11話 ジェイムスお兄様の婚約
誤字報告ありがとうございますm(*_ _)m
エディンバラ家のお二人はソファに座ってもらい、それぞれ紹介が始まった。
ジェイムズお兄様の婚約者であるローズマリー様は、アメリカンチェリーのような臙脂色に近い濃い紅色の髪の背の高い女性だ。
紹介し合っている間も、好奇心旺盛な子供のように、そのキラキラした鳶色の瞳を私に向け続けている。
「アシュリーちゃんは本当に可愛いわ!それで剣術も嗜んでいるなんて信じられない!」
「アシュリーのすごさは剣術だけではないんだよ!」
「ええ、何度も聞いたわ。でも聞いただけでは想像もできないのよ」
「ここにいる間に『すごいアシュリー』を何度も見れるよきっと!」
「そうね、半分はそれが楽しみで来たようなものだもの」
「ローズマリー。失礼ですよ」
「あら、お母様だってアシュリーちゃんに会うのを楽しみにしてたでしょ?」
「コホン…まぁ否定はしません。ジェイムズとの模擬戦は是非見せてもらいたいわね。あとは、お話もしてみたいわ」
何だろう。自己紹介が終わった途端、話題が私の事ばかりなんだが・・・。
しかも侯爵夫人は私と話がしたいだと!?
御免こうむる!
「ははっ!アシュリーが皆の勢いにびっくりして固まってしまったようだ」
「あら♪大きな目がもっと大きく開いているわ」
「ふふっ♪皆がまるで珍しい動物を見に来たみたいだね。アシュリー?大丈夫?」
ハロルドお兄様がコソコソと話しかけてくるが、首を縦に振る位しか反応出来ない。まだ、アシュリー談義は続くようで、トーマスお兄様やティファニー様まで加わっている。お父様はニコニコ笑って聞いているだけだが、止めてくれる様子もない。
私は動物園のパンダかコアラってところか・・・まぁいいけど。
侯爵夫人の名はパトリシア様。エディンバラ家でのパーティは全てこの夫人が仕切っているのだそうだ。辺境のグレンヴィルでは、それほどパーティなど催されないので、今回の婚約披露の相談役として慣れている夫人が先乗りして来てくれたということらしい。
だが、しかし!
パトリシア様は婚約披露パーティのプロデュースはそっちのけで、ローズマリー様と二人で私について回っている。そう、テレビのドキュメント番組の『○○密着24時』のようだ。
紹介も終わったので、トーマスお兄様と私は午後の訓練に行くと言うと、ジェイムズお兄様も行くと言った。それは願ったりなのだが・・・
「それはいいわね!私達も見学してよろしいかしら」
ダメと言える訳がない。
騎士の訓練所ではなく、私が行く見習いの訓練所へ付いて来たので、剣術でもないのに、見ているだけで楽しいのかと心配したが、要らぬ心配であった。
「まあ!どうしてあの様な事ができますの!」
「まあ!なんて速いのかしら!」
「まぁ!お母様!今、どれだけ飛んだか見ました!?」
「まあ!今、回りましたわ!」
「まあ!」の連続である。
子ども達もやりにくそうなので、正直、もう少し静かに見て欲しいものだが、楽しそうなのでいいか。
あれだけ騒いでいた二人も、剣の型の練習を皆で始めたら黙った。ほぼ半刻、前世で言えば1時間、子ども達と私は剣を型通りに振っていただけなのだが、それをジッと静かに見ていたのだ。
体力強化訓練を終えた私は見習いの訓練所から、隣の騎士団の訓練所に移る。その移動の時にパトリシア様が話しかけて来た。
「グレンヴィルは子ども達までが強くあろうと真剣なのですね。子ども達のとても美しい剣技を見ることができて、今日は本当に良い日です」
心からの賛辞だった。
かなり嬉しい!
「ありがとうございます!」
騎士団の訓練所へ行くと、こちらは既に打ち合いが始まっていた。
指導しているトーマスお兄様の元へ走って行き、私も加わりたいと言うがいなや、ジェイムズお兄様が飛んできた。
相手をしていた騎士は放置である。
「アシュリー!身体は温まったかい?」
「はい」
「よし!早速相手になろう」
「ありがとうございます!」
ジェイムズお兄様とは初めての打ち合いである。かなり楽しみだ!
「「よろしくお願いします!」」
お互いに構える。
やはり、ジェイムズお兄様もトーマスお兄様と同じく、多くの騎士達とはレベルが違うようだ。
私から仕掛ける。
私の剣を受けたお兄様の目が驚きに変わる。
そしてすぐ笑顔になった。
ふふふ・・・
お兄様も楽しそうだ。
私も楽しい!
トーマスお兄様より重くないので、返す時が少し速くできる。しかし、その分ジェイムズお兄様の方が速く次の攻撃に移っている。
ジェイムズお兄様は重心から動く事ができるタイプのようだ。
ふふふ・・・
これは楽しい!
打つ、受ける、打つ、払って打ち込む、打つ打つ打つ打つ・・・払う、避けて払う
全てに反応してくれる!
休みなく繰り出されるお兄様の剣技は硬すぎず、性格を表しているようだ。
私の方が全く剣術では敵わないのは分かっている。
だが、お兄様に情けない姿は見せられない。
見極めて受けて、避けて、決定打を打たせない!
体力だけなら負けない自信がある。
お兄様がスピードを上げて打ち込んで来た。
今まで手を抜いていたのか?
それはちょっとショックだが、違うようだ。
勝負に出たのかもしれない。
ここが踏ん張りどころか!
受けて受けて受けて、避けて受けて・・・
クッ!攻める隙がない!
やるなお兄様
でも、お兄様、息が上がって来たぞ!
私にも攻めさせろ!
反撃の速攻!
お兄様が苦笑いをしている。
ふふふ・・・
私のしつこさに慄いたか!
「おーい!
ジェイムズ!アシュリー!そこまでだ!」
トーマスお兄様の声が響いた。
気が付くと、周囲は打ち合いを終えていた。
あらま、時間だったか。
「アシュリー、終わっちゃったね」
「はい・・・」
もう少し続けたかった・・・。
「もっと続けたかったね」
「はい!」
ジェイムズお兄様も同じ気持ちなのは嬉しい!
「兄さん、アシュリーは本当に剣を始めたばかりなの?」
「ああ、三月ほどか?アシュリーは最初からある程度剣が振れた。それまでの鍛錬が効いているのだろう」
「うん、そうか!」
「剣技はまだまだだが、アシュリーにはそこそこ程度の攻撃では勝てない。この無尽蔵の体力と柔軟さと速さに勝てる者はあまりいないからな。まあ、アシュリー自身もなかなか勝てないのが悩みなんだな?」
「はい・・・なかなか負けない⋯でも、勝てもしません」
「ハハッ!始めたばかりで凄いよ!先が楽しみだ」
そういえば、エディンバラ家のお二人はどうしたかな?声は聞こえなかったけど・・・と思った途端!
「アシュリーちゃん!あなた、なんてすごいの!」
「まさか、第二騎士団で2番目に強いジェイムズと互角だなんて!」
「いえ、互角という訳では・・・剣はまだまだ全然です」
「何を言ってるの!こんな倍もある大男と戦って負けてないのよ!」
いや、倍もはないかと・・・。
倍もあったら、ジェイムズお兄様は2.5mだ!
「話には聞いていたけど、実際に見るまで信じていなかった自分が恥ずかしいわ!」
「ええ、全てにおいて素晴らしい能力ですね」
「ふふん♪ローズマリーもやっとアシュリーの本当の凄さを分かったようだね」
「ええ!とてもよく分かったわ」
「まだまだ驚くことがあるんだよ」
「まあ!まだ何かあるの?」
「アシュリー、まだ体力があるなら、遊び場での技を見せて欲しいんだ。私もまだ見たことがないからね」
そういえば、遊び場でのパルクールをジェイムズお兄様には見せた事がないな。
「分かりました。今から行きますか?」
「ああ、ありがとう。お二人とも、庭へ移動しますよ」
移動する間もローズマリー様は私を褒めちぎって来るので、何と答えて良いのか分からず困った!
遊び場に到着すると
「ここで何かあるの?」
「ふふっ♪まあ見てれば分かるよ。じゃあアシュリー頼むよ」
「はい」
私はいつもの訓練の様に
低い鉄棒を飛び越え
軽く平均台を回転しながら渡り
高い鉄棒に飛びついて大車輪して着地
大小様々な台を跳び回り、壁を走り
2枚の壁を手を使わずに登り
宙返りして着地した。
一瞬シーンとしたが、すぐにジェイムズお兄様が拍手してくれた。
「すごいよアシュリー!なんて綺麗な動きなんだ!」
「ええ!ええ!とても美しいわ!どうしてこんなことができるの!」
ローズマリー様も喜んでくれたようだ。
「アシュリーさん、貴方はもう魔法が使えるのですか?」
ギクッ!
いや、これは魔法じゃないからビビる事はないのだが・・・
「お母様!そんな訳ないじゃないの。まだアシュリーちゃんは8歳なのよ」
「そう、よね・・・」
夫人は何か思うことがあるのだろうか。
「いえね、先代のエディンバラ侯爵が⋯とても豊富な魔力持ちで、塀を走って登ったことがあったのよ。『これは魔法じゃない』って言っていましたけど、『魔力解放した時からどんどん身体能力も上がっていったのだから、一種の魔法なのかもしれない』とも言っていたから・・・。
それくらい、そう、魔法のように素晴らしかったってことよ!」
なんと!
魔力解放すると身体能力も上がると?
身に覚えがありすぎる。
あの魔力解放が終わった後の身体の中から漲る力。
この8歳にしては驚かれる身体能力も、鍛錬の成果であるとは思うが、確かに異常な気もする。
豊富な魔力が私の能力を倍増しているということならば、身体強化魔法が使えなくても、通常より強化されていくってことだよな!
これは鍛え甲斐がある!
「アシュリー、嬉しそうだね♪」
私がニコニコしていたので、ジェイムズお兄様達は褒められて喜んでいるのだと思ったようである。
大きく頷いてお礼をした。
「皆様、お褒めいただきありがとうございます」
これからも精進するよ!
それからも『密着24時』は続き、食事の時にはどんな料理が好きなのか根掘り葉掘り聞かれ、お風呂ではどのような石鹸を使っているのとか、髪はどのような手入れをしているのとかをエリーに根掘り葉掘り聞き、その後、私が読んでいる本を見て感心したり・・・何とも楽しそうな人達だ。
ジェイムズお兄様がグレンヴィルに帰って来てから8日経った光の日、ローズマリー様との婚約披露パーティが盛大に催された。
前乗りしている人達もいるので、我が家には泊まり客も大勢いるが、もちろん当日来る人達が一番多いのである。
グレンヴィル家の屋敷のホールはかなり広いので、普段はがらーんとした雰囲気であったのが、そのホールに次々と着飾った人々が入って来るととても華やかになる。
私もエリーとメイド達に飾られているので、結構華やかである。
そして、受付嬢⋯ではないが、『来ていただいた方々に笑顔を振り撒く係』をパトリシア様から仰せつかったので、お父様の横でニコニコと何度も「ようこそ〜」とか言ってお辞儀をしている。
この時の為にパトリシア様からカーテシーの猛特訓を受けたのである!
「アシュリーさんは体幹がしっかりしているから綺麗に出来そうね」
とか言って、ビシバシ仕込まれた。
だが、それが来訪者にはとても好評のようで、時間をかけて来てくれた人々が笑顔になってくれるのは気持ちが良い。
頑張った甲斐があったというものだ。
新調したドレスも、来訪者にもれなく披露できるというのも良い。
エリー達が頑張った甲斐があっただろう。
ホールの奥では、ジェイムズお兄様とローズマリー様が皆様にご挨拶をしているはずである。
その補佐として、エディンバラ侯爵夫妻とトーマス&ティファニー夫妻が出席者に目を光らせているとのこと。
若い二人にどんな言葉をかけるのかで、その人のお兄様達への思惑が分かるのだとか・・・。
昨日、やっとエディンバラ侯爵が到着し、お茶を飲みながら打ち合わせをしていたのを、ジェイムズお兄様とローズマリー様に挟まれた席で聞いていたのだ。
次男のジェイムズお兄様は跡継ぎではないが、トーマスお兄様が爵位を継いだと同時に伯爵となる。
しかも、王都でも騎士団としてかなり名が知れてるらしい。
それを良い事だと思うか、グレンヴィル領から離れるのを厭うか、それぞれ人の考え方は違うだろう。
グレンヴィル家とエディンバラ家に縁が出来て喜ぶ人も厭う人もいるようだ。
いやはや、こういうパーティ的な催しというのは大変だ。トーマスお兄様の時は何も分からないままたくさん人がいるな〜、キレイだな〜くらいしか考えていなかったと思うが、こうして頭の中が大人だと知りたくない事も知ってしまうのだな。
コレはアレだな。
見た目は子供、頭脳は大人の『名探偵コ●ン』みたいだな。
コナン君みたいに優れた頭脳じゃないけど・・・。
出席者が全員到着したようで、私の仕事も終わった。パーティは大人の催し、私のような子どもは料理を食べて早めに去るのだ!
別室で料理を用意してもらったので、ハロルドお兄様と一緒に食べた。
さすが、パトリシア様プロデュースである。どれも美味しいだけでなく、華やかさがある。まぁ、うちの料理長の腕が良いというのが大きいと思うが。
では、腹も膨れたことなので、さらばだ!
ホールに一旦戻り、エディンバラ家の人々にご挨拶をして失礼させていただく。
もう少し泊まって行くのかと思っていたが、エディンバラ家の人達とジェイムズお兄様は、早々に王都に行ってしまうらしい。
エディンバラ侯爵はこの国の税務官長様でとても忙しいらしく、すぐに帰らねばならないという。それなら護衛も兼ねてジェイムズお兄様達も一緒に帰った方が良いということになった。
かなり残念である。
それはお兄様やローズマリー様にとっても同じらしく、帰り際には二人に抱きしめられ、離れなかった・・・。
今度はエディンバラ侯爵とお父様で引き剥がされ、二人は渋々馬車に乗った。
デジャブ
似た者夫婦のようである。
「アシュリーちゃんが12歳になって王都のお屋敷に住むようになったら一緒に暮らせるわ!待ってるから!」
馬車の窓から乗り出して手を振るローズマリー様は、ちょっと貴族令嬢っぽくなくて面白い。
王都の学校に行くようになったら一緒に住むのか・・・。
うん、楽しいといいな♪




