130話 ウェリントン侯爵領へ急げ!
馬車より魔法の絨毯の方が早そうだが、魔力がいつ切れるか分からん状態では心許ない。それに、長距離を絨毯で飛ぶというのは気が休まらず現実的ではないと思われる。
だが、魔法の絨毯ができるということは、飛行機が飛ぶ原理など考えなくても飛べるということが分かった。
そうだ、魔法の世界だから大丈夫なのだ!
何が大丈夫なのか分からんが・・・
昔の有名な映画で、自転車が飛んでいるシーンがポスターになっていたのを見た覚えがある。私はその映画を観ていないが、宇宙人と少年の友情ものだったはず。
宇宙人に出来て、魔法使いの私に出来ないはずはない!
自転車ではなく、馬車を飛ばしてみようではないか!
まぁ、隠蔽魔法覚えてからだけどな。
先程も、ちょっと教えてもらったのだが…、どうも、私の頭の中の隠れるというイメージが忍者が隠れる術に偏っているようで、実際には見えてしまうのだ。
「アシュリー、その壁はなんだ?」
「えーと・・・何でしょう?」
「お前の姿は隠れたが、壁が出て来ては意味が無いだろう?」
「はい・・・」
「アシュリー、その煙はなんだ?」
「えーと・・・何でしょう?」
「その、『どろん!』とかいう詠唱に問題があるんじゃないのか?」
「はい・・・」
そうかもしれない。
やはり、一度忍術から離れよう。
「今日はもう時間がないから、明後日の授業でまた訓練しような」
「はい・・・お願いします」
かくして隠蔽魔法は要特訓となったのである。
深夜になり、ウォルポールに行ったメンバーでウェリントン侯爵領に向けて出発した。
明け方にはウェリントン領内に入ることができ、教会に到着したのは2の鐘が鳴るより前だった。
馬車を降りると、教会の入口には司祭らしき男性と、少し年配の高位貴族らしき男性が待っていた。
あれは多分・・・
「ウェリントン侯爵様!」
ロバート先生が、私が予想した人物の名を呼んだ。
やっぱり、ドナルド様によく似て…いや、逆か。ドナルド様が似ているのでそうだと思った。
思った通り、侯爵も恵まれた肉体を持つ人だった!
「ああ、よく来てくれた。私は領主のレジナルド・ウェリントン。彼はこの教会の司祭だよ」
「ようこそお越しくださいました」
侯爵と司祭だけなのでちゃんと名乗った方がいいかな?
「お初にお目にかかります。グレンヴィル家の長女アシュリーと申します。お会い出来て光栄です」
ズボン姿なのだが、一応カーテシーをしようとしたら止められた。
「堅苦しい挨拶は要らないよ。むしろ、私の方が君に礼を言わねばならない立場だ」
「え・・・?」
何でだ?
「さあ、まずは中へ入って。君達も・・・って、君はもしかしてカーネギー伯爵か?」
「はい・・・お久しぶりです」
「はははは!よく似合っているよ!」
「はあ…」
教会の中に入ると誰もいなかった。
「人払いはしてある。君達の事は誰にも詮索はさせないよ」
「ありがとうございます!」
「アシュリー・・・と呼んでもいいかね?」
「はい!もちろんです!」
「アシュリー、君にはライオネルの命を救ってもらっただけでなく、ナルシッサの暴走も止めてもらい、良からぬ付き合いも断ち切ってくれた。私はどれほど礼を言っても足りないくらいだ。心より感謝する・・・」
そう言った侯爵は私の前に跪き、私の手を取ったかと思うとその手の甲を自分の額に当てた。
どこかで見たような行為だ。
前世だったかなぁ・・・って!
侯爵様に跪かれてしまったよ!!
「侯爵様!お立ちください!!」
「ああ、驚かせてしまったかな。これは隣のアーラジル共和国では敬意を表す行為でね、小さくとも立派な淑女のアシュリーに一番良いかと思ったのだよ」
さすが外交官長様である。
そして、私を『立派な淑女』と言ってくれた!
『立派な淑女』だ!!
何と良いお人なのだろう・・・。
初めてではないだろうか・・・誰かに『立派な淑女』だと言われたのは。
立派な、淑女・・・
「ウェリントン侯爵殿、アシュリーは感動に浸っておりますが、我々は先を急ぎます。早速で申し訳ありませんが、教会の一番高い所へ上ってもよろしいですか?」
「ああ、ゴッドフリーからだいたいの事は聞いているよ。案内しよう」
「ほら、アシュリー!行くぞ」
ハッ!
いけない!
先を急ぐのだった。
「はい!」
今回もクラリッサは下で司祭とお留守番である。
ミッチェル団長とヘクターが自己紹介をしたり、ウェリントン侯爵領とカーネギー伯爵領は隣接していて、結構交流があることを教えてもらったりしながら階段を上って行った。
てっぺんに到着すると、そこは鐘楼になっていた。
別に鐘塔が建っている訳ではなく、鐘楼は展望台も兼ねているようで、街全体を眺めることが出来た。
「アシュリー、頼む」
「はい!」
クロベェ、準備はいいか?
ブォン!
「おぉ!何か始まるんだね」
『クロベェ!帝国人を選別して、我々だけに教えて!』
ブォーーーーーーン!
しばらくすると、クロベェによって選別された帝国人を示す矢印が、全くバラバラな場所に2本だけ立った。
「ここはまだ移動は始まってないな」
「あの2本は間諜かな、それとも帝国から逃げて来たのかも・・・」
「あの黒い棒のようなものは、アシュリーが魔法で出したと思うのだが、何なのだね?」
「侯爵、あれは帝国人がいる場所を示しています。このウェリントン侯爵領には、今現在2人の帝国人が居るということです」
「ほぉ!そんなことが分かるのか!」
「その為に我々は領地を回っているのです」
「街全体から選別するのはアシュリー様にしか出来ないので、こうして一緒に回ってもらってます」
「そうか・・・アシュリーはもう王太子妃としての役目を果たそうとしているのだね」
・・・?
王太子妃?役目?
「何のことでしょうか」
「え?国の為にその魔力を役立ててくれているのだろう?」
・・・そういうことになるのか?
「はぁ、そう言われますとそうなのかも知れませんが、それと王太子妃の役割と何か関係があるのでしょうか。王太子妃のことに関しては全く何も知識がなくて・・・申し訳ありません」
「え?」
「クククッ・・・侯爵殿、アシュリーの頭の中は王太子妃になる事など全く考えていないのですよ」
「は?」
「今はそれよりも帝国からの侵略を阻止することでいっぱいなのです」
「では、アシュリーは・・・」
「そうです、ギルフォード殿下との婚約がなかったとしても彼女は同じことをしています」
「元々、こっちが先でしたよね?」
「ミッチェルの言う通りです。アシュリーは最初からグレンヴィルとこの国を護る為に強くなることを望み、魔法を練習し、毎日己を磨いているのです。侵略計画を知る事が出来たのも彼女の働きのおかげですよ」
「・・・なんということだ」
ウェリントン侯爵は酷く驚いているが、どういうことなのか全く分からん。
ヘクターを見るとすごいニコニコしている。
どういうことなのか教えてくれる様子もないが、ヘクターが機嫌が良いということは、何か私が間違っているわけではないようだからまあいいか。
「アシュリー!」
えっ!?
「君はなんて高潔な少女なんだ!」
ウェリントン侯爵は、ジェイムズお兄様が良くするように、私をヒョイっと持ち上げてクルクル回り始めた。
ええっ!?
どうしたのだ侯爵は!
私が驚いていることに気付いたのか、「これはすまなかった」と下ろしてくれたが、興奮は冷めていないようだ。
「こんなに幼い少女に国を護らせて、我々大人が何もしないわけにはいかぬな!」
私は13歳なんだが・・・
やっぱり10歳くらいに見えるのか?
「カーネギー伯爵!私にも何かさせてくれ!」
「はあ・・・何かと申しましても・・・」
「そうだ。ウェリントン侯爵、あの黒い目印が指す帝国人に心当たりはありますか?」
「我が領に住む帝国人は一人知っている。多分、東の目印がそうだろう、彼は昔帝国から逃げて来たという夫婦の息子で、パン屋を営んでいる。もう一人は分からないね。あの場所は、劇場だと思うのだが・・・」
「では、その劇場を調べてもらえますか?相手に分からぬよう内密にお願いします」
「ああ、任せなさい。この時間はまだ劇場は開いてないはず。それなら客ではないから調べやすいだろう」
ふむふむ、話が早い。
「あとは、魔石をここに置かせてもらえませんか?」
「魔石?」
「はい。アシュリーの魔力がたっぷり詰まった魔石です!」
「もちろんだよ!ここでいいのかい?何か下に敷くものや台座は?」
「ああ、大丈夫です。アシュリー様、魔石を出してもらえますか」
「はい!」
『クロベェ!ここに魔石を一つだけそーっとそーっと出して』
クロベェがまっ●ろくろすけツルツルバージョンを出す所を見た侯爵は、またもや叫んだ。
「おおー!これは・・・なんという素晴らしい魔法だ!」
もう、侯爵様は私が何をしても、興奮してしまうようである。血圧は大丈夫だろうか・・・プチッと血管が切れたら偉いこっちゃ!
そろそろ失礼した方が良いのでは…と、ロバート先生にそう言おうとしたら、ヘクターが私に耳打ちして来た。
「お嬢様、あの丸い焼き物をウェリントン侯爵様に見ていただいてはどうでしょう。外交官長の侯爵様なら何かご存知かもしれません」
そうか!
先程も他国の行為を真似ていたくらいなので、他の国との交流をしている侯爵なら、私達より知識もあるだろう。
あの丸い焼き物は、他の人に見られては困るのでクロベェが保管してくれている。クロベェに私の手にそーっと出してくれるように頼んで、ウェリントン侯爵に見てもらうことにした。
「侯爵様。この焼き物を見て欲しいのですが・・・これが何かお分かりになりませんか?」
「これは・・・!」
「ご存知ですか!?」
「アシュリー、君はこれをどうやって手に入れたのだね?」
「侯爵、それを見つけたのはアシュリーではなく私です」
「カーネギー伯爵、君が?」
「はい。ウォルポール公爵領で、既に侵略計画を遂行していると思われる帝国人の小屋付近で拾いました」
「なん…だと・・・それでは、帝国は本気で我が国に戦争を仕掛けるつもりなのだな」
「はい。ただ真正面から戦争を仕掛けても帝国に勝ち目はないでしょう。その為に何年もの年月をかけて計画を進めていると思われます」
「侯爵様、その焼き物は何ですか?ご存知でしたら教えてください!」
「これは多分だが、25年ほど昔、帝国によって侵略された小国が使っていた武器だと思われる。魔法が使えない平民でも簡単に使える火炎を撒き散らす武器だよ」
『火炎瓶』が正解か?
「この武器の恐ろしい所は、一度火を噴いたら何をしても消せないのだと聞いている」
「水をかけてもですか?」
「ああ、私は実際に見たわけでもなく、人伝に聞いただけだから、少々誇張されてはいるかもしれないが、簡単には消えないというのは事実だろう。その炎は『ヴァルカンの火』と言われていたそうだ」
「ヴァルカンというのは火の神のことですね」
「そうだよ、カーネギー伯爵。神の火だから消えないのだと恐れられていたようだ」
ふむふむ。
それほど消えないとは、中身は何だろう・・・
「その武器の臭いについては何か聞いていらっしゃいませんか?」
「匂い?」
「はい、とても独特な臭いがするとかそういうものです」
「・・・匂いについて聞いた覚えはないな」
やっぱり石油ではなさそうだ。
「この武器の中身を知る事は出来ませんか?」
「・・・無理だな。結局、その小国は帝国に侵略されてしまったからね。私は、その小国で援軍として戦った共和国の兵士達に当時の話を聞いただけなんだよ。ただ、この丸い武器は共和国の歴史館に展示されている。これはまだ素焼きの状態だが、展示されていたのは黒く焼き上げたものだったよ」
中身は分からないか・・・
だが、これで火炎の武器だということは分かった。
また一歩前進だ。
「侯爵様!ありがとうございます」
「役に立てたなら嬉しいよ。他に聞きたいことが出来たらいつでも聞いておいで」
「はい、よろしくお願いします!」
今日中にブランドン侯爵領も行かねばならないので、慌ただしくて申し訳ないと謝ってウェリントンの教会を後にした。