【プロローグ】
初めて投稿します。
どうぞよろしくお願いします。
初日は3話投稿、その後は1日1話を目標に投稿したいと思います。
モントローズ王国の魔法学園。
卒業記念パーティの為に煌びやかに飾られたホールには、卒業生とその家族、招待された人々など多くの人が集い賑わっていた。
今年は、国王の嫡男である第一王子・ギルフォード殿下が卒業されるとあって、例年より多くの人が集まり、より一層盛大なパーティとなったのである。
国王と同じ金色の髪に深緋の瞳を持つ長身の王子は、学園での人望も厚く権力による威圧などする人物ではないのだが、本日はその婚約者であるグレンヴィル辺境伯令嬢・アシュリーを前にして非常に緊迫した雰囲気を醸し出していた。
二人を囲むのは、このモントローズ王国の国王であるアーチボルト・モントローズを始め、王妃のクラウディア、宰相のリチャード・ハミルトン。
そして、アシュリーの父であるゴッドフリー・グレンヴィル辺境伯といった、錚々たる顔ぶれである。
またその背後には、護衛をする第一騎士団長、第二騎士団長、第三騎士団長に魔術師団長。今年同じく卒業するクラスメイトの面々。クラスメイトの中には、アシュリーの専属従者であるヘクターも、宰相の息子のエドゥアルドもいる。
エドゥアルドの隣には、アシュリーに招待された平民の娘で希少な光魔法の使い手であるリアーナが心配そうな面持で並んでいる。
王子を囲む不穏な空気にホールの人々が気付き静まり返った頃、ギルフォードの声が響く。
「グレンヴィル辺境伯令嬢・アシュリー。この場においてそなたとの婚約を破棄する」
ギルフォードの前には、輝く銀髪とアメジストの瞳を持つ、一見可憐に見えるアシュリーが背筋を伸ばし凛と立つ。
「承知いたしました」
表情も変えず綺麗なカーテシーを披露する。
「それだけか?」
「え?ああ、理由もお聞きした方が宜しかったでしょうか?」
アシュリーの表情には少しずつ嬉しさが滲んでくるのが見える。
心なしか声も弾んでいるのではないか。
「いや、説明する必要はないだろうな…」
「そうなのですか?⋯ほら、貴重な癒しの魔術が使えるリアーナを虐めたですとか」
(それはそなたの思い違いだ)
「私はアシュリー様に虐められてなどいません!アシュリー様は…アシュリー様は…」
「リアーナ。良いのですよ」
「そんな・・・!」
リアーナがアシュリーの言葉を否定しても、アシュリーは嬉しそうにそれを遮るだけだ。
「ギルフォード殿下に不敬をはたらいたですとか…」
(自覚はあったのか)
「・・・あ、国外追放はしていただけませんか?」
「「「「「それはない!」」」」」
周囲にいた人々から一斉に反論の声が上がった…。
「そうなのですか…残念です」
(((((残念なのか…)))))
全員が心の中で突っ込みをした。
「これでそなたと婚約者ではなくなったが、困る事があればいつでも力になると誓おう」
ギルフォードの優しげな言葉に、アメジストの瞳を大きく見開き驚くアシュリー。
そんな彼女を見つめながら重ねて告げる。
「私はいつでもそなたの味方だ」
「・・・・・・」
ギルフォードの言葉の真意がよく分からないのだろう、小首を傾げるアシュリーはどこからどう見ても可憐な貴族令嬢だ。
見た目だけは。
「そなたは自由だ。思うようにやればよい!」
「はい!ありがとうございます!」
続くギルフォードの言葉はとても分かりやすかった様で、喜びはそのままお礼となった。
「それでは、本日はこれにて失礼いたします」
再び綺麗なカーテシーを披露した後、踵を返し、颯爽とホールを退出していくアシュリー。
彼女の靴音は、扉が閉まった後も静まり返ったホールに響いていた。
その音は直ぐに早くなり・・・
(((走ったな・・・)))
これはもう走ってるだろうと思われる頃には聞こえなくなった。
「畏れながら、私もお先に失礼させていただきたいと思います」
アシュリーの専属従者であるヘクターが、ギルフォード殿下と国王に礼をする。
「ああ、ヘクターも大変だな・・・。後はよろしく頼む」
「承知いたしました」
悲しみで走り去ったとは誰も思ってはいないだろうアシュリーの後を追い、ヘクターもホールを退出した。
嬉しそうに去って行くアシュリーとそれを追ったヘクターを見送った後のホールでは、当事者であり、かなり落胆していると思われるギルフォードを、父親である国王を始め王妃に宰相、アシュリーの父である辺境伯もが神妙な表情で宥めようとする。
「私はそんなにアシュリーに嫌われていたのでしょうか・・・」
「殿下!我が娘アシュリーは殿下が嫌なのではなく、殿下と結婚する事で『王妃になる』という事を避けたかっただけでありましょう!」
「そうか…王妃にか…」
「殿下、善からぬことをお考えではありますまいな」
すかさず宰相から突っ込みが入る。
一瞬、王位は弟の第二王子が継げば…と思ったことはバレているようだ。
「国外追放も望んでいたとは初耳ですが、諦めてくれた様で良かったです。」
宰相の言葉に、誰もが彼女を国外へは出せないと深く頷く。
「惜しい人材を王族から逃したな」
「ええ、とても残念ですわ。私、アシュリーが大好きですのよ!」
「その様に思って頂ける事には感謝いたしますが、娘が王族に加わったら私は毎日心配で眠れなくなりますぞ」
「確かになあ・・・」
「アシュリー様の手綱を握れる男は居るのだろうか・・・」
「いや、嫁に行くより嫁を貰うという方が・・・護る者が出来れば変わるのではないか?」
「嫁に来てくれる男は居るだろうか・・・」
「嫁になる男か・・・」
国王達の思考が斜め上に飛んでいても誰も突っ込むことは出来ないでいた。
一方。
ホールを去ったアシュリーの身体は淡い金色の光で覆われていき、それと同時に走るスピードがぐっと上がった。
豪華なドレスにヒールで、どうしてそこまで速く走れるのかと思う程に速く。
あまりの速さと異常な状況に、学園の門を護る衛兵も対応することもが出来ず、アシュリーは止められる事もなく学園を出る。
走るのは馬車や人が通る道ではない。いや、道でもない。グレンヴィル辺境伯家が王都に所有する屋敷へほぼ直線に、障害物を飛び越え最短距離を進むのである。
嬉しさの余りそのまま走り続け、あっという間に屋敷に着いてしまったので、アシュリーの送迎馬車は置いてけぼりを喰らうこととなったのであるが、本日の馭者はまだそれを知らない。
馬車にも乗らず喜び勇んで帰宅したアシュリーに驚いた執事達は、迎えの挨拶も早々に疑問を突きつける。
「お帰りなさいませお嬢様、馬車はどうされたのですか!?」
「あら?忘れたみたいだわ」
一拍考えはしたものの、特に悪びれることもなく答える。
どうしたら馬車を忘れて来られるのか、常識的な思考しか持たぬ執事には理解は出来ないが、お嬢様が走って(色々と飛び越えて)帰って来たのであろう事は想像出来るのであった。慣れというのは怖いものである。
理解したくはないが。
ドレスが汚れているのが何よりの証拠である。何処を走って来たのか聞きたくはないが。
「迎えの迎えを出さなくてはいけないかしら?お父様がまだ学園にいらっしゃるでしょうから大丈夫よね」
「・・・・・・」
「そんなことより、クラリッサ!」
「はい」
「私、やっとギルフォード様に婚約破棄をされましたのよ!」
「え?…」
思いもよらぬ言葉に専属メイドであるクラリッサの思考は止まる。
「国外追放は頂けませんでしたけど、婚約はなくなりましたのよ!
クラリッサが忠告してくれたおかげだわ ありがとう!」
誰が婚約破棄の為の忠告などするものか、何をどう曲解したらこうなるのか、クラリッサには・・・いや、誰にも理解出来ない。
「ち、ち、ち、」
「ちちち?」
「ちがーーーーーーーーう!!」
専属メイドのクラリッサから、最大級のダメ出しを喰らったアシュリーは、その美しい顔をニンマリさせるのだった。
そう、アシュリーは怒られても笑っていたのである。余程嬉しいのだと思われる。
「何を笑ってるのですか!どうしたら婚約破棄になどなるのですか!旦那様は何も仰いませんでしたか!?」
「えーと・・・」
「アシュリー様!正直におっしゃい!」
「えーと・・・」
「お嬢様ー!!」
アシュリーがクラリッサに散々怒られていた所に、聞き慣れた半分怒った様な声がアシュリーを呼ぶ。
「あら、ヘクター。どうしたの?貴方も帰って来たの?」
「どうしたのじゃありません!
走って帰って来るとはどういう事ですか!馭者が慌てていましたよ!」
「あっ!・・・えーと・・・つい?」
「ついじゃありません!
もう!ドレスもこんなに汚して!今日の為に皆がどれほど頑張ったのか忘れたのですか!?」
「あっ…ごめん、なさい・・・」
使用人達が今日の卒業パーティの為に、アシュリーを最高な淑女にしてくれたのだった事を思い出したら、申し訳無いどころではなかったようだ。
シュン…と項垂れたアシュリーに、専属従者のヘクターは大きなため息をつきながら、優しく答える。
「はあ・・・もう、仕方ありませんね。お嬢様ですからね」
「そうですね。アシュリー様ですからね」
「そうです、アシュリーお嬢様ですから」
専属メイドのクラリッサも執事のトビーも同意する。
「さあ!お嬢様、お着替えなさいませ。お嬢様がお帰りになられたのなら、今夜はボニファスが腕によりをかけたご馳走になりますわよ!」
メイド長のソレルの声が響く。
「はーい!」
アシュリーは再び笑顔にもどり、そんな彼女を使用人達は苦笑しながらも温かく迎えるのであった。
次から本編の第1章になります。
お付き合いいただけるととても嬉しいです。