2話 この世界について勉強しよう
本日3話目の投稿です。
まだ色々と謎が残る中、あれよあれよとお母様の葬儀の準備が進められていき、多くの領民に悼まれながらお母様は天に召した。
お母様が亡くなって、私だけでなくお父様もお兄様達も使用人もしょんぼりしている。火が消えたようなという表現は、こういう時に使うのだろう。
私はなるべくお父様達の所に行き、一緒にいるようにしていた。
一応、アシュリーは皆のアイドルなのだから!
皆と過ごす事で、この家の事やこの世界の事がもっと理解できるようになるとも思ったのだ。
喋ると前世の地が出るので、あまり喋らないようにしているが、一緒にいるだけでも安心するし安心してもらえるようで、一石二鳥というものだ。
本音を言えば、寂しいだけなのだが・・・。
だって、ジェイムズお兄様は、お母様の葬儀が終わったので王都に行ってしまう!通っている王都にある学校をもうすぐ卒業で、春から王宮騎士団に入団するからだ。
ハロルドお兄様はあと少しこちらに滞在するが、やっぱり学校があるので王都に行ってしまう。
「アシュリー!あー⋯離れたくない!!
長期休暇がもらえたら絶対帰ってくるからね!元気で過ごすんだよ!」
「お兄様も、お元気で!
騎士団で頑張って、ください」
「アシュリー!!」
私を抱きしめて離さないジェイムズお兄様は、お父様と同行の騎士達に無理やり私から引き剥がされ、渋々馬に跨り屋敷を出発した。
色々とアクションの派手な兄であるが、私に一番甘いのはジェイムズお兄様だと思う。
しかし、お父様も本当に私に甘い。
「何か欲しいものはないか」とすぐに物を与えようとする。
今のところ、この世界の情報は欲しいので、その都度「本」と答えておく。
与えられるのは「絵本」だが・・・前世で読んでいた様な絵本とは違う。ほぼ一枚の紙(多分羊皮紙というもの)に寓話や詩が書かれているものが多い。
確か、昔の日本にも似たようなのがあった気がする。動物が描かれていた巻物で、なんて言っったかな・・・そう、「鳥獣戯画」だ!それに近いと思う。
もちろん、何ページもある製本された絵本もあるが、それは絵本というより図鑑の様なものの様だ。
私は是非その図鑑っぽい本が読みたいぞ!
まあ、この世界でこれほど本を所有できているというのはかなり贅沢なことであるらしいので、何でもありがたく読ませてもらうことにする。
乳母のエリーによって選ばれる絵本は、アシュリーの年齢が読む本にしては難しい類に入るらしい。
徐々に難易度を上げて、何冊か読んだ後は歴史書でも頼んでみようと思っている。
ある日、何度目かの私の要望である本を、お父様とエリーと一緒に図書室へ選びに行く事になった。自分で選んでみるのも良いだろうとお父様が言ったからだ。さすが大領主の屋敷、大きな図書室があるのだと言う。
それはありがたい!
お父様に連れられて初めて図書室に入ってみると、薄暗い大きな部屋にいくつもの書架と机が見えた。エリーがカーテンを開けてくれたので結構明るくなり、書架には豪華な装丁の本から、紙っぽいものを巻いただけのものや、薄い板が積まれたものまで様々な読み物があるのが分かった。
それでもって、ちょっと独特な臭いがする。いや、嫌いじゃないよこの臭い。好きでもないけど。
この世界が地球ではないとすると、どんな世界なのか知る為に、地図の様なものがあればそれも見たい。
「お父様。グレンヴィルの⋯広さが分かるものは、ありますか?」
「それなら地図を見ると良いだろう」
おお!地図があるようだ。
そう言ってお父様が大きな木の枠にに入った絵を見せてくれた。
「これは地図というものだ。なかなか美しいものだろう?」
「はい!」
お父様が図書室の隅にあるテーブルの上に立て掛けてくれたそれは、とても大きな物だった。
我が家のエントランスに飾られている絵画ほどの大きさだろうか、縦の長さは私の身長より少し大きいくらい。1m20cmくらいだろうか。
ちびっ子の私には大変見辛いものであるが、お父様が椅子の上に立たせてくれたので全体が見えた。ちょっと行儀が悪いが、机の上に乗り出してじっくり見る。
高価なものだという事が分かるほどに凄い手が込んでいて、森や川に山や街が色も鮮やかに塗分けられている。もちろん、前世で見たような詳細な地図ではないが・・・油絵っぽい感じだな。
「グレンヴィルはどこ、ですか?」
「ははっ!地図がどういうものかすぐに分かったらしいな。賢い子だ!
ほら、ここがグレンヴィルだ。ここに高い山が連なる山脈があり、ここは『魔の森』と呼ばれる広大な森がある。それも含めてこの一帯がグレンヴィルだよ。この地図だけでは分からぬが、とてもとても広いのだよ。
そして、ここが王都だ。国王がいらっしゃる、このモントローズ王国の中心だ」
この不便そうな世界で、この地図は領地の境が細かく記されている・・・どうやって調べたのだろうか、凄いな。ただ、地図だけでは広さが分からん。「縮尺何万分の1」とか書かれてないからな。
「王都は遠い、ですか?」
「そうだな、馬車で一週間以上はかかるだろう」
馬車で一週間とか言われてもよく分からんが、グレンヴィルだけで、北海道くらいはある感じかな?
いや、横に長いから東北地方一帯といった感じかもしれない。
「そうだ、これほど良い地図ではないが、こちらも見るがいい」
そう言って巻かれていた紙を持ってきて広げてくれた。それはモントローズ王国の地図ではないようだ。描かれ方も黒一色で境界線など少し適当な感じがする。
「アシュリーに分かるかな?これは大陸図といって、このモントローズ王国以外の国々が描かれた地図だ」
そうか、この国以外の国々もあるのは当たり前か!
モントローズは・・・この端のところだな。
「お父様。ここですか?同じ、形です」
「そうだ。よく分かったな!
この大陸の南にあるのが、我がモントローズ王国だ。真ん中が『バルダード帝国』。隣に繋がっているのが『アーラジル共和国』。反対の隣が『ハミルトン公国』だ。
この少しだけ繋がっている大きな国は『シュマン王国』と『タンガレス王国』だ。
大陸はとても広いのだよ!」
「はい!」
帝国とやらは大陸の真ん中に位置していて、モントローズより少し広いか?同じくらいか?他にあと二つ広い国があるようだ。
正直言って「帝国」と「王国」の違いはよく分からんのだが・・・。どうやら、帝国との戦争に負けた国が帝国の支配下の国となっているようである。
そうすると、モントローズ王国が帝国と戦争して負けると、帝国の支配下のモントローズ国となるのだろうか?
よく分からんな。
まぁ、負けなければ良い。
このグレンヴィルは、私が住んでいた日本より気候的には過ごしやすい。
夏でも湿度がそれほど高くなる訳ではないので、気温はそれなりに高くはなるが、茹だるような暑さというものではない。
また、冬は寒いしある程度雪も降るが、積もって身動き取れないという訳でもない。
まあ、自動車や電車とかないからな、ちょっと雪が降った程度で公共交通機関が動かなくて困るなどはない。いつの日も人力(もしくは馬力?)である。
この過ごしやすさは、緯度とは関係ないのかな?この世界は地球みたいに丸く、太陽と地球の関係と同じなら、この北の方の国はカナダや北欧の様な極寒の国か?
お父様に聞いてみたいが・・・北の方が寒いというのが正しいとして、それを私が知っているのは変かもしれない。そのうち調べようと思う。
ふむふむ。
本当にグレンヴィルは広いな。森と山脈抜きにしても、隣の領地の何倍あるんだ?
「グレンヴィルは広い、です!」
「そうだ、とても広い。しかし、この広い領地を護るのが儂の⋯アシュリーの父の仕事なのだよ。分かるかい?」
「はい!」
この広い『魔の森』には恐ろしい魔物がいると聞いた。お父様達はその魔物から領地を護っているのだと屋敷の皆が言う。
お父様達はその為に強くあろうと日々鍛錬を怠らないと、誰もが尊敬の意を持って教えてくれた。
私も大きくなったら一緒に戦いたい、お父様やお兄様達とこの領地を護っていきたい、と思うのだが・・・これまでの記憶で、女性の騎士を見た事がない。この世界では戦うのは男だけなのだろうか。
「私も、一緒に、護りたい・・・です」
「ははっ!アシュリーも護ってくれるか。ありがとう!」
これは子供の戯言だと思っているな。結構本気なんだけどな・・・。
「このグレンヴィルの南に位置する『魔の森』にはとても恐ろしい魔物が跋扈する。奥に行けば行く程強い魔物が生息していると思われる。奴らにはそれぞれ縄張りがあってな・・・
ん?アシュリーには少々難しいか?」
5歳児には難しい言葉を使ったと思ったのかもしれないが、私には全く無問題だ。大きく横に首を振っておく。もっと聞かせてくれ!
「そうか。分からないことがあったら聞くのだぞ」
「はい!」
「魔物らのその縄張りはグレンヴィルの町や村からはずっと遠く、我々はそこを侵すことはしない。しかし、魔物らには人間のように法律があってそれに従っている訳ではないからな、時には人間の住む地を脅かす奴も出てくる。
グレンヴィルでは年に一度、大きな魔物討伐を行って『魔の森』の魔物らに人間の縄張りを教えるのだ。そうして『魔の森』との均衡を保っているのだよ」
ふむふむ。
そうだったのか。
魔物討伐から帰って来た時のお父様や騎士達の記憶がなんとなくある。
行く時の記憶はないので、多分私が寝ているような時間に出発するのだろう。
その他にも、大きな領地はお父様だけではなく、多くの伯爵や子爵などが一緒に管理してくれているのだとか、お隣の共和国は『魔の森』の恐怖から護ってくれているという事でよくしてくれるのだとか、領地について色々なことを教えてくれた。
エリーにそろそろ昼食の時間だからと止められなければ、もっと話し込んでいたかもしれない。
まぁ、喋っているのはほとんどお父様だけだが・・・私は、ほぼ頷くだけである。
図書室から出た後に、お父様が執務室から3冊の本を持って来て貸してくれたのだが、それはなんと、ご先祖様が書いたという備忘録で、この領地の歴史書にも匹敵するというではないか!
「これだけの理解力があるならば読むと良い。返すのは何年後でも良いぞ、ゆっくり読めば良いのだ」
良い良いの連続である。
やはりお父様は私に甘い。
だって、それを聞いたトーマスお兄様が、
「私は学園卒業後に読ませてもらったものだ。5歳のアシュリーになぜ・・・」と、少々落ち込んだ様子であったからだ。
トーマスお兄様よ、すまん。
お父様の甘さには感謝しているのだが、困っている事もある。
ケーキ類等の甘いものをとにかく食べさせようとすることだ。
確かに私が記憶を取り戻すまでのアシュリーは甘い物が好きだった。
前世の鷹虎も小さい時は好きだったから不思議ではないが、中学生の頃はもう甘い物に興味はなく、友人とのスイーツ談議ではいつも仲間はずれだったのだ。
お父様。
私は香ばしいせんべいやカラム●チョが食べたいです!
まあ、そんな事は口に出せないが・・・。
出された物は残さず食べるのが心情であるので少し辛い。
今度、機会があれば、料理長に甘さを控えた菓子を作ってもらう様にお願いしてみようか。
トーマスお兄様達も甘い。夫婦揃って甘い!
トーマスお兄様はすぐに私を抱っこする。庭に出るだけ、階段登るだけだというのにだ!
このままでは、私の未来はデブ一直線ではないだろうか。自堕落な子豚令嬢が出来上がる前に何か対策しよう。
ハロルドお兄様とは、すぐに王都にいってしまうし、魔法を見せてもらう為に少し多く喋ったかな。
ホイホイ魔法使ってくれるから、私も調子に乗ったかも知れない。
「今学園で、魔力がなくても使える魔道具を研究してるんだ。アシュリーの為に、灯りの魔道具を最初に作るよ!そうすれば暗い部屋が怖くなくなるよね♪」
「ハロルドお兄様、嬉しいです!」
ハロルドお兄様は魔道具が作れるらしい。灯りの魔道具はデスクライトの様なものだろうか、それは是非欲しい!
ハロルドお兄様が王都に行ってしまうときはちょっと泣けた・・・。
「ふふっ♪ジェイムズ兄さんの時より、アシュリーが悲しんでくれてる。
嬉しいな~!兄さんに自慢してやろう!」
などとふざけた事を言っていたが、ハロルドお兄様も少し目が赤かったよ!
ハロルドお兄様も王都に行ってしまい、また少し寂しくなった・・・。