58話 騎士見習い研修 身体能力向上
ウェリントン兄は、我が家の本館に移動してもらい、医師の診察を受けてもらうことになった。お父様がセバスチャンと付き添ってくれるそうだ。
ついでに、お父様にはオデット様への連絡をどのようにするのかを考えてもらう事になった。やはり頼りになる父である!
残った研修生を見渡すと、そろそろ動ける様になった様だ。
最下位君とブービー賞君とデコポンの3人を除いて。
「身体も温まったところで、身体を伸ばす『ストレッチ体操』というものをします」
「「「はい!」」」
「訓練の前にこれをすることによって、怪我も減り、身体への負担も軽減されます」
「「「はい!」」」
「今から、お手本となる土人形を出しますので、身体の動きをよく見て真似をしてください」
「「「はい・・・?」」」
私は地面に両手をつき、この日の為に何度も練習した土人形を作る。
土人形のモデルはジェイムズお兄様にした。騎士志望の研修生なのだから、王宮騎士がいいかな〜と思ったのだ。騎士団長とか作ったら、肖像権の侵害であるので止めた。
俯いたまま、小声で詠唱する。
『ラジオ体操第一!』
ちゃんちゃか、ちゃちゃちゃちゃ
ちゃんちゃか、ちゃちゃちゃちゃ
ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ
ちゃちゃちゃちゃちゃ、ぽろん。
私には聞き慣れた音楽が流れ始める。
「はい!のびのびと背伸びの運動!」
ちゃーんちゃんちゃーんちゃん
ちゃーんちゃんちゃーんちゃん
ポカーンとしていた研修生達は、私の声ではっと我に返り、土人形の真似を始めた。
「腕と脚の運動!」
ちゃんちゃんちゃちゃんちゃん
ちゃんちゃんちゃちゃんちゃん
王都邸から領地に帰るまで、鍛錬も出来ないし結構暇だったからな・・・。
以前、ロバート先生に「音も出せるだろ」と言われて、あの時は無理だと思ったのだが、曲が詳しく分かるなら出せるかも⋯と、やってみたところ、出来たのだ!
それから何回も土人形にラジオ体操をさせ、音も合わせるという練習をした。
もう、数え切れないほどラジオ体操は繰り返しているので、実はそんなに大変ではなかった。
その練習を見ていたクラリッサは驚いたり笑ったりしていたが・・・出来上がりを見て感動していたなぁ。一緒にやった体操はなかなか上手かったと思う。
土人形は4体作ったので、それぞれの近くの土人形を見本にすればよい。
そろそろ終わりだ。
「はい、ゆっくり息を吸ってー、吐いてー!」
ちゃんちゃんちゃちゃんちゃん
ちゃーんちゃーんちゃーん、ぽろん。
土人形は仕事を終えて消えた。
「アシュリー様、これはかなり辛い動きでした!」
「そうでしょう。普段あまり使われていない部分もほぐさないといけませんからね!この体操は是非覚えてください!」
「「「はい!」」」
「あの土人形と音に誰も突っ込まないというのは、皆アシュリーに影響されてるよね〜♪」
ハロルドお兄様が何か言っているが、私は構わず続ける。
「この体操だけでは足りない部分を今から伸ばしますので、私の真似をしてください」
「「「はい!」」」
「脚を前後に広げて、
踵は地面から離れない様に、
後ろの脚の膝は絶対曲げない。
徐々に前に身体を倒して止まります。
いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、なーな、はーち、きゅー、じゅーう。はい戻って」
「アシュリー様⋯これは辛いです・・・」
「辛いということは、硬い証拠です!」
「では反対も・・・」
私は、準備運動にしっかり時間をかけた。
だって、怪我でもされたら面倒だからね!
次からは、ラジオ体操を一番先にやった方がいいな。その後走ってストレッチ。うん、そうしよう!
身体も解れたところで、次は身体能力の向上だ。
「これから挑戦するのは『跳び箱』です。低いものから高いものまで色々あります。自分に合った高さを選んで練習してもらいます。
もちろん、低いものからどんどん高くしていくのも良いでしょう!
では、私が見本を見せますので、見ていてください」
私は、前世の跳び箱を模した箱の一番高い物を普通の開脚飛びで跳んで見せた。多分2mくらいの高さだと思う。
「今のは『開脚飛び』一番簡単な跳び方ですが、跳ぶ時、手を付く位置、足を開く時、それぞれしっかり合っていないと跳べません。
では、皆様もやってみましょう!」
これは、皆がワクワクしているのが分かる。
楽しそうで何よりだ!
鍛錬は楽しくがモットーである。
結構、跳ぶではないか。
ローレンティア様も、低いものならあと少しで跳べそうだ。
体操の途中からコソコソと交じって来た、びり君とブービー君も、2番目に低い跳び箱を跳んでいる。
ヘクターは私と同じ2mは跳べる。もっと高くても跳べるが、他に使い道の無いものを作ってもらうのに気が引けたので、ここまでにした。
そう、これは8歳の時に騎士団の練習に加わる様になって作ってもらったものだ。踏み台に一番手間がかかっているらしい。
前世のギネス記録って何段だったかな⋯?確か3m以上だったと思うんだ。
そんな事を考えていたら、デヴィッド君が何回目にして2mを跳んだ。
おやおや、かなり嬉しそうである。
あと、2mに挑戦しているのは、メイビル・ハンティントン。第一騎士団長の甥っ子だ。惜しいな・・・左右のバランスが違い過ぎて、斜めになっている。
跳び箱50回って言おうと思ってたんだが、ほっといても皆楽しそうに挑戦してるな!50回くらい、すぐに跳びそうだ。
・・・うん、次は100回にしよう。
「では、次は色々な技をお見せします」
私は見やすい様に、もう少し低い跳び箱を選んだ。
高すぎるとよく見えないからな。
『台上前転』
跳び箱の上で前転する。
『抱え込み跳び』
足を閉じて跳ぶ。
『前方倒立回転跳び』
台の上でハンドスプリングをして着地。
他にもできるが、皆にやってもらうのはこれくらいで良いだろう。
「この夏季休暇の間に、今の技が全て出来る様になってください」
「「「・・・」」」
「あの⋯最後の技は地面でも出来そうにないのですが⋯」
「大丈夫です。まだ時間もありますし、きっと出来るようになりますよ」
「・・・そうです、ね」
「台上前転などは補助がいないと危険ですので、明日からにしましょう。
次は鉄棒です。移動しましょう」
これまた、高い物から低い物まで揃った鉄棒に皆を並べる。
手を伸ばした所より高い鉄棒だ。
そう、懸垂である。
ロ●キーのテーマソングを流したいところだが、そこまで詳細に覚えていないので出来ない・・・残念だ。
私はニ番目に低い鉄棒である。
どうせこの鉄棒には私一人だよ!
「はい、皆様手を上げてー!少し肩より広く、そう。
そのまま飛んで鉄棒を掴んでください。
そして、腕を曲げてー、
棒から顎が出るくらいまであがりまーす!」
「アシュリー様!無理ですー!」
「私も無理ですー!」
あらま、1回も出来ない人が何人かいるよ・・・。
広背筋が発達してないな!
仕方ない、斜め懸垂にしてやろう。
ローレンティア様にも斜め懸垂の方がいいよな。
「では、何回も続けて出来そうにないと思う方はこちらに来てください」
低い鉄棒に並ばせ、斜め懸垂20回を…そうだな、最初だから3セットにしよう。
懸垂が何回も出来るのは・・・
予想通りのダドリー長男、ゴードン君に、ヨナ・ビュート、メイビル・ハンティントン、そしてデヴィッド君とヘクターだ。平民達と他に数人が5~6回くらいは続けられる。
「懸垂は姿勢が大切です、姿勢が悪いと身体は上手く育ちません!戻る時はゆっくりです」
さあ、誰が一番長く続けられるかな〜♪
・・・予想通り、私だ。
次はヘクターで、私はヘクターが止めるまで続けていた訳だが、ヘクターは3位のダドリー長男が止めるまで続けていたという訳なので、実際ヘクターと私の順位は分からない。
ゴードン君がすごい悔しそう。
ダドリー長男とゴードン君はライバル同士なのかもしれない!
でも、ここにいる人達が偉いと思うのは、途中で落ちてもそのまま待つのではなく、時間いっぱい懸垂を続けようとするところだ。
あちらの斜め懸垂グループの一部の奴らに爪の垢を煎じて飲ませたい!
腕を使った後は腹筋と足にしよう。
「皆様お疲れ様です。次はあちらの板の上に横になっていただきます」
「「「は⋯い」」」
元気ないなぁ。
まぁ、次は横になれるからいいか。
「上向きに寝て、両手は横。
足をまっすぐ上に上げまーす。
はい止めて!
膝は曲げてはいけません!
そのままゆっくり下ろします。
地面付く前に止めて!
地面に付いてはいけません!
いーち、にー、さーん、しー、ごー。
はい、また真上まで上げてください。
同じことを30回続けます。
今日は最初なので少な目にしましょう」
「えーー!」
誰か文句言ってるな。
無視しよう。
「下ろしてー
いーち、にー、・・・」
「はい、30回終わりました。
立ってください。
次は・・・」
「まだあるのかっ!」
何言ってんだこいつ。
「はい。訓練はまだ始まったばかりですよ」
「「え⋯」」
もう、無視しよう。
「では、皆様その場で結構です。
片脚の膝を腰より高く上げて止まってください。
膝は曲げます。
どうです?ふらつきますか?
騎士を目指すのであれば、この程度でふらついてはなりません!
では片脚ずつ上げますよ!
右膝を高く上げて⋯止める!
胸は張って!
はい、左足!止める!
はい、右足!止める!
いち、にー、さん!
いち、にー、さん!・・・」
「そこ、足が上がってませんよ!
いち、にー、、さん!・・・」
「ふらつかないように!さん!
いち、にー、さん!・・・」
「早くします!
右、左、右、左、右・・・」
「ほら、足が下がって来ましたよ!
右、左、右、左、右・・・」
「もっと早くします!
走る速さで!
いち、にっ、いち、にっ!・・・」
「膝は下げずに!
もっと早く!早く!早く!」
「これ以上早くは無理ですー!」
「では、その速さを維持して!」
脱落者続出のため、途中で終了。
残ったのは、いつもの先頭集団にウェリントン弟⋯リロイ君が加わった。走るの早そうだもんな。でも、もう少し続けていたらどうかな?
「アシュリー。そろそろ一度休ませてあげたらどうかな?」
ハロルドお兄様が、飲み物の入ったカップを指さして言う。
「承知しました。ありがとうございます!」
たくさん用意してくれたみたいだ。ありがたくいただくとしよう!
「皆様、少し休憩しましょう。あちらに飲み物の用意がありますので、どうぞ召し上がってください」
「「「ありがとうございます!」」」
「やっとか・・・」
最下位2人組は礼も言えんのか!
違うな⋯礼も言えないのは、あのびり君一人だな。もう一人のブービー君の方⋯テニスン長男は、ただの運痴だ。そして少しコミュ障?
あのびり君はどうしようかな⋯士気が下がるから邪魔だよな。本当にアイツは何のために来てるんだ?長男でも、アレは私を嫁にもらう為ではないだろう。そうすると他の理由は何か・・・。
ヘクターに目配せして、奴の名前を聞く。
「ジョン・モーランドです」
モーランドと言えば、カーライル子爵と一緒に私にイチャモン付けて来た伯爵家だ。魔術大会当日に苦情を取り下げて謝罪してきたらしいが、それで我が家に研修に来させるってどうよ?
目的は何か・・・我が家に探りを入れに来たとか?
でも、アレは人選ミスもミス、大ミスだ。
お父様は、分かっているのだろうか?
聞いたら教えてくれるかな?
「お嬢様。クラリッサからの情報があります」
「何でしょう」
「ジョン・モーランドは、多分ローレンティア様に特別な思いを持っていらっしゃると思われます」
「・・・!!」
なんと!
びりっけつことジョン君は、ローレンティア様に惚れていると!?
ふーーーーーーーん♪
「お嬢様・・・顔に出すぎです」
おっと、いけない。
目がかまぼこ型になっていたかもしれない。




