167話 学園の噂
生け捕り作戦は大成功の末に完了した。
侵略の協力者達となった反国王派の屋敷や領地に調査隊が入る準備は整っていたので、昨日のうちに領地の方へは私が送り、各領地に侵入していた帝国兵は全て監獄へ送った。
その後は、監獄で皇帝を鍛えてやるつもりだった。
健全な精神は健全な生活と肉体から育つ。皇帝のあの少々たるんだ肉を引き締めてやればきっと心も引き締まると思ったのだが・・・お父様に「働き過ぎだ!」と家に強制送還されてしまった!
マンハッタン大佐…違ったマッケンゼン大佐に頼んでおいたが大丈夫だろうか。
今日は学園に行かねばならないので、私が行くまで頑張ってほしいものである。
侵略を阻止することに関して私の仕事は大体終わっただろう。次は、王様の番だ。この戦争(戦争と言えるのかどうかは疑問だが…)の結末は王様が決めるのだから、今頃どう終止符を打つのか話し合っていることだろう。
私は2日間学園を休んだので、今日は学園での情報収集である。
いや、ちゃんと勉強しに来たのだが・・・。
学園に到着すると、いつもと余り変わりない様子だった。いつもより女生徒の歓声は多かった気もする。
情報収集の為に耳だけ身体強化をするので、光ってしまうのを見えなくする為に、髪型をふんわりオデット様風に変えているせいかも知れない。そんな声が聞こえてくるからな。
『アシュリー様が自分から髪型を変えて欲しいと言われるなんて!こんな事二度とないかもしれません・・・ええ、お任せください。きっちりご要望に応えてみせましょう!』
今朝のクラリッサはとても張り切っていた。
自分で言い出した事とはいえ、朝の鍛錬は早く切り上げさせられ、いつもより四半刻以上長く鏡の前に座らされていたのは拷問に近かった・・・まぁ、クラリッサはふわふわ髪の私に大満足のようなので仕方ない。
心配をかけているだろうローラに会いに初等部へ行って挨拶をして安心させ、高等部に向かう間に生徒達の声を聞く。いくら内密に事を進めてきたとはいえ、夜中に大捕り物をしていたので近くの住民にバレない筈がない。どのような噂が飛び交っているのか・・・。
「今日はアシュリー様はお見えになりましたわ」
「お身体は大丈夫なのでしょうか」
「ええ心配ですわね」
休んでいたのは体調不良だと思われているのかと思ったが、そうではなかった!
「アシュリー様の大魔法、私も拝見したかったですわ!」
「ええ、私も気付くことができなくて・・・お分かりになった方が羨ましくて」
どうやら中には私があの日魔法を使っていた事を感じていた人がいたらしい。まぁ、何をしていたかまでは分からないまでも、私の魔力だと分かる人には分かるのだろうが・・・どんな魔法を使っていたと思われているのか。
「ヘクター、どうやら私が魔法を使ったことは広まっているようです」
「やはりそうですか・・・どのような憶測になっているのか興味ありますね」
なにやらヘクターは楽しそうである。
クラスに行くと皆が嬉しそうに出迎えてくれた。2日間の休みに、いろいろな噂が飛び交ったせいで心配してくれていたのだろう、すまない事をした。
元気であることと心配をかけたお詫びをして、今日の予定などを聞いていたのだが・・・強化した耳に聞こえて来るのは予想通り、このクラスで来ていない3人の生徒についてだ。
「アシュリー様はいらしたけど、ポリセキナ様とドーラ様はいらっしゃるかしら」
「カーライル様もよ」
「やはり来られないのではなくて?」
「ウェリントン家には今朝も何台もの馬車が停まっていたわ。騎士の制服も見えたし、王宮の役人だと思うの」
「カーライル子爵の家もよ!」
「僕は寮暮らしなんだけど、昨日王宮騎士団に寮生が一人連れて行かれたんだよ」
「どういうことだ?」
「分かんないけど・・・」
「女子寮からも居なくなった子がいるわ」
「「「・・・・・」」」
何かあったのは分かるが、それが帝国の侵略だとは誰も知らないようだ。
徹底して秘密裏に事を進めてきた甲斐がある。
「3日前の深夜のアシュリー様の大魔法と何か関係があるのは確かだと思うんだ」
「私もそう思います!」
「ですよね!」
「アシュリー様はきっと不正を見破ったのですわ」
「いや、寮生まで関わっている不正ってどんなの?」
「全員反国王派のお家ですもの、またギルフォード殿下暗殺計画とかあったんじゃ・・・」
「「「それよ!」」」
「「「それだ!」」」
「そうだよ、ギルフォード殿下は昨日はお見えになったけど、一昨日はお休みされていただろう?絶対殿下に関わる事に違いないよ」
「それをまたアシュリー様が阻止されたのですね!」
「婚約者ですもの!」
「殿下をお守りするアシュリー様は、ギルフォード殿下の守護神のようですわね」
「ええ!正にその通りですわ!」
「アシュリー様は天使のようにお可愛らしいですので『守護天使』の方がお似合いではありませんか?」
「あら、これからもっとお美しくなられるのですもの『守護女神』でもよろしくてよ」
「僕は『守護天使』派かなぁ」
「私もだ」
「私は『女神』派ね」
何やら途中から話が逸れている気がするが・・・大変こっぱずかしい内容である。一緒に身体強化をして話を聞いていたヘクターがニマニマしているのがちょっと腹立たしい。
「あながち、全くの外れではないですね」
確かに…ただ標的が王子だけでなく、この国全部だっただけだ。
「でも、デヴィッド様は・・・」
「うん、きっと関係ないんだろうけど、カーライル子爵家の罪を背負うことになるのかな・・・」
「デヴィッド様は殿下ともアシュリー様とも仲がよろしかったのに」
「最近よくお笑いになっていらして楽しそうでしたのに」
「「「・・・・・・」」」
皆が結構デヴィッド君のことをよく見ていたようで嬉しいぞ!これはデヴィッド君は戻って来ても良さそうである。
「そうそう!ポリセキナ様と言えば、数週間前にいきなり泣き出した時があったわ!」
「ありましたわね!」
「私、あの時は具合が悪くなったのだと思って救護室へお連れしたんだけど、あれはきっと伯爵の悪事を知って心を傷めていたのではないかしら」
「私もあのポリセキナ様が感情を露わにされるなんて珍しいと思ってましたのよ。そう言われてみると納得ですわ!」
「今から思いますと、後からいらしたドーラ様のお顔がとても怖かったのです。焦っているというのかしら…きっとあのお二人の関係は私達が思っているようなものではなかったのではないでしょうか」
「そう言われてみると、ポリセキナ様はドーラ様に心を許した感じではありませんでしたね・・・ドーラ様が無理やり付き添っているといったような・・・」
さすがSクラス、洞察力にも長けているようである。
「貴女達、そういった勝手な憶測はここだけのお話にしてくださいね。あらぬ噂が広まるのは誰にとっても良い事ではありません。きっと近いうちに国か学園から何らかの説明があるでしょうから、それまでは我慢しましょうね」
おおっと!
マージェリー様のご登場である!
「も、申し訳ありません・・・つい」
「気になるのは仕方ありませんから、お話を咎めているわけではないのです。他では広めないように気をつけましょうね」
「「「は、はい!」」」
さすがマージェリー様、誰にも嫌な思いをさせず噂が広がるのを防いでくれている。
やはり、淑女の見本のようなお人だ。
「それと、私はアシュリー様には『守護天使』がぴったりだと思いますわ」
「まあ、マージェリー様も私と同じですって!やっぱり『天使』ですわよ」
・・・・・・。
まあ、いい・・・。
ギリギリに来たギルフォード様とは昼食の時間に話をした。エドゥアルド様と二人で賞賛や労いの言葉が羅列されてこれまた小っ恥ずかしい思いをした。
今日の護衛はジェイムズお兄様なので、歯止めが効かなかったのだ!こういうのを「シスコン」と言うのだろうが、私も大概「ブラコン」であり「ファザコン」である自覚はあるので人の事は言えない。
中庭で昼食を食べながら、ここでも噂話を拾ってみると、監獄についても色々と噂されている事が分かった。
暇な人がいたようで、街の外に造られた監獄まで見に行ったらしいが、高い塀に囲まれているので中の様子は外から見ても分からない。王宮に劣らぬ広さの建造物が何なのかも分からなかったが、捕らえられた人達が監獄に連れられて行った事は知られてしまったようだ。
まぁ、それは仕方ない。
「中からアシュリー様の声が聞こえたらしいんだ!」
「「「え?」」」
「何か曲が流れて、そこにアシュリー様の声が時々聞こえたって」
「曲?」
「それって『すとれっち体操』じゃないのか?」
「何だ?その『すとれっちたいそう』って」
「知らないのか?騎士科では全員やってる運動だよ。アシュリー様のお手本を見ながら授業の始めにやるんだ」
「何でそれが聞こえるんだよ、おかしいだろ」
「「「・・・・・・」」」
物議を醸している。
そうか、誰かの風魔法で施設全体に聞こえるように拡声してるから外にも聞こえてしまっているんだな。
しかし、早朝から暇な人もいたもんだ。
「あはははは!」
「ギルフォード様どうしたのです?」
「いや、アシュリーが周囲の声を拾っているから、私も聞いてみたんだ。アシュリー、あの施設でも『すとれっち体操』させているんだな」
「はい!」
「・・・アシュリー様、ぶれませんね」
「健全な心は健全な生活から育ちます!」
「奴らはそれを真面目にやっているのだろう?良い傾向じゃないか」
「2万人近くのあちらの人がアシュリー様に染まっていくのですね…」
「あの国の人達もこの国の人達も変わらないのです。国を健康にするのは上に立つ者次第なのです」
「・・・そうか。そうだな」
「でも、あちらのマンハッタンという大佐は・・・」
「マッケンゼン大佐です」
「そう、マッケンゼン大佐はとても良い上官です!」
「その方は強いのですね?」
「はい!落ち着いたら是非一戦をと思っています」
「「「・・・・・・」」」
「アシュリー、内緒話の魔法をかけてくれないか」
「はい『あのねのね』」
内密のお話は何だろう。
「父上がこの侵略の結末をどうつけるのか酷く悩んでおられる」
「今回は宰相である父も終わり方が見えないと頭を抱えています」
ふむふむ
それで?
「グレンヴィル辺境伯は魔物討伐を領地に任せて終戦会議に参加してもらっているが・・・辺境伯の言っている事はアシュリーの要望なんだよな?」
あれま、バレている。
でも、お父様も納得してくれた。
納得どころか大賛成してくれたので、別に私が裏で操っているわけではない。
「この侵略の元凶である皇帝が、自らの力で土地を元通りにするのですからなんの問題もないと思いますが・・・」
「いや、それは良いのだが、どれほどの期間がかかるかも分からない。その間捕虜はこの国で面倒をみるというのは、帝国に都合が良すぎないか?」
面倒と言っても自給自足生活だ。
「しかも、賠償金は5年後からの分割だろ?」
まぁ言いたいことは分かる。
「ギルフォード様、『情けは人の為ならず』と言いますでしょう?その温情は必ずモントローズに返って来るのです」
「何だ、その情けがどうとかいうのは」
あれ?
この世界では使わないか。
でも、どこの世界でも同じだよな?
「人にかけた情けは、巡り巡って自分の所に返ってくるという事です。情けをかけた自分の心も、かけられた相手も心が豊かになり良い結果を生むのです。良い事ばかりではないですか」
お地蔵さんだって恩返しに来るのだ!
「この国は帝国との争いを終わらせたいのでしょう?それも仕掛けてくるのは帝国からのみ、モントローズが仕掛ける事などありません。でしたら帝国が二度と侵略など考えないようにしなければ終わりませんよ」
「それは分かる。分かるが・・・」
「モントローズにそれ相応の利がなければ納得出来ないのですね」
確かにそうだ。
ロッティ先生にも言われたではないか、人を動かすには相手の利を明確にしなければならないのだ。昔話の例えでは納得出来ないのも頷ける。
うーん・・・。
そうだ!
「では、その利となるものを見に行きましょう!陛下もご一緒に」
「「は?」」
「そうですね、納得出来ない方は全員連れて行った方が話は早いですね!」
「「え?」」
「では早速・・・」
「お嬢様、まだ午後の授業がございます」
あっそうか。
私はロバート先生の授業の予定でも先生いないからユージン様の所へ行くつもりだったが、王宮に行ってこの事をお父様に伝えて来よう。
それで授業が終わり次第、帝国ツアーへ出発だ!
「よし、そうしましょう!」
「いや、どうするんだ・・・?」
「アシュリー様の中では決まったみたいですよ」




