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174話 終戦 〜国王視点

「この技術提供の部分ですが、対象を絞らない方が良いと思います」

「確かに、アシュリー嬢に見せてもらった『時計』と『人動車』以外にも良い技術は見つかるかもしれませんね」



 帝国から戻った後、興奮も冷めやらぬうちに終戦協定の為の会議を始めた。



「では、こちらが要求した技術力の提供を全て無償とするに変更しましょう」

「その場合の技術者本人への賃金や滞在費はこちらが補償する事も明記しておいてくれ」

「その方が技術者達は喜んで我が国に技術を提供してくれるでしょうね」



「皇帝が帝国の土地を元通りにするという条件には期間を設けた方が良いのではないか?」

「それは私も賛成です。アシュリーが立て直しに3年と言っていましたので、それよりは短く設定するのが良いかと」


「だいたいどれくらいかかるのだろうな・・・」

「帝国の領土のどれくらいの土地に修復が必要なのかも分かりませんからねぇ、それをまず明確にする必要があるのではないでしょうか」

「ふむ・・・それは難儀だ」

「またアシュリー様にお願いするしかないのでは?」


「・・・いや、監獄に行けば帝国軍の上官どもがいるはずだ。軍の上官ならそれくらいの事は把握しているだろう」

「では早速明日にでも聞いて来ましょう」


「それなら私も行く!」

「フェアファクス侯爵が行かれるなら私も行きます」

「私も行こう」

「皆さんが行かれるなら是非私も」



 結局、帝国に行った者は皆監獄にも行きたがるのだ。

 アシュリーが造った監獄がどのようなものか興味津々なのだろう。



「陛下はどうされますか?」


 リチャードがニマニマしながら聞いてくる。

 儂も一度行ってみたいと思っておることは知っているからな・・・。


「儂が行くとなると場に混乱が起きるのではないか?」

「ではアシュリー様をお連れすればよろしいかと」

「リチャードは何でもアシュリーに頼りすぎだ!」

「確かにそうですね・・・失礼しました」


「アシュリーは喜んで同行すると思いますが明日は学園もある。陛下が行かれるのであればユージン・クラレンスを開放し同行させることを提案します」

「ゴッドフリー、それは何故だ」


「皇帝よりも魔力量、魔法技術、どちらにおいても優れているからです。皇帝は明らかに自分より強いものに対して無駄な抵抗はいたしません。まぁ…既にアシュリーに睨まれていますので無駄なことはしないと思いますが、念のための護衛としては誰よりも最適です。クラレンス公爵とウォルポール教皇も皇帝よりも優れていると思われますが戦闘には向きません」


 ふむ。確かに皇帝はアシュリーにやりこめられていたが、それを苦にも思っておらぬようであった。どちらかというとアシュリーとのやり取りを楽しんでいるような・・・そんな様子も感じられた。


「分かった。明日2の鐘と同時に王宮を出発する。そのように準備せよ」


「「「承知しました」」」


「では、本日はもう遅いので解散ということでよろしいですね」

「ああ、みなご苦労であった。明日も頼む」

「皆様お疲れさまでした。お気をつけてお帰りください」








 監獄は本当にこれは牢獄なのかと疑うほどの施設であった。

 ここが一つの村であると言っても良いほどだ。

 これをアシュリーとあのクラリッサという侍女が考えたというのか・・・そしてアシュリーが一人で建築したと。




 帝国軍の指揮官であるマッケンゼン大佐はこちらの質問にも丁寧に答えていたが、皇帝は同行させたユージンが気に入らないようで突っかかってはあしらわれていたのが面白く、儂はなかなか話に集中できなかった・・・。

 まぁ、リチャードがちゃんと把握してくれるであろう。



 それにしても、2万近くの人間が一斉にこちらを見ているというのは落ち着かん。何らかの作業をしているのだろうが視線は一斉にこちらだ!モントローズの国民にはこのような視線を感じたことはない、視線が痛いというのはこういうことだろう。

 儂が帝国兵の視線を訝しんでいることが分かったのだろう、マッケンゼン大佐が困ったような表情で言った。


「皆不安なのです」

「不安だと?」


 そうか…この視線は儂が何のために来たのか、自分達の処遇が決まったのか、そういった不安なのだな。これは安心させてやるべきか・・・。


「陛下、帝国民に一言声をかけてあげたらいかがです?そうでないとあの者達は今夜寝られないかもしれませんよ」

「脅すな!」


 そうだな・・・アシュリーに任せてばかりでは儂もリチャードの事が言えぬ。



「帝国兵の者よ、私はこのモントローズ王国の国王、アーチボルトである」


 拡声の魔法を使い監獄中に響くようにして話し始めた。


「一週間後には終戦協定が結ばれる。分かっているとは思うが、この戦はバルダード帝国の敗戦で終わる。我が国が帝国の侵略を未然に防いだ事で、このように死者を出すこともなく終戦を迎える事が出来たのだ。それを忘れてはならぬ!」


 少しざわめきが起こるが続けた。


「この終わりは永遠に戦を起こすことのないものにしなければならぬ。その為の協定だ!それは今を生きるお前達が侵略など必要のない国を作っていかねばならぬという事であり、これから生まれる子供達にも語り継がなければならぬという事だ。良いか、戦は勝手に始まって勝手に終わるのではない。お前達国民が二度と侵略など起こさぬ国にするのだ!」


 ざわめきはぴったりと止み、全員が息を吞むように儂の次の言葉を待っている。


「安心するが良い、帝国は変わる。いや、お前達国民が変えるのだ。国政を担う者達を自分の目で見て考えて選ぶ時が来るのだよ。

 まだ分からぬであろうな・・・まあ、そのうち分かる。

 私は国王などと名乗ってはおるが、私の力など微々たるものよ。このモントローズは私の後ろに控えておる大臣や官僚、そして何より多くの国民によって支えられておるのだ。

 バルダード帝国はもっと複雑だが基本的には変わらぬ。各国家が集まりそれぞれの自治がある。その中でお前達帝国民は自分の国を任せられる人間を選ぶ事になるのだ。

 その為には自分も学ばねばならぬ、人任せには出来ぬ、自分の故郷を守るのは自分自身なのだと自覚せよ!さすれば、今すぐではないが徐々に住みやすい国となっていくだろう。我がモントローズはその為の助力は惜しまぬ」


 再びざわめきが起こり出す。

 敗戦国に助力するというのだから驚いたのかもしれんな。


「あぁ、ただで助力するわけではない、賠償金は出世払いだ。帝国に帰ってもしっかり働き、しっかりと国を立て直して払ってくれよ。私の話は以上だ」



 一瞬シーンと静まり返った後、歓声が上がった。

 拍手も沸き上がり、「生きて帰れるんだ!」という喜びの声、そして「ありがとうございます」という礼の言葉も多く聞こえた。

 アシュリーが言うように、モントローズであれ帝国であれ、国民は皆同じなのだと理解できる。



 ゴッドフリーが最初に帝国兵を戦闘もなく生け捕りにすると提案して来た時は鼻で笑った。軍務大臣が何を馬鹿げた事を言っておるのかと。

 しかし、このまま応戦するだけでは我が国にも死傷者を多く出し、土地は荒れる。その上、戦はいつまで経っても終わらぬとしつこく説得され提案を呑んだが・・・このような結果がもたらされるとは、アシュリーの力の非常識さと偉大さが証明されたな。



 敵であっても救うアシュリーのあの思考は『完全なる全属性』を持つに相応しい。皇帝が神に選ばれたと言っておったのは満更間違いではないかもしれぬな。



 まぁ、自分の欲求に正直過ぎるあの行動力は少々問題であるが・・・。







 帝国との約束の日、ゴッドフリーはグレンヴィルの精鋭達を連れ、アシュリーと共に帝国の代表者達を迎えに行った。

 監獄から皇帝とマッケンゼン大佐も連れて来て、終戦協定及び講和条約の為の会議が始まった。



 皇帝が土地を元通りにする期限は最長一年間とし、その間は行き場のない帝国兵を我が国で預かること、また2万人以内であれば他に行き場のない帝国民を預かる事が可能であること。


 つまり、皇帝が修復していった土地に帰る者がいれば、その空きが出た分はモントローズに来ても良いという話だ。穴の入口まで行けば必然と監獄へ繋がるらしい。アシュリーがそうすると言っていた。



 皇帝がさぼらぬようにアシュリー特製の腕輪を付ける事、我が国から監視を付ける事を条件に加えた。その監視とはユージン・クラレンスだ。

 それを聞いた皇帝はかなり不満な様子で文句を言っておったが、ユージンにとってこれは贖罪でもある、きっちりと役目を果たしてくれるだろう。



 賠償金の金額や支払いが4年後からである事に帝国の官僚達は驚いておった。そのおかげで夜行石の採掘や技術提供については何の反対もなく話は進み、調印は無事に終わった。


 この後は食事を挟み、今後の行政についての話を詰めて行かねばならない。正直、この内政干渉が一番面倒だ・・・自国の反乱分子の始末もまだだというのに。





 話し合いは夜まで続き、アシュリーの就寝時間を少々過ぎてしまったようで、彼女は既にナタリアのベッドで寝てしまったらしい。ナタリアは大喜びしておったが・・・。


 どうせ明日も話し合いは続くのである、アシュリーの手を煩わせることもない。帝国の官僚達は王宮に泊めることとなった。


 しかし、本当に早寝の娘だ・・・。







 翌日、大凡(おおよそ)の改革計画を立て終えた後、アシュリーの学園が終わるまでの時間、帝国の人間には休憩をさせ、我々はアシュリーに協力を願わねばならない場合を挙げていた所で、ハミルトン侯爵が切り出した。


「こうして調印も無事済みました。今回の終戦に多大な功績を残したアシュリーには褒賞を与える必要があります」

「それは儂も考えておった。だがアシュリーはまだ13歳、今年14になる少女に爵位や領地を与えても仕方がない。さすれば何を与えれば良いか・・・アシュリーが勲章や金品を喜ぶとも思えん」


「その通りだ!アシュリーは金は欲しがらん。アシュリーの望むものを与えなければ」

「フェアファクス侯爵、私もアシュリーには褒賞を与えるべきだと思います。でも、アシュリーの望むものとは何でしょう」

「ウェリントン侯爵、私よりゴッドフリーに聞けば良い」


「グレンヴィル辺境伯、アシュリーは何を望まれますか?」

「あー、難しい質問です。アシュリーは物欲はありませんが・・・欲が無いわけではなく・・・」


 何となく儂も分かるぞ!

 アシュリーが望むのもは形にはならぬ。


「そこを何とか!形になるもので何とかならんか」


「以前でしたら、爵位と領地は喜んだでしょう」

「以前なら?」

「ギルフォード殿下との婚約で不必要なものとなりました」

「そうか・・・」


 ゴッドフリーの顔が「儂のせい」だと言っておる!

 しかし、爵位と領地か・・・良いのではないか?



「これまで女性に爵位を与える事は許されていなかった。しかし、アシュリーが我が国建国史上初めて爵位を受ける女性貴族となるのはどうだろう。もちろん成人してから正式に授けられるものとなるが、その栄誉は喜んではもらえぬか?」


「アシュリーの為に法を改正する事になりますがよろしいのですか?」

「歴史上、アシュリー程の功績を残した人物などそうそうおらん!アシュリーに与えねば誰に与えられよう」

「確かにそうだ!私は賛成する」

「私も改正に賛成です。きっと誰も反対はしませんよ」


「アシュリーは褒められるのが大好きですからきっと喜びます」

「後、グレンヴィルに隣接する直轄地をアシュリーに与えよう」


「「「え!?」」」


「グレンヴィルに隣接というと、デヴォンとルイーズの間の領地ですか?」

「ああ、以前は子爵家の領地であったので広さはさほど広くはないが、アシュリーが喜びそうな農地はたくさんある」

「アシュリーは農業が好きな訳では・・・いや、好きなのか?」

「自分の家の庭に畑を作る程だ好きなのであろう?」


「そうかもしれません・・・」


「領地は王太子妃になろうと手放す必要はない。アシュリーは王族になろうとも、どうせじっとはしておらんだろう」

「はぁ・・・その通りでしょう」

「クラウディアもよく似ておるので分かるのだ」

「王妃殿下も飛び回ってしらっしゃいますね」


「アシュリーへの褒賞は男爵や子爵では足りぬ、伯爵の爵位と領地でどうだ?リチャード、決をとってくれ」


「では、賛成の方は挙手を願います」


 リチャードの言葉にここにいる全員が手を挙げた。


「陛下、報奨金はどうしますか?」

「領地を持たせるなら金はあっても困らんだろう。金貨千枚ではどうだ?」

「足りないくらいですが・・・」


「宰相、アシュリーは金の使い方を全く知りません。もしかして金貨を見た事すらないかも・・・千枚でも多いくらいだ」

「「なんだと?」」

「金貨を見た事ないとは!」

「どんな箱入り娘だ!」

「いつも箱から飛び出しているが・・・」


「金貨一枚で何が買えるかも知らぬのか」

「はあ、まあ・・・多分」

「それは少々問題なのではないか?」


「ゴッドフリーの課題だな!アシュリーが成人するまでに金の価値を教えるんだ」

「何なら私が教えますよ」

「財務大臣のハミルトン侯爵直々の金勘定か、それはいい!」


「それでしたら私も教えられますよ!」

「税務官長のエディンバラ侯爵も適任か」

「適任といえば私が一番かと」

「宰相か・・・確かに」


「リチャードまでなんだ!皆、自分がアシュリーと遊びたいだけであろう!全く・・・来年、落ち着いたら妃教育が始まるはずだ。その時に参加するが良い」


「そうですね、慌てることもありませんね」


「とにかく金貨千枚だ!これは成人を待たず、学園卒業と同時に贈与することにしよう」

「ありがとうございます」



「叙爵式は…そうだなひと月後はどうだ?それまでに、他に褒賞を与えたい者があれば申し出よ」

「今日は24日ですので、来月の24日は光の日になります」

「ちょうど良いではないか!」


「それまでに帝国の技術者を迎え入れ、国民に周知してはいかがでしょう」

「うむ、そうしよう。慌ただしくなるが大丈夫か?まだ各領地の後始末も済んでおらぬ」

「仕事を分担すれば大丈夫でしょう」


「では各領地にもそのように伝えましょう。久しぶりの祝い事です、きっと皆様喜ばれますよ」





 これでひと段落といったところか。


 まだ先は長いが、気分は悪くない。






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― 新着の感想 ―
0章の掴みが抜群でそれからもテンポ良く気持ちの良い展開で一気に読み進めてきました。 チートな魔法の描写とアシュリーの正義感や行動力を見るのが楽しいです。 もはや悪役令嬢として断罪されるルートはどこにも…
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