10話 ジェイムズお兄様が帰ってくる理由
お父様に鍛錬を認めてもらってからは、毎日がとても過ごしやすくなった。
やりたい事を堂々と出来るのである。
しかし、
前世に繋がる様な事を口走らない事、
中身が貴族令嬢ではないと悟られない事。
この2つは注意必須。やはりあまり喋らないのが得策と思われる。
騎士の訓練に加えてもらって三月が経ち、その間に、身体能力を上げる為の訓練に加えて欲しいものをお願いした。
ひとつは跳び箱や鉄棒もどきを騎士見習の訓練所に作ってもらえるようにお願いした。
騎士の訓練に木馬を使った訓練があるが、そんなに意味はない気がしたからだ。
もうひとつはストレッチ体操である。
いきなり訓練をするよりも、始めと終わりにしっかりストレッチ運動を取り入れれば怪我も減り、柔軟な身体になると思ったからだ。
私の身体の柔らかさを騎士の皆に理解してもらう為に、体操競技の技みたいなの披露させてもらった。
騎士達は、倒立ひとつ取っても勢いに任せてやるのではなく、ゆっくりと足を上げていくのが簡単そうに見えて筋力と柔らかさがないと出来ない事を知り、心から感心していた。
調子に乗った私は、騎士の一人に向かって走って行き、飛付くかと思いきや、肩に手をついて飛び越え、宙返りして後方に回った。もちろん着地にはひねりを加えたので、騎士の後ろを取ったのだ。
「「「おおー!」」」
とりあえず、身体能力が上がれば色々な対処方法があるのだということを知ってもらいたかったのだが、分かってくれたようである。
目指せ柔軟で強く持久力のある身体!
そんなこんなで騎士との訓練も楽しい毎日を過ごしていた。
トーマスお兄様が、グレンヴィルが年に一度行う大掛かりな「魔物討伐」から帰って来てしばらくしたある日。トーマスお兄様とティファニー様の赤ちゃんを愛でながら昼食後の団欒をしていると、セバスチャンが何か伝えに来たので、ハロルドお兄様がそれを聞いていた。
「来週、ジェイムズ兄さんがグレンヴィルに帰って来るよ」
「まあ、ジェイムズお兄様が?嬉しいです!」
ハロルドお兄様の報告に喜んでいると・・・
「ジェイムズ兄さんの婚約披露パーティだからね、長期のお休みがもらえたみたいだね」
なんと!?
ジェイムズお兄様の結婚披露宴?
違うか婚約パーティ?
・・・そういえば、そんな話を聞いた気がする。
1年くらい前だったと思うが忘れていた。普段ジェイムズお兄様の婚約者の話などちっともしないから、頭からすっかり抜けていたよ!
「アシュリー・・・その顔は、兄さんの婚約パーティのこと忘れてたでしょ」
ギクッ!
バレている。
「えーと⋯その⋯」
「まぁ、今まで婚約パーティの事あんまり口に出さなかったからねぇ。でも、屋敷中がパーティーの準備に大忙しなのに、気付かなかった?」
「魔物討伐の、準備かと・・・」
「そうか、アシュリーらしいね♪」
会った事もない婚約者様をこの私に覚えていろというのは酷な話だと思うのだが・・・ジェイムズお兄様の婚約者は確か、何とかという侯爵家の次女さんで、名前は前世でよく聞いたハーブと同じ名前だった。
そうそう、ローズマリー様だ!
ローズマリー様のお兄様とジェイムズお兄様が同級生繋がりで・・・おぉ、だんだん思い出して来たぞ!
ローズマリー様はお兄様の3歳年下で、王都の学校の授業で一緒にダンスを踊った時に一目惚れしたんだっけ、されたんだっけ?
違うな⋯これはトーマスお兄様の恋バナだったかな?
あかん、はっきり思い出せん!
「えっと・・・ローズマリー様でした、か?」
「そう!名前は覚えていたんだね!」
「はい、名前だけ・・・」
良かった!覚えやすい名前で。きっと、馴染みのない名前だったら忘れてたと思う。
「エディンバラ侯爵のご令嬢というのは覚えてた?」
「いえ⋯侯爵家の次女様だということだけ、です」
「そう、お相手は侯爵家だからね、とても盛大な催しになると思うよ。アシュリーもきちんとおめかしして挨拶しないとね♪」
やっぱりか!
「はい・・・」
先月、仕立て屋さんが来て採寸されたのは、この為だったのか!てっきり、また誕生日にドレスが増えるのかと思っていたのだが・・・。そうすると、そろそろ着せ替え人形になる日が来るのだな。
この世界では、ほぼ結婚と同じ扱いになる「婚約」パーティなどを催して、「うちのお嫁さんだよ〜!」と周知させ、そのだいたい1年後に結婚を成立させるのが普通らしい。
結婚式はだいたい近しい親族のみで教会で行う事がほとんどだとか、神に誓うのだから納得である。だから「婚約パーティ」がとても重要なイベントという事だ。
トーマスお兄様の婚約パーティーと結婚式は何となく覚えている。私もいつもよりおめかししてもらって喜んでいた記憶が・・・今なら御免だが、今回もしなくてはならないらしい。
そういえば・・・。
トーマスお兄様の結婚式が終わった翌月から、お母様はほとんど寝たきりになってしまったんだったなぁ。
「奥様はきっと安心なさったのでしょう。また少し休まれたらお元気になられますよ」
エリーは私を慰めるようにそう言っていたが、お医者様の薬も、ハロルドお兄様や教会の人達の光魔法も効果はなく、そのまま半年くらい寝込んで帰らぬ人となった。
お母様は、寝たきりである事が申し訳なさそうではあったが、死に対して全く悲観的ではなかったように思う。当時の自分はまだ4〜5歳の少女なので、後から思い出してそう思っただけなんだけど。
きっと、潔い女性だったのだ。
トーマスお兄様の結婚が、グレンヴィル家女主人としてのお母様を満足させたのかもしれない。お父様やお兄様達への信頼が厚かったのかもしれない。
トーマスお兄様とティファニー様には赤ちゃんも生まれたのにな・・・。まだジェイムズお兄様もハロルドお兄様も、私だって結婚前なのにな・・・
私の方は潔くなれないようだ。
自分が光魔法を使えるのだと分かった時に、やっぱり考えてしまったのだ。
私がもっと早く魔法が使えていたら、私の前世の知識と、この多そうな魔力で何とか出来たのではないかと。
でも、考えれば考えるほど無理だと分かった。
病気は光魔法でも効かないものが多いらしいが、その病気の多くは、前世で「癌」と呼ばれていた病気だったのではないか。
光魔法で治癒力を高めたり、癒したり出来ても、どこにあるか分からない悪性の腫瘍を取り除くことは不可能だ。それが血液だったり、骨だったりする事もあればもっと難しいだろう。魔法は万能ではない。
下手に身体を元気にさせたら、悪い細胞まで活発になるのではないだろうか。癌の進行を早めるだけである。
確か、若い人の方が細胞も元気だから癌の進行も早いと聞いたことがある。
お母様はまだ40歳だった・・・進行も早かったに違いない。
今更考えても仕方ないけどな。
「アシュリー?どうしたの?」
あ、まだハロルドお兄様と話している最中だった!
「急に落ち込んで、そんなにおめかしするの嫌だった?」
「違い、ます!」(半分当たってるかな?)
「じゃあ、ジェイムズ兄さんの婚約が寂しいとか?」
「全く違います!」
婚約はめでたいことだ。
「少し、お母様のこと考えて、いました」
「・・・そうか。母上にも皆の婚約式に出て欲しかったな」
おっと!湿っぽくなってしまった。
「はい、でも大丈夫です。きっと見ていてくれます。私の時も、きっと!」
「ふふっ、そうだね♪」
婚約披露パーティのことを聞いたその2日後。
予想通り、着せ替え人形になる日がやって来た。
何故、一回のパーティの為にドレスがニ着も三着もあるのだろう。しかも私は成人前だからパーティーそのものに出席するわけではないというのに・・・この3着のドレスの違いが私にはよく分からない。まぁ、色は違うというのは分かるかな?
「アシュリーお嬢様、今度はこちらのドレスに着替えてまいりましょう」
「はい・・・」
一着目のドレスを合わせ、アクセサリーや髪飾りを選び、これで終わりかと思いきや、また同じ事を二着目でするのだ。その次は三着目か・・・。
「先程の黄色よりこちらの水色のドレスの方がお似合いですね。このグラデーションがとても美しいですわ!」
「そうね、私もそう思うわ。髪にはこの金とレースはどうかしら?お嬢様のシルバーの髪を上品に可愛らしく飾ってくれるわ」
「まぁ!本当に!」
「靴はどれが宜しいでしょう」
「このドレスのグラデーションに合わせるなら濃い方が良いのではなくて?」
「この金色のリボンの靴が可愛いと思いませんか?」
本人そっちのけで盛り上がるエリーとメイド達、そして商人のおっちゃん達。
前世で言うところの、百貨店の外商の様なものだと思われる。お店が向こうからやって来るのだ。改めて、我が家は金持ちだと実感する。
ドレスはオーダーメイドだが、直しがあるかもしれないということで待機している。他にアクセサリーの店(?)に靴屋と、それぞれの店のご主人がいる。
適当で良いと思うのだが・・・まだ、あと一着分続くのか。
「主役はローズマリー様なの・・・」
やばい!
つい口からポロッと出てしまった!
「お嬢様、ご心配には及びませんよ!ローズマリー様には王都の者達が最高のものを既にご用意しております!お嬢様にはこのような催し事がない限りドレスを新調されたりしないではありませんか!」
いや、そういうものだろう?
着られるドレスがまだあるのに、新調する意味がわからん。
「今回のジェイムズ様の婚約は、近隣だけでなく、侯爵家に纏わる遠方の方々も多くいらっしゃるのですよ。お嬢様はもうすぐ9歳、グレンヴィル辺境伯のご令嬢として、最高に可愛く美しく装っていただかなくてはなりません!」
「はい・・・」
要らんことを口走るのではなかった・・・。
鐘ひとつ分は優に超えたと思われる長時間の着せ替え人形タイムは終わり、結局三着めに着たレースがふんだんに使われた紫色のドレスに決まった。
一着目とニ着目に使った時間を返してくれ!
このストレスは訓練で発散したかったのだが、既に夕暮れも近い時間になってしまった・・・。
仕方ないので、部屋で独りで剣の型の練習することにした。
両手の型と片手の型をそれぞれ百回ずつ練習し終えると、だいたい半刻ほどが経ったと思われる。程よく汗もかいたがまだもの足りない。
次はシャドーボクシングにした。四半刻ほどやったが、まだもの足りない。着せ替えはそれほど私にストレスを与えていたのだろうか。
よし、次は縄跳びにしよう!この洋館は日本家屋と違って天井が高いから、部屋の中でも縄跳びができる。
そう思って縄跳びを始めたところでエリーが来た。
「お嬢様、そろそろ夕食の・・・
お嬢様!お部屋で何をしていらっしゃるのですか!」
あわわわわ!
こりゃ不味い?
「そのような鞭を続けざまに当てますと床が壊れてしまいます!」
縄跳びを鞭と言ったよ?
でも、確かに床に跡がついたな
「ごめんなさい・・・もうしません」
「まあまあ!こんなに汗もかかれて、すぐにお身体を拭きましょう。お湯を持って参りますので少々お待ちください」
少しだけのつもりが始めたら止まらなかった。こんなことなら、最初から訓練所へ行っていれば良かったな。ちょこっと反省。
着せ替え以外、私に出来ることは何もないので、その後は平和に充実した日々を過ごしているうちに、ジェイムズお兄様が婚約者のローズマリー様を連れて帰って来る日となった。
屋敷の使用人も含め、総出でお出迎えである。
ジェイムズお兄様が馬車から降り、多分ローズマリー様だろう女性をエスコートし、次にもう少し年配の女性もエスコートして馬車から降ろしていた。
(お!紳士なジェイムズお兄様だ!)
などと感心したのだが・・・次の第一声はいつものお兄様だった。
「アシュリー!!」
光の如き速さで私に駆け寄り、抱き上げてクルクル回り出した。
「アシュリー!また一段と可愛くなったね!」
「おかえりなさいませ、ジェイムズお兄様!」
「剣術の訓練も始めたんだって?最初からとても上手く出来ているって!こっちにいる間に、私ともたくさん訓練しようね!」
「はい!嬉しいです!」
「ジェイムズ・・・帰って最初の挨拶がアシュリーか?しかも婚約者を放置とは何事だ!」
おっと!
そういえば、そうだった!
「ハッ!申し訳ありません、父上!
ただいま戻りました」
「全くお前は・・・私はいいから、早くローズマリー様とエディンバラ侯爵夫人をエスコートして来るのだ!」
「はい!」
馬車の前で、クスクスと笑いながらジェイムズお兄様が戻って来るのを持っているお二人。心の広いお方のようである。
「うちの愚息が大変失礼しました、エディンバラ公爵夫人。
お久しぶりです。遠いところをよくお越しくださいました」
「グレンヴィル辺境伯、お久しぶりです。うちのじゃじゃ馬ローズマリーと似合いかと…ふふっ」
「ははっ!似合いですか。ありがとうございます。長旅でお疲れでしょうから先ずは中へどうぞ」
「そうさせていただくわ」
お父様は夫人をエスコートする様に手を差し出した。
スマートだな・・・。
こういうお父様は久しぶりに見るかも知れない。
「ここではお寛ぎいただけますように、何かご要望があれば何なりと仰ってください」
セバスチャンに案内されながらお父様と侯爵夫人が屋敷へと進み、
その後にジェイムズお兄様とローズマリー様が続き、
トーマス&ティファニー夫婦に、
ハロルド&アシュリー兄妹がその後に続く。
何かの行列か!
残ったメイド長が使用人に支持をしてお共の人達を案内したりしているようだ。
そういえば、メイド長の名前って憶えてないや。
今更聞けないなぁ・・・




