9話 剣術を習ってみよう
途中から視点がアシュリーではなくなります。
私が剣を教えてもらうことになって、お父様は早くも私専用の木剣を用意してくれた。8歳の私の手にも持ちやすい様に作られた木剣はなかなか良い作りで、振り回しやすい。
滑らない様に持ち手部分に革が巻かれている心遣いも最高だ。
全くの初心者であるわたしとしては、まずは、お父様とトーマスお兄様の打ち合いを見せて欲しいとお願いしたら、お父様大喜び?
何かお兄様が苦笑いしているんだけど大丈夫かな?
流石にお父様は強いな。あの一振りは前世のお母さんの渾身の一振りより速いんじゃないか?
それを連続で叩き込まれるお兄様、ちょっと可哀想・・・。
ただ剣を打ち合っている様に見えるけど、互いの剣筋を読み合っていなければ、打ち合いにはならないよね。一撃で終わりだ。
ということは、トーマスお兄様もなかなかの手練ってことだ。これから皆に私なんかの相手をさせて申し訳ないなあとは思うけど、すぐに上達するからね!
見学の後、初心者の私はハロルドお兄様に剣を打ち込ませてもらった。
お父様やトーマスお兄様じゃ大きすぎて、剣に届き辛いんだもん!
「ハロルドお兄様、いきます!」
カンカンといい音を鳴らしながら、見よう見まねで木剣を切り返し打ち込む。少し剣道に似ているから、棒を振るのは難なくできるよ。上半身も下半身も同じように鍛えたからね。
途中でまき技や二三段の技なんかも入れてみたりして。連続で百回くらい打ち込んだかな?突然ハロルドお兄様が「待った、待った」と待ったをかける。
何でだ?
お父様を振り返ると、トーマスお兄様と二人でポカーンとしてるよ。
何でだ?
「お父様?」
私が呼ぶとハッとしたように真顔になり、何か考え込んでいる。
「アシュリーは一人で剣の鍛錬もしたのかい?」
「していません」
「そうか…慣れていた様に見えたからね、とてもよくできていたよ」
「そうですか?」
「そうだな?ハロルド」
「ええ、早いですし、身体の大きさに比べて重くて驚きました。長く受け続けるとこちらも耐え難いですよ…。恥ずかしながらね」
「そうですか・・・」
ちょっとシュン…とした私に慌てたハロルドお兄様は
「いやいや、まだ大丈夫だよ!アシュリーはもっとやりたいんだよね?」
大きく何度も頷く私を、可哀想な子を見るような目で見ないで欲しい。
でも、お兄様達は代わる代わる私の相手をしてくれ、時々お父様も加わったりして、(お父様とトーマスお兄様は、私の背丈に合わせるように構えるのがちょっと辛そうだったけど)鐘一つ分の時間、多分5千回くらいは剣を振る練習ができたと思う。
おかげでマメが潰れたが・・・。
ハロルドお兄様が治してくれようとしたけど、魔法で治してしまうといつまでも剣を持つ手にならないからと断ったら、また可哀想な子を見る目で見られた。
何でだ?
騎士にとってマメが潰れるくらい日常茶飯事じゃないのかな?
本当は毎日でも鍛錬に付き合って欲しいところだが、お父様やお兄様達の都合もあるだろう。
だいたい週一くらいなら大丈夫そうとのことなので、一人で頑張ろうと思う。
なんといっても、私専用の木剣が手に入ったので、一人で素振りでも何でも出来るじゃないか。
よく漫画とかで見る、縄で棒を吊るして打ち込んだりも良いかもしれない。
いっぱい練習して、お兄様達と本気で模擬戦とかできる様になりたいな。打ち込みばかりじゃなく技とか使えるようになったりしたらかっこいいだろうな。
今のうちに技名考えておこうかな…。
アシュリーを部屋まで送ったあとのこと。
辺境伯とその息子達は、言うべき言葉が見つからずしばし無言で廊下を歩いていた。
足音だけが響く廊下で口火を切ったのはハロルドだった。
「父上、アシュリーは最早私より強いのではないでしょうか?」
「ハロルド・・・そなたには悪いが、本気で戦ったら五分か、僅差でアシュリーが勝つだろう。剣術ができるからではなく、あの反応の速さと無尽蔵の体力のせいだ」
「よく考えてみろ、私とお前と父上が三人で順番に相手をして、アシュリーはずっと打ちっ放しだったというのに、息は乱れてはいなかった!」
「どんな体力だ・・・」
「長い時間になればなるほどそなたには不利であろうな」
「後半、私には打ち方をどんどん変えてきたぞ?もうあれは練習などという生ぬるいものではなかった!模擬戦だった!
今から思うと、もしかしてお前には手加減していたのかも知れんな」
「兄さんがアシュリーの剣筋を見極められていたから続けられると思ったのでしょうね。私では無理だと思われたのか・・・情けないです」
「そう気を落とすな。そなたには私よりも豊富な魔力があるではないか。その魔力で領地を護ってくれれば良いのだ。アシュリーが魔法を使えるようになったら良き指導者となれるであろう?」
「そうでしょうか?魔力でも負ける気しかしませんが・・・」
「そうかもな・・・」
「そうだな・・・」
「いやいや、まだ魔力解放も出来ない子どもだ。先のことは考えるのはよそうではないか」
「そうですね。アシュリーがどんな属性かは楽しみでもあります。母上や私と同じ光魔法の使い手となってくれると嬉しいですね!」
「父上の様に5属性が全て使えるかもしれませんよ」
「うむ。先が楽しみな娘だ。アシュリーはあの可愛さからしてさぞや美しく育つであろう。そこいらの軟弱な男に嫁がせる訳にはいかぬな。その為にもこの鍛錬は必要なのではないか?」
「そうですね、我々より弱い男は問題外ですね!」
(父上とトーマス兄さんより強い男なんてこの国にいるのかな?)
「アシュリーには教えられるだけの剣術を教えてやろう。」
「きっと『お父様より弱い男性とは結婚いたしません!』などと言って、弱い奴は相手にもされぬようになりますね」
「男を見る目も育つであろう」
(そうなったら「父上より」ではなく「私より」って言うんじゃないかな・・・)
ハロルドが心の中でそんな突っ込みをした所でお開きとなったが、それから一週間も経たないうちに、アシュリーが辺境伯の執務室へやって来た。
「お父様・・・」
「どうしたアシュリー。何か困った事があったのか?」
「ごめんなさい・・・」
そう言って、アシュリーは後ろ手に隠し持っていた物を差し出した。
「一人で鍛錬していたら・・・」
それは折れた木剣だった。
ついこの間、辺境伯がアシュリーの為に作らせたものの様で、使い込んでやむ無く折れた感がある。
模擬戦用の木剣はかなり頑丈な素材で作られている筈なのに、たった数日でどれだけ使ったのか、これはもっと丈夫なものを作らせるか、数を多く揃えるかしなければならない。
全く予想外の娘である。
「お父様、申し訳、ありません」
「アシュリーよ、気に病むな。木剣などいくらでも作ってやる」
「お父様ありがとう!」
辺境伯は、とにかく酷く落ち込んでいるアシュリーを宥め、直ぐに新しいものを多く作らせるので安心する様にと伝えるのであった。
(百本ぐらいで足りるであろうか・・・)
辺境伯はこの事をトーマスに伝え、アシュリーを独りで鍛錬させるより、グレンヴィルの騎士達と一緒に訓練させる方が無茶をしないかもしれないと判断し、翌日、アシュリーを騎士団の訓練所へ連れて行った。
「皆の者。今日から我が娘アシュリーも訓練に加わることとなった。まだ8歳であるが特別扱いは要らぬ。このグレンヴィルの長女として、皆と同じよう訓練に参加させてやってくれ!」
「「「御意!」」」
騎士達は、見習いの訓練ではなく騎士団の訓練に少女が加わる事に驚いてはいるが、辺境伯に意見することも出来ずそう答えるしかない。
「皆さん、よろしくお願いします!」
「ああ、皆は毎日、時間制で交代して訓練しているから、アシュリーは何時でも来ていいよ」
「トーマスお兄様も、来ますか?」
「ああ、毎日ではないけど、これからはもっと頻繁に来るよ」
「はい!」
「儂もこれからはもう少し覗くとしよう」
「お願いします!」
辺境伯やトーマスが来る回数が増えると聞いて、騎士の皆は少し震えている者もいるようだ。
そんな中、まだ若そうな騎士がふっと独り言をもらした。
「あんな小さなお嬢様と訓練して怪我でもさせたら・・・」
それは、周囲に聞こえるか聞こえないかの小さな呟きだったのだが、辺境伯とトーマスの耳にはしっかりと届いた様であった。
「君は…一年目の騎士だね?」
「はい!ビリーと申します!」
トーマスは、騎士見習いから騎士に昇格したばかりと思われる14〜15歳の少年に声をかける。
「そうか、丁度良いかも・・・。
父上、今日はビリーにアシュリーの相手を頼みましょうか」
「そうだな、今日一日の様子で皆の意識も変わるであろう」
「・・・?」
「では、ビリー。今日初めてのアシュリーに色々教えてやってくれ。あ、訓練内容は皆と一緒でいいからね」
「承知しました」
ややビクビクした様子のビリーの気持ちを知ってか知らずか、辺境伯とトーマスは何だか楽しそうで、アシュリー自身は騎士団との訓練が嬉しくてワクワクしっ放しの状態である。
早速、走る事から始まった訓練では、ゆっくり・速くを砂時計の目盛りに合わせて交互に何度も続ける。四半時が過ぎた頃まで続くそれは、訓練の最初から騎士達の体力を削る。
「もう終わりですか?」
元気な少女が一人いた。
もちろん、アシュリーである。
訓練所には長い梯子が何本も続けて吊るしてあり、それを手だけで伝っていくという訓練がある。身体が重たいと少し不利な訓練かも知れない。距離が長くアップダウンもあるので、後半には腕にかなり負担がかかる。
アシュリーは、まるで木の間を飛び回る猿の魔物の様にひょいひょいと伝って行った。
まあ、身体も軽いから・・・と、騎士達は心の中でそう言い訳をするのであった。
訓練所を囲む壁の一部には、壁が二重になった部分があり、騎士達はその間を手と足を使って登っていくという訓練をする。
グレンヴィルの騎士は半数程の者が最上部まで到達することが出来るが、まだ出来ない者も多くいる。
「最後に手を使ってしまいました・・・」
本日初めての少女は、そんな事を悔しそうに呟くのだった。手を使っても最上部に届かなかった騎士達の心に何かがグサッと刺さった。
次は馬に飛び乗る訓練である。
木馬に向かって走って飛び乗るというものであるが、馬は結構高い位置に背中がある。
アシュリーは、自分の背丈の1.5倍はあるだろう高さの木馬に、いとも簡単に飛び乗った。
「動いていないので簡単ですね」
失敗した騎士達の心は抉られた・・・。
少しの休憩を挟み、武術訓練に入る。
木剣を手にする者、刃を潰し先を丸くした鉄剣や槍を手にする者、それぞれの段階に合わせた武器を持ち、構えの体勢をとる。
用意された鎧人魚に武器を打ち込む練習の後は、二人一組となり模擬戦を行う。
「模擬戦・・・!」
アシュリーの目は輝きを増し、相手のビリーは死んだ魚の様な目をしている。
「よろしくお願いします!」
お互い礼を取り、構えた瞬間。
アシュリーの激しい打ち込みが始まった。
カンカンカンカン!
「えっ!」
カンカンカンカンカンカン!
「えっ!?」
カンカンカンカンカンカンカンカン!
「ええーー!?」
小さな身体のどこからこんな力が出てくるのか不思議なほどに、振られる剣はぶれる事もなく的確に切り込んでくる。
アシュリーに押され気味のビリーに怒声が飛ぶ。
「ビリー!何をやってる!」
「はいぃ!!」
ビリーも本気を出してアシュリーに攻撃を続け、一時は押して行くものの、全く勢いが弱まる事がない少女の続けざまの打ち込みに、また徐々に押されていく。
「ビリー!押されてるぞ!」
「はいぃ!!」
再び怒声を受け、ビリーもまた攻撃していくが、それでもアシュリーの勢いは止まらない。
四半刻が経つ頃には、ビリーの息は上がり力も尽きて来た様である。
もう、その時点で自分の訓練をしている者はなく、誰もがアシュリーとビリーの模擬戦を観ているだけであった。
ビリーの限界を悟った様に、トーマスの制止の声が響いた。
「そこまで!」
「・・・・・・」
「ありがとうございました!」
お互い礼を取り、喜び勇んでトーマスに駆け寄るアシュリーは息が少し上がっているもののまだ余裕だ。
「お兄様!とても楽しかったです!」
その言葉を聞くか聞かないかで、ビリーはその場に崩れ、倒れ込んだ。
「水を与えてやれ。その後、医務室に運んでやるように」
トーマスは、少し同情の眼差しでビリーを見ながら呟く。
「すまなかった・・・。やはり新人には荷が重かったか」
鐘ひとつ分の時間の訓練は終了し、アシュリーは上機嫌で訓練所を後にした。
残された騎士達は、これから毎日アシュリーが訓練所にやって来ることに恐怖を覚え、あわよくば、同じ時間に重ならないよう願うのであった。




