17話 王都へ行こう
第1章最終話
王都までは、馬車で片道10日ほどかかるらしい。馬車に慣れた商人ならば7日、早馬なら4日と、グレンヴィル領が王都から遠いことがよく分かる。
10日もの間、何をしたら良いのか。
慣れていれば7日で着くのなら、7日で行って欲しいものだ。クラリッサには申し訳ないが、私なら全然平気だと思われる。
何なら走っても良い!
そんな事を言ってみたら、皆に可哀想な子を見る目で見られた。
これは私だけの問題ではなく、馬が走り続けるのには限度があり、道中何度も何度も休憩を入れなければいけないとの事。
なんと!
お馬さん、ごめんなさい!
こういった場合に使える魔法を勉強しておけば良かった。
今更遅いけど。
癒しの魔法を勝手に使ったら危ないかな・・・。
馬が若返ったりしたら、仔馬になったりしたら・・・。
やっぱりやめておこう。
行程を予測して、宿泊地にそれぞれ連絡済みであるらしいから、結局今更の話らしい。
毎日単調な旅の唯一の楽しみは、知らない土地を見ることができることだ。
広い草原を見渡したり、牧場や広大な畑もなかなか面白い。
「クラリッサ。あれは何か分かりますか?」
「あれは、鳥避けです。
作物を鳥から守る為に畑に立てるのです。
最近は、見た目を競うような風習もあるので、どれも創作的なものになってますでしょう?」
「そうね!とても面白いわ!」
日本でいう『案山子』だ。
日本のものとは違って、かなり派手で面白い。
「クラリッサ。あの草地に集まっている生き物は何ですか?」
「あれは・・・遠いので良く見えませんが、多分黒牛かと思います。この辺りはきっと牧草地ですね」
(黒毛和牛!?)
「美味しいのかしら?」
「・・・黒牛は、主に乳を利用する牛ですので、バターやチーズになったら美味しいと思います」
「そうなの?クラリッサは詳しいわね」
なんと!
黒毛和牛とは違ったか・・・
その可哀想な子を見る目はやめてくれ!
「はい。厨房にも出入りしますし、買い付けの手伝いもしますので、自然と覚えました。
アシュリー様がお好きな牛の肉は、多分赤牛か白牛のどちらかになると思います」
そうなのか・・・
今度から、食べる時はその肉が何なのか聞くことにしよう。
さて、初めての宿場町・・・。
自分が如何に贅沢をしているのかを認識出来た!グレンヴィル家の屋敷に慣れてしまったのだ。
贅沢は人をダメにする・・・心に留めよう。
宿屋のご主人、ベッドが硬いなんて思ってすまなかった!
グレンヴィル領から王都までは、幾つもの領地を通って行く。
グレンヴィル家の長女(私のこと)が王都に向かうというのは周知の事らしく、是非我が家に・・・と、多くの領主や地主から手紙が届いていたらしい。
9泊10日の行程のうち、7泊がそういった家にお泊まりなのだ。
ロッティ先生が言っていた事ってこれの事かな?
善意ばかりとは限らない?
お父様が決めた宿泊先なので大丈夫だと思うけど、嫁入りとか勧められそうになったら逃げよう!
最初は、初めてのお宅拝見!などと浮かれていたのだが・・・
そんな過去の自分は穴に埋めたい。
正直、ベッドが少し硬かろうが、宿屋の方が良い!何なら野宿でも良い!
夕食頂いて寝るだけのほんの数時間ではあるが、淑女仮面を貼り付けたまま過ごすのは、馬車に乗っている時よりも疲れる・・・。
屋敷に招待され、晩餐の為にドレスに着替え、食事中一生懸命私を褒めちぎるおじ様やおば様に、オホホ…ウフフ…と淑女らしく微笑を浮かべながら食った夕食の味はよく覚えていない。
時間が余ってしまうと、何気ないお家自慢か、真逆の自虐時間となるので要注意だ!
案の定。
何とか伯爵…デコポンだったかな?
違うな…デポン?
まぁ、そんな様な名前のお宅では、魔法学園高等部の2年生になるいう息子を紹介された。
「これは我が家の長男です。さあグレンヴィルのご令嬢にご挨拶を」
「お初にお目にかかります。ダニエルと申します。お会いできて光栄です」
「ダニエルは魔法学園高等部の2学年になりますので、何か困った事などありましたら、是非このダニエルにご相談頂ければ、お力になりましょう!」
「ありがとうございます。高等部には専属従者が進学しておりますので大丈夫ですわ」
「そ、そうですか・・・ははっ・・・」
名前すら名乗らなかったのは失礼だったかな?だって、伯爵が余計な事言ってくるからさぁ…伯爵には着いた時に名乗ったから大丈夫だよね?
その後はお父様を褒め称える話が続いたので、うんうん頷くだけで良かった。
この伯爵はお父様のファンかな?
家具の趣味は悪いが、人間は悪く無さそうだ。
何とか伯爵…こっちは覚えている、確かエッセルだ…のお宅では、1学年上の息子を紹介された。
「これは我が家の長男でカスパルと申します」
「お初にお目にかかります。お会いできて大変光栄です」
「アシュリー・グレンヴィルです」
「私は魔法学園初等部の2学年になりますので、何かお力に・・・」
「ありがとうございます。学園には専属従者が進学しておりますし、この専属侍女と共に入学いたしますのでカスパル様のお手を煩わせる事はございませんわ」
「そ、そうですか・・・ははっ・・・」
まあ、紹介されただけだけど。
また私が話をぶった切ったから!
この時のクラリッサの目が怖かった・・・。
どちらの伯爵家もグレンヴィル領に隣接している訳だから、あまり無下に扱っては角が立つのだそうだ。
そりゃ、すまん・・・。
何処に泊まる時も、それなりのお礼は渡している様なのでひと安心である。
こうして、他人の家にお泊まりというのはあまり気分の良いものでもないのだと残念に思っていた。
しかし、最後にお泊まりしたハミルトン侯爵家は素晴らしかった!
どうやら現在の宰相の実家らしいが、さすが侯爵家だと思ったよ!
日暮れにはまだ間がある早めの到着だったので、ハミルトン侯爵のご長男様が色々案内してくれた。
この家は歴史を感じさせるだけでなく、家具にも美術品にも、代々コレクションされてきた品々にも、庭にも…もう何もかもに愛着を感じるのだ!
デコポン伯爵(?)の家は、何か高そうなものを煌びやかに飾っていただけだったけど、
ハミルトン侯爵家はテーブルひとつとっても、毎日心を込めて磨かれていると思える温かみのあるものだったのだ。
前世での私の家は、昭和30年頃からの古い道場を、建て直すことなく大事に大事に守って来た様な家だから、何となく嬉しくなったのだ。
私はあんまり大事にしてなかったかも⋯うん、ごめん。
長兄の獅子兄は、道場磨くのが日課だったくらいに大事にしていた!
侯爵の屋敷内も庭ももっと探検したかったなあ。
この時にもまたロッティ先生の言葉を思い出す。
そうだ、ハミルトン侯爵家の人達は驕っていない。
ご先祖さまを大切に思い、ご先祖さまが大切にしてきたものを護る。そういった心が私に伝わったのではないだろうか。
最後に素敵なお宅拝見が出来て良かった!
生まれて初めての旅は、終わり良ければ⋯という事で、まあそれなりに楽しんだという事にしておこう。
しかし、行程も終盤になる頃はかなり飽きてきたというのが本音である。
鍛錬もなかなかさせてもらえないし、身体が鈍ってしまうではないか!
動きたい!
走りたい!
馬車と並走したいと駄々を捏ねたい!
途中で人のいなさそうな所では何度か走らせてもらったのだが、あと半日で王都に着くというこの辺りは、人の行き来もあって馬車から出ることは出来ない。
まあ、あと半日だというので我慢するしかないんだが・・・。
仕方ないので、ハロルドお兄様が入学時にもらったという学園の冊子でも読もう。
(もっと早く読んでおけ?)
『モントローズ王国魔法学園』
12歳から13歳の初等部2年と14歳から17歳の高等部4年からなる。
卒業時には皆18歳になっている。
6年か・・・結構長いな。
小学校と中学校、高校と合わせれば12年だから短いのか?
魔力のある者なら貴族でも平民でも誰でも入学しなければならない。
魔力の扱いを覚え、自らの身体を守り、国の為になる力を付ける。
魔力の扱いだけでなく、成人するまでに必要な事も学ぶ。
ふむふむ・・・
入学時には筆記試験があり、試験結果で学力に合わせたクラス分けがされる。
S、A、B、Cの4クラス。
1年ごとのクラス編成あり。
ふむふ・・・む?
試験があるのか?
そんなことは今まで聞いていなかったが、Cクラス以下になったら恥だな・・・。
「ねえ、クラリッサ。試験があるらしいの。
私、試験勉強などしておりませんが良いのかしら?」
「アシュリー様なら大丈夫です。
兄のヘクターからの情報では、平民の私でも、グレンヴィル家で学ばせて頂いたのでAクラスにはなれるとか。
アシュリー様にとっては簡単なものだそうです」
クラリッサの学力がどれほどなのか知らないんだけど・・・
「そう、クラリッサがそう言うのなら大丈夫なのかしら」
「初等部は学力編成なので、入学時のBクラスとCクラスは平民ばかりだそうです。
アシュリー様はきっとSに入れます。アシュリー様の学力はトーマス様やハロルド様からも最高レベルだと伺っております」
私の学力の何処にそんな信頼があるのか!?
不安しかないわ・・・
特に家庭教師がいた訳ではないし、時々お兄様達が勉強っぽいことを教えてくれてはいたけれど、「これが勉強だ」というものはした覚えがない。
自慢ではないが、私の前世の成績は小学生から高校までほとんど変わりなく、体育と家庭科以外は全て「3」だった。
4に近い3もあれば2に近い3もあるので幅は広いがとにかく「3」なのだ。
父親が米国人だから英語で会話できるが、学校の成績は「3」なのだ!
因みに体育はもちろん「5」で、家庭科は「2」だ。実は「1」も取ったことがある・・・確か、エプロンを作った時だったと思う。
うん、自慢じゃないな・・・。
さて、自虐はこれぐらいにして続きを読もう。
専門授業
初等部では属性に合わせた分野に別れる
高等部では将来の職に合わせた専門分野を選択しなければならない
・領主科
・騎士科
・淑女科
・文官科
・商業科
・執事科
・専門科(幾つかの職分野があり、少人数グループで指導される)
ふむふむ・・・。
初等部で属性毎に分かれるということは、早々に属性が分かるということか。
「ねえ、クラリッサ。魔力の属性というのは、入学してすぐに分かるものなのかしら」
「はい。魔力解放を終えた後に。学園にはそういった魔力を測る道具があるのです」
なんと!
魔力測定機か!?
「そ、それは体内の魔力が見えたりするのかしら・・・」
「私はそれほど詳しくは知りませんが、体内の魔力が見えるとは聞いておりません。色で分かるらしいです」
ほっ・・・とりあえずは大丈夫そうだな
「アシュリー様はもう属性が分かっていらっしゃるのですか?」
「まだ全部は分からないわ。光と水と緑の属性はあるようですけど・・・他の属性はまだ試していないから分からないの」
「さすがアシュリー様!素晴らしいです!奥様と同じ光属性もお持ちなのですね!」
「ええ、まあ、ハロルドお兄様もお持ちですし、お母様の遺伝子ね」
「いでんし?」
しまった!
遺伝子なんてこの世界では分からない!
「そう!お母様のご遺志よ、ご遺志!」
ふーっ!
やばいやばい・・・すごいこじつけてしまった!もっと気を付けなければ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
微妙な沈黙が痛い。
そうこうしてるうちに王都の中心部である街に入った様で、馬車の音が石畳を走る音に変わった。後少しで学園に着くようだ。
通えない生徒は寮に入ることもできるが、グレンヴィル家は王都に別邸があり学園から通える距離でもある為、私達は通いである。
寮に入るというのも面白そうだが、鍛錬出来ないとストレスが溜まるに決まっている。
今日は、まず学園に行って入学手続きをするそうだ。手続きは本人必須とのことで、今日になったのである。
近くに城が見える。あれは王宮だろう。
学園はそのすぐ近くにあるようだ。
隣は教会か。
馬車が学園の門を潜る。
クラリッサが飛び降りそうな勢いで窓にへばり付き外を凝視している。
学園の建物の入り口で馬車を降りる時も、酷く慌てた様子で震えている。
何か恐ろしいものでも見たのだろうか。
「クラリッサ?どうしましたか?」
「も⋯モントローズ王国魔法学園!」
「ええ、そうですわね」
「あ⋯アシュリー・グレンヴィル辺境伯令嬢!」
「ええ、そうですわね・・・」
どうしたんだ、こいつ
「あ、あ、あ⋯悪役令嬢!」
はあー?なんだそれ!
次からは第2章になり、学園でのお話になります。
まだまだお付き合い頂けると嬉しく思います。
どうぞよろしくお願いします。




