4話 魔法を使ってみよう
魔力解放ができた私は、次に魔法について色々勉強した。
季節は春。今は「初春」の月になったので、あれからさらにひと月近く本を読み漁ったと思われる。
もちろん勉強する場所は庭師のヨアブの家でである。
「お嬢様はよくお勉強されて努力家でございますな〜」
「ありがとう!」
ヨアブは魔力が無いので、私が魔法の本を読んでいても毎日褒めてくれる。
魔法は直ぐに使ってみてもよかったのだが、ちゃんとした知識を持って挑みたかったのだ。私は結構思慮深いのだ。
前世の友達には「脳筋娘」などと言われた事も少なくないけれど、私の脳みそは深く考えることが出来るのだ!
ふむふむ
ふむふむ
魔力があるだけでは魔法を使うことは出来ず、魔力を揉み、詠唱によって放出できて初めて魔法になるのか。
それぞれの属性を元に学び、得意分野を伸ばしていく為に、魔力のある者は全て12歳から魔法の学校に通うのだとか。
・・・・・・。
魔力を揉むって?
モミモミすればいいのか?
魔力って揉めるのか?
・・・・・・?
胸の辺りにある魔力の大元を魔力の心臓だと思えば、心臓マッサージみたいなものか。
前世で読んだ某医療漫画で、心肺停止した患者の心臓を直接モミモミして心臓マッサージしているシーンがあったな・・・あんな感じかな?
血行が良くなるのと同じ様に、魔心臓(勝手に命名)をマッサージすれば魔力の流れも良くなるのだろう。
うん、なんとなく分かった。
でも、どうやって?
イメージすれば出来るかな?
そういえば、魔力の属性って自分では分からんな・・・それを見分ける方法とかないのだろうか。
魔力解放では全属性詠唱しなければならないだけで、属性が分かるわけではない。
稀少魔力系には「光」と「闇」があって、この属性を持つ人は少ないらしい。
「闇魔法」なんて少な過ぎるのかほぼ記録がないな。
多くの人は「火」「水」「緑」「風」「地」の5つの属性のうち何かしらに属していて、複数の属性を持つ人も多いのか。
お父様やお兄様達は何属性かな?お父様とか何でもありそうなんだけど…今度機会があったら聞いてみよう。
私の魔力解放がバレたら困るので聞く時は気を付けなくては。
うーん・・・
これは、とにかく簡単な魔法でも使ってみて属性を確認するしかないかな。
魔力には色もあって、使用するとその色の魔力が見えることも多いらしいので、目に見える魔法を使ってみたらいいかもしれない。
うんうん。
「光」は金色で表され、癒し、回復等が出来る。水と風系魔法でも多くの魔力と時間をかければ回復は可能だが、瞬時に根本から身体を回復させる事ができるのは光魔法だけ。
ほ〜
すごいな。
これ使えたら重宝されるよ、絶対。
「闇」は黒。消滅魔法だって。他に無いのかな?
大掃除とかするのに良さそうだけどあまり使い道はなさそう?
他は・・・
火は赤。火魔法、熱魔法
水は青。水魔法、氷魔法、回復
緑は緑。植物に関する魔法等
風は白。風魔法、飛行魔法、回復
地は黄。土魔法、鉱物、錬金等
結構分かりやすいな。そのまんまって感じだ。まずは初級魔法をひとつずつ試してみるのが妥当だろう。一回魔法を使ったらどれだけ魔力が減るのかも知りたいし。
グレンヴィル家の図書室には、魔力解放についての文献はひとつしか見つけられなかったが、魔法書は結構沢山あったのだ。
それぞれの属性毎に、初級・中級・上級と書籍も分けられていて、また一冊ずつという訳でもない。
同じ属性の同じ初級だけで数冊あるのだから、50冊以上はあるはずだ。
まあ、それほどページ数は多くないので頑張れば1日一冊くらいは読めるが。
読み比べてみると、著者によっての違いに気付く。傷み方からかなり古いと思われた本は、四百年以上前の本で、特に書かれている内容に違いがある。
その違いというのが『詠唱』だ。
見つけた!と思ったね。
古い文献は、こういうのを論文と言うのだろう(論文というものは読んだことがないが)、詠唱の違いによる魔法の効果や威力は変わらないという検証結果が書かれていた。
「ケンシロウ君はAとBとCの詠唱でDの結果が出ました。
ユリアちゃんは同じAとBとCの詠唱ではDの結果は出ず、Eとなりました。」
少々難しい言い回しなので読解に日数は掛かったが、そういう事だと思う。
古い文献の詠唱はもっと端的である。
今の人達が使っている詠唱はやはり「厨二病」・・・ゲホゲホ。
(お父様まで「厨二病」とは思いたくない)
少々小難しい言葉を羅列しているものが多い様で、それはただ魔法を放つ時に様になる言葉の方が、それらしくて格好良いから変わって来たのではないかと思われる。
(お父様は格好良いけど)
結論。
詠唱はなんでも良い!
最初はどれがいいかな〜。
火や水系の魔法をこの家の中で・・・ヨアブの家だ・・・使えないよ。
風もダメ、何か飛んで行きそう。
地も緑難しいだろう。
結局家の中で魔法はやめた方がいいと思い直して庭に出ることにした。でも、考えもなく外で魔法を使って誰かにバレたら困る。まずは考えねばならない。
とりあえず、光魔法を使えるかヨアブで試させてもらってはどうだろう。ヨアブなら内緒にしてくれそうな気がする。
「ねえヨアブ」
「なにかございましたか?お嬢様」
「ちょっと手をだしてみて」
そう言ってヨアブの庭師らしい傷だらけの大きな手を握って「回復」のイメージを頭に浮かべる。ヨアブの手の傷が治っていくイメージだ。
古い傷は皮膚が真皮から再生していくイメージもする。よくあるシミ取り美容液の宣伝で見る皮膚の断面図からのイメージだ。
そして魔心臓をモミモミして・・・
と言っても、直接手を突っ込んで揉める訳ではない。イメージで揉み解すようにすると本当に魔心臓がもにゅもにゅと揉まれているのが分かるのだ。
そうすると、何となく魔力がスーッと流れやすくなった様に感じる。
あれだ、灯油をストーブの灯油缶に移す時に使うポンプみたいだと思う。
そして、魔力をゆっくり手に集中させる。
『傷よ綺麗になあれ!』
するとまあ、どうでしょう
できてしまったではあーりませんか!
私ってば、光属性持ちだったのだ。
将来重宝される?
すごく安直で『詠唱』と言えるほどのものでもないのだが、今回「詠唱は何でもいい」を証明する為にもそのまんま使ってみた。
思った通りだ!
ヨアブの手が薄い金色の光に覆われて、傷だらけの手が傷のない綺麗な手になっていく!
私ってば天才じゃない?
他の言葉も使ってみようかな〜
漫画のセリフとか使ってみたいな〜!
目ん玉が落ちるのではないかと思うほどに見開かれたヨアブの目。
いやあ、こんなに大きく開いた所は見たことが無かった。結構綺麗な瞳をしてたのね。いつもシオシオだったから分からなかったよ。
しかし・・・
ちょっと待て。
そんなことよりも、これは不味い。
綺麗に治りすぎた気がする。
「お嬢様、ありがとうございます!こんな爺の為に、素晴らしいお力をお使いくださった!
ありがとうございます!ありがとうございます!!」
何か神にでも祈る様な勢いなんですけど。
「・・・ねぇ、ヨアブ?
このことは誰にも言わないでほしいの。」
「し、しかしお嬢様。この手を見れば・・・。
誰かに問われたら儂はお嬢様のおかげだと言ってしまいそうですじゃ」
そうだね〜ヨアブに嘘はつけそうもない。
「手袋をしたらどうかしら。
なるべく手を見せないように頑張ってみてね」
「・・・分かりました。お嬢様がそう仰るなら、爺は口を閉ざしましょう!」
「ありがとう!二人だけの秘密ね!」
そうして二人の秘密協定は結ばれた。
「明日もまた来るわ。」
そうだ、明日は緑の魔法を使ってみよう。
光魔法が使えたということは、魔力を揉む方法も間違っていなかったということだ。
何か庭の草木にかけてほしい魔法があったら聞いてみるのもいいかな。出来ないかも知れないけど…。
もう、明日が来るのが楽しみでならない。
ヨアブに聞いたところ、最近葉の緑色がくすんできた常緑樹があるらしい。それも植え替えをしてからで、きっと植え替えが原因だろうとのこと。
元々もう少し鮮やかな緑色をしているそうなので、植物を元気にする魔法がいいだろう。
初級魔法みたいだから丁度良いと思う。
今日持ってきた緑魔法の本を読みながら決めたのだった。
ヨアブに案内された木が植えられた所は、そうそう人に見られる場所では無かったので、これまた好都合というものだ。
早速魔法を使ってみる。
木の幹に触れ魔心臓を揉む。
触れたところに魔力を集中させ、木に話しかけるように詠唱する。
『元気になあれ』
今回はヨアブの手よりずっと大きな木なので多めの魔力を一気に流すと手元が濃い緑色に輝いた。
葉の色は鮮やかになり、数も増えていく。
今回も簡潔簡単、そのまんまの『詠唱』で成功だ!やっぱり私って天才じゃない?
などと調子こいていたら・・・
緑魔法をかけた木は美しい葉を繁らせるだけでなく、高さも幅も大きく成長していった。
ちょっと増えすぎなほど葉は繁り、成長も止まらない。
これは不味い?
木の大きさが3倍くらいになったかも。
「お嬢様・・・」
「ヨアブ・・・」
ヨアブと目を合わせ茫然とする。
しばらく呆けていた後、私はきっとすごく困った情けない顔をしていたのだろう、ヨアブは必死に慰めてくれた。
「お嬢様は素晴らしいです。
こんな元気になって、この木も喜んでおりますじゃ。儂には分かります。」
「そうかな・・・。」
大きくなってしまった木をどうするかは、ヨアブが考えてくれるらしいのでお任せする事にした。
ヨアブ爺ちゃんありがとう!
しかし、なかなか加減が難しいな…。魔力を一気に流したつもりだけど、自分的には減ったという雰囲気もなく疲れた感じもない。
どれくらいの魔力でどれくらいの効果が出るのかは要研究といったところだな。
まあ、緑の魔法も使えるということで次へ行こう。
明日は水魔法で庭の水撒きでも手伝ってみようか。
何もない所に水を生む水撒きは中級魔法に指定されていた。昨日の緑魔法の様に直接触れて発動する魔法の方が簡単ということだろうか。
水魔法の初級というのは、水に触れながら動かしたり、凍らせたり、それこそ桶の水を手を使わずに撒くといったもののようだ。
しかし!
現代日本で生まれ育った私には化学の知識がある。
まあ、小中学生程度の知識だが。
空気中にも水分はあるのだ!
酸素と水素を結合云々とか言うとちょっと爆発とか起こると恐ろしいので、イメージは水蒸気や空気中の水分を集める感じでいこうと思う。
『詠唱』は何にしようか悩むところだ。
よし、決めた。
ヨアブお勧めのちょっと隠れた花壇に水を撒くと致しましょう。
ここの花は屋敷に飾る為の花で、毎日沢山切っても景観を損ねない為に少し奥まった所に作ってあるのだそうだ。それでも綺麗に植えられていて、春になったこともありとても美しい花壇になっている。
今回は空気中の水分が相手なので、身体中に魔力を流す。
両手を広げ空気を抱き込む様なイメージで魔力は広く拡散させていく。
今回は一気に大量に流さないように少なめにした。
『お花に水をあげて』
そう唱えた瞬間、私の身体の輪郭が薄い青に光り始め、空中にいくつもの水の塊が浮かび上がり大きく広がった。
そうだな、50cmくらいの雨粒っぽいのが100個くらいかな・・・
200個あるかな・・・
実はもっとあるかなって分かってるんだ・・・
あれ、水なんだよね?
多すぎないかな?
イメージは小雨が少し降る程度だったのだけど・・・。
案の定、しばらくすると「バシャー!」と一気に弾けるように花壇に水を撒き散らし、辺り一面は水溜まりとなった。
ゲリラ豪雨が降り続いた後の様に花壇の花はぐったりと萎んでしまった。
「お嬢様・・・」
「ヨアブ・・・ごめんなさい」
これはもうあやまるしかない。
お花さん達もごめんなさい!
「お嬢様、謝られる必要はございません!
当分水撒きしなくて済みます!」
「そうかな・・・」
花を切りに来るメイド達に怒られないといいんだけど。
ヨアブ爺さん、本当にごめん!