ?」
「「「えーーーーーっ!?」」」
おっと、詠唱の事を忘れていたな。
何かそれっぽい詠唱を考えなければ!
クラリッサに耳打ちする。
「痛みを止めるそれっぽい詠唱を考えてくれませんか!」
「アシュリー様⋯行き当たりばったりすぎますね」
「ごめんなさい⋯」
「まずはハロルド様にご相談された方が賢明かと」
「確かに⋯。そうね、分かったわ!」
「あの⋯光魔法を伝授してくださるというのは、どのような魔法なのでしょう」
「痛み止めの魔法です!」
「痛み止め?癒しではなく?」
「はい!痛みを感じなくする魔法です。ですから、治らない病気の方など、痛みで苦しむ人以外には使ってはなりません」
「そんな魔法が・・・さすがアシュリー様!」
「是非我々も使えるようになりたいと思います!」
いや、前世の医学のおかげだよ。
しかも、私の知識はその上っ面だけだ。
それでも、痛みを感じなくさせることをうまく説明しなければならない。術者が理解してないと効果も発揮されないのが魔法である。
「まずは、兄のハロルドに相談しますので、後日ご連絡させていただきます」
後は薬の知識が欲しい。
「薬は誰が作っているのですか?」
「薬は薬師が作っております。この教会の薬師も休む暇がないほどに忙しいのですよ。先日も顔色が悪いので一日休むように言ったのですが、足りない薬草を採りに行かねばならないと言って全く休まなかったので倒れました」
「ええっ!?大丈夫なのですか!」
「はい!彼もアシュリー様のおかげで元気になりました!」
そ、そうか…良かった。
「その薬師の仕事場に行ってもよろしいでしょうか?」
「アシュリー様でしたら喜んで」
「サムもきっと喜ぶでしょう」
サムという薬師も喜ぶどころの話ではなかった・・・。
地べたに正座して拝み始めたので、急いで止めたよ!
「私は薬に関しては何も知識がありません。どのような薬があって、よく使われるものや効果など知りたいのです。教えてくれますか?」
「は、はい!も、もちろんでございます!」
恐縮しまくりのサムを宥めながら、この世界の薬について教えてもらったが・・・かなり多くの薬草や動物の内臓が使われていて、一朝一夕で覚えられるものではないのは分かった!
図鑑を貸してくれるというので、ありがたく借りていくことにする。
屋敷に帰って直ぐ、お父様の執務室に報告と相談に行った。
「光魔法の効かない病人を集めた施設だと?」
「はい。保養施設とでも言いましょうか⋯治療が目的ではなく、苦しみを和らげる為の施設です」
「死ぬのを待つ施設ということか」
そう言ってしまうと元も子もないが、その通りである。お父様はあまり賛成ではないようだ。こういう時、お父様が渋る理由はちゃんとあるはず。それは何だろう。
「アシュリーは、その『痛み止め』の魔法を広め、痛みに効く薬も作りたいと考えているのだな?」
「はい。薬に関しては出来るかどうか分かりませんが、魔法に関してはきっとうまくいくと思うのです⋯」
「そうか。今日の訓練後でもいいから、もう一度そのザックの所に行ってみるが良い。アシュリーはもっと平民の思いを知っておくべきだ」
「・・・はい」
お父様はハッキリと間違いを正してはくれなかった。きっとこれは私が実際に体験しなければいけないことなのだろう。
昼食の席では、ハロルドお兄様に痛み止めの魔法について話をした。
「原因が治癒されてなくても痛みだけを止めることができるんだ!それは覚えるべきだね!」
「でも使う相手は限られますが⋯」
「治らないと分かっている人だね」
「はい。痛みは大事な感覚ですから、健康な人に使ってはいけないのです」
「そうか・・・これは広める方法も考えないとね」
「ハロルド、何とかなりそうか?」
「そうですね、まずは厳選した魔術医師に使用を許可するような形で始めたらどうでしょう」
「ああ、それが良いだろう」
ハロルドお兄様が何とか使えるようにしてくれそうだ。お兄様なら魔法もすぐに覚えてくれると思う。後はザックの所に行って、私の間違いを知らなければならない。
しかし、訓練が始まる前にそれは分かった。




