51話 それぞれの魔術大会
◇ケイシー(ウェリントン候爵令嬢)◇
魔術大会にアシュリー様が出場すると聞いて楽しみにしておりましたのに・・・アシュリー様のお名前が呼ばれることがなく、表彰式まで終わってしまった時は愕然としました。
ところが!
アシュリー様は特別出場だったのです!
あの様な高い観覧席から宙を舞う様に飛び降りたアシュリー様は、淡い金色の光に包まれた妖精のようです。
闘技場から次々と湧き出て来る人形達は、王族の皆様にそっくりで、まるで生きている様です!王族だけではありません。あれは騎士の皆様でしょうか、よくギルフォード殿下の護衛をされている凛々しい騎士団長様までそっくりです!
あら、次はグレンヴィル辺境伯でしょうか?凛々しいご子息方はアシュリー様のお兄様達なのでしょう。何と素敵なご家族なのでしょう・・・。
アシュリー様、どれだけ人形を出すのかしら。あっという間にもう何百人もの人形が作られました。本当にアシュリー様は規格外でいらっしゃいます。
そして、本物と見まごうばかりの人形達は、なんと動きだしたのです!足並みも揃った行進です!流れる曲も行進するのにとても合っています。
あ、片手を上げました!皆揃っていてとても綺麗です。
行進が止まったと思ったら、あれはアシュリー様の風魔法ですね。2枚の大きな紋章が空を舞ってどこかへ飛んで行きましたわ。
これからまだ何かあるのでしょうか?
曲が少々怖い雰囲気のものに変わりましたね?
何かある所ではありません!
あ、あれは魔物ですよ!何という魔物でしょう?いえ、それどころではありません!
何という数の魔物・・・
それが、王族の皆様の方を目指して進み襲いかかろうとしています!でも、騎士の皆様が一斉に魔物と闘い始めました!
強いですわ!人形だと分かっていても、騎士の皆様を応援してしまいます。
恐ろしい大きな蛇は私でも分かりますよ、サーペントです。首がたくさんある魔物は名前は分かりませんが本当に恐ろしいです!
あの様な恐ろしい魔物でも騎士の皆様は怯むことなく戦うのですね。アシュリー様はそれを私達にも教えてくださっているのでしょう。
まあ!
アシュリー様まで戦い始めましたわ!
素敵!素敵です!
アシュリー様の剣術はなんて美しいのでしょうか・・・剣術だけではありませんね、全ての動きに無駄がなく美しいです。何処から出したのか短剣を飛ばして、空飛ぶ魔物まで倒してしまいました。
あの様に小柄なお身体でも、次々と大きな魔物を倒していくお姿は凛々しく、戦いの女神のようです。
王族の前に立ちはだかるアシュリー様には、この国を護る強い意志を感じます。きっと、この大会を見た人達全員に伝わったのではないでしょうか。
アシュリー様だけではありません。あの人形の騎士やグレンヴィルの人達もその意志が込められているのでしょう。
何という素晴らしい魔法演技でしょうか!
あ、あれは授業で見たアシュリー様です!全身に炎を纏ったお姿をまた拝見出来るなんて・・・。
ハッ!またつい、拝んでしまいましたわ。アシュリー様が火の神の様に神々しいので仕方ありませんよね。
以前の炎より迫力があり、幾つかの炎の柱が魔物の方に飛んで行きます!
きゃあ!
私達の観覧席の方へも来ましたわ!
まるで、炎にも意思があるようですわね。
あら、いつの間にか、障壁でしょうか?私達の観覧席が保護されているようです。この様なお気遣いもしていらっしゃるとは、さすがです!障壁越しでしたら恐ろしくもありませんし、美しさだけが際立つと思います。
真っ青な顔をされている方もいらっしゃる様ですが・・・良いお年ををされた男性なのに、怖がりなのですね。
まあ!今度は炎が青白くなりましたわ!
なんて美しいのでしょう!
氷の矢が魔物を倒していきますわ!
あの青白く輝く炎は氷なのですか?氷が炎のようにみえるの?
しかも、青白く輝く炎は天へ登るかのように大きくなって・・・あれは? 大きな大きな白狼?
お近くの方たちが「あれは神獣だ!」と仰っているので、神獣様なのでしょうか。
皆様とても興奮されているようです。
神獣様が空を飛び回っていらっしゃいますが、あれもアシュリー様の魔法なのですよね?
どれだけの魔法を使っていらっしゃるのか、
はぁ…何もかもが規格外です。これほど驚かされ、これほど感動させられるのはアシュリー様だけでしょう。
魔物達が全て倒されたようですね。騎士の人形達が陛下に跪きました。人形だと分かっていても、陛下が騎士の皆様を賞賛しているのが伝わって来ます。きっと陛下はいつもこの様に皆に感謝なさっているのでしょう。
あら、また曲が変わりました。
魔物を倒して終わりではないのですね?まだ続きがあるなんて嬉しいです!
今度はアシュリー様はお花をたくさん咲かせています。それはそれはたくさん。
これは緑魔法です。アシュリー様は5属性全てお使いになったのではないでしょうか。
入場した時は金色に輝いていらっしゃいましたから、光魔法も使われたのでしょう。
本当に素晴らしいですわ!
わあ〜!
花が、花が舞っております!
なんて綺麗なのでしょう!
私の方へも飛んで来てくれました。身体に花弁が触れると消えてしまうのが残念ですが・・・その瞬間がほわっと優しい風が感じられとても気持ちが良いのです。
もっともっと飛んで来てくれないかしら・・・。
闘技場を見ると、いつの間にか人形が消えています。
そして曲が終わってしまいました。
アシュリー様が綺麗なカーテシーをしていらっしゃるので、これで終わりなのですね・・・。
ハッ!
拍手しなくては!
いっぱいいっぱい拍手を送りましょう!
「アシュリー様ー!
素晴らしかったですー!」
手が真っ赤になるほどに拍手しました。
アシュリー様も嬉しそうなお顔をなさって・・・あら?
アシュリー様?
アシュリー様がお倒れになりました!!
どうして!?
アシュリー様!!
・・・どうやら、お休みになられたようです。これほどの魔法演技を披露なさったのです、お疲れなのでしょう。
それにしても・・・
もう…なんてお可愛らしいのでしょう!
カーネギー魔術師団長様の腕の中でお休みになられるアシュリー様の無防備なお姿に、これまでの感動とは違った、ある別の感動が生まれますわ!
お母様も目を輝かせていらっしゃいますので、きっと私と同じ気持ちに違いありませんね!
ああ…アシュリー様が我が家に来てくださったら・・・そうよ!お兄様達の誰かと結婚でもしてくれたら・・・。
駄目ね、私がどこかへ嫁いでしまってはご一緒に暮らせませんし、長男のライオネルお兄様には婚約者様が・・・
お母様、上手くいきませんわね。
あら、お母様が何やら考えていらっしゃいますね・・・どうしたのでしょう。
ああ、それにしても素晴らしい魔法演技でしたわ!
◇オンブロー伯爵◇
神獣が儂に話しかけてきた。儂だけに。
何故神獣が・・・あれもアシュリー・グレンヴィルの魔法であるはずなのに、神獣が儂に話している間、グレンヴィルの娘は別の魔法を使っておった。
儂に話しかけている様子はなかった。
そもそも儂だけに、儂の頭の中に話しかけるなど人間のできる技ではあるまい。
では、あれはやはり・・・。
知っていると言っていた。
見ていると言っていた。
私は考えねばならない。
何を手にするか
何を捨てるのか
いや、答えは分かっている。
「お爺様!見てください!
この様に美しいトロフィーをいただきました!」
「おお!ソーントン、良かったな!」
「はい!あれ?お爺様、お顔の色が・・・お身体の具合が良くないのですか!?」
「父上?大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ・・・馬車場は混み合うだろう、帰ろうか」
「はい…」
本当にあの娘は国王に怒鳴り散らしたのか?
それで何故不敬とならぬのか。
誰かに確認できれば・・・。
儂は、グレンヴィルの娘の真意を知りたい。
神獣の言った事が本当なら・・・
本当なら?
儂はどうしたいのだ?
本当であって欲しいと思っているのか?
「オンブロー伯爵。お顔の色が優れない様ですが、いかがされましたか?よろしければ医務室へご案内致します」
闘技場を出た所で、どこぞの貴族に対応していた宰相がこちらにやって来た。
グレンヴィルの娘の事を聞ける人間がいるとすれば、この男しかいないだろう。だが、儂から聞ける様な話ではない。
「いや、大丈・・・」
「少しお休みになられてからお帰りになった方が・・・そのまま馬車にお乗りになるのは止められた方がよろしいかと。ご家族には先にお帰りいただいて、伯爵はこちらでお送りいたしましょう」
「ありがとうございます!
父上、そうさせてもらいましょう!」
儂は宰相について医務室とやらへ行くことにした。本当に医務室かどうかは分からんが、宰相の思惑に乗ってみようと思えた。
「お前達は先に帰りなさい」
「お父様、私が付き添いますわ!
ザカライア様、良いでしょう?」
「いや、遅くなるようなら王宮の職務室に泊まることも出来るから心配するな。仕事で遅くなる時はいつもそうしているのだ、安心しなさい」
ネヴァも優しい嫁だ。本当に儂を心配しているのが分かる。この落ち着いた気持ちは、既に儂の心は何を手にするべきか答えは出ているのだろう。
宰相に案内されたのは、医務室というよりサロンの様な造りの部屋だった。
「こちらでお休みください。今、医師を連れて参ります」
「いや、医師は必要ない。少し休めば良くなるだろう」
「そうですか?それではお飲み物をお持ちしましょう」
宰相は近くにいた者に飲み物を持って来るよう言い付けた為、今この部屋には宰相と自分しかいない。
「ああ…すまない。グレンヴィルの娘はどうなった。あの娘の方が心配ではないか?」
「アシュリー様ですね。あの方は医師の診察でもただの魔力切れとのことで、回復に時間は掛かるけれど心配は要らないと言われました」
「そうか、あれ程の魔力を使い続けたのだからな・・・終わるまで魔力切れを起こさなかった事の方が驚きだ」
「いかがでしたか?」
「・・・いかがとは?」
「オンブロー伯爵が、アシュリー様の魔法演技をご覧になってどの様に感じられたのかです。これは私個人の興味程度ですので、お答えいただかなくてもよろしいのですが・・・是非お聞きしたいと」
「ふん、おかしな言い方をする」
「これはごく一部の者しか知りませんが、アシュリー様が魔術大会に出場されたのは、ギルフォード殿下暗殺の関わった一族の為なのですよ」
口角をにっと上げて宰相が言う。
「どういう事か聞いても?」
「最初は、アシュリー様の高等部編入に対して苦情を言ってくる人達に、その魔法を見せてやって欲しいという陛下の提案からでした」
陛下から?
それでは神獣の話と合わない。
「アシュリー様はそれに乗り気では無かったようなのですが・・・。
ギルフォード殿下暗殺に関わった一族は全て連坐となると聞いた途端、彼女から凄まじい威圧の魔力が発せられるのを感じました。多分、無自覚だったのでしょう。彼女が握っていた拳をカーネギー伯爵が宥めながら開くと血が滲んでおりましたから・・・それほど憤っていたと思われます」
やはり、神獣の言った通りか。
「そして陛下へ向かって捲し立てたのです。
『悪しき者の子が、何故悪しき教えを受けたと分かるか』と。『疑わしき者だからと・・・」
「知っておる」
「は?」
「知っておると言ったのだ」
「え?誰から・・・」
神獣からなどと言えるか!
「誰でも良いであろう!
全て知っておるのだ!」
「そうですか・・・。
誰から聞いたのか知りませんが、内密にお願いします。特に陛下が12歳の娘に威圧されたなど口外できる内容ではありませんからね。」
「そうだな・・・」
「アシュリー様にとっても、国王への不敬だと文句を言う輩が出てこないとも限りません。
まあ、あの時既にある方に咎められていましたが『不敬で罰せられるなら投獄でもむち打ちでも逆さ吊りでも受けよう』と豪語していました・・・その勢いに、皆が困り果てたものです」
「そ、それは・・・」
それは困るだろう!
何という豪気な娘だ!
「アシュリー様は、誰も殺さない、殺させない手段として魔術大会へ出場することを決断されたのだと、伯爵が分かっていらっしゃるのでしたら、私は何も申し上げません。
あの勇ましいお嬢様の意気込みが伝わっていれば幸いです」
「ああ、誰もがその気迫を見せ付けられた事だろう」
まだ、あの神獣の言葉はあの娘の手管であるという疑いもあったが・・・そんな事はどうでも良いのかもしれん。
グレンヴィルの娘。
国王にも臆する事のないお前にこの国を託し、儂は儂のすべきことをするとしよう。
「儂は、アシュリー・グレンヴィルに至誠である事を誓おう」
「・・・!!」
面白い!
あの宰相が表情を崩して驚いておるわ!
「ソーントンの嫁に欲しいくらいだが、アレは誰の手にも余るだろう。殿下も振り回されておると聞いた。誰がグレンヴィルの娘を手に入れるか見ものだな。
儂は、爵位をザカライアに譲り、領地に戻る。議会も退会する故、議長に面会を頼む」
「・・・分かりました。直ぐに手配しましょう」




