30話 王子暗殺計画② 〜アシュリー・キック!
ホールでは、淑女科と領主科の先生達が生徒を誘導し、部屋へ戻るように指示をしているが、興奮冷めやらぬ生徒達のざわめきは止まない。
そこにまたドヤドヤと人が流れ込んで来た。
「ギルフォード様!!」
ジェイムズお兄様だ。
ロバート先生もいる。
王宮から来た騎士団と魔術師団という所か。
お兄様より強そうな騎士は騎士団長かな?
是非とも友好関係を結んでおきたい・・・。
ああ、最後に学園長も来た。
あれで走っているのだろうか。
まあ、歩くのも遅そうだ。
「ああ、私は無事だ。
デュランもジェイムズも心配する必要は無い。アシュリーが護ってくれたからな・・・」
「「アシュリーが!?」」
一斉に視線がこっちに向く。
何で、ここに居る誰もが私を知っているのだ?
「ああ、ダンスの曲が終わると同時に、私目掛けて矢を射た者が居たようだが、彼女の魔法に助けられた」
「魔法?・・・アシュリー、何をした」
ロバート先生が眉間に皺を寄せている。
「あの・・・壁を出しました」
『王子を護る壁』を指差すと、皆がギョッとしたように目を見張る。
「あれか・・・デカイな。いや、思ったより小さくて良かったか。ギルフォード殿下に怪我が無いようで何よりだ。
アシュリー。良くやった!」
そう言って私の頭をグリグリ撫でてくれる。
えへへ・・・
やっと褒められた感じがして、すごく嬉しい!
「カーネギー魔術師団長、それだけではない」
「他に何を・・・」
「誰も気が付かなかった刺客に気付き、暗殺を阻止し、刺客を追い、捕らえたのも全てアシュリー。
たった一人で、だ!」
「何と・・・」
「私の第二騎士団は、アシュリーが倒した刺客を連れに行っただけだ・・・」
「何と・・・」
「アシュリー!すごいじゃないか!!」
騎士団と魔術師団の人達が驚愕の表情で私を見る中、ジェイムズお兄様だけ大はしゃぎである。
私を抱き上げ、クルクル回る・・・
いや、ちょっと恥ずかしい!
でも、また褒められて嬉しい!
「アシュリー・・・立派になって・・・」
また感無量か!
「ギルフォード殿下!この度の件、殿下を失望させる結果となり大変申し訳ありません!第二騎士団団長として責任を・・・」
「いや、デュランが責任をとる必要などない!私の騎士団だ。責任は私自身にある!それより、お前からもアシュリーに礼を」
「はっ!アシュリー・グレンヴィル辺境伯令嬢。
この度は、ギルフォード殿下をお守りいただき誠にありがとうございました。この第二騎士団団長デュラン・コーク。心より御礼申し上げます!」
やっぱりこの人騎士団長だった。
「今後、何かお困りな事がございましたら、この騎士団長がお力になるとお約束いたしましょう!」
なんと!
「それは嬉しいです!
是非、お力になっていただきたく・・・」
「お嬢様!!」
あ、ヘクター居たんだった。
「えーと・・・」
「何をお願いするつもりなのですか?」
「えーと・・・」
「騎士科の訓練に入れて欲しいとかお願いするつもりですよね!」
「いいえ・・・そんな・・・」
「おや、違うのですか?」
「いえ・・・」
「あは…あはは…
あはははははは!」
「殿下・・・」
王子に大笑いされたじゃないか。
ヘクターのケチ!
「デュラン。このアシュリーは、淑女科より騎士科で訓練する方が好きなのさ。
学園では無理かも知れないが、王宮ならアシュリーがいつでも訓練に参加しても良い事にしてはどうだ?」
「はあ、その様な事でよろしいのですか?」
「アシュリーには一番嬉しいのではないか?
なあ、アシュリー」
その通りだ!
王子、ナイスアシスト!!
「はい!グレンヴィル領では、毎日騎士団で訓練しておりました!」
「デュラン騎士団長。私からもお願いします。妹が訓練に加わることは、団員にも刺激になると思います!」
「ジェイムズのお墨付きか、いいだろう。
殿下の推薦だ。断る理由はない」
やったーー!
「ヘクター!私、淑女科でも我慢出来そうですわ!」
「我慢とは、その言い方もどうかと思いますが・・・仕方ありません」
生徒達も殆ど部屋に戻った様で、ホールに居た人達も少し疎らになった。
私達もそろそろ部屋に戻ってもいいかな。
おっとそうだ、忘れないうちにロバート先生にお話しておかねば。
「ロバート先生!お話しておきたいことがあります」
「ん?なんだ?」
「あの壁を作った時ですが『王子を護る壁』として、王子の命を狙う者から護るように魔法を放ちました」
「そうか。
ん?・・・そうすると、変だな」
やはり、ロバート先生も気付いた様だ。
「はい。消えていないのです。『護る』も『敵を倒す』も同じ私が与えた任務だとすると、消えないのはどうしてなのか分からなくて」
「まだ護らねばならないと?」
「はい・・・そうかな・・・と」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「アシュリー?
どういう事だ?」
お兄様に説明するのは難しいな。
ロバート先生に丸投げしよう。
先生をチラッと見ると、頷いてくれたので説明してくれるのだろう。
騎士団長が指示を出し、大勢居た騎士団の人達も帰って行く。先に犯人を連れて行った騎士団も居るから、本当に大勢来たんだなと思われる。
騎士団長はこちらに来るので、お兄様を呼んで帰るのかな。
そんな事を考えながら、ボーっとホールを見ていたら・・・
むっ!?
また殺気だ!
私以外にも、お兄様や団長達は気付いた様だ。
「お兄様」
「ああ。何処だ」
「おそらく、ホール前方・・・」
途端、『王子を護る壁』が飛んだ!
えーーーっ!?
ドーーーーーーーン!
ハッ!
私はホールの床を蹴って走り出す。
やはり!
王子を狙う奴はもう一人居たのだ!
今、何かが王子に向かって飛んで行ったが、きっと『壁』が王子を護ったはずだ。
私は『犯人その2』を逃さなければ良い!
「アシュリー!」
お兄様も付いてくる。
強く感じた殺気はホール前方だが、
それらしき奴は居ない。
隠れる場所など限られるが、
その気配はない。
しかし、今は薄れたが殺気が感じられる。
次は私でも狙うか?
自分が捕まる前に。
逃がしてやらないよ!
何かが放たれたのは、あそこだ!
私は一気に加速し、『女神像』に向かって飛び蹴りをお見舞した!
ガシャーーン!!
床に倒れて砕け散った女神像の中から
血を流しながらもがく男が出て来る。
「くそっ!!」
今度の暗殺者は、骨がありそうだ。
両手に短剣を持ち向かって来るので、戦う意思大ありだ。
よし来いっ!
すぐさまハイキックで片手の短剣を蹴り飛ばし、もう一度攻撃しようとした所で、
「アシュリー!!」
直ぐに追いついて来たジェイムズお兄様が剣を抜く。
「お兄様!殺してはいけません!」
「分かっている!任せておけ!」
お兄様にあっという間にもう一本の短剣も飛ばされ、脚の腱をやられた犯人その2。
「お嬢様ー!!」
次は、ヘクターが血相変えて走って来た。
ヘクターはもう少し早く走れるようになると良いよ。
犯人その2は、すぐさま手足を縛られ猿轡を噛まされ、コロンと転がされている。お兄様、さすが騎士団員。手際が良い!
「アシュリー。剣を持った相手と戦ってはダメだよ!」
「それくらいで負ける私ではありません!」
「そうだけどさぁ・・・」
「あー!もう!またお嬢様はっ!!
怪我は?痛いところは?」
ぺたぺたと、私の顔や手や足を確認するヘクター。
デジャブ・・・。
「お嬢様!剣を持った相手に素手で向かおうとするなんていけませんよ!」
「大丈・・・」
「大丈夫じゃありません!お嬢様の綺麗な肌に傷など残ったらどうするのですかっ!」
「いや、既に剣だこや打ち身だらけの・・・」
「黙らっしゃい!」
「「・・・・・・」」
私もお兄様も、ヘクターの勢いに圧倒され、
二人して黙る。
でも、お兄様は黙らなくて良いと思う。
ヘクターは散々怒った後、
「それでもお嬢様は素晴らしいですね。二度もギルフォード殿下を護られて、私は誇らしいです!」
そう言って褒めてくれた。
えへへ・・・
頭も撫でてくれて良いんだよ?
催促のつもりで頭を突き出すと、ニンマリ笑いながら撫でてくれた。
「ヘクターばかり、狡い!」
そう言ってお兄様は私を抱き上げ腕に乗せ、
そのまま歩いて行く。
これは目線が高くなって良い。
犯人その2が所持していた吹き矢から、王子に放たれたのは毒針であったと判明。ちょっと、王子に向かった毒針がなかなか見つからなかったみたいだが・・・
壁の所為で。
すまん!
犯人その2が、慌てて戻って来た騎士団に連行されて行くと、壁は消えた。壁が消えた跡を探したら毒針らしき物が見つかったという訳だ。
多分、その針にもう毒はないと思われる。現行犯だから、証拠不十分にはならないと思うので大丈夫だと思う・・・うん。
犯人その1が放った矢も、先端は見つからなかったという話だ。多分、壁が吸収したのだろう。こうして考えると『王子を護る壁』の役割が何であったかが分かる。我ながら働き者の良き壁を作ったものだと思うが、サイズがかなり残念だ。もっと研鑽せねば!
女神像は、人間が入れるように作られた紛い物と元々あった像とが入れ替えられていたのだった。
それは、この暗殺がかなり以前から計画されたものであることの証明ともなる。その様な大掛かりな仕掛けが出来る人間も限られるだろう。
このホールで、王子が参加し、2階を使わない催しで、人の数も多すぎず少なすぎず・・・このダンスレッスンは格好の狙い目だったと思われる。
演奏もあるので音も誤魔化せるだろう。
学園の授業では護衛も少ないのかも知れないが、私が居たのが運の尽きだ!
でも、私が居なくてもお兄様が居たら、絶対バレてたと思うけどな・・・。
「お兄様。私、思うのですけど・・・」
「なんだ?どうした?」
あれからお兄様は手が空くと、直ぐに私を腕に乗せるのだ。移動する時は必ず捕まるので、私もヘクターも部屋に戻ることが出来ず、こうして事件の検証に参加している。
「犯人その1は、捨て駒というやつですわ!」
「捨て駒?そんな言葉を何処で習った」
「・・・そんな事は良いのです!
その1は、全く、全然、戦えない弱い男でした。弓矢の腕だけで雇われた狩人かも知れません。隠れ方だって酷いものでしたわ!」
「ほう。それで?」
「その1に聞いても、首謀者は多分分からないでしょう。捕まる前提で用意された刺客なのだと思うのです。
しかし、その2はこちらに対しての強い敵意を感じました。強くはなかったですが・・・。きっと首謀者の仲間か、仲間と繋がりがある者かどちらかだと思います!」
「そうか!分かった」
腕から降ろしてくれるかと思いきや、私を腕に乗せたまま王子と騎士団長の所へ行き、私の説明を繰り返した。
上から王子を見下ろすのは初体験で、少し気分が良い。
少しだけだが・・・。
何やら、説明をするお兄様ではなく私を見ている様な・・・これはとても気まずい!
しかし、長いな。
早く終わらんかな・・・。
『ぐーーーー⋯』
「・・・!!」
なんと!腹が鳴ってしまった!
皆に聞こえたか?
絶対聞こえたよな。
鳴ったのはお兄様だと思ってくれないか、という期待も虚しく、ここに居る全員が私の方を「生温い目」で見てくる!
同情はやめてくれ!
「ああ、悪かった・・・もう昼の刻はとっくに過ぎているのだな。アシュリーには何かご馳走しよう!」
いいや。
王子と昼飯など御免こうむる!
「王子殿下。お心遣いありがとうございます。
でも、大丈夫でございます。ヘクターが用意してくれていますから」
お弁当文化の浸透していないこの世界。私は、我が家の料理長をおだて・・・ゲフンゲフン。
お昼にも料理長の料理が食べたいと言って、お弁当に良い料理を次々試作してもらっていたのだ!しかもどれも私の思った以上の味に作ってくれて美味しいのだ。
今日は高等部初日。我が家のボニファス特製の贅沢な弁当が待っている!
だから、王子は却下で。
「そうか・・・」
お兄様や周囲が少し動揺している気がするが、却下で。
微妙な雰囲気の中、私とヘクターは部屋に戻らせてもらった。
腹が鳴ったのは少々恥ずかしかったが、おかげで解放してもらえたのだから良しとしよう!
空気を読む事ができる腹の虫である。




