67話 二度目の魔力解放〜ハロルド視点
アシュリーの学園入学に関して、魔法の授業のことがとても心配だった。
学園の教師によっては、せっかくのアシュリーの能力が潰されてしまわないかというのが一番の懸念だったけど、逆に教師の方がアシュリーの規格外さに、その理念を覆されてしまうのではないかという考えも過った。
魔術師団長を指導者とした特別授業を受けることになったのだと聞いた時は、本当に良かったと思ったよ。カーネギー団長ならあのアシュリーでも上手く導いてくれるだろうと、その僕の予想通り⋯いや、予想を遥かに超えてアシュリーは帰って来た!
魔道具で見た魔術大会でのアシュリーの演技は、素晴らしい魔法演技だった。アシュリーは魔法にあまり興味がないから、二度と大会には出てくれないかもしれない。
その場で見られなかった事が悔やまれるな〜。
仕方ないんだけどな〜。
アシュリー入学後ひと月もしないうちに、カーネギー団長からアシュリーが魔法を学んだ我が家の蔵書を読ませて欲しいという手紙が届いた。どうやら、我が家の古い蔵書にはカーネギー団長も知らない事が書いてあるらしい。
父上はすぐに送るつもりだったみたいだけど、それなら先に僕も読んでから送ってもらうことにした。
古文は少し苦手だけど、古いものを魔力解放が書かれたものから順に読んだ。
アシュリーはこれを5歳の時に読んだんだよな・・・すごく難しかっただろうに、本当に目標があると努力を惜しまない子だよ。
ひと通り古い文献を読んでみたところ、色々と気付くことがあった。アシュリーは何も教えられることもなく、この文献で魔力解放をし、魔法を使った・・・その結果がアレだとすると少し納得がいく。
既に学園で色々学んだ僕が読むと「?」と思うことも多いけど、それをアシュリーが実践して証明しているのだから答えが導きやすい。
この文献が四百年前のものだから、この四百年の間に変わってしまったということだろう。
大きな違いはやはり魔力解放だ。
アシュリーが全身に魔力を満たそうとしたのは、この文献を読めば納得だ。
どこにも「手に」などと書いてない。「全身に」とも書いていないけど「身体に」と書いてある。
これは僕の推測だけど・・・。
昔は普通に身体中に魔力を巡らせていたんじゃないかって思うんだ。アシュリーみたいに、頭の先から足の先まで葉脈のようにってわけじゃなかったとしても、手に限定はされてなかったんじゃないかな。
例えば、あまりの苦痛に耐えられない子供が多かったとか、魔力解放で死人が出たとか、何か理由があって徐々に巡らせる範囲を狭めて行き、それが今では普通に「手」だけになった。
もうひとつアシュリーと僕達の大きな違いは『詠唱』だけど、これも古い文献を読んで納得した。
これまでは、アシュリーの『詠唱』が不思議でならなかったのが、今度は何故今のような『詠唱』に統一されていったのかが不思議でならない。
『詠唱』が変わっていった途中経過を知りたいと思ったので、この四百年前の文献より少しずつ今に近付いて行くような文献を探して読んでみようと思う。
試しに、僕も自分で考えた『詠唱』で魔法を使ってみたところ、最初は発動しなかったのが、何度も繰り返すうちにイメージをしっかりすれば発動することが分かった。
これは画期的だ!
『詠唱』が短くできれば戦闘にも役立つ!
戦闘では魔法でしか役に立たない僕だから。
父上は、身体強化魔法を会得する為に、何年もかけて魔力を全身に巡らせていった。強靭な精神力がなければ出来ないことだから、身体強化は上位の騎士以外で会得しようとする人なんてそうそういない。
でも、僕もアシュリーを見て、アシュリーを知って気が変わったんだ。アシュリーのように全身に魔力を巡らせれば、もっと魔力が増え、もっと威力も上がるのだと。
これは挑戦するべきだ!
まぁ、いきなり全身に巡らせるのは怖いけど、やるなら一度に済んだ方がいいんじゃないかって・・・。だから教会へ行き、光魔法が使える魔術医師に待機してもらって、人生二度目の魔力解放を実践した。
イメージはアシュリーに教えられた「葉脈」だ。
自分を植物だと想像し、全身に養分が行き渡るように魔力を巡らせる。
アシュリーに聞いたところ、魔力はドロっとしたものじゃなく、サラサラっと流れるようにイメージすると良いらしい。
かなり辛かったけど、二度目の魔力解放を終えて二月ほど経った今は、あの時頑張って良かったのひと言だ。
魔力も以前より潤沢になり、魔法の威力も数段上がったと思う。
アシュリーが帰った日、夕食の後でその事を話すと、とても喜んでくれた。
「ハロルドお兄様、素晴らしいですわ!」
「アシュリー、ありがとう。アシュリーほど潤沢ではないんだけどね、でも随分魔力量も増えたみたいだ。魔法も前より楽に発動できる」
「さすがです!」
「詠唱についてもアシュリーのように短縮できるようになったよ」
「詠唱もですか!?」
「あー⋯ハロルド。詠唱については、少々問題があってな、短い詠唱は内密にしなければならないのだよ」
「え?」
そして、カーネギー団長の懸念する内容を説明されたのだけど、もっともだと思った。だから、僕もアシュリーと同じように隠しておくことにしたんだ。
少し残念…いや、かなり残念かな・・・。でも、他の人に広める前で良かったよ!
まぁ、僕はいざとい時のためにこっそり練習しておくけどね♪
しかし・・・
二度目の魔力解放は辛かった・・・。
本当に辛かった!
とにかく苦痛は長く続くし、あれは学園で初めて魔力解放を実践した時の比ではなかった!
アシュリーはよくあの苦痛を5歳で耐えられたものだとつくづく実感したよ。
でも、なんだろう・・・アシュリーが言っていた「力が漲る」というのが少し分かった気がする。
酷く疲れているのに、力が湧いてくる。
あれが魔力なのかな?
まあ、その時はとにかく休みたいと思っただけだったけどな…。
そして今度は、12歳のローレンティア様に同じことを勧めようとしている。22歳の僕でも辛かった二度目の魔力解放をだ。
でも、きっと彼女は「やる」って言うと思うんだ。
そういう頑張り屋だよ、この子は。
「ローレンティア様。魔法指導をする前にお話したい事があります」
「はい、なんでございましょう」
「アシュリーが私にローレンティア様の魔法指導を頼んだのは、二つ理由があるんだよ。ひとつは本当に魔法指導だが、もうひとつは魔力解放だ」
「魔力解放…ですか?学園に入学した時に済ませましたが」
「ローレンティア様は、アシュリーには全身に魔力が通っていることを知っているかい?」
「はい。直接お聞きした訳ではありませんが、魔法を拝見すれば一目瞭然かと」
「そう、アシュリーは全身に魔力が通っている。それを5歳の時に自分で魔力解放を実践してやり遂げたのさ」
「・・・・・・!!」
ローレンティア様は声も出ないほどに驚いてる。
そりゃそうだろう。
「私は、つい最近全身に巡らせた。アシュリーの助言通りにね♪」
「最近ですか?また魔力解放をした⋯ということですか?」
「そうだよ。おかげで魔力は以前より潤沢になり、威力も増した。発動も楽になったよ」
「そんなに違うのですね・・・」
「ああ、アシュリーの魔力解放にはそれだけの成果が見込める。でもその分かなりの苦痛が長引く」
「・・・・・・」
「だから、無理強いはしない。でも、その苦痛を乗り越えてでもローレンティア様が望み、もう一度魔力解放に挑戦するなら、光魔法が使える私が全力でサポートする」
「・・・・・・やります」
やっぱり♪
「私もアシュリー様のように全身に魔力を巡らせたいです!」
「ふふっ♪ ローレンティア様はそう言うと思ったよ。君のように頑張り屋なら大丈夫だ!」
「あの⋯私のことは『ローレンティア』と呼び捨てでお願いいたします。『ローラ』と呼んでいただいても⋯」
「そう?じゃあ、呼びやすいからローラにしよう!」
「はい!」
僕は、アシュリーが「葉脈」のように魔力を身体中に行き渡らせていることや、そのイメージが大切であることをじっくり説明し、ローラにしっかりと理解させた。
「本当に辛いけど、その辛さはいつかは終わる。その後は力が漲ってくる。頑張るんだ!」
「承知しました!」
「詠唱は大丈夫かい?」
「はい、今でもしっかり覚えています」
「よし、じゃあ頑張ろう!」
そうして、ローラは一刻を超える長い時間の苦痛に耐え、見事二度目の魔力解放をやり遂げた。
途中何度も意識を失いそうになるほどに苦しんでいたのは、見ているのも辛かった!本当にこれは誰にでも出来ることじゃないよな…。
「よく頑張ったね!今日はこのままお休み♪」
「はい・・・」
気を失うように倒れたローラに癒しの魔法をかけ、そのまま眠らせて部屋に連れて行った。後はメイドに目を離さないよう世話を頼んでおく。
アシュリーにもローラが二度目の魔力解放をやり遂げたことを報告した。
「ローラですか?どうして、ハロルドお兄様がローレンティア様を愛称で呼ぶのですか!?私も呼ばせてもらってないのに・・・」
気になるのはそこかい!?
「いや!ローラにしてみれば、10歳も年上の私から様付けで呼ばれるのに恐縮したんだよ!他意はないよ!」
「・・・お兄様ずるいです」
「もう、アシュリーも呼ばせてもらえばいいじゃない」
「そうします!」
そう言って、すぐにローラの所へ走って行ってしまう。
「アシュリー!ローラは疲れて眠っているよ!」
「ハッ!そうでした!」
行動が早すぎて止めるのも一苦労だ!
「とにかく彼女はすごく頑張ったんだ。今はゆっくり休ませてあげるんだ」
「はい、さすがローレンティア様です!きっと成し遂げると思っておりました」
「アシュリーといい、ローラといい、12歳とは思えない精神力だよ」
「目標がある者は努力を惜しまないものです。お兄様だってそうでしょう?」
「ははっ!そうだね」
翌日、ローラは、昨日倒れるほどに疲れ切っていた様子など微塵も感じさせない元気な姿で魔術師団の訓練所にやって来た。
「おはようございます。今日からご指導よろしくお願いいたします!」
ローラが元気に挨拶しながら入って来たら、魔術師団の団員達は「ほわ~ん♪」って聞こえてきそうなくらいに和んでいた。
まぁ、分かんないでもない。
ローラは可愛いからね♪
アシュリーの言葉を借りるなら「可愛いは正義」なんだったな。これからしばらくの間、魔術師団の良い癒しになってくれるかな。
「魔法を指導するのに、まずローラに言っておくことがある」
「はい!どんな試練でも乗り越えてみせます!」
「いや…そうじゃなくってね」
何か、この感じ、アシュリーに似てきてない?
「私が言いたいのは、ローラはアシュリーの真似をしなくて良いってことだよ。能力云々は別にして、二人は全く違う人間だ。これから必要になってくる魔法も全く違う。簡単に言うとアシュリーは戦闘型。でもローラに戦闘はそこまで必要だろうか?」
「えーと・・・よく分かりません」
「ほら、アシュリーも兄さんに言われていただろう?ローラがアシュリーになれないように、アシュリーもローラにはなれないんだよ」
「・・・・・・そうでしょうか。アシュリー様なら私なんかの…」
「はい!それも悪い癖だね。自信をつける為の魔法指導だ、自分を卑下する発言は禁止させてもらうよ」
「・・・はい」
本当に自分に自信のない姫さんだ。
どう言ったら分かってくれるかなぁ~。
「アシュリーは強い魔物が生息する魔の森を領地に持つこのグレンヴィルの娘だ。この領地を護るために誰よりも優れた戦闘力を身に付けようとしている。では、南のコーク辺境伯家の長女であるローレンティアは、領民の為に何を成したい?」
「・・・そうです。私は領民の為に・・・でも、分かりません。自分に何ができるのか」
「そうだね、焦ることはない。まだまだこれから考えていけばいいんだよ。ただ『できるのか』じゃなくて『やりたい』とか『やってみたい』の方がいいかな。目標を持てるだけでも気持ちは違ってくるよ」
「・・・はい。ハロルド様が何を仰りたいのか分かってきました!」
「ふふっ いい子だ♪ じゃあ、魔法指導をしていくよ」
目が輝いてきたね。
教え甲斐がありそうだ。




