228話 算術教師選考 〜採用試験終了
「ではご案内します」
今、5人目の志願者が受付をして行ったのだが・・・ちょっと微妙な対応だった。
それが午後からの受付全員が同じように微妙だったというのに、その後の第二関門でも一人も不適格者が出ていない。
前の4人のうち2人は、顔は引きつっていたし拳を握っていたのだから、明らかに必死で我慢していたと思われる。
これは変だ。
何か・・・。
ビビッ!
「アシュリー様、情報が入りました。今すぐ受付へ来てください」
「はい!」
すぐに受付に戻り、クラリッサが出て来い合図をするのでクロベェから出た。
「リーヴィス様、先程のお話をもう一度アシュリー様にご説明願います」
「もちろんです。アシュリー様に直接話せる機会なんてそうそうないからね♪」
6番目に来た彼の情報によると、すぐ近くで見知らぬ貴族に算術教師の志願者かどうかを聞かれ、そうだと答えると、
「この面接は面接なんかじゃない!受付から試験は始まっているんだ、接触してくる平民には気を付けろ。平民に少しでも悪い態度を取るとそれだけで不採用となった奴もいるんだ!独り言も全て聞かれている!どこかで見られてる!全てが理不尽な試験だ、騙されるな!」
と一方的にまくし立てたのだそうだ。
「私は平民の仲間もたくさんいるし、平民に悪い態度なんて取らないから彼の忠告なんて関係ないけど、これって試験妨害なんじゃないかなって気が付いたんだ」
「ご忠告ありがとうございます!」
どいつだ・・・
身体強化をして気配を探った。
「おお!アシュリー様が光った!」
教会とは反対側の塀の影。
悪意…強い悪意を感じる。
奴だ!
「クラリッサ、見つけました!」
「はい、行ってらっしゃいませ」
あ、その前に・・・
『ギルフォード様!』
『アシュリー、どうした?』
『午後からの5人は不正をして通過しております。午前中に不採用となった者がこの試験の内容を漏らしたようで、平民への蔑視を隠しております』
『そうか・・・分かった。こちらでその仮面を剥がしてやろう』
『よろしくお願いします!』
「ギルフォード様に先程の志願者達は頼んでおきました」
「分かりました」
「では捕まえてきます!」
「「「アシュリー様、行ってらっしゃ〜い!」」」
何か、受付していた志願者まで一緒に手を振っていたな。後でちゃんとお礼をしておこう。
いたぞ!
あれは・・・マージェリー様を跪かせたいとか言っていた奴じゃないか!
イヴォンネに、靴を拭かせて喜んでいた…し、しぎゃく的な思考(ちょっと難しい言葉なのではっきりとした意味は分からん)の男だ。
『クロベェ!あいつを捕まえて来て!』
ブォン!
『え・・・?真っ暗・・・?』
意図的に奴のいる空間は外の景色を見えなくしたので、クロベェの中は真っ暗闇である。
『ここは・・・どこだ?』
自分の姿ははっきり見えていると思うが、心許ない状態だろう。
『何故だ!なんで私はこんな所に・・・』
『ようこそ闇の世界へ』
『誰だ!どこにいる!』
奴の周りの空間は私の空間とは別にして、クロベェにそのまま仕舞っておいてもらうことにした。異空間なのだから簡単なのだ。
こいつの相手は後回しにして、私は採用試験の続きを監督しなければならない。
『クラリッサ!犯人は捕まえました』
『アシュリー様、ありがとうございます。それで犯人は?』
『クロベェの中に閉じ込めてあります。試験が終わるまで放っておけば良いでしょう』
『・・・そうですか、気が狂わないといいですね』
まあ、その時は癒しの魔法でも使ってやろう。
『ふふっ!7人目が来ますよ』
『了解です』
7人目はいきなり不合格決定である。
余裕が出来たので王子に連絡してみた。
『ギルフォード様』
『アシュリーか』
『犯人は捕まえましたので、今後は大丈夫かと思われます』
『そうか、ありがとう』
『最初の志願者達はどうでしたか?』
『最初の2人はオースティンとヴィネットにしっかり仮面を剥がされていたから安心するといい。その後に来た2人は何故か一緒に来たんだ。案内されて来なかったから第二関門で潰されたと思う。今5人目が来た』
『そうですか、ありがとうございます』
第二関門で2人潰したらしいので、何があったのかヘクターに聞くことにした。
『2人ともサブリーナです』
なんと、サブリーナが2人も潰したとな!
本来は「よろけて花瓶の水をちょっとかけてしまう」というのをサブリーナがやると「豪快に転んで花瓶を飛ばし、頭にすっぽり被せてしまう」となるらしい。
しかも、それだけで終わらなかった。
サブリーナは必死で花瓶を引っ張り、相手は「痛い痛い!」と叫んでいたというカオスな状態からの、引っ張られた花瓶は再び飛んで行って次の志願者の頭に激突したというオチ。
天然の威力凄まじい・・・。
まるで漫画の世界だ。
私もその現場が見たかった!!
2人ともすごい怒ったらしいが、それって怒られて当然のような気がするのだが・・・。
『その時の怒声には、「使えない平民」「平民風情」など平民を侮蔑した言葉がいくつも含まれておりました』
それは黒だな。
『はい、リアーナさんの光魔法で怪我を治し、気を落ち着かせることが出来たのですが、落ち着いた後の彼らの顔は真っ青でした』
自分の暴言に気付いたということか。
『サブリーナは落ち込んでいるだろう?「よくやった」と伝えておいてくれ』
『分かりました』
その後は特に問題はなく午前中とほぼ同じような割合で不適格者が出たのだが、終盤になり判断を間違えそうな奴がいた。
コナー様から急ぎの連絡が入ったのですぐに第二関門へ行くと、初等部の寮生サイモン君が半泣き状態で訴えて来た。
「さっきの85番の人すごい気持ち悪かった!最初は平民にも優しい人だと思ったけど・・・何度も僕の肩とか尻とか撫でてくるんだ!あの人絶対おかしいよっ!」
何と!
もしやこれは噂に聞く美少年好きかっ!
サイモン君はかなり可愛い部類だと思われる。
「分かりました!すぐに調べます。サイモン君は大丈夫ですか?もう休んでいても良いですよ」
「うん、アシュリー様に話したらスッキリした!」
そうか、心の傷になっていなくて良かった…。
クソッ!
これはどうやって証拠を突き止めるか・・・。
『ヘクター!』
『はい』
『たった今行った85番はどうだった』
『85番は特に問題にはならない程でした。素っ気ない感じではありましたが・・・』
『そいつは美少年好きだ!サイモン君が被害に遭った』
『美少年好き・・・ならば素っ気ないのも分かります。女嫌いなのではないでしょうか』
ふむ…女嫌いか?
『すぐにマージェリー様に連絡を!』
『分かった』
『マージェリー様!』
『まあ!アシュリー様?どうされたのですか』
『今から行く85番は美少年好きの女嫌いである可能性が高いのです!第二関門で一人被害に遭った子がいます。何とかならないでしょうか』
『美少年好き・・・それは楽しみです。ふふふ…何とか本性を出させて見せましょう』
『お願いします!』
『ふふふふ…お任せください』
マージェリー様の含みのある笑い方が気になるが、任せておけば良いような気がする。
最後の一人が受付を通過して第一関門は終了した。
さすがのクラリッサも少し疲れた顔をしている。
「皆さん集まってください」
「「「はーい」」」
クロベェから出て、受付嬢を集めた所で癒しの魔法をかけた。
『元気になあれ』
「「「わぁ〜!」」」
「アシュリー様、ありがとうございます!」
「とても楽になりました!」
「皆さんお疲れ様でした。終わるまでゆっくりしてください」
「「「はい!」」」
第二関門でも同じように癒しの魔法をかけ、第三関門に行くと、ちょうど最後の志願者がサブリーナの攻撃を受けた直後だった。
「も、申し訳ありません!」
「・・・・・・」
87番の、確か何とかメイスンという名だった志願者は、花瓶を抱えていて水浸しの状態である。驚きすぎて声も出ないと思われる。
どうやったらあの状態になるのだろうか・・・サブリーナ恐るべし!
「あ、あの…花瓶を受け止めていただきありがとうございます・・・お、お怪我はございませんでしょうか・・・」
「・・・いや、怪我はない。君は?勢いよく転んでいただろう?」
やっと我に返ったようだ。
「はい!転ぶのには慣れております!ご心配には及びません」
「そ、そう?それはそれで心配だね・・・」
「すぐに乾かしませんと!少々お待ち・・・」
「ああ、大丈夫だよ」
『我が身に宿りし火と風の力よ、来たれ我が手に!炎と共に風よ啓示せよ 我が身を包み水を飛ばせ!』
サブリーナがヘクターを呼ぼうとする前に、自分で詠唱して乾かしてしまった。
しかも一瞬だった・・・かなりの使い手だと思われる。
ふむ・・・火、風、地の3属性だが魔力は多い。算術教師になるのは惜しい人材のような気がするのだが、本人は本当に教師になりたいのだろうか。
「素晴らしい魔法です!」
「そう?ありがとう。面接にはこのまま進めば行けるかな?」
「はい、ご案内いたします!」
少し歩いて王子達に出会すと、軽く礼はしたものの顔を見ることもなく、そのまま歩いて行ってしまった。
王子達も声をかけることはなかったのだ。
何でだ?
「あの人は問題無さそうです」
「そ、そうか?」
「王族に興味は無いのでしょう、それよりもサブリーナ様が転ばないか心配しているご様子でした」
そうなのか!
サブリーナの心配をしていたのか。
これは問題無さそうだ。
王子達にも癒しの魔法をかけ、第二関門へ戻ると既にリアーナが皆に癒しの魔法をかけていた。
一人ずつなので時間はかかるが、せっかくなので彼女に任せて私は学園長室へ飛んだ。
学園長室では昨日と同じように志願者達がぶった切られていた。
平民への侮辱や暴力
女生徒への不埒な言動
教師としての能力不足
そして85番が呼ばれ、奴は『不採用』と聞き反論した。
「君には女性蔑視の傾向が見られる」
「そ、そんなことは・・・」
「そして、少年への性的な偏愛が認められた」
「なっ・・・!それは言いがかりです!」
「ぶつかって来た少年の身体に不必要に触れただろう?」
「そ、そんな偶然・・・」
「偶然で何度も尻に手は行かぬ。そして、先程は女生徒を汚い物でも見るような目で見ていたにも関わらず、劇団の俳優である美少年の話になると目の色を変えて話し始めた」
「それは・・・」
「その賞賛は演技ではなく、彼の肢体の美しさを称えるものばかりだったな。そして君は一人になった時にこう言った『服を脱がせて舐め回したい』と」
「・・・!!」
ギャーー!!
そんな事を考えていたのか!
そうすると、サイモン君も奴の想像の餌食に・・・。
クソッ!許せん!!
奴の脳ミソをかち割って・・・
「君が否定するのならそれでも良い。ただ、子供達を守らねばならぬ我が学園に、君のような疑わしき人間を入れるつもりはない!」
「クッ・・・!」
「人の趣味はそれぞれだ、だが子供達に手は出すな!」
学園長の怒りが伝わって来るようだ。
これに反論出来る奴はいないだろう。
奴がすごすごと退出してすぐ、最後の志願者が入室して来た。
「ケント・メイスン。君に確認したい事がある」
「はい、何でしょう」
「君は何故この学園の算術教師になろうと思ったのだね?」
「えーと・・・やっぱり駄目でしたか?筆記試験の結果はボロボロですよね・・・」
「そうだな、算術教師としては致命的に教える能力は低そうだ。しかし、最後の問題は誰よりも的確に答えていると採点していた算術教師が言っていた」
「そうですか!」
最後の問題は円の面積の計算方法だ。
そうか、彼は出来たのか。
「私が考えるに、君は建築家ではないのかね?」
「よくお分かりになりましたね!」
「いや、オンブロー伯爵領のメイスン家は建築業ではかなり有名だ」
「それは嬉しいです!」
「そのメイスン家の君は…」
「次男です。兄は家業を継ぎますので私が・・・」
「学園の教師になって何かやりたい事があるのだな?」
「はい、建築業は魔力が無く力のある男性に人気の高い職業なのですが、もっと魔力のある子供達に建築家になって欲しくて・・・この魔法学園で教師になれたら、もっと建築業の素晴らしさを伝えられないかなと思いまして・・・少々安易でしたね」
ふむ・・・。
そういう事だったのか。
だったら専門科の先生になれば良いのではないか?
専門に建築家があったかどうか忘れたが。
あっ!
それにこの人かなり魔法が得意だ!
「学園長!」
「アシュリー!急に出て来てどうしたのだ」
「ええっ!アシュリー様!?」
おっと!驚かせてしまったようだ。
「メイスン様はかなりの魔法の使い手であります!」
「え?」
「ほぉ、彼は魔法を?」
「はい、先程サブリーナにびしょ濡れにされた時に、自ら魔法を使いあっという間に乾かしました!」
「そうか…」
「魔法の技術も素晴らしく、火、風、地の3属性でも魔力量はかなり多いです!」
「えぇ!?なんで分かるの!?」
「ほぉ、アシュリーが多いと言うならよほど多いのだろう」
「あ、あの・・・」
「ああ、アシュリーが驚かせてしまったようですまぬな」
「申し訳ありません!」
「だが、アシュリーの言いたいことが分かったぞ。とりあえず考えてみよう。メイスン、この封筒に名前を書いて魔力を流してくれ」
「この封筒に・・・」
「ああ、後日連絡をする」
「・・・!!分かりました!」
彼は学園に残れるかな。
残れるといいな・・・。




