52話 それぞれの魔術大会 その後
◇カーネギー魔術師団長◇
アシュリーに嘘をついた。
アシュリーの魔法演技にひとつの嘘の跡も残さない為に。
オンブロー伯爵の脳裏に話しかけたのは、私ではなく紛れもなく神獣だ。
最初はアシュリーとの打ち合わせ通り、私が神獣のふりをするつもりだった。
しかし、それはアシュリーの魔法を私が嘘に塗り替える様な気がして少し戸惑っていた。
そんな時に神獣が言ったのだ、
『我を使えば良い』と。
何故自分に繋がっているのか分からず戸惑ったが、そんな事より・・・
『願ったりだ!頼む!』
すぐさま神獣に頼んだ。
神獣の力というのは凄いものだな。
アシュリーを通して繋がっていただけの私とも、今では自在に意識を繋げる事ができるのだと。
それは私に闇の魔力が備わっている事が要因ではあるが、元々はアシュリーの魔力と神獣の魔力が同調している所為だった。
そのアシュリーと何度も何度も思考を繋げているうちに神獣も勝手に繋がる様になったらしいのだが…凄いな。
神獣とアシュリーは自分と一緒にしてはいけないと思う・・・うん。
アシュリーはまた『進化』した様だしな・・・。
どこまで進化するんだあいつは!
もう、私には検証も出来んわ!
長期休暇でしばらく離れられるのはほっとする様な気もするが、ほっといたらまた何かやらかすだろう不安で落ち着かん・・・。
ああ…何も起こしてくれるなよ。
ハロルド頼んだ!
◇国王・アーチボルト◇
やりおった。
本当にやりおった!
何のために王族全員と騎士団長との面会を要求してきたのかと思えば、そういう事だったのか。まさか、あれほど見事な魔法を見せられるとは思わなかった。
魔力は多くとも上手く扱えぬと思っていたが、とんでもない!
土人形の精巧さといい、あの数を同時に動かす技量といい、驚かされ続けた・・・。
5属性全ての魔法を、しかも同時にいくつもの魔法を使いこなしたあの娘は、儂が生まれてこの方見た事もない程の魔術師に成長していると思われる。
今回、自分の実力を見せつけるだけではなく、国を護る者達の存在を知らしめることも同時に成したと言えるだろう。
こちらが期待した以上の成果だ。
儂は国王として、あの娘にどうやって報いれば良いのだろうか・・・。
「失礼します」
ノックの音と共にリチャードが書類を持って入って来た。
「陛下、こちらにサインをお願いします」
リチャードが持って来た書類を見て驚いた!
「これは!?」
「ご覧の通り、オンブロー伯爵家の爵位継承の申請です。生前の爵位相続ですので、国王の承認が必要となります」
「そんな事は分かっておる!これは本当にオンブロー伯爵が望んで書いたものか?」
「はい。オンブロー伯爵が自ら望んだものです」
「・・・そうか」
「そして、明日は国議会の議長であるフェアファクス候爵と会談を予定しております。内容はオンブロー伯爵の議会退会です」
「なんだと!?そんな早く?」
「オンブロー伯爵は早々に領地に戻られるそうですよ」
「・・・何があった」
「私にもよく分かりませんが、アシュリー様の所為でしょうね」
「やはり、あの娘か・・・」
「ああ、オンブロー伯爵はこう仰っておりました
『儂は、アシュリー・グレンヴィルに至誠である事を誓う』とね」
「なんだと?どういう意味だ?」
「さあ?アシュリー様の正義は悪人にも通じるということでは?」
「訳が分からん!」
「私は分かりますよ。
ああ、孫の嫁に欲しいがアレは誰の手にも余るだろうとも仰ってましたね。ギルフォード殿下が振り回されているのを笑っていました」
「・・・・・・」
「今頃、高位貴族の皆様は、どうやってアシュリー様を嫁にもらうか試行錯誤していらっしゃるのではないでしょうか」
「・・・・・・」
「もう、何かしら手を打っている所もあるでしょうか、グレンヴィル辺境伯はこれから大変ですね」
「・・・何が言いたい」
「いえ、決してギルフォード殿下が不甲斐ないなどとは申しておりませんよ」
「言っておるではないか!」
「まあ、ギルフォード殿下でなくても無理でしょう」
「・・・そうだな」
「強いて言えば、騎士団長辺りなら喜んで嫁ぎそうですが?」
「ありえる!未婚の騎士団長と言えば、ボディア家かルイーズ家か・・・どちらも長男ではないではないか!」
「そうですね。でも、アシュリー様にとって爵位など関係ないのでは?」
「確かに、爵位などあの娘にとっては何でもないであろう」
「陛下、良い事をお教えいたしましょう」
「何だ?あまり良い事とは思えんのだが…」
「そんな事はありません。
この夏季休暇など、長期休暇を使ったグレンヴィルでの騎士見習いの研修が始まったのです。それにギルフォード殿下を送り込んでは如何です?
ギルフォード殿下は鍛えられ、アシュリー様ともっと親しくなる一石二鳥の良い機会ではありませんか?」
「ギルフォードが可哀想ではないか?」
「・・・過保護ですね。
アシュリー様は、剣術大会で決勝にも残れない男に興味はないと思います」
「厳しいな・・・一応王太子なのだぞ?」
「この国を背負うのなら、踏む必要のある段階でありましょう」
「ご心配ならエドゥアルドも同行させますが?」
「・・・ギルフォードに聞いてみてくれ」
「承知しました」
◇第一王子・ギルフォード◇
「グレンヴィルの騎士研修へ?」
「はい。今年の夏の長期休暇より始まったのです。既に24人の生徒が申請をしている様です」
「騎士になる者以外でもグレンヴィルは受け入れると?」
「その確認はしておりませんが、騎士志望以外の生徒が何人か申請しているのは確認済です。
例えば・・・次期ウェリントン候爵のご長男ですとか」
「最高学年のライオネル・ウェリントンか、何故だ?彼は剣術もそれほど・・・」
「弱いから行くのではないでしょうか」
「確かにそうなのだろうが、グレンヴィルに行くほどに鍛えなければいけない理由が分からないな」
「ギルフォード殿下は行かれませんか?」
「いや、それは・・・」
「エドゥアルドも同行させましょう」
「何か、どうしても行かせたいという思惑が丸見えだぞ?」
「そういう訳ではありませんが、ギルフォード様は行かれた方が良いかと」
「ふむ…まあ、そうだな。
だが、エドゥアルドに無理強いはしたくない、彼には強要せず希望を聞いてやってくれ」
「承知しました」
◇グレンヴィル辺境伯◇
どういう事だ。
グレンヴィルへ騎士研修に来る生徒の名を確認しているのだが、騎士見習いの研修のはずが、貴族の長男が何人もいるというのはどういう事だ。
それだけでなく、ギルフォード殿下まで?
宰相の息子付きで?
陛下は何を考えておるのだ!
アレか・・・
アシュリー以外に理由はないだろうな。
そうすると、この高位貴族の面々もアシュリー狙いか。
ははっ!面白い!
後悔しないと良いのだがな。
ふむ…。
ライオネル・ウェリントン…ウェリントン候爵の孫か。
確か、婚約者がいるのではなかったか?
ふむ…。
「おい、トビー。ヘクターは何処にいる?」
「ヘクターなら、お嬢様と課題をしておりますので呼んで参りましょう」
「ああ、頼む」
「お呼びでしょうか旦那様」
「ああ、学園の生徒について、お前の知っている事を教えて欲しいと思ってな」
「はい、高等部の生徒でしたら全員お答えできると思います」
「すごいな・・・全員か?」
「はい、お嬢様に関わる可能性がある人間は全て把握しておきたいと思いましたので調べました。
初等部に関してはクラリッサが把握しております」
「そ、そうか・・・」
うちの使用人の優秀さを今更ながらに実感したな。
「ではまず最高学年のライオネル・ウェリントンについて知っていることは?」
「次期ウェリントン候爵のご長男ですね。
クラスはS。剣術や魔術に関しては可もなく不可もなく。試験ではいつも上位3位以内を維持する秀才です。アシュリー様との接点は無いかと思われましたが、淑女科と領主科の合同でのダンス練習の授業で一度パートナー役となり、その巧みなダンスにお嬢様が感心されておりました。その他に、隣のアーラジル共和国の言語をいくつか話せるとの事。さすが外交官長の血筋といったところでしょうか。
ライオネル様とはそれだけですが、同じ高等部1学年のAクラスに、妹様で次女のケイシー様がいらっしゃいます。ケイシー様は、以前専門の授業でアシュリー様の火魔法を見られてから、どうもアシュリー様に傾倒していらっしゃるご様子。先日の魔術大会でも一際大きな声援をされていました。
次男のリロイ様は3学年Sクラスで、こちらは少し剣術がお得意でいらっしゃいます。剣術大会では3回戦敗退でしたが、その時の対戦相手は決勝に進出していますので、まあまあの出来ではないかと。勉学に関しては可もなく不可もなくといったところで、アシュリー様との接点は今のところありません」
「そ、そうか・・・」
私のひと言にこれだけの返答をしてくるとは、恐れ入った・・・。
これを24人も聞いたら日が暮れるな。
不審な者だけにしよう。
確か、リロイという次男も研修に参加しているようだが、こちらは本当に騎士志望かもしれんな。
「ダニエル・デヴォンについては?」
「よくぞ聞いてくださいました!
デヴォン伯爵家長男のダニエル様は、2学年Aクラス。専門は領主科。学業の成績は特に良い訳ではありませんが、アシュリー様のクラスの担任であるヘンリー先生に師事しておりますので要注意人物です!ヘンリー先生とは叔父と甥の関係ですから、それを利用した何らかの意図が見えます!
クラリッサの話によると、アシュリー様が王都に来る途中に宿泊された際、伯爵から紹介されておりますが、アシュリー様は全くご興味を示さず、光の速さで話をブチ切ったとの事です」
「そうか・・・彼は要注意と。
次は、ジョン・モーランドか」
まだ初等部だというのに、この研修に参加するとはどういうつもりだろう。
「モーランド伯爵家のご長男は、アシュリー様の元同級生です。こちらはクラリッサがお答えします。少々お待ちを」
そう言って、部屋を退出したヘクターはクラリッサを連れて来たのだが・・・何故かアシュリーまで付いてきた。
「お父様、ヘクターとクラリッサをお呼びになったのは何故ですか?私と一緒に勉強しておりましたのに、2人共にいなくなってしまってはつまりません!」
「ああ、悪かった。ヘクターはもう良いから連れて行きなさい」
「ですって!ヘクター行きましょう!」
「お嬢様、私がいなくてもしっかり刺繍の課題をするのですよ!好きな教科ばかりしていてはなりませんよ!」
「はーい・・・」
アシュリーがすごすごと去って行く後ろ姿に哀愁が漂っている。
「面倒かけてすまないな。ジョン・モーランドについて知っていることを教えてくれ」
「はい。アシュリー様が高等部へ編入するまでは同じクラスで、Sクラスです。
伯爵家の長男であることを鼻にかける傲慢な人柄は有名ですが、Sクラスの中での順位は下の方です。特に今年入学のSクラスは優秀な方が多いので、今後も上位にはなれないと思われます。
アシュリー様がまだ初等部にいらっしゃった時に広められた『九九』を、影で批判していたのを何度も耳にしました。アシュリー様には何らかの反発心をお持ちですので要注意人物です!
今のクラスでは、唯一、コーク辺境伯のご長女様が自分より家格が上であると自覚しているのか、彼女が優しくて可愛いからなのかは分かりませんが、コークのお嬢様には一目置いているようです。
火と地の属性を持ち、魔力もそれなりに多い方かと思われますが、制御は上手くありません。すみません…これくらいでしょうか…」
「十分だ!
アシュリーが広めた『くく』というのは何だ?」
「旦那様はご存知ありませんでしたか。
アシュリー様は入学時の試験で満点をお取りになりました。特に算術の問題には誰にも解けないだろうと思われる問題が2問あった所、アシュリー様だけが正解の回答をなさったのです」
「ほぉ!それはすごい!」
「ええ、それで皆様にもアシュリー様の算術の極意を伝授されましたのです!
『九九』とは、掛け算を早く正確に計算できる暗記術なのです。『九九』を暗記する事によって、掛け算だけでなく割り算も早く計算出来るようになりますわ」
「アシュリーは、剣術以外にも役に立っておったのだな・・・」
「はい!初等部でのアシュリー様はクラスの皆様のお姉様の様に頼りにされておりました!」
「そうか・・・」
アシュリーの学園生活は思ったより奥が深い様だ、休暇のうちに色々聞くとしよう。
「次は、ノルベル・テニスンについてはどうだ」
「ノルベル・テニスンは私と同じAクラスですが、成績はギリギリAクラスになったという程度かと。
魔力の属性は緑のみ。魔力もあまり多くはないようです。
大人しく引っ込み思案で、授業中も教師に当てられない様いつも俯いておりますし、授業の間の時間やお昼の時間も独りでひっそり過ごして⋯そう、外で過ごすのがお好きなようで、天気の良い日はほぼ毎日学園の庭に出られますね。
入学当初は、お昼の時間には高等部に在籍する使用人が様子を見に通って来ておりましたが、あの事件以来ずっと独りのようです」
「そうか、分かった」
この子も親に無理やり駆り出された口か。
さて、要注意人物はこれくらいか。
さっき話に出たコークの姫さんまで参加というのは気になるが・・・。
「コーク辺境伯の長女はどんな娘だ」
「ローレンティア様は、全てにおいて優秀で、それはそれは愛らしく優しいご令嬢です!アシュリー様を崇拝していらっしゃる所も素晴らしい!先日も・・・」
「そ、そうか!よく分かった!情報はこれくらいで十分だ。下がって良い」
「お役に立てれば幸いです。それでは失礼いたします」
長くなりそうだから、話途中で遮らせてもらった⋯危ない危ない。
クラリッサもなんだかんだアシュリーの崇拝者だからな。
色々考えてはみたが、
これはアシュリーに任せておけば良い様な気がしてきた。
あの一見可憐な娘は鍛錬に関しては、私より容赦ないからな。
皆、来るが良い。
領地に帰ってからが楽しみだ!




