6話 庭を散策してみよう
ウォーキングから始めた体力作りも数ヶ月もすると随分走れる身体になってきた。
しかし。
腐っても貴族令嬢である私は、全力疾走する姿を見られてはいけないと思う。だから、人が居ないような敷地の死角を探して走る。
ひたすら走っていたわけだが…どうにもドレスや靴が走るのに適さない。ドレスは「お庭で遊ぶ用」のものではあっても、そこは貴族令嬢のお洋服なのである。靴もひも付きの革靴であっても、ローファーみたいなもので脱げやすい。
この世界にゴムみたいなものはないのかな?
前世と似たような植物はいっぱいあるから、ゴムの木もあって、ただこの世界の人が気が付いていないだけという気がする。
探してみる価値はあるのではなかろうか。
先ずは近場で庭の木を探索してから、無ければちょっと森に入ってみよう。
・・・もちろん内緒で。
このグレンヴィル辺境伯領は、大陸の南東に位置するモントローズ王国の北の国境を一手に護る辺境だ。隣国のバルダード帝国との国境には広大な森と山脈が広がり、そこは『魔の森』と呼ばれ凶悪な魔物が存在するらしい。
だから子どもは森に行ってはダメなのだ。
しかし、入口辺りをちょっと散策するぐらいは良いのではないだろうか。
なんならヨアブ爺さんと一緒に行けばどうか・・・
はっ!
また、問題行動を起こす浅はかな思考になってしまった!
こんな自分は崖から突き落とさねばならない。
この弱っちい身体の間はもっと慎重にならなければ、簡単に死んでしまうだろう。
あの平和な日本でも18歳という乙女の盛りに死んでしまったのだから、魔物も居るようなこの世界では考え方を改めねばならない。
家の庭も大概広いから、ゴムの木は無くても何か良さそうなものが発見できるかも知れない。
前世での父さんは元米国軍人で、母さんより随分年上だった。
長男の獅子兄が生まれたのを切っ掛けに退役し、道場の館長である母さんの扶養者となったらしい。
ほぼ家政夫さんと言っても良いかと。
学校の提出書類の家族欄に書かれた父さんの職業は、ブッシュ何とかというサバイバルのインストラクターだったが、いつも家に居た様な気がするのは何でだろう?
金髪の大男が70年以上続く剣道場の婿さんっていうのも、今から思うと外聞が良くないのかも知れないが、じーちゃんには気に入られていたし、親戚やご近所さんとの仲も良好だったと思う。
自治会の役員が回って来たら父さんがやっていたし、町内の清掃にも必ずと言ってよいほど参加していた。
じーちゃんに連れられて老人クラブのカラオケ大会に参加した時は「きよしのズンドコ節」を熱唱して、おばあちゃん達に大ウケだったとか。
近所で火事があった時には、消防車が到着するよりも早く、家屋に残されたペット達を救出して感謝されていたり、雪が積もった時の雪かきの速さと美しさに喝采を浴びていたり・・・。
かなり人気者だったよな?
話は逸れたが、暇があれば鷹虎を連れて山に入り、様々なサバイバル術を教えてくれた。
小学生に上がる前から連れ回されていたと思う。熊に遭遇したり川で溺れたり。
蜂に刺されて鼻がピエロになったのは黒歴史だ。
成長する程に出来ることが増え、父さんと山登りしたりするのが楽しくなった。実際、野営は面白くて何日も家に帰らなかったら、父さんと二人、母さんにしこたま怒られたこともあった。
この庭の散策ぐらいは、山でサバイバルするより安全だろう。何か良いものあるかな〜♪
庭の散策を始めて10日くらい経った。
本当に広いわ、この庭!
もう森って言っても良いのでは?
ちびっ子だから余計に散策も大変なのだろうけどなかなか楽しいものだ。
やっとゴムの木の仲間じゃないかと思う木を見つけたので、樹液を採取してみることにした。
ナイフは持たせてもらえないので、ヨアブ爺さんに説明して樹皮に深めの筋を入れてもらい、何とかカップ半分くらいの白い樹液を手に入れた。
もしこれがラテックスだったとしても、洗浄する術もないし硫黄もないので、とりあえず凝固したものがそのまま使えるかどうかってところだな。
あと、縄跳びに出来そうなしなやかな蔓を見つけた!柔らかいのに丈夫そうで、これは他にも使える良き蔓である。
ヨアブ爺さんが持ってる縄は太すぎるから使えないし、家の人達に「縄ください」なんて言えないからね。
何に使うのか詰め寄られるのが目に見える・・・。
この蔓に回せる持ち手を付けたくて、竹の様な中が空洞になっている木が無いかな〜と探したけど見付けられなかった・・・。
仕方ないので、ヨアブ爺さんに作ってもらった。爺さん本当に助かります!
私の小さな手にしっくりくる素敵な持ち手が出来上がり、感動のあまり爺さんに飛びついてお礼を言ったら、むちゃくちゃ恐縮された。
持ち手に蔓を入れる部分がスムーズに回るように工夫して作ったマイ縄跳びは会心の出来だった。
結構時間かかったな。
半分以上はヨアブ作品だが。
そして、走り込みの他に縄跳びという体力作りメニューが増えた。もう少し体力がついたら、シャドーボクシングも加えようと思う。
もちろん、ストレッチは欠かさない。怪我をしたくないからな。
最近、庭遊びと言って出て来ている時間がかなり長くなったと思うのだが、誰にも注意されないのはなんでだろう?
敷地内にいる事は分かっているからいいのかな?
まだ続けている庭の散策で、敷地内に大きな欅が何本も生えているを知ったので、ちょっとくらい使ってもいいかな〜と、ヨアブ爺さんに頼んでみた。
鉄棒に似せたものを作って欲しかったのだが、それはお父様に了承を得ないとダメらしい・・・。
よし!
お父様に強請って来よう!
「お父様・・・お願いがあります」
ちょっと恥ずかしそうにしてお願いしてみせれば、何を頼まれたのか確認もなしに速攻許してくれた。
お父様、娘に甘すぎるんじゃないですか?
とりあえず、お父様にはお庭で遊べる遊具が欲しいとだけ伝え、後は執事のセバスチャンが手配してくれるとの事で、どのような遊具がいいのか時間をかけてたどたどしく説明した。
5歳児が材木の硬さや質感などもハキハキと詳細を語り出したらドン引きだろう。
欲張って色々注文したから、結局少し引いていたようだが。
しかし、
この世界にブランコってないんだ!
体力づくりの為の遊具ばかりでは怪しまれると、子どもらしく可愛いブランコも作ってもらおうかと思えば、ブランコという遊具の存在は無かったのだ。
それに早めに気が付いて誤魔化したが、ちょっと怪しかったかも知れない。もう少しで墓穴を掘るところだった!
もしかして貴族の中では流行ってないが、平民の中では似たようなものはあるのかもしれない。
だって、ブランコって楽しいじゃないか!
タイヤで出来たのだって、ただロープに結び目があるだけのものだって、誰かが思いつきそうな遊びだと思うのだ。
タイヤはこの世界に無いけど。
ちょっと欲しかったので残念だ・・・。
設置場所は庭の景観を損なわない為に(という表向きの理由で)人目にはつかない場所にしてもらった。
そこに抜かりはない!
先日採取したラテックスもどきは、思ったよりも使えそうで嬉しい。私の知っている天然ゴムとはかなり違うけど、弾力があって滑り難く、木の底の靴よりも走りやすくなるのは予想できる。
早速、ランニングシューズの作成に入ろう!
・・・って言っても、作るのはほとんどヨアブ爺さんである。もっと大きくなったら自分で作るから許して欲しい。
ヨアブ爺さんお勧めの少し弾力のある厚い革を底の部分に敷き、土踏まずの部分には二重三重と盛り上がりをつける。柔らかい厚めの布と柔らかめの革を合わせて側面を作り、先の部分と踵と外側の底にだけ硬めの革を付けた。
後はラテックスを溶かして底を型作るだけなのだが、この作業が臭かった!
臭いで誰かにバレないかとヒヤヒヤした!
出来上がった靴は、手で少し曲げられるほどに柔らかく、足に合っていて走りやすい。
強いて難点を付けるとするならば、日本のランニングシューズより重いことだろうか、それでも貴族令嬢が履いている様な靴の何十倍も走るのに良い靴で大満足である。
実際走ってみたところ、
大袈裟ではなく5割増に早く走れた!
靴って大事だ・・・。
ヨアブ爺さん、ありがとう!!
念の為、もう一足同じものを作ってもらうことにし、二足出来上がる頃には遊具モドキも完成し、私は6歳になった。
ハロルドお兄様は学校が長期休暇になったのでグレンヴィルに帰って来た。
私の誕生日は「後夏」の1日なので、間に合う様に急いで帰って来たらしい。プレゼントは、手作りの魔道具だった。
暗闇で光を発する魔道具で、真っ暗な中で寝るのが怖い私の為に考えてくれたのだそうで、これは本当に嬉しかった!
お父様には、誕生日のプレゼントは庭の遊び場で良いと言ったのだけど、そんなわけにはいかないらしい。
私専用の遊具だよ。
公園ひとつ買ってもらった様なものだ。
贅沢だと思うんだけどなぁ・・・。
貰えるものはありがたく貰うが、可愛いドレスとか興味なくて、心の中で罪悪感が湧いた。
作ってもらった遊具は、高さの違う鉄棒(木の棒だけど)と、高さも色々な平均台に、跳び箱代わりにもなる台が所々に配置され、何れはサンドバッグ等を吊り下げる事も出来る様な造りになった長い雲梯。その周囲は城の壁や屋根の様に見せかけた作りとなっている。
作業中もちょこちょこと見に行って、業者さんに色々注文付けたのだが、たどたどしく説明する私を邪魔にすることもなく、懸命に私の希望を叶えてくれようとする人ばかりだった。
これらをひと月で完成させたのは、お父様に無理を言われたのではないだろうか・・・それだと申し訳なかったな。
本当に感謝しかない!
これは、豹兄に教えてもらった
パウリーニョ…(違うな)
パリーグ…(違うな)
パルクール…(これかな)の練習にも使うつもりなのだ。
可愛らしさを装って、お城風の巨大おままごとセットといった見た目でごまかしてはあるが、ちゃんと考えて作ってもらった。
走っているだけは体力はついても身体能力は上がらない。何か良いものはないかと考えた時にすぐ思いついたのがパルクールだ。
鷹虎が小5の頃、豹兄は私を迎えに来た帰りなどにパルクールをよく見せてくれた。
初めて見た時はびっくりしてヒヤヒヤして、豹兄が怪我しないか心配で仕方なかったが、何度も見るうちに自分もやりたいと言って教えてもらった。
鉄棒を飛び越えたり、遊具から遊具に飛んだり、高いところにサッと登ったり・・・1年も練習すると結構できるようになってきて、難易度を徐々に上げた練習を続け、中学生の頃には調子乗っていた・・・。
家の屋根に登っては飛び降り、登っては飛び降りと遊んでいたら、母さんに見つかってしこたま叱られた。
この私専用のお城の様な公園は、ちびっ子の自分が走る、飛ぶ、登るなどの身体能力と筋力を上げるのにきっと役に立つ。
大きくなったら、本物の屋敷で練習すればよい。
あの階段は楽しそうだ。
ふふん♪
これから何年かかけて能力を上げていけば、本当に魔法が使える様になった時、身体強化の効果も上がるというものだ。
うん、頑張ろう!
私は、好きなことには努力を惜しまないのである。
それから、できる限り毎日、ランニング+ダッシュ、縄跳び、鉄棒、シャドーボクシング、パルクールの練習を続けた。
パルクール以外はほぼ失敗というものはなく、続けることに意味があるものだが、パルクールだけはなかなか思うように出来ず、自分の身体能力の低さを嘆いたりした。
「お嬢様。昨日よりも出来ておりますよ!
明日はまた少しできるようになりますよ!」
その度にヨアブが励ましてくれた。
ヨアブの言う通りだと、焦ってはダメなのだと、何度も何度も失敗を繰り返しながら鍛錬を続けた。
半年、一年と経つうちに少しずつだが、出来る事が増えてきた。
一番低い鉄棒が飛び越えられる様になった。
壁を蹴って着地が上手くできる様になった。
壁を2歩走れる様になった。
壁を5歩走れる様になった。
遊具へ飛ぶ時に回転ができる様になった。
一番高い鉄棒が飛び越えられる様になった。
鉄棒で大車輪が1回できる様になった。
2枚の壁を足だけで2歩登れた。
3歩登れた。
1番上まで登れた。
日々の鍛錬で出来ることが増えていく喜びは何ものにも変え難い!
ヨアブはいつも自分のこと以上に喜んでくれた。
2年が経つ頃には、今の遊び場では物足りなくなる程には上達したと思う。
人間、続ける事が大事なのだ!
『継続は力なり』
これに限る!