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淵主様の祠

◆淵主様の祠. 飛島賢介



彼女が村から消え失せてしまったのは、六年生の終わり。

三月のまだ地面に黒く固まった根雪がへばりついてた頃。


それから、もう三か月以上の時を経た。

来月には丸一か月の夏休みへ突入する。


誰も黙っていた訳じゃない。彼女のご両親も手の空いた村のみんなだって

今も彼女のこと捜し続けている。ただ、山は…あそこの山は場所によって

火山性ガス中毒になる恐れもあるということで…容易に立ち入れないんだ。

山の案内人とも呼べる家の子であるクラスメイトのヒナちゃん(比内純)も

案内なしでは足を踏み入れないよう日頃から生徒に注意を呼びかけている。


あの山は、てっちゃん、しいちゃん、二組で勉強してた二人の命を奪った。


勝手に山へ入って歩きまわっているうち、二人して足を滑らせて

沢に落ちてしまったのだろうと、村の大人たちは結論付けている。


六年生の夏、遺体で発見された二人について詳しく調査してくれるような

機関もないから、何もかも有耶無耶だ。二人の死の真相は、誰も知らない。

てっちゃんのいなくなった悲しみに暮れていた、てっちゃんのお姉さんを

慰めてくれていたのが三組の草太先生だったみたいで、二人は七年生の秋

式も挙げずに教員宿舎のアパートで、ささやかな新婚生活をはじめている。

その辺は僕たちには関係ない話。僕たちが呼びかけても何をしたところで

亡くなった二組の二人が帰ってきてくれる訳じゃないのだし、仕方がない。


彼女…筒井由子(つつい よしこ)は近所に住んでる女の子…。

特に深い付き合いじゃない単なる幼馴染だ。


だから、そこまで拘ったりする必要なんかない。だけど、会わなければ…。


二組の林原の噂は以前から聞いてた。依頼を引き受ける探偵稼業をしてる。

といっても、精々失くしものを見つけたりする程度のしょぼいヘボ探偵だ。

一組級長の花田も寄宿舎で落とした自分の財布を見つけてもらったと聞く。

決して、鮮やかな名推理で殺人事件を解決してくれるような探偵じゃない。

それでも僕は彼女と約束してたから、行方を知りたかった。会いたかった。


現在の僕は、村の商店の前に置かれた黄色い木製のベンチに座っている。


たった一人で村を歩きまわる探偵が調査を終えるのを待ってるところだ。

ヤツが話す言葉の響きから推測すれば、林原は中央近辺の出身だと思う。

寄宿舎生だし村の道にも不案内だと思って、最初に同行を申し出たけど

「一人の方が集中して辿ることができますので…」と断られてしまった。



土曜の午後、まだ空が赤く染まるには早い時間。



「ゆっわぁ~、トビーちゃんがこんなところにィ! 偶然だね~!」

完全に耳慣れた声がしたんで顔を上げると、目の前に竜崎順がいた。


竜崎のすぐ後ろには、三組の夏目の翼と宙。従兄弟二人が並んでる。

雑誌なんかで見かけるアイドルみたいな顔立ちの三人が立ってると

ここが北の外れの山村、所謂(いわゆる)ド田舎って感じがしなくなってしまう。


「どったのっ、センセ? ぽんぽんでも痛くなっちゃってたの~?」

なんかキスでもしかねない勢いで、竜崎が僕の顔に大接近してきた。

一組では誰しも経験してる日常。気に留めちゃいけない類の出来事。


「ゆっわぁ、小さなドロップ缶みたいな色合いした沢山の小粒トルマリンの

ブレス着けてるぅ! それ凄くいいよ。僕も欲しい。うん、真似しまーす!

僕ならねェ、パライバトルマリンかなァ。あれ極めて心トキめく色だよォ!」


うぅ、僕の趣味ってか母からの影響で…天然石…通称パワストが好きなんだ。


学校の服装には特に細かい校則なんてないから制服も着崩す生徒が多いし

生徒の髪型や服装は、それぞれの個性が炸裂しちゃってる状態なのは絶対。

その辺まで丁寧に説明すると、可成り長くなるから詳細まで語りたくない。

ヘアカラーとかは当たり前。僕自身、ごく普通の見た目だと思いたいけど

女子並みにピアスやブレスのアクセサリーを御守り代わりで着けてはいる。

通学カバンにもパワストのチャームを付けて目印と自己主張してるつもり。


それにしても…。この一組のトラブルメーカー竜崎って野郎は…。


どこの店で、どう探せば「ぷりけつ王子」だなんて

胸にデカデカとプリントされたTシャツが売ってんだよ!

この前は「あしゅらだんしゃくでぃーの」ってヤツだったし!

「べるくかっつぇのくちびる」だったこともあった。何だよアレ?


現在、僕が目にしてる真っ最中のコレも、ほんの一例でしかない。


本当に…謎すぎる…大馬鹿ネッケツ…。いや、ぷりけつ王子だ…。


竜崎ン家は中央の方じゃ大金持ちらしいし、やっぱり特注品なんだろうか?

こいつがいる御蔭で担任も普通の善良な教師で学校一まともな筈の一組は

ほぼ毎日「ワラッテハイケナイ」修行をしなければならない。大迷惑野郎。


「トビーちゃ~ん、暇してるんなら一曲歌って~」

「あくしゅ!よかったら自分と握手してください」


竜崎に調子を合わせて夏目の翼と宙が僕に軽く揶揄う調子で声をかけてきた。

こいつら、ぷりけつも含めて普通に長身で均整のとれた身体つきで格好良い。


竜崎は格好だけ完全にアウトだが群を抜いた容姿の持ち主と断言可能だ。

夏目の宙は女性的な容姿。ミディアムな長さしたダークブラウンの髪を

まとめたヘアスタイルが特徴。普段はハーフアップさせてる場合が多い。

体の柔らかい軟体生物として知られてるから、渾名は『タコ宙』だって。

一方、相方の翼は男性的といえる。全体的にキリッとした印象を受ける。

渾名は『翼キュン』だ。僕なら拒否するけど、翼の顔なら特に問題ない。


ついでだから説明させてもらうと、僕が学習発表会でのピン芸人として

ネタにしてる『トビー・ヘッブラリー』というキャラは竜崎順の発案だ。

要するに僕は竜崎が作った台本に従って演じているだけにしか過ぎない。

なんていうか…どっかから訴えられそうなくらいの…下品ネタ…なのに

何故か意外と周りからの評判は悪くない。結構ウケている。女装男子枠。


「いまねェ三人で三面拳ゴッコしてたとこだったの。

よかったら、これからトビーちゃんも仲間に入れて

四天王ゴッコしようかと思うんだけど、いかがァ?」


ツッコミたい気持ちが膨れ上がってくるのが竜崎順の通常運転中の言動だ。

だから、全く気にしない。気にしない方が神経をヤられないで済むと思う。


「ちょっとハシムと待ち合わせしてるとこだから」と、適当に誤魔化して

商店に入った三人がペットボトルやスナック菓子など入った袋を手にして

今度は揃って自販機の釣銭口や下など覗き込む等お約束の芸当をしてから

やっとのことで三人が仲良く肩を並べて帰っていくのを見送った。長いよ。



思わず吐かなくたっていい溜め息が出てきた。無色透明な疲労の空気。



「あのぅ、お待たせ…しました」


林原晃司、通称リンバラが現れた。こいつ、一体どこの何人なんだろう?

いつ見ても、こっちの目を奪われる真紅の髪の毛。そして、灰色の瞳…。

その辺の人と変わらない名前。普通の平凡な名前だと思うけど不思議だ。

色白で雀斑だらけの無惨な顔。造作自体は悪くない。身長は僕と同程度。


グレーの迷彩ボトムの両膝とも泥が付いて右側には小さい穴も開いてる。

きっと、村内を一人で歩きまわってるうち、どこかで転んだんだろうな。


何かに蹴躓いたり、ぶつかるのも得意なんだ。

こいつ、そういうので有名なヤツでもあるからな。

笑える状況だったのかも。観察対象としてレベルが高い。

そういうのもあって、林原と同行したかった胸の内もあった。


「どうも…すみません…。遅くなり…ました」


林原は、まとまりに欠けるバサバサした赤い頭を下げて言った。

「その…、もうちょっと前に…調査は…、済んだの…ですが…。

あの、あまり、顔を…合わせたくない人たちが…いた、ので…」


ああ、そういえば…林原って寄宿舎では…。

商店に来たのが竜崎一人なら、よかったんだろうな。

ぷりけつ王子様、実際は優しすぎるほど優しい心の持ち主。


竜崎のザジに反するのが二匹の夏目。

ツバとソラ。あいつらは性質が悪い。

主犯と唆し屋。実行部隊は別にいる。


「それで、何か収穫みたいなこと、ありましたか?」

こいつって誰にでも敬語みたいな感じだから、僕も合わせて少し堅苦しい

言葉遣いにしなくちゃならない。他人行儀。はっきり言ってメンドクセー。

「はい…。あのぅ、たぶん、その…」

どうして、矢鱈と口籠るのだろう。夏目たちの気持ちも少し分かってくる。

「非常に…言いづらく…なってしまうのですが…」

何度も唾を飲み込むようにしながら喋る。そんなだからナメられるんだよ。

「この村の『淵』って呼ばれる場所…」


村の北東の外れ、淵主様の祠がある場所が頭に浮かぶ。あそこは怖い場所。

昨年秋、新山紫峻の母が身を投げて浮かんだ場所だと聞いた。忌まわしい。


「あ、お預かりした写真を、お返しします」

林原がボトムの後ろポケットから由子の写真を取り出したので受け取る。

「筒井由子さんという方の…軌跡を…自分なりに頑張って…辿りました。

私が…おかしい…だけ、かもしれませんが…淵で…消息が…途絶えて…」

何と言葉を返していいか困ってしまう。でも、それが事実なら遺体が…。

「普通の…事故なら…。淵に…上がったりする…筈ですよね。だから…」


上がらないで沈む、としたら錘でもつけて…。

いや、確か浮かび上がらない場合もあるとか

何かで見た気も…。死に関しては無知でいい。



物凄く…嫌な…気分の悪くなる光景が思い浮かんでしまった。



あそこの淵に潜ってみたら、分かるのだろうか?


僕は泳ぎはそれほど得意じゃない。昔みたいに夏みんなで泳いだりして

遊ぶということもしなくなってた。てっちゃんたちがいた頃の思い出だ。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


後数日もすれば、ほぼ一か月の夏休み。中には居残る生徒もいるようだが

殆どの寄宿舎生は実家に帰って過ごす。一組の寄宿舎生は誰も居残らない。

小林先生の授業を聞いてはいるものの、あまり頭の中に入ってこない感じ。


林原の調査結果。出鱈目と信じたいけど大人に相談するべきなのだろうか?


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


表面的には平穏。一組の授業が終わり下校する時間になった。

ハシムとチアキが二人して街へ買い物に出かけるというので

緊急検証部の活動も今日は休み。僕一人で昇降口へ向かった。

五段あるうちの上から三段目、自分の下足箱に手を伸ばした。



…?!…



左側の靴に何か入ってる。


三組の腐れ外道どもにゴミ屑でも入れられたのかと

手に取ってみると小さく折り畳まれた紙切れだった。

何か書かれてあるようなので、その場で広げてみた。



『カワイイ カワイイ トビーチャンヘ


 ヨシコチャンハ キミノ ダイヤク カワイソー

 エンシュサマニ オツカエスル ヤクメ ヒキウケタノ

 カナリ ヤッバイヨ オシゴトノナイヨウ ワッラッエッルー!

 トビーチャン ハッキョー スルカモナ オシゴトダヨー

 ダカラ カンシャ シテアゲテ イイト オモウヨー ゼッタイ!


 ホコラニ ナニカ オソナエシナヨ ヨッロコーブヨー!』



こんな感じでカクカクした文字が並んでた。僕の事情を知る人間は?

林原晃司しかいない筈なんだから、急いで二組まで引き返してみる。

もし居なくたって、寄宿舎にまで押しかける覚悟は完了だったけど


リンバラが居た。このクソ赤毛ヤローッ!


二組は気を使わなければならない外道もいない。構わず入ってった。


「これ! 何のつもりだ?」


僕は林原の机の上に証拠の紙を広げて突き付けてやった。


自席に着いて宿題のプリントをやってたと窺える林原は

一瞬、何のことか意味不明のような表情で僕を見上げた。

やがて両頬を紅潮させたような顔に切り替わり、言った。


「これを書いた犯人は…おそらく『インビジブル』です」


…………………………。


…………………………。


…………………………。


分からない!解せない!


…………………………。


…………………………。


…………………………。


でも、林原の近くにいた斎藤さんも『いた』のを『見た』と話した。


もっちーは『気まぐれ反則ヤロー』だから飽きるとすぐ忘れる性質。


検証開始。寄宿舎の二階奥、もっちーとりゅーりょーの自室を訪ねてみた。

ちょっとアレなニオイが鼻につく。リトゥル遼には面と向かって言えない。

そしたら書棚の前に立ったもっちーが部活を休んだ日に起こった出来事を

りゅーりょーに読み聞かせるための絵本を気紛れな人差し指で探しながら

「ああ、そんなこともあったっけ」といった調子で話して聞かせてくれた。


どうでもいい話だけど、もっちーは何故か僕のことを『カシコ』という

独特の愛称で呼ぶんだよな。賢介の『賢』から取ってるんだろうけど…。

あ、もっちーだけじゃないな。この呼び方。んー、好きに呼んでいいや。


それから、モノのついでだからって、寄宿舎屋上の物干し台に干されていた

はっきり言ってシッコくせー!りゅーりょーのオネショ布団の回収作業まで

手伝わされる破目になってしまった。スゲェ。よく耐えられるな、もっちー。

僕は一人っ子だから、こんなオネショ弟なんて世話できる自信ないと思った。


部屋に戻ったら、今度はもっちーの好きなフランス・ギャルの歌を何曲か

一緒になって耳を傾けて過ごしたんだ。心が軽くなる良い曲ばかりだった。

りゅーりょーに歌を覚えさせて学習発表会で歌わせるつもりなんだってさ。


当のりゅーりょーは娯楽室でオヤツ。級長の花田に預けられてるみたいだ。

元々は花田が主に相手してたんだもんな。保育担当は大の得意なんだろう。


もっちー、手が空くと僕の耳を弄ってくる癖がある。僕は福耳でもないし

ピアスの穴があるからだろうな。開けなきゃよかった。母に遊ばれたんだ。

あのときは痛かった。あのバチンときた器具。許してるけど、虐待だよな。

厳しい校則もないし、適当に手に取った天然石のピアス着けて登校してる。


つーかさぁ、んーと、キモチワルイ…。いい加減に耳触るの止めてほしい!


こいつ、おかしい。言いたくないけど、ちょっとアレ。

チアキとハシムが一緒だから、僕も部員やってるだけ。


それは兎も角どうして同じ部員であるチアキとハシムの二人は

物凄く興味深い事件を僕に話して聞かせてくれなかったんだよ?


え?…まさか…?…もしかして…?

僕って仲間たちからキラワレテル?


…………………………。


…………………………。


…………………………。


僕は帰宅せず、そのまま一人で『淵主様の祠』へ向かうことにした。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


通学カバンの中には由子に渡すつもりで麻紐を通して組んで完成させた

『エンジェライトのブレスレット』が入ってる。由子に似合う筈の空色。


僕だって何もかも全て信じてみせるほどバカじゃないつもりだけど

これは…約束の品…だ。彼女に渡せるものなら手渡したいって考え。


最後に会った、あのときの由子は…どんな表情してたんだっけ…?

ミモレ丈の薄グレーのスカートから覗く足と白い靴しか思い出せない。

そのときの言葉、そのスカートから下しか、僕の耳と眼に留まってない。

ただキレイだと思って…。って、うわ…!…アレだ。可成り誤解されそう!



…淵主様は、この村の言い伝えだと…


昔、淵の近くに暮らしてたヒバカリが近所の子に見つかって捕まえられて

頭を潰されて引き千切られて、淵に投げ捨てられて、それを怨んで祟って

長いこと村周辺に大雨を降らせたとかって…誰かから聞いた覚えがあった。

そういった訳で今じゃ旱の時、雨が降るよう村人が祈る場所にもなってる。


跪かなきゃ祈りを捧げられない紙垂を備えた祠が『淵主様の祠』だ。


僕だって「緊急検証部」の部員の端くれ。今日は一人で部活動する!


この辺りに住んでいる誰かが、米、塩、水の三品をお供えしているらしい。

空いた場所に通学鞄から取り出したブレスレットを置いてみることにした。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


「えぇー?!」


思わず驚嘆の声を出してしまった。大丈夫だ。腰は抜けてない。だけど…?


僕が見つめていたブレスレットが目の前で掻き消すように…消えた…のか?










◆アイオライトとヘミモルファイト. 比内純



俺、比内純と友達の三上灯…モル君は

学校の軟式庭球倶楽部に所属している。


熱血テニス部は軟式。黄色い球でお馴染みの硬球とは違うよ。

基本的にダブルス組んで対戦してる。モル君はダブルスの前衛だ。

おそうじ王子の花田級長と組んでるよ。音も言葉も必要ない格好良さ。

ボレーとか決めるの見たら、こっちの気分まで爽快になるし悪くないよな。


ただ、その…。モル君って…前衛らしく攻撃的な性質を持ってんだ。

優しいよ。親切だよ。小っちゃい頃から、ずっと親友だもん。

たくさんの姿、見た。聞いてた。知ってる。だけど…。


一人で山へ行って、ナイフ投げすんのだけは止めてほしい!

止めらんなくなって終いに心が病めたなら、周りも弱るよ。


有毒ガスが溜まりそうな場所じゃないのは、知ってるけど

だけど、あの山は、てっちゃんと、しいちゃんが、命を…。


三国志の武将にもいるよな。武具を投げるのも得意な魏の…。

モル君、あの城で命を落としたって武将に重なってくるんだ。

モル君の心を炎上させたくない。俺が止めてやる。それだけ。


モル君のこと全力で守りたい!

その目的もあるから、俺は…!


…………………………。


…………………………。


…………………………。


月曜から金曜の晴れた昼休みの午後は、同好会員みんなで校庭へ出て

身体を動かしてるんだよ。俺は、たまひろい王子。コートには出ない。


モル君、運動神経いいんだ。本当すごいよ!

ただ、他に活かしてるのが多いからなぁ…。

二組の相馬、うるわしの星の王子様が最強!

でも、あの人、ネッケツ王子と同じタイプ。

サーブや返球の手を抜いて、対戦に敗ける。

組んでる前衛がアレレな責任も大きいかも。

いや、きっと「にゃん語尾」使いたいんだ。

誰より似合わない王子様だから、笑えるぅ。


会員みんなのダブルス対戦を眺めてるのもいい暇潰しになるけどさ

実際はギターを抱えてフェンスに近い芝生で過ごしてる場合が多い。

球が遠くに転がっていったときだけ、サポートするって感じかなぁ。


お粗末ながらオリジナルの曲を作ってみたくて、それに集中しちゃって

あまり役に立ってないかもしんないねぇ。だって、もうすぐ夏休みだよ。


芝生の上にノートを広げてさ、なんかいい言葉、思い浮かばないかって

天からのお告げ、待ってるところ。鉛筆一本、ノートの上に転がして…。



天の神殿は俺の心の中にあるかなぁ。違うところからの場合もあるかもね。



夏といえば、名曲がいっぱいあるよね。俺自身が汗かくの好きじゃないけど

楽しそうにスポーツやなんかで汗を流してる人たちを目にするのは好きだ。

ネッケツ王子もプレイ中は普通に格好良い人になってくれてる。一安心。

それ以外は…アレアレアレレだから…みんな結構ダメージきついんだ。


今日のお昼、ちょっとトラぶった。うちのケン坊が激怒しちゃったんだ。


ケン坊は気が強くて汚れた服のままで掴みかかってた。サックンが仲裁役。

俺だって恥ずかしいし、イヤになっちゃうだろうね。食堂での出来事だよ。

牛乳嫌いになっちゃいそうな事件発生。俺はモル君と黙って拭いてあげた。

色々と盛り付けたランチが台無しになっちゃったけど、しょうがないよな。


夏は色で喩えると青のイメージが強い。明るく澄んだ水色みたいのから

花火が映える宵闇色まで守備範囲が広いって感じる。青色の大氾濫だな。

月並みなんだろうけど、俺も入道雲が浮かんだ真っ青な空の色が最高に

夏を感じさせてくれると思うよ。胸に風が吹き抜けていくような感覚…。


そうそう。ブルーだけじゃなく、イエローグリーンも夏らしい色だと思う。

夏の陽射しに映える眩しく輝く宝石みたいな木の葉がそんな具合の色だよ。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


モル君、漢字で表すと「望瑠」なんだ。灯よりも似合ってるよ。

火、炎上、俺の中で、嫌悪の情を懐かせるから、望瑠君なんだ。

瑠璃色の希望。それが、俺の望瑠君だ。心だけの秘密の呼び名。

青の中でも、特別に高貴なラピスラズリの色とも称せる瑠璃色。

俺の希望を打ち砕かないでくれ。モル君、望瑠君、頼むから…!


…………………………。


…………………………。


…………………………。


いつの間にか幾つかの言葉がノートに浮かんできた。心にも書き留める。










◆或る生徒の独白.


行方知れずになったという彼女の夢を何度か繰り返し見ています。



彼女が見上げる断崖の途中に大輪の白百合が群れて咲いてました。



私は偶々通りかかっただけなんですが、彼女と目が合ってしまい

欲しいなら全部あげようといった気持ちで断崖を登り出しました。


手足を滑らせ落ちたら…なんて恐怖を微塵も感じない夢の自分が

不思議で笑えてきますが、何とか無事に目指す場所まで登り切り

そこに咲く全ての百合を手折って、道具袋から麻紐を取り出して

一つの大きい花束にまとめて、沈黙して立つ彼女へ手渡しました。


喜んでいたのか有難迷惑だったのかは白百合の花束に隠れて見えない

彼女の顔から窺い知ることはできませんでしたが、私は達成感を覚え

口笛を吹いて寄宿舎へ帰ろうと足を進めたところで目を覚ましました。


白い百合って葬祭に使われるイメージが強いので

何だか私が死神にでもなったような気になって

内心、彼女の行方が気懸りで仕方ありません。

単なる夢の出来事に囚われる必要ないのに。



兄と慕う親友や心の友にも言えない話です。単なる夢の話ですから…。



いつか彼女が無事な姿を見せてくれたとき

私の喉を塞ぐ不安感も落ち着くでしょうか?









◆ハイ、こちら残飯処理係っす! 桜庭潤


七年生の七月某日の土曜だよ!全員集合ー!!


できません。今何時だと思ってんだ。全く!


現在、俺がいるのは消灯後の寄宿舎階段だ。

一階へ目指して階段を下りてる場面っすよ。


なんか目が覚めて腹が減っちゃってる気がして自室で爆睡熟睡真っ最中の

寄宿舎のルームメイトで入学時から腐れ縁の馬鹿ザジこと竜崎順を後目に

懐中電灯片手に一階の食堂へ忍び込むことにした。えーと、今は何時だろ?


時計なんか、いちいち見てられん。何か食いてぇ気持ちが勝利した戦。

名前が同じ「じゅん」だから、俺は「ザジ」って呼んでるんだけどさ

うちのクラス、おかしいよ。漢字が違う「じゅん」が三人揃ってんだ。

他にも疑問符生じる点だらけの奇妙な学校生活を既に七年も耐えてる。

悪いとこばかりじゃねーし『ヨカッタサガシ』って感じになるかもな。


ここの食事は意外と自由。寄宿舎生だと偶に外の食堂で済ませる奴等も

いたりすんだよな。それでも俺は寮母の高橋さんの食事のが好みの味だ。

リクエストにも応えてくれる。主に学校のプリンス・リトゥル遼のため

クッキーやケーキも焼く。夏はジュースを凍らせて、かき氷機にかける。

ミキサーを使って、フルーツの生シェイクみたいなのも作ってくれるよ。


生徒の食生活に関しては満たされまくりだと思う。オレサマ、シアワセ!!


この学校では食堂でのランチタイムはバイキング形式ってな雰囲気でさ

主食の飯にパンや汁物、その他の副食、季節の果実といったメニューが

毎日それなりに用意されてるんだから高橋さんてばスッゲェー!と思う。

きっと調理場の魔女なんじゃねえの!って感激する。我が心の慈母の味。


そういった数々の食品が壁際の長テーブルに、ずら~っと並んでるのだ。


生徒は自分の好きなもん好きなだけ取りゃいいだけ。自由すぎて素敵ィ!

ただし通学生にも配慮してか牛乳が出る。それが色々と問題の種になる。

ま、大体お察しかと思うが馬鹿ザジが大抵の場合の犯人になってるから

相当数の生徒から怨みを買ってるのは間違いないと思う。ケン坊とかさ。


食堂には大きなテーブルが三卓あって好きな席に着いていいんだけンども

やっぱり自然と固定された位置みたいなもんができてきちゃうもんだよな。

兎に角、掲示物に視線が行く位置はアウト。ザジが予め仕込んでやがんだ。

『卵料理の時、マスオさん禁止!!』みたいなもんが。そういう耐性が必要。

それで、安心して美味しく食べられる席の争奪戦が繰り広げられてもいる。


長々と説明してる余裕、今の俺の腹の減り具合からは必要ない気がする。


たぶんさァ、高橋さんは俺みてぇな奴も予め想定してくれてると思うよ。

食堂への忍び込みは今回が初めてって訳じゃねーし。ハイ、常習犯です!

商店で買ったスナック菓子やパンより腹に溜まるもんがほしいって場合

あるじゃないですか。なんせ只今大絶賛成長期ですから!…って腹部の?

当然ですが、おかずは既にきれいに片付けられてるんで欲張りませーん。

保温器に飯が残ってりゃマヨ&醤油かけて食うの。以上です。倹しいな。


階段を下りて、その途中にどォーしても通り抜けなきゃなんないってのが

高橋さんと新山緋美佳の寝泊まりする部屋なんですよ…。(小声だと思え)


どんだけ血迷っても夜分にノックなく忍びこもうとする馬鹿は人生即終了!


どのゲームのアイテム?ってツッコミたくなるリョーキテキな武器の数々。

金属バットや斧に洋弓があるの。あるある。見せつけられてんのワレワレ!

といった訳で寄宿舎の全男子は…ゆるキャラのぬいぐるみさん状態ですよ。

村内に自宅がある俺様圧勝? あらン、まさか妙な誤解してないわよねェ?

俺が一番くまたんのぬいぐるみっぽい体型だと説明してるだっけだよーん!


真面目に答える。寄宿舎の男子全員が犠牲覚悟で女性を護る方を選びます。

少なくとも不埒な方向へ進もうとは思わない。俺はそう願う。信じてます。

我が心の母である「高橋さん派」を代表して言わせてもらう訳だけンども

仮に何か起きたら全力で捩じ伏せる。それくらい当然。夭折伝説へ至る道。


誰かの心で語り継がれ…永遠に生き続けられる…最上級のファンタジーだ!


史書の人物。俺もなりてえ。文字だけで人を学ばせて導く漢の中の漢たち。

俺も好きな将軍、軍師くらい。もう片手じゃ足りん数だけ、心に生きてる。

凄すぎる。実際どんなドクズ野郎でも一人残らず愛されるべき存在ばかり。

彼らの冒した選択の過ち、所謂バッドエンドな人生を終えた者であっても

現在を生きるワレワレが間違った方向へ進まないための道標になってんだ。

文字や絵、たくさんの形で表現されてんだよ。もう数えきれん姿の持ち主。

その人物を語るため綴られた絵文字が燦然と輝く道標。眩しすぎるよなァ。

目立つ英雄だけじゃなく、悪役、敵役、脇役、端役、総員に感謝しなきゃ!

あの時代を生き抜く事で後世の学習素材となるため生まれた…気高き魂…。


中でも将軍ってスゴイ連中ばっかだ。大勢の人間の命を抱える大仕事だよ。

まずは人間としての魅力がバッチリなけりゃ一人も付き従わねえだろうし

囲碁とか余裕で相手を打ち負かせそうな理知聡明さを持ってるのは確実だ。

イッチとヤッチの対戦を眺めてても俺は未だに全然ルール覚えられません。

その上で、馬術、武術、全て人並み以上だろうし。一人残らず、神、天使。


ああ、でもさ、頭の螺旋や神経の線は、抜けたり、切れたり、してそうだ。

そうでもなけりゃあ、大軍引き連れて戦の指揮みてぇな真似って絶対無理。

俺にゃ大勢の命を駒扱いにできねぇもん。アウト。壊れてる。戦争なんて。

親兄弟とかの大切な存在とかいった縁、生命の連鎖を断ち切る行為だから。

想像できない。シミュレーションゲームでも数値が減るだけで涙出てくる。



そう雑念を唱えてる間に、とーっくに無事通過完了よ。今の俺は英雄だな。



大体、寮母さんたちの部屋だけは簡易な内鍵とドアにベルも付けてんのさ。

それくらい防犯意識あった方がいいと思うよ。この世界にゃ警察ねえしィ。



???



食堂の引き戸の硝子窓から灯りが…?…今夜は先客がいたのか。

誰だろう?…俺以外で寄宿舎の大食いキャラさんって…?

うーん、俺よりデカいったら、タッツンだけども

有り得んな。自制心あるオトナの漢だし。

それじゃ…夏目が…二匹…か…?

モンクちゃん? 斎藤?


プリンス・リトゥル遼なら反則氏も一緒にいる筈だし

夜中に起きるったら、オネショ関係しか思い浮かばん。


俺以外に真夜中のコドクなグルメ野郎が他にいたっけ?



???



消えた?…間違いなく、懐中電灯の明かり…だと思ったんだけどなァ?

気持ち悪りぃな? 腹が減っててもシンレイ現象との遭遇は御免蒙る。

アドベンチャーゲームだったら、この辺で選択肢が出てきそうな展開。


どの選択肢を選ぶかで、バッドに進行して、エンドもあり?


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


バッカミテェ! この程度で怖気づいて堪るかよ。闇に怯えてられるか。

出たら出たとき考える。俺がヤられて他の奴らが助かるなら、万事解決!

右手に懐中電灯を持ってる俺が左腕を伸ばして、横に動かしゃ戸が開く。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


あっ! さっきまで、この食堂に誰かいたのは間違いねぇかも…。


ん、そうだなァ。俺の足で…入口から六歩って…位置になるかと思うケド

寄宿舎内に備え付けてあるのと同型の懐中電灯が床にあったんで拾ったよ。


えぇと、スイッチは…オフ…になってる。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


食堂内に人影もない。誰かいるような気配もねーんですけンども?

ていうかさ、コレ、どこの部屋に設置されてた懐中電灯なんだよ?

どの懐中電灯も番号とか目印になるようなタグは付いてないのら。


ちょっと整理してみると、寄宿舎の出入口は夜から朝まで施錠されてる。


懐中電灯は各室内に必ず1本設置されてる。これも全く同じ作りのもん。

二階の自室は二人で一つの部屋をシェアする形式。全個室ならいいのに。

そしたらザジのお守りから息抜きできて、ぐっすり眠れるんだけどなァ。

ザジ、あの面構えで意外と大イビキかくんだ。よく夜中うなされてるよ。

なんか金縛りにでも遭ってるみたいにうなされてる。寝言も就寝茶飯事。

簡単な会話が可能な場合もあって笑える!…やっちゃ駄目らしいケド…。


え~と、寄宿舎の自室の並びを一番奥から順に頭で確認してみよう。

遼と反則氏、リンバラとタッツン、ヤッチ君とニシヤン、俺とザジ。

その隣りには娯楽室があって、翼キュンとタコ宙、イッチ君と操君。

モンクちゃんと斎藤、なくっちゃ困る洗面所と厠。…で、以上かな。

厠の脇には階段がある。とりあえず寄宿舎二階はそういった構造だ。


厠は一階にもある。現在は女性専用になってる。その方がいいと思う。

緊急時とか使ってる奴もいる。…ま、そういうのには目を瞑るべきだ。

浴室も一階にあるよ。シャワーカーテン付の給湯式のバスタブなんで

お湯を溜めりゃ普通に入浴する事も可能だが、順番とか考えると面倒。

普通は村の共同浴場まで行く奴が多いかな。温泉だから疲れも取れる。


洗濯は基本的に各自で行ってる。一階にちゃんと洗濯&乾燥室があります。

屋上に布団を干せる物干し台もある。ワレワレ普通に生活してるんで当然。

と言っても俺の洗濯は自宅で済ます。洗濯機が二台しかない理由での配慮。

劉遼のは反則氏がやってる筈だ。だからこそ反則氏には誰も勝てませんて。

ひょろっと眼鏡君キャラやってても、その真実の姿はワレワレの慈父っす!

しかしまァ、大きい物以外は自室に干したりする場合も多い。特に女性…。

そういった細かい配慮、実は必ずあるもんなんだよ。お互い様。仕方ない。


食堂の近くまで来てた俺は引き戸を開け閉めした物音が聞こえなかった。

入って右手の調理場は見通せるカウンター式の作りなのに…いっねえ…。


食堂の実質的な出入口は、この両開きの引き戸だけ。それ以外ない筈だが

窓は俺が見た感じだと…全てのカーテンがきちっと閉められてるようだし

風で揺らめいてもない様子だから…やっぱり閉じてるんじゃねえかと思う。

戸から見て向こうは全面に窓があるが外と出入りできるタイプじゃないよ。

遮光性が低い薄手のカーテン地だからアレだけど、消灯後は真っ暗になる。

高橋さんの部屋で操作できるブレーカーみてぇのがあって、ほぼ停電状態。



何このホラー?オカルト?本当にあっちゃった怖い話っすか?体験者誕生?



ま、いいや。懐中電灯は手近なテーブルの上に置いといて

メシ食ってから考えよう。俺の目的は空腹を満たす事であって

探偵みてぇに誰が懐中電灯の持ち主だと推理する事じゃありません!


よし、ちゃんと飯の保温器に冷や飯が残ってまーす。


停電状態だからレンジが使えないけど、そんな事にこだわりませーん。

俺のマヨ丼に入れときたいのは「揚げ玉」っす。これ付け足すと至高!

山葵味のフリカケも合うんだよ。美味いもん追及すんのってシアワセ。


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残飯処理開始&完了!!


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???



あっれれれェ、マヨ丼3杯食ったら腹ン中が活発に動いてきちまった模様。

緊急事態なんで、直ちに食器を洗って、厠へ行こっと! それから寝よっ!


後始末して、一階の厠で用を足した。自室に戻るため階段へ向かったら…。



「反則氏、こんな真夜中に風呂?」



右手に湯道具入りの桶、肩にバスタオルを引っ掛けて

懐中電灯を持って下りてくる我が朋輩、反則氏と遭遇。


「ああ、桜庭も真夜中の孤独なグルメを堪能したのか?

私も孤独に月明かりの下、湯船に浸かろうかと思って…」


俺が向けた懐中電灯に照らされた穏やかな微笑み。

反則氏は大人っぽい。つーか、オッサンくさい。

随分前に少年卒業してるって気がしてくるぅ。


寄宿舎のボイラーは、二十四時間給湯可能。

誰でも入ろうと思えば入れる仕様になってる。

でも、俺は共同浴場の温泉に浸かる方がいいよ。


「懐中電灯一つの明かりだけで大丈夫か? 怖くねーの?」


少し前、軽い恐怖体験したばかりだ。俺ならイヤだけどな。


「もし幽霊が現れたら雑談でも愉しむ。昔話を拝聴したい」


こっちに余裕ブチかまして、すれ違っていく反則氏。

小さく響く足音…。遠ざかって、扉の開閉音。沈黙。



寄宿舎じゃ一人で過ごす時間が贅沢なものに近い。

俺だって、そいつを愉しみたくて懐中電灯片手に

下りてきたんだもんな。余計な詮索は止めとこう。



懐中電灯…。反則氏は持ってた。自室のを持ち出したんだと思う。

やっぱり、おかしい。食堂の懐中電灯、一体どこの何者なんだよ?


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で、その翌日でございまするぅけンども…。


寄宿舎生の中じゃ自室の懐中電灯がなくなってたという話も聞かねぇし

朝食のとき、我が心の慈母の高橋さんに懐中電灯のこと訊いてみたケド

「朝食の支度で入ったときにはテーブルの上に何もなかったわよ」って

言うのよ。言ったの。夜中、俺が見つけて、手に取って、卓上に置いた

ありゃ一体何だったのかしら? ユメ? マボロシ? あ、もしかして?


「反則氏、夜中に風呂入ったとき食堂にも入った?」


学校のプリンス・リトゥル遼に卵かけ納豆ご飯を混ぜて与えている

プリンスの慈父に向かって質問を投げかけた。遼、まだ半分寝てる。

納豆の糸か涎だかがスプーンに長く伸びて付いてて、食欲が失せる。


「いや、食堂には立ち寄っていない。入浴後の水分補給なら

娯楽室の冷蔵庫に入れておいたスポーツドリンクで済ませた」


寄宿舎食堂と娯楽室にある冷蔵庫の電源は独自回線で休みなく働いてんだ。

ちなみに二人とも揃って寝巻。日曜だもんな。俺も普段はジャージ姿だし。

休日朝の食卓。どう表現すべきか戸惑う二人の級友。同い年とは思えねえ。


今朝はツナトーストとコーンスープでも作って食おう。ご飯は遠慮しとく。


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その日の午後五時過ぎ。


ザジがタコ宙たちと娯楽室で仲良く遊んでる合間、近くの商店へ繰り出し

好物のシオラァでも買おうと思って、一人で昇降口まで足を運んだ場面だ。


校内一の愛されキャラを自認する俺の務めとして、生徒全員の下足箱の

履き物にゴミ屑でも詰められてないか自主的チェックタイムに入るのだ!

土日とかっての問わずに入ってる。うちの学校の七不思議みたいなもん。

うちのモンクちゃん…よくヤられてる…。現行犯なら、ぶっ潰すのにィ!!


何だかヘンな趣味の人みたいで我ながら笑えるが、真面目に頑張ってる!


自論では、靴にゴミ屑を詰めるような人間は何か言いたい事のある相手に

向き合って解決できない弱い奴だと思う。臆病者と白状してる事に気づけ。

話し合えばいいだけ。クサイならクサイでも胸の内をはっきりさせるべき。

哀れだよ。俺が犯人と対峙したなら、愛と真心で諭して差し上げたいっす!

誰かを傷つけるのって、結局は自傷行為と同じ。何より自分が成長できん。


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俺の靴に折り畳んだ紙切れが入ってた。位置が低いから、見下ろせるんだ。

きゃあナニコレ?ラヴレター?思わない思わない。思うかよ。思いません!

紙にインクが滲んでる。何かが書いてあるのは見りゃ分かる。開いてみた。


『キシユクセイトハカギラナイ』


え~、何この挑戦状…?…タケシなんて学校にいねぇよ。

タカシ君なら、いる。なんて、相手にするだけ時間の無駄だなァ。

今は夜食の袋麺が買いてェだけ。推理とか面倒くさい。ゴミ箱、直行っ!


カクカクして明確な筆跡隠しが腹立つ。こっちは腹減ってんのに。卑怯者!










◆或る生徒の独白.


僕ねぇ、本当に本当に不思議だと思う。

自分が悲しむような出来事は避けたいのに

映画や文学などといった表現の世界では

わざわざ大事な金銭を手放してまで

悲しんで涙を流そうとするのは、変だよォ?


いつまで経っても世界の何もかもが御商売で

心の底から呆れ返るよ。もう逃げらンないの?


霞だけで生きていけないから「罪」が生まれる。

苦しいな。苦しいと思うのも人間だからなのか?


どうせなら笑っていよう。笑おうよ。お笑いっ最高!!

もう笑いシんじゃうくらいにさ、笑いくるぅんだァ!


そういったことになら、幾らでも出してあげるよ。

アナタだって欲しいんでしょ? オ・カ・ネ~ッ!!


ごめん、知ってる…。


周りに迷惑かけてる。傷つけてもいると思う。

でも、だからって…どうすりゃ…いいのさっ?


誰でも、自分の子ども、親兄弟、みんな大切でしょ?

大切な人たちに笑っててほしいから、笑わせるッ!

僕を見て、思いきり吹き出しちまいなってば! 

歌って踊るよ。狂喜、乱舞、ご覧あれェ!









◆テッポウユリとジェントルメンズ. 三上操


これでも随分と長い月日を一人で耐えてきたつもりでした。


けれども、学校の一生徒である三上操が女子であるという真実を

いつまでも曖昧なままにしておけなくなってしまった感じだったので

許してもらえるのなら…もう学校に通うのを辞めたい…と考えていました。


学校の生徒も声変わりした男子が増えてきたと思うし、私だって…。


中には親切にしようと庇おうと、その人なりに懸命な姿勢で尽くしてくれる

「私の味方たち」がいても色々ともう心が疲弊してきてしまっていたから

未来や将来の夢などといった事柄を色鮮やかに夢見ることも無理な私に

学校の教育なんて、ちっとも必要じゃないような気がしていたのです。

いつになったら覚めるか分からない奇妙な夢を漂うような毎日から

いい加減に抜け出したい。そう強く願うようになっていました。


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八年生五月中旬日曜の朝です。


普段から碌に会話することもない二組の担任で

私の実父でもあるという池田先生に、この気持ちを伝えようと

学校を出て間もなくの場所に建つ、教員宿舎のアパートを

思い切って訪ねてみることにしました。


この村に連れられてきて学校生活を続け、八年間で初めての訪問となります。

ドアの脇に池田と表札が掲げてあったので迷うことなく呼び鈴を押しました。


「あぁー?」

チェーンが掛けられたドアを僅かに開けて

顔を覗かせた池田先生は、私と目を合わせると

「ま、とりあえず中に入れ」

ロックを解除して、私を室内に招き入れました。


特に伝える箇所もない二部屋に台所や洗面所などがある普通の室内です。

谷地君との会話で、先生に関する情報は幾つか耳に入ってましたので

もっとアレな感じだと思っていたのですが、ゴミも散らかってない

ごく普通の家具が設置された、とてもシンプルな部屋でした。

本当に「普通の女性の部屋」といっても納得してしまいそうな室内で

こちらが肩透かしを食らったような感じで、少し戸惑うくらいです。


「子どもが飲むようなもの用意してないし、何か買ってこようか?」

ダイニングテーブルの椅子に腰かけるよう促した池田先生が

冷蔵庫を確認しながら言いましたが、何もいらないと断りました。

「何か言いたいことがあるから来たんだよな」

池田先生は向かいの席に着いてティッシュの箱を前に置きました。

「ホントごめんなー。ちゃんと聞くから、ゆっくり話せ。さぁ…」


私の両目からはもう…涙があふれて…零れてしまっていました。


「学校やめたいってもなぁ…」

池田先生は頬杖をついて考え込んでいました。

「ほら、俺、こんな見た目だろ?…こいつにも色々理由ってもんが…」

頭を掻いた手でテーブルに置いた水差しをコップに注ぎました。

「なんつーか、その、囚われの身に近いんだよ」

コップに注いだ水をゴクッと音を立てて、一口飲んで

「父親として操の願いを叶えたい。それは本当。実は俺だって逃げたい」

私にしっかり視線を合わせ、強い口調で話してくれました。

「だけどさ、俺と一緒に暮らす方がそっちに都合が悪くなると思うんだ。

父親として俺も未だに実感なくって申し訳ないけど、娘を思うからこそ

寄宿舎で生活させていた。そいつだけは分かってほしいんだ。本当に!」

そう言うと、喉を鳴らしてコップを空にしました。


校長とか上の方にも話つけなきゃどうしようもないということで

とりあえず上の方と連絡がつくまで、この部屋で父とは認識しづらい

美人女優のような姿の池田先生と暮らすことになりました。

その日の夕方には先生から連絡を受けた寮母の高橋さんが着替えなど

身の周りの品物をまとめて持ってきてくださいました。

高橋さんは色々と「私の味方」なので安心できます。


テレビもラジオもないのでゲームなどの音も聞こえず、静かな生活でした。


そんな土曜日の午後、村の商店まで出かけた池田先生が留守にしてるとき

玄関チャイムが鳴りました。出がけにチェーンを掛けるよう言われたので

先生の帰宅の合図だと思って開けてみると、顔を見せたのは森魚慶でした。

「み、操くーん…、ごめんねー。突然来ちゃってぇ」

後ろにも気配があります。きっとトリオを組んでる二人に違いありません。


あの不可解極まりない冤罪事件から、もう一年以上経過していました。

何故だか全く理由は分からないし、いちいち訊ねたくもありませんが

寄宿舎で壱琉の靴が盗まれ切り裂かれた事件を『自分が真犯人』だと

森魚慶が被ったような形になりました。靴は金銭で弁償したとのこと。

真犯人を辿った林原君に拠ると『壱琉の自作自演』らしいのですが…。


そういった訳で、私は何が何やらさっぱり真相が分からないまま

曖昧な学校生活が続けられることになってしまっていたのでした。


「操君、よかったら顔を見せてくれる?」


この声は嵩ちゃんです。学校の中で一番安心できる表情の持ち主。

私もあの穏やかな気持ちになれる笑顔が見たいと思ったので

急いでチェーンや施錠を解除して、ドアを開けました。


三上仁と猫間も後ろに並んでましたけど、嵩ちゃんが杖を支えに

いつもの穏やかな笑顔で立っていた姿が見れただけで充分でした。


「そういえば、以前も学校に来なくなっちゃったことがあったね。

僕にしてみれば『天照大神の天岩戸隠れ』みたいな出来事だった」

頭の中の光景を思い浮かべてるような表情で嵩ちゃんが言います。


あのとき私が引き籠っていた寮母さんの部屋まで来た人たちの中には

嵩ちゃんもいました。きっと嵩ちゃんが『天手力男神』なのでしょう。


「よーかったらー、これっ!」


珍しく大きな声を出して、慶が茶色い無地の紙袋を差し出しました。

「わ…お、俺の好きな漫画とCDなんだけど、イヤじゃなかったら

ひ暇潰しにぃどうぞっ。これぇ、いつ返しても全然大丈夫だから!」

古雑誌やチラシには飽きていたので素直に受け取ることにしました。

四人からのそれぞれ「早くまた学校へ来て」といった趣旨の言葉を

曖昧に濁して返すと、そのまま四人は学校へ引き返して行きました。

たぶん校庭の隅、大きな石がごろごろ転がった場所に行った筈です。

低学年の頃から三組通学生たちの秘密基地と呼べる場所でしたから。


四人を見送ってからドアを閉め、チェーンと内鍵を元通りにしました。


ちょっと重いなぁと思って受け取った紙袋の中には

「ヨコハマ買い出し紀行」という漫画の単行本全巻と

そのサウンドトラックCD、ご丁寧にイヤホンと

ポータブルのCDプレーヤーまで入っていました。

CDの裏に並んだ曲名の中に「ふわふら」というタイトル。

あの六年生秋の学習発表会で聴いてしまった人たちの心を

何だかとっても不安定にしてしまった慶の歌った曲目です。

気になったので、アルバムを再生してみることにしました。


可愛らしく素敵なアルファさんの歌声と

何だか切なくなるような歌詞の曲でした。


ふわっふらの妖精さんの歌唱力に問題があっただけのようです。

サウンドトラックの曲は心が癒される優しいものばかりでした。



『私の場所を探し続けています』



アルファさんは緑色の髪に紫色の瞳の「ロボットの人」だけど

勝手かもしれませんが、私と同じような身の上だと感じました。


単行本も数日かけて全巻読みました。

私も一人は好きだし、いつかどこかで

穏やかに一人暮らしをしてみたいです。

スクーターで街へ買い物しに出かけたり

カートを引いて歩いて一人旅してみたい。

一人で生きていく憧れと勇気を貰いました。


だけど、ゆったりと安らいで夕暮れがずっと続くような不思議な世界で

過ごすように見えるロボットの人にも辛い現実があるように思えました。


自然の中で無邪気に遊んでいた少年タカヒロが大人になったり

落雷で故障してしまったアルファさんを直してくれた子海石先生や

心を掴む素敵な笑顔のおじさんなど、周りの人々は歳を重ねていくのに


ロボットの人たちは…いつか、あの世界では…もしかしたら…。

だから、ターポンに乗るアルファさんもいるのだと思いました。


それに、私には登場人物の一人である

同じ「ロボットの人」のココネちゃんみたいな

ずっと寄り添って一緒に笑い合ってくれる友がいません。


どんなに辛くても、我慢して、頑張って、懸命に、生きてさえいれば

いつかココネちゃんがアルファさんのお店へお届け物しに来るように

私にも、いつの日か、誰かが、訪ねてきてくれるというのでしょうか?



ずっと、ずーっと、安心して、永く寄り添える、私の親友になる人。



パワーパフガールズに喩えてみたら、バターカップちゃんタイプが

気弱な自分を励まして、ぐいぐい引っ張ってくれそうで理想的存在。

バブルスちゃんは無邪気で可愛らしくて見た目が好みなんだけど…。

ブロッサムちゃんはリーダーらしく優等生タイプなのが玉に瑕かな。

三人みたいに空を飛べたら、村から遠く離れた何処かへ旅立ちたい。


リチャードみたいなアレを夫として支えるニコルさんにも憧れます。

彼女の娘アナイスちゃんが賢くて、すごく可愛くて妹にしたいです。

チャウダーに一目惚れして慕い続けるパニーニの積極さ、尊敬かも。

プリンセス・バブルガムにマーセリン、勇敢なフィオナも好きです。

もし私が男性だったら、絶対お嫁さんはミュリエルさんを選びます。


心の中にだけ…いる…。私の友人たちは、みんな素敵な女性ばかり。


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それから数日後、二人で夕食として出された店屋物を食べていました。

奥の部屋の無線機を使って出前の注文をする先生の姿も見慣れた頃…。

「どうだ、しばらく学校を休んでみて…少しは気分も落ち着いたか?」

きれいな女性にしか見えないのに勢いよくカツ丼を平らげたばかりの

ち…いえ、二組の担任である池田先生が父親みたいに訊いてきました。

私は折り畳んだ箸袋に箸を下ろし、返事をせずに俯くしかできません。


もしかして、私の処遇が決まったのでしょうか?


「八年も頑張ってこれたんだし、後もう二年だけ籠の鳥になれない?」

さっきから何度も私の背の向こう側の窓に視線を向けてる様子なので

私も首を窓側に向けて何なのか確認しようとしたら小声でさり気なく

「ダメ、そっち見んな。普通に食ってろ。気付いてるのに気付かれる」

自分の空けた丼を流しへ持って行って食後のお茶の用意を始めました。


…不可思議な姿をした先生の不可思議な言動…


二組のみんなは、もう八年以上も日常として受け入れてきてるのです。


あれこれ質問しても、はぐらかされるのは決まりきってます。

気を取り直して、さっきの会話の続きをすることにしました。

「ここから学校に通って構わないのなら、何とか我慢します」

グラスにペットボトルの緑茶を注ぎ終え、自分の席に着いた先生が

「そりゃあなぁ、一緒に暮らしてみて分かったことが一つあるけど」

緑茶を一気に飲み干してみせ、一息吐いてから聞かせてくれました。

「可愛いなぁ、やっぱり…。自分の娘って」

女性の姿に男性の声で、そんなことを言うのです。

「でもさ、ダメ。いつかそっちに手がまわったら、こっちも終わる」

池田先生は項垂れるようにして頭を下げました。

「お願いします! ミサが学校を卒業したら、なるべく早く決着つける」

そして、更にテーブルに額をこすり付けるようにした状態で言いました。

「どうか卒業まで寄宿舎で過ごして、頑張って勉強を続けてください!」



私は『池田先生の娘』として、受諾するより他ありませんでした。



気づいたら池田先生は、娘の私を『ミサ』と呼ぶようになっていました。

私自身も「ミサオ」の「オ」を外してくれた方が何となく響きが綺麗で

女性的で…それほど悪くない…と、耳にしていく次第に思っていました。

「ミカミ・ミサ」…。「ミ」の字が多い気もしますが、それも個性です。


問題点は多数ありますが、寄宿舎には同じ女性である寮母の高橋さんと

新山緋美佳さんも一階の部屋で暮らしてるので我慢することにしました。


「髪、伸ばしてみても構いませんよね。もう…」


基本的に放任主義で不思議な学校だと思いますが、制服の改造したり

髪の毛を染めたり…など、やや派手な外見の生徒も何人かいるのです。

一組の村元君は前髪が部分的に真っ赤に染まってるのが似合ってます。

二組の杜君は髪全体を明るいキツネ色に染めている学校の美容師さん。

私だって少しでも地味な見た目から卒業してみたいと感じていました。


「一組の劉遼だって長髪なんだし、好きにすりゃいい」

自宅で寛ぐ、見かけだけ美しい女性の不良教師が

米焼酎の緑茶割りで晩酌をはじめました。


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その翌朝となります。六月三十日、木曜でした。


登校するため洗面所で朝の身支度を整えてたら

玄関からチャイムの音が鳴り響いてきたのです。


先生は…ちょうどトイレ中…。


まだ制服には着替えてないけど、仕方がないので私が出ようと思って

ドアを少し開けてみた途端、早朝から強烈にハイテンションな大声で



「オッハヨォーゴザイマァース!

早朝ッご家庭ッご訪問ッでェーす」



ドアとの隙間に顔を挟み込む勢いで覗いてきたのは一組の竜崎君…。

ドアチェーンがかかっているというのに、何のつもりなんでしょう?


それでも竜崎君なら大丈夫かと思い、チェーンを外して開きました。


彼の後ろには四人、桜庭君と谷地君と斎藤さんと

その横に並んで、私と同室である壱琉もいました。

竜崎君以外はクラスの級長か副級長の人ばかりです。

普段と変わらず、壱琉は目も合わせようとしません。

そんなにイヤだったら部屋まで来なければいいのに。

この五人の中で「私の味方」と呼べる人だったのは

谷地君と桜庭君の二人、信頼できる人と断言します。


玄関前は庭植えのテッポウユリが白い花を数本、咲かせた状態でした。

通りの向こうの土手みたいな場所には、群生するキンポウゲが

眩しく映える小さな黄色い花を開花させていました。


まるで、たくさんのバターカップちゃんが並んでるように思えます。


白百合、テッポウユリ…。


誰が植えたのか不明ですが、確かイースター・リリーという別名があると

退屈な昼休みの図書室で手に取った園芸の本で目にした記憶がありました。

殆ど全てウィルス病を患っている花、それに連作障害も起こすとかって…。

ここに自生してるなら不思議な気もしますが、美しく開花していたのです。


何だかもうヤケっぱちみたいな調子で、竜崎君が張り切って喋り出します。


「え~、ワレワレ本日キューキョ結成いたしました。その名もッ」


竜崎君は自分で絶え間なくエコーを響かせながら、高らかに宣言しました。



「ジェーントルッ、メーンズッ、ファーイブッ!!!!!」



谷地君が堪えきれず口に手を当て、下を向いて肩を震わせています。

彼は低学年の頃と違って、今では物凄く笑い上戸になっていました。

やや重たく感じる前髪、私の前に揃った五人の中では一番小柄です。

俯くと前髪で表情が隠れてしまうのですが、確実に大笑いしてます。

二人で普通の会話をしていても、思い出し笑いはしょっちゅうです。


頭の回転が速い人だから仕方ありませんが、友達との他愛ない雑談にも

笑いの点と点を結び付けてしまって吹き出してしまうのが谷地君でした。


その隣りでは「こいつ、また変なこと言いやがって!」と言わんばかりに

後ろから桜庭君が小さめの目を全開にして、思いきり睨みつけていますが

キーボード担当の竜崎君ばかり、ノリノリで張り切ってる学習発表会での

一組のコピーバンドでは竜崎君の親友、桜庭君がヴォーカルを務めてます。

歌が上手くて更に歌詞が基本的に下ネタなので好評を得てしまいがちです。

今年の春、あの合唱は…我慢しきれず、声を出して笑ってしまった不覚…。

それでも桜庭君は「付き合いで仕方なく」という形を崩そうとはしません。

確かに普段聴く彼の歌声より、少しばかり心が籠ってないようでしたけど

竜崎君の笑撃的テロの共犯者を担わされている巻き込まれ被害者さんです。


軽く左右に目を泳がせ、斎藤さんが代表するかように前へ出てきました。

何故か今朝は普段かけてる細いフレームの黒縁眼鏡を外しているようで

制服の胸ポケットに入れている状態でした。斎藤さんの眼鏡のレンズ…。


彼のレンズに映る緑色の反射光を見るだけで、不思議と安心できるのですが

今は二組の生徒であることを示す、胸に結んでいる緑色のスカーフだけが

安心感を伝えてました。斎藤さんとテッポウユリ、妙に馴染んでいます。

背景はキンポウゲ。バターカップちゃんたちが群れを成している感じ。


ふと「緑よりずっと白が似合う」そんな感じの人だと私の頭を過りました。

本音を漏らすと「黒縁眼鏡」は斎藤さんに似合ってるとは思えないのです。

私から見れば、斎藤さんは「裸眼」の方が目に馴染んでいるかのような…。


「あの、さ…」


唾を飲み込むようにしてから続けました。

「考えてみると、入学からずっと長い間」

今にも泣きそうな笑顔を向けてきます。寄宿舎では何度も見てる表情。

「色々と大変な思いをしてきたのか。ごめんな」

斎藤さんは下げる必要ない頭を下げ、それを見た他の四人も倣いました。

彼だけ眼鏡を落とさないよう…頭を深く下に向けて項垂れてみせた形…。

ずっと無表情の壱琉が一人、仕方なしの付き合いといったお辞儀でした。

「こっちも申し訳なくなる。今まで本当に失礼しました。ミカミソー!」

謝らなくていいです。私の方がみんなに黙っていたので…と言ってから

私も頭を下げました。背後に池田先生が立ってるような気配を感じます。


「あの、それでさぁ、ちょこっとだけ…。

斎藤さんからミカミソーにお願いがある」


斎藤さんは自分の右手を与願印みたいに、私へ向けて見せました。



「今、ここで、斎藤さんと、握手してほしい!!」



斎藤さんの…ではなく、二組の学習発表会の演劇…と呼んでいいのか

ちょっと内容不明な…ヒーローショー?…としか呼べない出し物では

『村の学校、講堂ステージでボクと握手ッ!』は定番の台詞なのです。


斎藤さんには…全く嫌悪感も…何もありませんでしたので

こちらの方から普通に右手を伸ばして二人は握手しました。


「ありがとう。ごめんな」


申し訳なさそうな表情を崩さずにいる斎藤さんは、唾を飲む仕草を見せて

「もしかすると、ミカミソーも池田先生の子だから、そのぅ、そういった

『目眩ましの魔法』が…かけられてる人じゃないかと思った次第なんだ…」

これまでと違って、斎藤さんは矢鱈と緊張している様子を感じます。

今までだって、私の髪や肩、背中にも、普通に触れていた人なのに。

「でも、見たまんまの…普通の人…みたいだ」

胸ポケットに入れてた眼鏡を装着してから、また唾を飲み込んで

「斎藤さんなんかが、レイディの手に触れてしまって、失礼なことをした」

右手を固く握って…少し俯いて、彼にしては…やや低い声で言いました。

「池田先生にも謝りまーす。疑ったりして、本当にすみませんでしたー!」

そう私の後ろに向かって言って、また斎藤さん一人が頭だけ下げました。

「俺はつまんねー嘘とか絶対言わねえっての」

後ろから池田先生の声、その後に欠伸する様子が聞き取れました。


「ところでェ、本当の本当の本当に知らなかったのォ? 同室なのにィ?」


竜崎君が壱琉に声をかけています。いつもながら、物凄い接近具合なので

ごめんなさい。ダメです…。視界に入ったら、自然に…頬が緩んできます。

谷地君は、もう完全に演芸場の見物客の一人になってるとしか思えません。

右脇腹辺りに両手を当てて、必死な様子で吹き出したいのを堪えてました。

無表情な人だけ「本当にそうだ」と主張するような素振りで、頷いてます。


「ゆわぁッ、そーだよ、そーだったァ! 僕からも言っとかないとーッ!」


斎藤さんを後ろに退けるような勢いで竜崎君が身を乗り出してきました。

さっきから何としても喋りたくて仕方ない様子なのは分かっていました。

「たった今からねェ、キミのこと『ミサちゃん』って呼んでもいーい?」

彼の通常状態ですけど、誰であろうと近づきすぎだと思います。この人は…。

「いいよねっ!その方が女の子らしくてっ!断られても絶対そう呼ぶぅ~!!」

そう呼ばれても支障はないので了承することにしました。ヘンな汗が出ます。

「そうそう、忘れてたー!」

もう一つ頭の上に電球を灯したと窺える竜崎君が言いました。


「これからも普通に放屁とかしちゃうと思うけどォ、ヨロシクね~ッ!」


彼の言葉に、どういった反応をすればいいか、私には分かりません。

ご存知の方がいらっしゃるのでしたら、どうか教えて頂きたいです。

こんな言動でも学校では一番といえる容姿を持つ男子なのですが…。


「どっかの位置情報について、さらっと言っちゃってたこと忘れてくれると

助かるんだけどォ。いや、ミサちゃんが知りたいなら今から全員教えてあげ」


その発言を耳にして、とうとう我慢の限界を超えてしまった級友の桜庭君に

肩を掴まれ、くるんっと引っ繰り返され、バシッといい音で小突かれました。

「バカッ! 本当もういい加減にしろ!」

谷地君はその場にしゃがみ込んで、声を出して笑ってしまっていました。

こんな竜崎君の近くにいては水分補給も容易に出来ないであろう日常が

繰り広げられてしまう一組の生徒は、ちょっと大変だろうなと思います。


右手を頭の上に載せて、両目を閉じて

小首を傾げて、少々みんなを待たせてから

徐に目を開け…「あー、忘れた」と言いました。


アドベンチャー・タイムのフィンの真似をしてみせたのです。

それで、みんなに私の気持ちが伝わる筈だと思いましたから。


テッポウユリとバターカップちゃんたちも笑って見守っててください。

覚めない夢のような学校生活をもう少し頑張ってみせます。…約束…。









◆心に止まない雨音. 小林喜一


教員宿舎には浴室があるので、わざわざ行く必要ない筈ですが

妻の麻子(あさこ)は赴任して間もなく夕方の共同浴場通いを始めました。


農作業後の婦人たちと浴場での雑談に加わっている様子。

中央から北の外れにある村に出来た学校に赴任してきた

教師の母親を演じてますが、妻の内心は窺い知れません。


触れると分かります。実際の肌は老いてない。年齢相当の素肌。

私たち夫婦を学校に縛り付ける魔法の所為で老女に見えるだけ。

他の婦人たちに晒す必要あるでしょうか? 理解に苦しみます。


目晦ましの魔法をかけられてる者は私の妻だけではありません。


二組の担任を務める女性とは思えない教師もかけられています。

外に干された下着、最初は驚いてしまいました。と言いますか

他人の視界に入る場所には干さないでほしいです。戸惑います。


「こう見えても男です」隠すことなく言い張るのも不可解です。


こちらも事情を隠してますし、しつこく問い質すのも憚れます。

本来の姿と引き換えにして、支度金をはじめとする大金の鎖に

繋がれたのだと察します。初対面で挨拶した時点で彼の言動が

一般人とは違うことに気づきましたので深く関わり合えません。


教員住宅の裏は雑草と低木が好きなよう茂る手付かずの空き地、

時折そこに佇む人影は村内では様々な噂を耳にする不審な人物。

二組担任の名前と容貌の不一致から解答が導き出せそうですが

危険な好奇心を募らせて往き着く場所は棺の中かもしれません。


私たち夫婦は生徒たちが卒業する日まで裏事情を隠して

平凡な母子を装い、日々の仕事をこなしていくだけです。


夏冬の長期休暇に入ってもお互いの実家へ帰ることなく

列車に乗って数日の旅行を愉しんで退屈を紛らわせます。


旅行先でも夫婦という元の素性を明かせないのですから

私としては贅沢な食事や温泉も心底から愉しめませんが

老女姿もファッションとして割り切っている様子の妻は

車窓や旅行先の景色も無邪気に喜んでいる言葉と表情を

示してくれるので、それだけが微かな晴れ間の喜びです。


普段着となる衣類は共同浴場通いで親交を深めた近所の

老婦人から贈られた品物ばかりとなったのも微妙ですが

魔法が解ける日まで妻に似合う洒落た衣装に袖を通さず

貯蓄を続けるそうです。その頃には三十六歳になるのに

それから好きなファッションで街中を歩くというのも…。


今年の夏は昨年に続いて海に近い温泉に宿を取りました。

祭り見物もして北の外れにある街の賑わいを味わいます。


しかし、八年以上も耐えました。必ず私の頭上に広がる

雨雲は晴れると信じています。十年間の止まない降雨を

何とか乗り切ってみせた先は元暮らした街に帰り着いた

二人が穏やかな笑顔で過ごしているのだと信じています。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


不可解な村です。闇を纏いながら取り繕って暮らす者が多いと感じます。

八年も過ごせば見えてくる背景、こちらがわざわざ知る必要のない情報、

現実には見えない聞こえないモノに取り囲まれ、戸惑いを覚えるばかり。


寄宿舎生と寮母さんは私たち教職員同じ、大金の鎖に繋がれている模様。

支度金等大枚を得るため我が子を平然と売り物同様に差し出せる神経が

理解し難くもありますが、私の事情を知る者に追及されたら同じ行為を

していると認めざるを得ないところが手痛い。停滞した心境で窓の景色、

止まない雨、晴れない濃霧を寄宿舎生も眺め続けているのだと思います。


金銭的に十分余裕ある生徒の影にはそれ以外の表沙汰に出来ない事情が

潜んでいるだけ。玉に瑕。宝石である故、些細な瑕が目に付いてしまう。

北の外れにある寄宿舎付学校を態のいい隠れ蓑に利用してるのでしょう。

周りの笑顔を引き出すことは美徳だと思うのですが誰も彼も同じ視点で

判断できないのが現実。侮蔑嘲笑で拒絶されて傷つくより、家を離れて

自由闊達に勉学を愉しみ、多くの良き仲間を得ることで穏やかに将来を

過ごせる筈だと両親が判断したに違いありません。寄宿舎生の身近から

黙って見守る者として前向きに捉えたいと思います。いつの日か必ず…。


通学生たちも好んで学校に来ているとは言い難い。同い年の子ども達は

意図して村内に集められたと赴任当初は思っていましたが偶然とのこと。

丁度みんなの年回りが近いだけと濁されて些か困惑の感もありますけど

皆が隠す部分を全て曝け出して高笑いできる立場ではない遠くから来た

余所者です。余計なモノを見聞きして心を揺さ振られないよう努めます。


此処まで来て命を失っては最後に何より欲しいモノが得られませんから。


出入口に面する台所の窓を覗くと黄色いキンポウゲが咲き群れています。

冷蔵庫から取り出した飲み物を口にすると私の視界に入る校門前の群落、

特別に業者を呼んで手入れを施されなくても春には前庭の桜が開花して

散り落ちる瞬間まで学校関係者や村人の目を楽しませてくれる彩りです。

今の時期は五枚の花弁で構成される黄色いキンポウゲが前庭を彩ります。

宿舎前には自生するテッポウユリが幾本か気高く咲き誇って出迎えます。


授業を終えたら真っ直ぐ帰宅。小さな交友関係に悩む必要はありません。


心のざわめきに疑問を傾けさえしなければ快適な環境と呼べるでしょう。

学校長は確か…春の学習発表会には出席していた…と記憶にありますが

基本的には長期出張状態といって構いません。学校へ出勤後、職員室に

連絡事項のメモが貼られているので、そこから指示を受けて月間行事等

滞りなく進めていくだけです。それが教職員の務めですから果たすだけ。


今月も残り数日で終業式を迎え、八月は丸一か月の夏期休暇となります。

実家へ帰省する遠方からの寄宿舎生に配慮して登校日は設けられません。

正確かどうか断言は控えますけど二組の級長を務めている生徒の自宅が

学校から一番遠く離れた島にあると入学時の書類から確認していました。


一組の生徒は三名が小さい空港から飛行機を利用して家路に就くのです。


教職員として空港を利用する生徒たち全員を空港まで見送っていたのは

一年の冬で終了となりました。現在は終業式後すぐ予約を入れておいた

二台のタクシーに分乗して空港に向かっています。竜崎順は一般客用の

プロペラ機には搭乗せず自家用機で専用の離着陸場を利用するそうです。


豊かな自然の陰で寒さが厳しい北の外れの村にある学校の裏では大金が

行き来してるのは紛れもない事実なのでしょう。目を逸らしたくても…。


「ただいま。偶にはのんびり生徒さん達と雑談でも楽しんだらいいのに。

学校と宿舎を往復するだけじゃ暇を持て余しちゃうでしょ。緊急研修…」

「検証、緊急検証部とは言ってもオカルト同好会じゃなくて生徒四人が

カードゲームで暇潰しするのが目的らしい。そこに教師の眼が入ったら

面白さ半減だ。大人が現れたら叱られるか注意されるかに決まっている」

台所の窓越しに会話する表向きは母子。徒歩で行き来する共同浴場から

帰ってきたばかりの麻子が声をかけてきました。赴任前までは長い髪を

毎日まとめて結い上げていたのですが、白髪交じりとなって見える髪を

まとめたら本当に年寄りみたいだと短くしている状態。勿体無い話です。

真実を映す鏡の前に立てば今でも…数本は生えてるかもしれませんが…

艶やかで美しい黒髪である筈…。目晦ましの魔法が妻の頭から爪先まで

老女の幻影で覆い隠しているだけです。毛髪を染めても反映されません。

声だけは魔法の効力が及ばないらしく通りすがりの人から驚かれるほど。

「それはアナタを見た大人が叱らなきゃいけないような真似してたから。

先生が語る怖い話も印象深く思い出に残るかもね。心霊体験はないの?」

心霊体験は皆無と言えても眼の前に村を元気よく歩いて家事もする老女、

今年で結婚八年目となる不可思議幻影が立ってると打ち明けられません。

「ない…。金縛りに遭うコツは本で読んで覚えてもタイミングが来ない」

空にした麦茶のグラスを持ったままだと気づいてシンクに下ろしました。


「アナタ、そんな風だから滅多に生徒さん達が遊びに来てくれないのよ。

嘘でもあることにして怖面白い話で生徒さん達を喜ばせてあげなくちゃ。

怖いだけじゃダメ、笑えるオチにして突っ込みポイントも必ず入れるの」


村で暮らし始めてから内向的な息子に自立を促す母親を演じたつもりが

地の性質になりつつある過程を確認してる現在です。随分と強くなった。

一つ間違いを指摘するなら教師をピン芸人と勘違いしてる感があること。


…!?…


「あぁ、こんば…どうも、こんにちは。夕食の買い物?…お気をつけて」

私から見て顔を左に向けて独身教師の明るい母を演じる声が響きました。

亡くなった高橋虎鉄君のお姉さんが村の商店まで買い物に出たようです。

生徒たちが低学年の時期は「お転婆」という表現がぴったりな少女だと

思っていましたが、現在は物静かな夫人と喩えるのが妥当なのでしょう。


時間の経過は人の容貌だけじゃなく性質も変えていくことが分かります。


麻子と挨拶した声と物音も私の耳には届かず商店へと向かったようです。

玄関先で顔を合わせても挨拶程度に済ませ、すぐ姿を隠してしまいます。

建物の陰となる方向に視線を合わせれば通学生だった二人の生徒が命を

落とした辛い事故が起きた山が嫌でも眼に入り込んでしまいますから…。


教員宿舎から見える窓の景色は彼女の心に暗い影を落とすだけでしょう。


学校と山、どちらも鬼門。視界に映ったら悲しみを引き寄せるだけです。

三組の浅井先生とも殆ど腹を割った話はしませんが虎鉄君のお姉さんを

大事に思っているのは窺えますので卒業後は村を…。余計な考えですね。

まだ高橋家には一人で暮らす虎鉄君たちの祖父がいらっしゃいますから

幾ら早くご両親を失くされたとはいえ、村と縁を切るのは難しい話です。


時間の経過。それが村の教員住宅に暮らす者たち全員の救いとなり得る

不可欠な要素なのだと思います。八年過ぎたのだから後もう少しだけ…。


「そういえば、買い物は? いつも風呂帰りは商店にも寄ってくるのに」

麻子の手には風呂桶などの入浴道具だけで買い物した袋を提げてません。

「あ、うん。そうなの。待って、部屋に入る。外だと良い風が吹いてて

湯上りには気持ち良いんだけど大事な予定があるの。ちょっと待ってて」

チェーンと内鍵は外した状態です。すぐ玄関のドアが開けられて麻子が

素足のサンダル履きで三和土に上がりました。村に暮らしてる見た目は

麻子と同年代の婦人たちに比べたら明らかに薄着であるのが分かります。

自分の母親を思い返せば、もうじき身体が冷えるとか言い始める頃だと

予感してますが同い年の妻に口煩く言えません。食事抜きは困りますし。


室内に人が一人増える。それだけで部屋の空気が違ってくるのは昔から

不思議に思っていました。気配だけなら一人以上に賑やかになる感じ…。

浴用タオルを干したり、細々と動いてる様子を黙って眺めているだけで

何だか面白い見世物に夢中な幼児に戻ったような気分になっていきます。

動物園の檻から人気の動物を家へ連れてきたのに近いと言うべきなのか。


ちなみに、これは麻子が現在の容貌となる前から発見していたことです。


「麦茶、よかったら私のコップに注いでちょうだい。水分補給しなきゃ」

衣擦れの音を立てて洗濯カゴにバスタオルなど放り込んできたと思うと

こっちに用を言い付けて寝室へ姿を消しました。共同浴場では出来ない

肌の手入れをしに行ったんだと思います。化粧水、美容液、手順なども

あるんでしょうが見た目には全く反映されなくても朝夕よく欠かさずに

努力を塗り重ねていると敬服します。魔法が解ければ現れる真実の姿に

先行投資しているのでしょう。魔法が解けた時こそ姿を現すシンデレラ。


怒られると困ります。薬缶で煮出してから冷やすタイプの麦茶を手早く

コップに注いでおきました。一手間を惜しまないのが人生を愉しくする

秘訣だと笑ってくれる妻の存在が私にとっても救いになっているのです。


「ありがとう。気の抜けた顔してたから忘れてるんじゃないかと思った」

間に合って良かった。化粧品なんて浸透してなさそうな艶のない肌でも

笑顔を絶やさずにいてくれますし、可能な限り何事も尽くすつもりです。


「で、今晩なんだけど食事会に行くことが決まったの。アナタの見合い」


そう発言して一気に麦茶を空にするとタンッと音を立ててコップを置き

「息子の婚活を応援する母としてバッチリ化粧したくても表面に変化が

現れてくれないし、髪の毛をピンで飾ったり、服装だけでも明るくして

ご相手や立会い人の方に良い印象を与えなくちゃ失礼よね。少し頑張る」

衣装箪笥や化粧台のある寝室へ戻って行きました。今晩は…私の見合い?


後を追うしかありません。妻の手が開け閉めした扉を再び開閉しました。


「食事会の場所は二階に宴会場のある料理屋さん。偶に出前とるところ。

こないだ頼んでみた天津飯も美味しかったし、料理は期待できると思う。

立会人夫妻が私たちを迎えに来るの。お待たせしないよう早く着替えて」

化粧台の鏡越しに指示してきましたが少々内向的な息子を演じる私でも

この件に関しては何も言わず従える話じゃない。私たちは夫婦ですから。


「食事会だと思って難くならず適当に時間を過ごしてくれたらいいのよ。

今晩は村の人とのお付き合い。今日まで黙ってて申し訳ないと思うけど

共同浴場で秘密裏に話が進められてきたという筋書きだから。分かって」

麻子は顔に日焼け止め乳液を塗りながら話します。肌に塗り込んだ筈の

乳液が妻の顔にテカリも残さず消えていくのが不可思議でならない光景。

続けてリップクリームを塗ってみせても意地でも口唇に艶は現れません。


眼に映る現実と真実とが剥離した奇妙な世界に囚われ、八年過ぎました。


「都会から来たんだから田舎者と縁を持つなんてイヤだと考えていると

思われるのも不都合でしょ。三十四歳になったんだし一度くらい記念に」


何の記念だか意味不明ですが結婚八年目は確か青銅婚式とかいう筈です。


「分かった。適当に話を合わせよう。相手の方には無益な時間となるが」

あまり深く思い悩まない方が気楽です。衣装箪笥の引き戸を開けました。

「あ、気に入ったなら話を進めて構わないけど。私はアナタの母親だし」


相手にしたら拗れていく一方の無駄な会話に応じる余裕などありません。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


着替えを済ませ、迎えの車を待っていたら玄関のチャイムが鳴りました。


「任せて。ご挨拶してくる。村じゃ噂のご夫婦が立ち会ってくださるの」


田舎の老婦人が精いっぱい洒落た装いを頑張ってみましたという格好の

麻子が玄関に出て行きました。考えてみると一緒に出迎えるのも変です。

妻がモテない男子の母親らしく浮ついた勢いを見せて相手側が退くのを

期待しているのではないかと思えてきました。全て計算尽くの空回り…。


一分も経たない時間、遅めに訪れる日没の様子を窓から眺めていました。


写真があるなら彼を指差して示すことが出来ても口には出せない不審者。

生きている人間が亡霊よりずっと怖い筈に違いありません。夜間の徘徊。

怪しい影、校長の指示では騒ぎ立てる必要はないと通達されていますが

彼の姿を見てしまった以上、気にはなります。監視者か何かのつもりか?


「じゃあ、行きましょ。後はゆっくり食事を愉しめば私の目的完了だし」

麻子の思わせぶりな発言が喉に引っかかった魚の小骨みたいに不快でも

余計な感覚は塞いで過ごすのが無難です。視覚は役に立たない世界です。


その晩、食事会と銘打って催された見合いの席で立会人を務めたのは

私たちと殆ど同年代といえそうな夫妻でした。三組の通学生のご両親。


森魚さんは私の見合い相手となった街に住む女性の職場の上司なので

形許りの立会人を引き受けたと料理屋へ向かう車内で話していました。

隣り街にある老舗百貨店の経理事務員として勤めているのだそうです。

立会人夫妻の息子となる双子の兄弟は正直あまり良い噂を聞きません。


生徒たちの話は今夜の食事会と無関係ですから発言したりしませんが

窓の外に現れる人影と全く関係ないと断言できないのが喉の小骨同様。


窓に背を向けて座る麻子は知らない喉の小骨です。知らない方がいい。


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「想像した以上に綺麗できちんとした感じの女性だね。どうするの?

また逢う日取りを決めるなら早くしないと。明日までに答えを出して」


寝巻に着替えてラジオを黙って聴いてると思った麻子がニヤつかせた

表情に変えて訊いてきました。散々食事の席で存分に空転しまくって

微妙な空気にした上で追い討ちをかける発言です。どうかしてます…。


「麻子が気に入って、また顔が見たいなら連絡すればいいだけの話だ。

勤務先の百貨店に押し掛けたなら、ますます気持ち悪がられるだろう。

立会人の森魚さんに怖いと泣いて訴えられる日まで好きにすればいい」


黙って聴き続けていると不安と寂寥感を覚える楽器の音がラジオから

流れてくるので心にもない台詞を吐いてみただけなのだと思いました。

夜更けにカーテンを開けっぱなしなのも落ち着きません。立ち上がり

居間の隅に設置したラジオ受信機に近づいて操作鈕に手を伸ばして…。


「猫かな? なんか外がザワザワ落ち着かない感じ。見てこようか?」


ラジオの周波数を変えると妻が首を窓に捻じ曲げて様子を見てるので

さっさとカーテンを閉めました。部屋の外は異形が彷徨う異世界です。


「猫だ。眼が光ってた。放し飼いしてるのが歩きまわってるんだろう」


猫…。テーブルに戻って冷水筒から二人のグラスに麦茶を注ぎました。

ラジオから耳触りの良い声と合いの手となる笑い声が聞こえてきます。

昼に録音した寄席の様子を流していました。賑やかだった場所の記録。

切り取られて保存されたら遠く離れた場所で再生される笑顔を招く声。


「そうそう、似てると思わなかった?」

目を伏せて過去の時間を反芻する表情。

「え? 唐突に訊かれても誰と誰が?」

「あ、いいの。何でもない。オヤスミ」


席を立った麻子は私が入れた麦茶に手を付けず寝室へ移動しました。

寝る前に余計な水分は要らなかったようです。麻子の目的は完了…。


眼に映る光景、耳に入る音声、リアルとは呼べない虚構で成り立つ世界。

後もうしばらくの辛抱で縁の切れる異世界だと割り切るしかありません。

いつか必ず止む雨です。母子が晴れて夫婦に戻るシンデレラの目晦まし。


似てる、似てない。似てないと言えば立会人夫妻の息子兄弟。

誰が見ても明らかに見分けがつく。髪色と風合い、顔の造作。



外に佇む人影と外を遊び歩く猫…。似てないようで似てると思いました。









◆或る生徒の独白.


男女が並んで横たわり葬られる棺なんて実在するのだろうか?


何とも不可解な夢を見た。若くして病死した僕に供えられた

妻となる息の絶えた女性、ヤツの手で二人は手を握らされて

街にある霊園に葬られたんだ。今より老けた三人の同級生が

埋葬に関わっていた。僕は離れた場所から黙って眺めていた。


三人の男が姿を消した後、既に死んだ筈のあいつが現れた。


死んだ二人に弔いの花束を手向け…深く頭を下げていた…。


あいつは親友じゃない。親友の振りしてるだけ。虚構の仲。

それは向こうだって同じ筈だ。空き箱。体面だけ装った仲。

遠目じゃ慟哭してるようで、実際は声を出さず笑っていた。


気づいたら手を握った感触。気配を感じて顔を向けたら…!



こんな夢を見た朝、周りは全て敵と再認識するだけだった。


僕が手を差し伸べたら、彼女は握り返してくれるだろうか?









◆PERFECT STAR. 斎藤和眞


あの日の朝、唯一無二ともいえる筈の斎藤さんの超絶格好良い場面を

鮮やかなほど華麗にリューザッジ(竜崎順)に木端微塵と呼べるくらい

大破壊されちゃったような気がして、何だか少々口惜しい!というか

「位置情報って、どこのだよ!」って、軽くサツイ懐いちゃうような

そういった心境なので御座いまーす! 笑顔を忘れんな。兎に角まぁ

全く以て美しくありません! あんまり想像しちゃいけねぇ事案です。


折角、斎藤さんを主軸としたラピッドストリームの陣形を

無理やりインペリアルアローの陣へ変更されたのですから

気分いい訳ありません。フリーファイトの方がマシでした。


本当にもう、あの御仁が出てきちゃうと色々ヤヴァい展開になるので

極力どっか引っ込んでな!と、心底願う御仁で御座いますってばよォ。

学校一とか喩えるより、えぇと誰の目から見ても、確実に間違いなく

三国志で例えれば「美周郎」みたいな眩い御容姿の持ち主であるのに

心の奥底から勿体無ーい! 神様の無邪気な悪戯にも程が御座います。


リューザッジは、普段からの言動だけじゃなく、格好だって凄まじいです。

んーとォ、この人は、紳士用下着愛好家とでも称するしかねぇっていうか

寄宿舎内で寛ぐ時間の夏場は、上は白のランニングが基本スタイルでして

秋冬は、雪国の極寒状態に肌が耐えられず、駱駝色のズボン下は必需品で

上半身は長丸首の爺シャツを御着用なさっておられますよ! 真似不可能。


そのリューザッジの級友で、寄宿舎自室のルームメイトでもあるため

常々彼に何事も思いきり巻き込まれてしまうような形となってしまう

サックラバーには御愁傷様としか申し上げられません。心が悼みます。


斎藤さんの眼から察するところ、サックラバー自身とウマが合うらしい

うちのクラスの相馬のタッちゃんと、もうちょっと親しく交友したいと

希望というより…切実に願っているかのように窺えるのですけれども…。


まあ、サックラバー自身が学校内では一番の人気者だと断言可能です。

彼を知れば知るほど、嫌悪の情を持つ人の方が少ないかと存じまーす。

口が堅くて信頼に足る人物であるのは誰が見たって間違いねえですし。



種明かし致します。あの『握手』の提案者である人物は

我が親友、キヨなのです。だって、考えてみてください。

ああいった場面に『級長』が登場しないのは変でしょう?

サックラバーは「一組の『副級長』さん」なのですから。



まあ、ミカミソーは、色々と…以前から…目に付く点が多数あった

ミステリアスな行動ばかりでしたから、とっても気になる存在です。


前日前夜、キヨと事前に話し合った際に提案を受けたからこそ

若干の勇気を必要としましたが、握手に至った訳であります。

眼鏡外しは、斎藤さんの強固な決意表明ともいえるのです。

視界を曖昧に少々ぼかした方が…。そういうことでーす。


キヨは、三組の生徒と絡むことを極力避けているような様子なので

代わりにリューザッジが登場すること…ある意味アレレ…な状況に

その場にいた全員が巻き込まれる状況に陥ったという訳であります。


演芸に例えればネタ作りがキヨ、舞台で演じるのが斎藤さんとなります。

彼は頭脳明晰です。頭おかしくもありますが。その点に関しては後々…。


それより、本当もう『ジェントルメンズファイブ』とかって勘弁しろよ。

「斎藤さんの美意識ぶち壊すんじゃねーよ!」内心じゃ思っていました。

リューザッジの存在は一組級長キヨだって持て余していて秘密裏に暗…。


あー、ハイハイ。笑顔を忘れず、斎藤さんは必死で学校生活しています。

親孝行だ…。不孝者にならねぇため必死に必至。二組の君主、ナメんな!



…といった前置きを済ませて、本日は夏期休暇突入二日前…



斎藤さんは南西の実家に帰郷する支度も準備万端ばっちり整えてます!

この辺は内陸の山間だから、故郷の小さい離島の集落が恋しい。夏だ。

列車を乗り継いでって、小さい渡し船に乗って離島へ帰郷するんです。

自分は特別だと思いたくなります。学校では一番遠い所に実家がある。

色々と我慢してる普段のことも、向こうじゃ気楽に出来たりするんだ。

恋しくて楽しみで、そうなって当然だと思いますもん。花火しますよ!

火薬はなくても小さいのでも打ち上げたい。火計。それに近けぇヤツ。

食べるしィ、遊ぶしィ、ヤらかすしィ、内心ぶちのめすかもって境地!

でもね、表に出しませんよ。斎藤さん、学校じゃ二組の君主ですしィ。


うちの悠ちゃんは渓流釣りやら趣味みたいだけど、斎藤さん、川魚は苦手。

虫や蚯蚓とか食べた魚…。頭で分かってるつもりでも無理。食えませーん。

以前ちょっと付き合ったとき、蛙に飛び付く岩魚か山女魚だか見ちゃった。

あれはエヌジーすぎる。バッドだよ。虹鱒とか美味いけど、食えねぇっす。

ルアーや毛鉤を使えばいいと思っても淡水魚の生来のエサがアレじゃ無理。

海の魚が最高でーす。食べたい物は、もう手紙で注文しちゃってますよォ!

んーとまぁ、海の魚が食べてるものを考えちゃえば一切合切食えませーん。

ダメですね。人間が生きる以上、そういう細けぇ問題を考えてちゃ終了だ。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


二組。この教室は外気温と打って変わって…冷涼…な空気を肌で感じます。

二組級長を務めてる斎藤さん一人が責任を負わなきゃいけないモノですか?


喉に引っ掛かる消えない靄つき。焦燥感。蹴り飛ばしたい気持ちを抑え込む。

それを誰かに向けた瞬間、完全な崩壊。最悪を避けるために隠忍自重の修行。


斎藤さんは、物凄く短気なヤツなんだろうと内省してます。そういったのも

二組から…てっちゃん、しいちゃんが姿を消すことになった一因のような…。

そんな気がして、喉が詰まって胸が痛む。見事な心身症の級長さん誕生です。


二組は敗残者の流刑地、白旗は揚がったまま。でも、嘆き続けて堪るか!

卒業までの懲役期間、意地でも務めあげてみせる覚悟。弱音は吐かねえ。


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よし、宿題のプリントも終わった。

色々考えながらも手は動かしてますよ。

これくらい教室の机で済ませられる程度だ。


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さて、舞台は『本日の二組の授業』が終了した数分後。


放課後、池田先生は逃亡者の勢いで帰宅するから捕まえるの大変なんですが

斎藤さんも体が大きくなってきましたので、何とか追っ駆け飛び付いて

引き止めることができました。呼びかけても基本無視ですからねぇ。

力尽くを覚悟して、事前に眼鏡を外してから臨んでおりますよ。


「なんだ、斎藤? とうとう、先生におかしな気ィでも起こしたのか?」


面倒くさそうに首を捻じ曲げて睨みつける外観だけは、美人の女性教師。

通常時のあらゆる言動で完全にアウトな存在ですし、全力で否定します。

「用なら明日でいいだろ? 俺は学校の仕事が終わっても暇じゃねえし」

心底面倒そうな顔で、こっちへ向き直して返答する成人男声の女性教師。

「二組の級長として、先生にご進言を申し上げたいことがありまーす!」

紳士らしい態度で頭を下げ、担任教師の時間を頂戴することにしました。

担任は廊下の窓から外の景色を一瞥しました。いつも外を気にしてます。

「担任としての特別サービス。用件は手短に済ませろ。長けりゃ帰るぞ」

教室の並ぶ二階の廊下で、二組の担任と級長の二人は会話を始めました。


「先生の御息女であるミカミソーのことですけど、うちの二組に彼女を

編入させられないでしょうか? 寄宿舎の部屋は同室の三組級長さんと

完全に仕切っちゃってるから問題ないとは聞いてます。見てませんけど。

だけど、やっぱり、その、男子と女子ですよ。見直すべきではないかと。

お休みしていた期間みたいに、どうか再び先生のアパートで仲良くイッ」

斎藤さんの話を顎に手を当て聞いてた先生、ふと憮然とした表情に変化。

「突然、なんなのアンタ? 将来、あいつを自分の嫁にでもしたいの?」

いや、そういう問題じゃねえでしょ。嫁とか何だよ。とは申せませーん!


「斎藤さんが理想とする女性は、普段から公言しておりますよう

『エスパー魔美』ですから。失礼ながら、先生の御息女は、正直

ちょっと有り得ません。先生もご承知の上で耳を傾けてください」


ミカミソーは、斎藤さんの眼前に立ってる美人女優の如き姿の

池田先生の娘なんですし、遺伝子を受け継いでると申しますか

確かに似てはいますよ。でも、べつに、そんな…だってさぁ…。

まだこんな若葉のような年齢で、コロされたくないってばよォ。

接近禁止令、寄宿舎で言い渡されるのも面倒。眼に見える埋火。


大体にして、彼は、彼女に、可成り執着してるの、見て分かってるし。

あいつ…絶対…。あの人も相当アレレな気がする。あの連中だって…。


そういえば、彼女の前じゃ演劇口調に変わる人物の存在も確認してる。

普段は脱力気味な緩い喋り方してるのに彼女の前だと強気な喋り方に。

低学年の頃から変わることない口調の変化、彼女は勘付いてるのかな?


事情が長くなりますので、そこんとこは有耶無耶に、ぼかしときまーす。

乱視の眼鏡を外せば、ぼやけて視える。境界線は不明瞭。曖昧模糊上等!


「現在の二組は、女子の新山緋美佳さんも授業を聞いてるような形ですし

池田先生だって少なくとも見た目だけは女性なんですから、いっそのこと

一塊になった方が宜しいのではないかと思い至った次第で御座いますけど」


キヨ、一組級長は普通に男性(寄宿舎では同室。知ってて当然)ですが

何と言うか『女性の勘』といったものが鋭く働く人でもあるのですよ。

危機察知能力とでも言い換えたら、少々解し易くなるのでしょうかね。

彼は以前から、ずっと三組の連中に対して強い苦手意識めいた感情を

懐いてるようですから断言するってぇのは難しいですけど、念のため。


斎藤さんは『正義のヒーロー』でありたいと強く願う者です。

そういう『ジャスティスな行為』を実行するだけであります。


あらゆる犯罪は『未然に防がれ、実行されない』のが、真に美しい解決法!

ミカミソーが女性と知った日の夜、キヨと話した内容は先生には言い難い。

キヨが塞いでた右眼に、危機感を懐かせる何かが映ってる可能性もあるし。


「村の学校の二組こそ真のジェントルメン…」

「同じ数字の三の三上だから三組でいいだろ」


こっちが言い終わる前に遮られてしまいました。何だよ。口惜しいなぁ。

何者の意向か存じませんが、適当にも程があるクラス編成です。理不尽。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


あー、そうだぁ!…いる…。

忘れちゃいけない彼がいた!


「同じ三上でしたら、一組にだってモル君(三上灯)がいまーす!」

そっくりそのままツッコんで差し上げました。斎藤さん、鮮やか!


「それは兎も角、名作少女漫画『お父さんは心配症』のように

少々どころじゃなく発症してるくらい変態だって構いませーん。

キッチ・キッチン父親らしく御息女に向き合い、もっと親密に

関わり合ってほしいと思うんです。池田先生、お願いします!」

ご存知の方いらっしゃいましたか? イデオンも大好きですよ。


先生は項垂れたように後頭部を押さえていましたが、こっちに顔を向け

「俺だって、そうしたいところだけどダメだとよ。組分けは上の意向だ」

「上の…って、ここの校長先生…ですか?」

で、校長先生の姿を斎藤さんの脳裏に浮かべようと試みたのであります。


「それから俺にもワケがある。一緒にゃ暮らせねえ。カレー食いてぇけど。

頼む、斎藤…。どうか代わりに守ってやってくれ。ミサをオオカミから…」



…???…



うちの学校長って、んーと、えぇえぇえとォ…?

性別も年齢も容姿もアレレ? どんな人でしたっけ?



えぇえぇぇ、思い出せねぇ?!



春と秋の学習発表会でも、毎回先生たちの観覧席に座ってるよな?

最後の総評では壇上に立って…みんなに挨拶だってしてる…よな?


…………………………。


…………………………。


…………………………。



眉間に縦じわ、くっきり深く刻み、両眼を細め、やや寄り目になっても?



…………………………。


…………………………。


…………………………。


確か…校長…先生は…?


一組の劉遼殿のご祖父で…?


二組の晴ちゃんのご養父でぇ…?


そして…。アレレ?


えー…えー…えー…えー?


えぇと…アレ?…アッレェ…?


…………………………。


…………………………。


…………………………。



斎藤さーん、もしかしたら脳に異常でもあるんじゃないかしらって思うの?



…………………………。


…………………………。


…………………………。


「ん、アッレェ? いねぇや」


意識と視界を現実に戻したら、とっくの昔に担任の姿は消えていました。



一言付け加えておきますと、斎藤さんの意見は少し違うものとなります!


この世界に義務教育なんか御座いません。ミカミソーの経済的事情まで

窺い知るのは不可能ですが、父親の稼ぎで暮らしていけると思うのです。



こんなところ、好きで来てるヤツはいない。仕事だから来てるだけですよ。

少なくとも斎藤さんは報酬を得る手段としての仕事と割り切っております。



女子が学校なんか来る必要ねーよ。何の役にも立たない十年間の懲役生活。



いいや。もう眼鏡、かけ直そう。

頭の視界を故郷の離島へ戻そう。



一人息子の帰郷だ。いい笑顔を見せてやらねぇと。親孝行、親孝行…。

あ、そうだ。旅のお供にジーグとゲッター2を連れていこう。大決定。

ンでもって、うんとヤらかす。羽目外す。夏期休暇中、眼鏡も外すぅ。



常日頃、溜め込んだ心的重圧と傷を

のんびりと癒して過ごす所存ですよ。

当分は喉と胸の詰まりも治まる筈だ。

転地療法。北の地で凍てついた心を

一時的でも融かして、楽になりたい。



それでは寄宿舎の方へ戻りましょう。二階からでも移動できたらいいのに

一階に下りて渡り廊下で別棟の寄宿舎に向かわないとダメな構造なのです。


図書室で学者ごっこ。百科事典や大判の図鑑などを視えない敵にぶん投げ

憂さ晴らしするのも悪くない気分ですが、一人きりでやるのも虚しい遊び。


面倒くさいけれど、教室に居残ってるアレらと同室し続けるのも心的苦痛。

努力を積み重ねても「愛せない、愛したくない」そういった連中ばかりで

構成されている仲間たちが斎藤さんにとっての学校二組です。居心地悪い。


段飛ばしで昇降口方面へ向かいます。猫のように気配を消して獲物を狩る。

妄想しながら孤軍奮闘する日常。猫歩き移動の訓練中。思考の停波を希望。



停波といえば…昼過ぎはアッちゃんの好きなラジオ番組が放送されてる…。



正直にぶちまけちゃえば、イヤホン使え!と思ってます。うるせーよ!

娯楽室から聞こえる優しい人柄が窺える賑やかなパーソナリティの声。


挿絵(By みてみん)


浅尾栞は嫌いじゃありません。シオリンファンが疎ましいと思うだけ。



寄宿舎も居心地悪い雰囲気なのが確定事項です。如何いたしましょう?



ゲームじゃ行動の選択肢が表示されそうな場面ですよ。

自分で考えるの面倒だから、いっそ表示されてほしい。

運を天に任せて、賽の目の出たまま進行するだけです。

無惨な展開、デッドエンドだって静粛に受け入れます。

とは申しても、本当に訪れた場合は普通にキレまーす!



「ゆわぁ! ふわっふらの妖精さん、見ぃ~っけぇ!」



スッゲェ聞きたくねぇ。沸騰した湯が耳に注がれたような歓声でした。

残り数歩ほど身体を移動させれば、今の大声を発した連中が姿を現す。


こういった思いも拠らぬハプニングは神様からのメッセージ。暗示唆。


違う。けど、そう思い込むようにしております。ポジティブな思考を

個人的には推奨したい見解なので御座います。笑顔、笑顔を忘れんな。


斎藤さんが学校で勉学に励むのは『親孝行』それが一番の目的で任務。

後二年と半年、耐えれば完了する苦闘。明るく、楽しく、心軽やかに。


『微笑を持て。正義を為せ』


自ら望んで断食したのに、飢餓感に苛まされる醜態は美しくありません。

身辺を清潔に整え、涼しい表情で満願の日を待つのが美しい断食の作法。


辛くて苦しい場合こそ…心情を胸の奥…何処かのポケットに入れて隠す。

バカ丸出し。アホ全開。間抜けと嘲笑われたら、気持ちも少し楽になる。


グダグダ主張せずに正義と信じる行いを成す。玉座の側に控える道化者。


「リューザッジ、サックラバー、その他のお二人さん、ごきげんよう!」


連中に向けた午後の挨拶と共に通過しました。煌めく微風と同じ姿です。


お取り込み中らしく、鮮やかに無視された。

サックラバーさえ目を向けてくれなかった。

情勢掌握。今の彼が最も注意すべき人物は

すぐ側にいるから、余裕がないのでしょう。


黙殺。ありふれた日常の一幕。どこ吹く風。


表情に気をつけないと…。笑顔を忘れんな。

普通の人間は、冷めた人形に目を向けない。

頭の中に士気の高揚を促す名曲を流すんだ。

心の氷塊を情熱で融かせば人間に近づける。


寄宿舎へ続く渡り廊下へ至る鉄扉を開ける。


鉄扉を背にして進み出た途端に、ふわっと風が吹き上がりました。

校庭の砂塵が混じった小さな竜巻。歩行を止めて髪を押さえた。

数秒も経たずに髪が乱れて汚れた気がする。ぐっちゃぐちゃ。

気づかれないほど空気な男子へ突発的に訪れた激しい気流。


自分を風と思い込んだら、本物の陣風を呼んじゃったんでしょうかねぇ。


いいえ、全く何の問題ありません。頭に予定が閃きました。天啓の降臨。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


外出の支度して、ハシムの家を訪ねてみよう。その後、共同浴場へ行く。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


一閃。巻き上がった颯に包まれて、本日午後の行動予定が決まりました。


頭髪や衣服に付いたかもしれない砂埃を叩き落とすように掃って

髪も適当に手櫛で直しますが、乱れ髪を見た誰かに笑われたなら

パーマに失敗したって誤魔化せば、笑ってもらえるのでしょうか?


一人になりたくても完全には難しい日常。避難場所、僅か数か所。



「ねぇ、一緒に僕ん家へ帰ろう。楽しい夏休みィ。赤毛氏はいらなーい。

妖精さんだけでいいの。御馳走あげるしィ、遊園地にも連れてくよォ!」



昇降口の解放戸越し、押し問答が繰り広げられている模様ですが

斎藤さんは完全に仲間外れ。通行者その1でしかありません。

見たままの印象では、リューザッジが三組の森魚兄者を

帰郷のついでに自宅へ連れ帰る画策中であると観測。


竜崎順が森魚慶を物凄く気に入ってることは

もうすっかり周囲に知れ渡った他愛もない話。

愛玩動物みたいに連れまわして遊びたいだけ。

帽子を被り…憂いを帯びた表情が印象的な…。

要は、学校一の美形が好む容貌なのでしょう。


とはいえ、三組の突撃兵。外道のクソヤロー!


えぇと、そういう取るに足らない話は兎も角、

同じ場にいる赤毛の晃ちゃんへの邪見な態度。

「いらない」って言葉、偶々耳にしただけの

不可視な木偶人形の傷痕に突き刺さりました。


『必要』or『不要』


人間に対して使うのは、推奨したくない言葉。


頭では、美しくない振舞いだと認識しながら

計ってしまう。自分が得られる利益を考える。

同行することで生じる損得。無論、得したい。


リューザッジを侮蔑できません。同じ穴の貉。


一緒にいるだけで、自分まで同等に扱われる。

激しく心を揺さ振られる時間の共有。優越感。

自分なら、魅力的な人物に随従する道を選ぶ。

己の資質や才能を活かせる道を選択して当然。



自分に必要な人間なんて…。


自分を必要とする人間は…。



ハイハイ、思考終了。全く以て時間の無駄ッ!

無意味な思考に囚われる斎藤さんを脳内処刑。


只今の自分に必要なエネルギーは身体を寄宿舎自室へ移動させること。

余計な思考に苛まされるのは、完全に消費エネルギーの無駄遣いです。


未だにリューザッジたち四人の笑うしかねぇコント其の物といえる

小騒動が続いてる場面を後目に、猫歩きの訓練を再開いたしました。


まあ、彼らのコントは最終的に呆れ果てたサックラバーが

リューザッジに一撃を喰らわせて終幕と予想はついてます。

診療所送りになる者が出ても全く構いませーん。寧ろ奨励。


七年生五月の探偵ゲーム、非常に愉快な結末でした。

籤引きで犯人役、探偵役、それぞれの協力者を決め、

我ながら快進撃な勢いで追い詰めた。軽い自己満足。

飛び降り自爆。麗しくも儚き終焉。刺激的な二時間。

窓から転落した犯人役が捻挫で済んだ上での笑い話。

ヘタすりゃ洒落にならねぇ。責任を問われても困る。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


しなやかに階段を上ってみせます。自分は猫、色柄はどうしましょう?

白黒三毛より、青い毛並み。瞳の色はキトンブルー。深い青。海の底。

海底から湧き上がった泡から生まれた不思議な魔法猫。水遊びも平気!

ゼッタイ誰にも懐きません。手を伸ばしてきたヤツは爪の餌食になる。

怯えた表情の人間。裂いた手傷から滴る血。見上げる愉悦。猫の爪ッ!


敏捷な動き、斎藤さんは意外と運動神経は悪くない。密かな自負心。


でも、昼休みに軟式テニスでダブルス組んでくれる相手がいません。

補欠の球拾い王子はテニスに全然興味なさそうです。誘っても無駄。

それより厄介な連中がいる。ヘタに格好良い場面を見られたら嫉妬。

頭目の劣等感から生じた迷惑行為が予想されます。全く美しくない。


人間の欲望に忠実な輩を外道と称して、惻隠の情を懐いております。


煩雑な舞台裏から心を逸らすのが至高の解決法。

厄介事から逃げるが勝ち。ヤられても返さない。

美しくない連中とは繋がりません。連環を解く。


周りに誰もいないからこその愉悦。人は心の中では、どんな姿にもなれる。

青い猫は陽当たり良好な場所に陣取って、ごろんと無防備に寝転がりたい。

爪使いは夢使い。寝転がった誰かさんの夢の中。猫の爪で裂き乱れる悪夢。


という妄想は即終了となってしまいます。階段を上り切って、左を向けば

青い色の猫は消え失せ、黒縁眼鏡の斎藤さんが歩いてる姿と切り替わって

洗面所の鏡に映し出されてしまうのですから…。馬鹿らしい妄想に浸って

憂鬱に動く木偶人形だっていう現実を視認しなきゃならない恥辱を味わう。

充分なくらい身に沁みて弁えてるってぇのに。黙殺。数歩進んで自室へ…。


ノック。出入りする扉に右拳を撃ち当てる行為を数回繰り返しますよっ!


ルームメイトさんへの配慮です。真の親友で同居人。同い年の先生。

そう思って敬愛しても、あくまでも斎藤さんの視点に拠るものです。

キヨの本心は不明。親友と言えどもベタベタしねぇし、実際クール。


返事がないのは平常です。ドアノブに「在室」の木札が掛けられています。

手先が器用なタッちゃんの趣味で特技となる木彫りの腕を活かした作品を

実用的な形で使わせて頂いてる感じになりますね。でも、一声くらいは…。


甘えは許されません。他愛ない内容の発声を嫌う人。狎れ合いを嫌う人。

八年以上も共同生活してるんですから、基礎知識として理解しています。

それでもノックしないで開けたら文句を言う。しばらく何かにつけ厭味。

彼こそ我が親友、縋り付いてでも友でいてほしい。一組級長の花田聖史。


我ながら、しつこい。呆れ半分で扉を二度叩いて、一息ついて開けた扉。



「支度なら既に僕が済ませてある。共同浴場へ行くつもりなのだろう?」



自室の机で文庫本を読んでるキヨが顔も向けず、淡々と用件を述べました。


サックラバーが使用する愛称モンクちゃんの鮮やかな推理は

結構ズレちゃってる場合もありますが、基本は真実の追求者。

斎藤さん、埃に塗れて薄汚れた髪と身体を洗浄する予定だし。


ご賢察。仰る通りで御座いまーす。素晴らしい名推理。さすがキヨ!


ほぼ上記と同じ阿る言葉を発声して、斎藤さんの机の上に置かれた

浴用道具が入ったエコバッグ、さり気なく開けて内容物を検めます。

有難いと感謝です。気が利き過ぎじゃないかしらって思うのだけど

こういった場合、きちんと必ず替えの下着まで入れてあるところが

なんていうか普通に恥ずかしい。でも、指摘するのは御法度。自制。

絶対に斎藤さんが逆のことすりゃ烈火の如く怒ると思う。文句の嵐。

探偵でなくても楽に推理できる事態の顛末です。収拾するのが面倒。


「ハシムに貸してもらってた漫画、読み終わったから立ち寄って

返してくる。ハシムが街の書店で買ったメイド喫茶が舞台の物語、

意外と考えさせられる展開と結末だよ。ちょっと読んでみない?」


机の引き出しから漫画本を数冊取り出して、紙袋に入れながらの勧誘行為。


斎藤さん、最初はメイド女子の可愛さに惹かれて手に取ってしまったのに

内容が思ってたのと違ったんです。ヤヴァい。厳しい。両想いの恋の現実。


メイド服はチョコちゃんの特攻服だ。百万遍でも繰り返す決意、愛の言葉。

相手だって彼女を好き。紆余曲折を経て、最終的には勝利して恩賞を得た。

晴れて結ばれ目出度し目出度し。という結末なく、恋人同士の二人は不安。

続編あるのか知らないから想像ですが、たぶんチョコちゃんは最終的に…。


気になる。それくらいの仄かな想いが後々重くならず、気が楽でしょうね。

好意を相手に知られた時点で終了。それが最も美しい恋の形です。片思い。


「それ、もう読んでる。…というか買って読んで売った漫画。

チョコちゃんとトットリ様の物語だろう? 読後が鬱になる。

作者は『両想い』という形の絶望を表現したかったのかもな。

兎に角その漫画の登場人物で幸福を得られた者なんて皆無だ」


右手で右眼を押さえて俯く姿は、斎藤さんが日常的に眼にする光景の一つ。


「チョコちゃん可愛くて良い女子なのに、好きになった相手がアレだから

可哀想なんだと思ったな。まあ、チョコちゃんは物語の主人公さんだから

当たり前のように魅力的な要素いっぱいだけど、斎藤さんの好きなメィ…」


「言わなくたっていい。レイヤーの先輩バイトのお姉さんだろう?

マイペースに自分を貫くタイプだから、おまえが惹かれる気持ちも

解らなくもないけれど、彼女も将来を考えると雲行きが不穏な様相。

晴れやかな空の下で微笑んでいるような想像できない。気の毒だが」



右手を下ろして恥らうような一瞬の微笑を向けました。希少な場面ですよ。



「カズは…チョコちゃん…。僕は、あの登場人物の中じゃ愛理さんになる」


キヨは自分の机に向き直すと同時に、マグカップの白湯に口をつけてます。

机の上には電気ケトル。真夏でも冷たい飲食物を体内には入れない頑固者。

しばらく不要な会話を休止する合図でもあります。読書に集中するつもり。


キヨが指摘した通り、レイヤーさんが気になった人物。

レイヤーさんは好きなキャラの格好する肉体言語で

自己主張して、周囲から注目を浴びることにより

高揚感、優越感といったものを得るのが喜び。


といっても上記は斎藤さんの解釈ですから、それぞれ主義主張は違う筈。


美形女性じゃないけどプロらしく職務を全うしてるレイヤーさんは

ごく一般的な職場に勤めている状態で色々あって、居辛くなって

メイド喫茶での勤務を選択したみたい。誰にでも背景はある。

何より自分を大切に、自分の進みたい方向を目指している。

心から声援を送りたくなる女性だった。芯があると思う。


強気に見えたアルミちゃんは、痛々しくって見てられない。

同性愛カップル、申し訳ないけど理解するのは難しかった。


兎に角、トットリ様が靄つく御方だ。自分と同じで鏡の見れない人間。

些細な受難や失恋も他の違う原因に転嫁しそうです。言い訳製造業者。

ダメ。もう止す。自分と重なるタイプに嫌悪感を懐くって理解できた。


予定した行動開始。ハシム宅で暫し休息。それから全身の洗浄でーす。

グダグダな思考に勤しみながら、簡単な外出着にも着換えていますよ。


「それじゃ適当にぶらついたり、ゆったり過ごしてくる。

夕食前に帰ってこれたら上出来ってことで行ってきます」


荷物を持ってドアノブに手が触れたら、キヨの言葉が耳に注がれてきた。


「スーパークールなミントのど飴、忘れずに1袋購入してきてほしい。

これは指令、この部屋へ入る前に必ず1つ開封して食べてくるように」


キヨが所望するミントキャンディーの意味、斎藤さんは存じております。

実家へ帰郷する際に乗り込む車内で、酔い止めとして口に入れるのです。

高額商品でもないので代金は請求しません。細けぇことは気にしません。

気にしたら終了。学校生活を持続させる秘訣、既に殆ど全員が心得てる。

指令も毎度の話。お裾分けだと思って、指令に従い1つ頂戴しときます。


しかし、薄荷味…。現在は支障なく口に入れられるようになりましたけど

子どもの頃は苦手でしたよ。鼻に抜ける舌で感じる刺激。清涼感ってヤツ。

親が買って与えてくれた缶入りドロップ、白はハズレ。そのまま缶に戻す。

ある程度の人生経験を積んだ状態になって、ようやく口内に馴染んでくる。

スッキリ爽やか!しかし、頭の中では未だに「がっかり残念味」なのです。


嗜好品の類でしょうね。不快な刺激物の味を覚えるのが成長した徴ですか?


扉を三十センチ押し開けたところで、追い討ちをかけるようなキヨの発言。

「あ、それから同室者としての忠告。洗面所で鏡をよく見るべき。取れ!」

その場で空いてる左手を使って、顔を撫でまわしてみたら右目頭にあった。


なんかもう色々と凹む。昇降口の連中に無視されたのは却って幸運ですが

それ以前から完全にアウトでした。渡り廊下で遭った旋風の所為でしょう。


ベルトしてたら旋風で変身できた筈なのに…。正義の執行者こそ孤独。

眉目秀麗たる存在が逆境の中、孤独に悪の権化を薙ぎ倒す。格好良い!

全て十二分に優れていながらも特訓を重ね、強さを増していく猛き者。

火薬。採石場。爆破。吹っ飛べ何もかも。飛散乱舞。新たな姿へ変身。



えぇと要は孤独でいいのです。最終的に正義を成すため。ぼっち上等!



…………………………。


…………………………。


…………………………。


斎藤さんとキヨの自室は洗面所の隣りです。娯楽室の喧騒は遠くで吹く風。

学校前庭の駐輪場まで猫歩きの訓練に全力集中。誰とも会いませんように。


そう思いながらも、完全に顔や別な箇所の汚点が取り除かれたとは思えず

洗面所で立ち止まって、我が外観の目視確認作業を義務として行いました。



斎藤さんは、チョコちゃん。キヨは、愛理さん。



何らかの謎を示唆するようにも感じ取れる言葉です。

斎藤さんがレイヤーさんのファンだと知ってる筈なのに

何故かキヨは「チョコちゃん」の名前を出してきたんです。



…!!…



そういえば、チョコちゃんが千代子ちゃんだった初登場時に

メイド喫茶の人と自転車で衝突してゴミ集積場へ突っ込んだ

受難で無様な「オクサレサマ」状態になってたんでしたっけ。


全身無様な千代子ちゃん…。汚れを落として着替えさせたら

即採用レヴェルの可憐なメイド女子に大変身を遂げたのです。

メイド服がチョコちゃんのレッドアイザー&パーフェクター。


チョコちゃん、仮面ライダーで例えれば「X」に間違いねえ!


ライドルホイップは、絞り袋に入れたホイップクリームだな。

裏の厨房でパフェ作る場合などに使用する武器だ。格好良い!

自転車移動時の戦闘では「真空地獄車」も披露してくれる筈。



しかし、どうしてキヨは斎藤さんをチョコちゃんと喩えたのでしょう?



鏡の向こうに映るのは…可憐なチョコちゃんじゃなく…不貞腐れ男子。

洗っても解決できる問題じゃない。美容整形手術が必要と思われる顔。

それは兎も角、自分を愛理さんに喩えるキヨの頭に問題がありまーす。

愛理さんは、元ナンバーワンのキャバ嬢さん。複雑な事情のある女性。

凄まじいレヴェルでの勘違いにも程がある。ツッコむのも気が引ける。


「あ、出かけるとこ? 外風呂に行くのか。今なら空いてそうだよな」


斎藤さんの左脇、ちょこんといった形容が相応しい佇まいのアッちゃん。

カワイイ小動物系。某温泉の貂を間近で観察中。撫でたいとは思わねえ。


「そうだ、斎藤も聞いて。リクエスト葉書をシオリンに読んでもらえた!

ファンレターの筈が逆に色々と励ましてもらったし、街にある有名な

洋菓子店のチョコ詰合せギフトの引換券、送ってくれるんだって」


重たい前髪の隙間から覗かせる瞳、心から喜んでいるのが見て分かります。

「夕食は僕が頼んだチキンソテー。あ、それよりトイレ。じゃ、また後で」

小用目的で娯楽室を抜け出たのでしょう。奥の扉を押して姿を消しました。



チョコちゃんのことを考えてたら、チョコ詰合せを受け取る幸運を

手に入れた男子が姿を現しました。これも何かの暗示唆でしょうか?


アッちゃんには…いる…。チョコちゃん的存在な女子と近しい間柄。


御法度といえる発言なのは承知の上でも、晴れた空の下で肩を並べ

微笑み合っている二人の姿が想像できませーん。不思議なことにィ。


そもそも肩を並べること自体、身長差的に難しい問題となりまーす!


あー、ハイハイ、そうです。斎藤さんの性格を美しく正さなければ

今後の人生に於いて、荒波と称せる障害となることは確実でしょう。



外観の確認作業は何とか終了。造作以外の支障は見当たらないと思います。



只今から再び斎藤さんは青い色の猫。学校前庭の駐輪場まで猫歩きの特訓。

何でもない調子で歩行してる者。頭の中身を割って覗けば、意外とアレレ。


青い猫が昼寝してる誰かの夢の中へ侵入して、猫爪で引き裂く妄想展開中。


青い猫のペットから大親友に昇格した彼は夏の室内で白湯を嗜む変わり者。

依存してる。捕食せず共存しないと自分の居場所が見つけられない青い猫。


昇降口。誰の姿もなく、ひっそりしてます。静かで薄暗い場所。


下足棚の定位置に詰められた紙屑。素通り。取り除いても無益。

しつこいにも程がある歪んだ執着ってヤツ。犯人探しも無意味。


自分用の下足棚は一番上、といっても軽く屈む必要のある高さ。

運動靴の奥にある外出用のを引っ張り出して、履き替えました。



学校の前庭に植えられてる五本の桜は、陽光で煌く黄緑の葉を広げて

近辺を通過して行く者へ日影の涼を与えてくれています。葉月も間近。



半袖Tシャツ一枚で事足りるような体感温度。肘丈袖ジャージを羽織って

コットン帽を被ってしまう時点で自分の感覚もヤヴァい気がしてきますが

また謎の突風に巻き込まれたら嫌だし、警戒しても止むを得ないですよね。


七年生六月下旬、数人で街へ遊びに出かけたら忽然と消え去った我が愛車。

同行者たちは気遣って速度を緩めて漕いでくれても長距離走で翌日ダウン。

次の愛車は野暮ったいデザインとカラーを選びました。自戒と防犯目的で。


駐輪場の雨除け、四隅の一柱と後輪にワイヤー錠を引っ絡めて地球ロック。

標準装備の鍵だけじゃ物足りねぇ。自費で購入したバーロックを

クランクにぶら下げてます。意地でも乗せてやんねぇ!

無論、施錠器具は目に付く色を使用してます。

街へ出たら、もう一つ追加で施錠する。


眼に見える威圧は自制心を促し、最強の防御となるのではないでしょうか。

盗む輩が悪いに決まってる。盗まれた被害者が間抜けという図式が腹立つ。

でも、被害者が圧倒的不利な世の中です。自衛するしか身を守る術がない。


天空、太陽、雲、月、星が御覧になられてる? 単なる覗き趣味の浮遊物。

神の如く畏れ、過ちを起こさないよう自戒や自制を促すって役割もあるが

祈りを捧げ、願いを望んだって…。自己満足に過ぎないと気づけば即終了。



叶うなら望む奇跡。誰もが必要とする万能なる者。永久不滅の完璧な恒星。



施錠を外した自転車のハンドルを持ち、茫然と青空を眺めてしまいました。

斎藤さんのいう木偶人形は「傀儡」副葬品の意味合いも含む「木俑」

役立たずの愚鈍な空気ってのが率直な意味を示しております。

要らない人間。でも、学校に居る間は親孝行できる。

なきゃ困る、空気と等しい物。それを貰う。



親が取り出した缶入りドロップの色。



朽ち果てた木偶が帰すのは土。

抜けた水蒸気が天に昇って

雲になって集まって…。


土、雨雪、新たな命を育む材料。

いつか姿を変えるまでが一生涯。


殖える。奪い合う。生命の存続。


生きる欲を満たすには「争い」も必要なんでしょうかね。


史書で読んだ領地争い。盤上に立たされ、操られる手駒。

戦死者は汚泥。切落とされても構わない将兵。ボトムズ。


軍の最高機密を見た異能生存体。当てのない逃亡と戦闘。

生まれながら孤高のパーフェクトソルジャーという設定、

最高すぎる。歪んだ性根と背景。将来の夢、逃亡者希望。


いっそのこと改名しますよ。剣流星とでも名乗る。怒る!


境界線巡りの諍い、現在もある。貪欲。飢えて渇いた魂。

面子ってのを保ちたいんでしょうね。廃棄処分推奨項目。



運良く地面の上で死にました。獣や虫の空腹を満たしてあげられますね。

分解。眼に見えない有難い働き者さんに処分を委ねるといたしましょう。

個人的には骨も完全に消し去りたいけど、年月が土や水に変身させます。


降り注ぐ太陽の生命エネルギーと合わさる。それが転生ってヤツの正体。


斎藤さん、そう解釈してます。修行だの言い出した瞬間、詐欺譫言確定。

悩みを他人に曝け出すのは、弱みを握られる行為です。ダメと注意喚起。

心身弱者から金品を掠め取ろうとは卑劣の極み。癒し商売反対派の主張。



サドルに跨りました。今度は普通に友人の自宅を訪ねる平凡な少年と設定。

村道で青い猫の真似事する度胸など持ち合わせておりません。妄想は休止。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


村の淵に近い区域に建つ一組の通学生ハシム宅へお邪魔させて頂いてます。

お宅といっても離れです。ご家族にご挨拶する必要も滅多に御座いません。


こうして何度か行き来するうち、村内の裏道とかも覚えてきた気がします。

薄暗く薄気味悪い湧き水の流れる六地蔵が道路脇に並んでる場所があって、

そこを通ると好天でも妙に肌寒く感じます。なるべく往路は左を見ません。


母屋から離れた小さな家屋、物置同様に使用されている廃屋。

二階に上がるのは危険ということで、利用するのは一階のみ。

ゴザ敷きの室内って侘しい感もありますが寛げりゃ文句なし。

ここは宝の山。掘り出し物を見つけ出す蚤の市。古本処分市。



…紫煙…



ハシムと関わるようになったのは、七年生五月過ぎになります。


偶々、放課後の一組教室で目撃した不可思議な出来事。

インビジブル。掴めない存在を確認した。混沌と混乱。

焦っても逃げ出せなかった。平静を装って傍観してた。


インビジブルは「殺されて死にました」という者なのに

現在の自分は「確か今日は街」にいることを伝えました。


視えない存在を強く否定したい。もっちーの手品だと信じたいけれど

うちの晃ちゃんは視てる。感知してる。ふらふらと視線が定まらない。


晃ちゃんが名前を言葉に出せない特別な存在。そいつがインビジブル。


一体どれだけ出せば、視たモノについて喋る気になるのでしょうねぇ?


晃ちゃんは金で動かせる。承知してても、あまり深く関わりたくない。

「赤毛氏はいらない」残念ながら、この一言が彼の値打ちを示してる。

側にいると笑いが絶えないっていうか無自覚の大量笑殺犯、林原晃司。

それでも大切な二組のジェントルメンズの一員。全力で守ってみせる!


てっちゃん、しいちゃん、二人が二組の教室から姿を消してから

更に二組自体の存在価値が下がった。白旗が靡く、荒涼とした地。

二組の生徒とは思いたくないけど、将来的には…全員の背景が…。

可能性はある。思いたくないのに、そういう想像ができてしまう。


但し、あの場にいた時点で、斎藤さん自身じゃないことだけは確定です。

あの日、一組の教室でインビジブルと邂逅した五名の生徒は揃って除外。



『インビジブル』こと『ペリドットの蛇』



時空を越えて、過去の学校を訪れた存在だというのでしょうか?


異能力者が学校にいる。学校の授業を受けてる生徒たちの中に。


あの日、あの場所にいなかった生徒の中に間違いなく…いる…。


学校や寄宿舎を何者かが彷徨い、観察してるなんて認めたくない。

何処にいても気が抜けない。休まらない。見られて堪るかって話。


ドキドキしちゃう以前に日頃の心的重圧解消!

ここぞとばかり、存分にぶちのめしてヤるっ!


透明って卑怯だ。掴み掛かって投げ飛ばすくらいヤらせてほしい。

正当防衛しまくってボッコボコにして差し上げたい。ウェルカム!


というか、女子…。学友としてミカミソーが心配です。身内なら

寄宿舎から出す。学校なんか来る必要ない。義務教育じゃねぇし。

彼女も共に見た一人だし、色々と日常生活が不安じゃないか心配。



気になる。気になって仕方ない。彼女は学校から離れた方がいい。


奇妙な寄宿舎付学校へ再び迎え入れるなんて残酷です。脱獄した

囚人を捕らえに行くのと同じでしたよ。池田先生の御息女として

女の子軍団の仲間に加わって、村で暮らしたら結構だと思います。


細けぇ事情は存じませんが、女子同士で仲良く交流していた方が

笑顔も増えて…愉快で心軽やかに過ごせるって考えますけどね…。


彼女を支えてくれる騎士、チョコ詰合せ男子に期待したいところ。


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教室内のインビジブルにコックリさんのような交信方法を用いて

対峙するもっちーの人が変わったような口調、気味悪かった。


もっちーは別名を『反則氏』と呼ばれる人物。斎藤さんも

五年生秋のマラソン大会で、彼が発した反則的発言を

自身で経験したので御座います。学校生徒1位。

「今日は天気がいまいちだけど、気まぐれを

試しても構わないような心模様になった」

スタート直前、見学者の彼が近づいて

見せた微笑み。人差し指ゆらくる。

「斎藤は、校内1位でゴール!」

何故か1位。嘘みたいな事実。


手を抜いて走ってましたよ。

1位目指して走らなかった。


自分じゃ、そう思ってても

翌日の筋肉痛が辛かった…。


おそらく、もっちーの言葉に胸の奥か何処かが期待して

全力で頑張って走った結果です。そう結論しております。



それが反則発言魔法の裏側『真相』



何処となく品の良さを窺える透明感のある印象を持つ一組生徒、望月漲。


寄宿舎ルームメイト劉遼の世話役を穏やかな笑みで事細かに務めている。

なのに、何だか深く関わるのは危険なニオイを纏ってる。謎を秘めた者。


斎藤さんの胸の奥、何処かにあるポケットに隠すべき思いなのでしょう。


体育の授業は参加しても校長公認でマラソン大会に不参加できる特待生。

斎藤さんの記憶では、年に一度の村道の清掃奉仕だけは参加してる模様。


少しも非難できない優しい兄貴的存在、笑顔を向けられると心が安らぐ。

冷やかな口調のときでも…視線を顔へ向けると眼が優しく微笑んでて…。

得する造作の顔だよな。羨ましくなる。欲しくて堪らない温かな眼差し。

安らぎを覚える眼差し。心からの笑顔、心掛けてるのに上手く作れねえ!


造作だけじゃない真の笑顔。お手本となる人物の一人。参考にしないと。

もっちーの笑顔を報酬代わりに、劉遼の世話の手伝いしてるようなもの。


先日、りゅーりょーと共同浴場へ行きました。浴場の中と外でも無難に

済んだから、割と楽でした。しかし、桶やタオルが幼児趣味を通り越し

全て可愛すぎ…。長髪だから幼女を入浴させてる気がしてきて困惑した。

髪切った方がいいと思う。男子の長髪は大昔の人々に任せておくべきだ。

頭髪や髭といった形に手間暇や拘りを持つことを否定する気はないけど

周りからの世話を必要とする者は、扱い易い容貌に整えておくのが礼儀。


内心モヤモヤ。温泉に浸かったのに生き返らず、極楽にも往けなかった。

少しばかり相当アレレな校長の孫の入浴を介助するボランティアでした。

帰りに自販機の苺ジュースを飲むって駄々捏ねられて購入し、任務完了。


誰が見ても明らかに成長がごゆっくりなプリンス・リトゥル遼は同い年。


靄ついても校長先生の御孫様。集められた生徒は、特別な王子様たちの

御学友の職務を担っているのです。言い換えると「タマネギ部隊」同様。

ツッコミたい奇妙な存在が多くても親孝行。平穏な任務に笑顔で正義を!


余談でしょうが劉遼の私物を買い揃えることは一組級長さんの仕事です。

つまりキヨの持つ感性は少年より少女。りゅーりょーを上手く利用して

代替行為してるよう窺えてなりませんが、意見したら長期的冷戦の開始。

踏んだらアレな地雷…斎藤さんの割と近い場所に相当数…確認してます。


でもでもでもね、やはり斎藤和眞じゃない生徒を1位にするべきでした。


村内マラソンでは我が子の活躍を愉しみにして応援にいらしたご父兄を

喜ばせて差し上げるのが正解だったと考えます。春秋の学習発表会には

家族の一人も見に来たことがありません。家業が客商売なのが理由です。

入学の日、渡し船や列車を乗り継いで村の学校と寄宿舎を見学したのは

大女将の祖母一人だけ。卒業の日も家族は参加せずに終わると思います。


卒業までが親孝行。文字通り親の援助となってる寄宿学校生活なのです。



「なんか読みたいの見つけた? 外風呂、まだ行かなくて大丈夫か?」



古書館内の窓を半分開け、紫煙を燻らすハシムが声をかけてきました。

自分の心の位置を現在地へ戻すと、乱雑に積み上げられた古書の山に

囲まれてる斎藤さんの存在に気がつきました。傍から見りゃボケてる。

マイワールドに突入して、気紛れ任せの悪政を行う暴君にも見えます。


一人じゃないのに、一人きりのような感覚で過ごしてしまっていました。

これじゃ、いつかメロスのような被害者を出してしまう恐れも有り得る。


窓から漏れる微かな光が時間の経過を明確に伝えています。行かないと。


「この漫画、続編とかってないのかな? あったら、読みたいんだけど」


持参した紙袋の中身を取り出して、漫画本の山頂に積み重ねました。

標高は目測1メートル30センチ。何冊あるか数える気になれねぇ。


「あー、憶えてねーな。その作者の漫画見つけたら揃えとくってことで」


チョコちゃんの物語については返答の後すぐ再び窓の外に視線を向ける

古書館司書のハシム君に一任いたしましょう。特に成果は期待しません。


ハシムは斎藤さんより遥かに望月漲については詳しくない様子でした。

同じ一組生徒で放課後カードゲームする仲間であっても、もっちーの

プライベートな部分には干渉しない間柄。近いようでいて遠い同級生。


過去に彼も目にしたインビジブルの件に関しても、全く興味がないのか

ヘタに問い質すのも憚られるような…。ハシム自身は仲の良い幼馴染の

二人がふらりと学校まで遊びに来たと信じたいんじゃないかと思えて…。



ハシムの視線の先、窓から覗く風景は山。二組の二人が命を失った場所。


斎藤さんは見たくない景色。感傷に浸れない。もっと長い時間が必要だ。



夏期休暇中の暇潰し用途に見繕った数冊の文庫本を紙袋に詰め込み

ハンドルとサドルだけ拭いてる汚い愛車の籠に入れました。

次の目的地である共同浴場へ向かって漕ぎ出し…。



「待て、ちょっと止まれ。そっちに見せたいもんあったの忘れてた」



廃屋の硝子引き戸から顔を覗かせたハシムの声に従って移動を停止。

引き戸から突き出した白い紙袋を揺らして、近づくよう誘ってます。

怪しげにニヤけた顔が奇妙な展開を予感させますが、素直に回れ右。


「おまえ、特撮モノ好きだったよな。古い作品のDVDだけど

夏休みの暇潰しにでもと思ってさ。マシンマン、知ってるか?

この主人公、おまえと同じ黒縁眼鏡だから親近感持てるかもな」


星雲仮面マシンマン、タイトルは知ってても未見の作品でした。

特撮モノの主人公が眼鏡使用者って珍しい気がする。出演者も

特撮モノに於いてはハイグレードな御方の名が見受けられます。


「兄貴のコレクションをダビングしたんで画質は保障できねぇが

故郷での夏休み、ゆっくり羽休めしてこいよなって心遣いだ。

レンタルじゃねえから返す必要ない。単なるプレゼント」


斎藤さんを一応トモダチ扱いしてるらしい不可思議に戸惑いながらも

お礼を述べてから、ハシムの気持ちと共に白い紙袋を受け取りました。

同い年の「おやっさん」と喩えます。孤独なヒーローを陰日向となり

援護してくれる存在も物語には欠かせませんよね。いぶし銀。名脇役。


自転車の籠に余裕がなくて、ハンドルに引っ掛ける形での再出発です。


感謝の笑顔で受け取れたか考えると些か憂いも生じますが振り返らず

次の予定に向かって自転車を漕いで進めば人心地つける場所へと到着。


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最低極悪の浴槽内潜水。


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時間帯ずらしたつもりだったのに会っちゃいましたよ。散々な目に遭った。


森魚兄者に振られたリューザッジとサックラバーが入浴してやがりました。

詳細? ゼッタイ綴る気にゃなれねえっての! 本物の極楽往きしそうな

温泉遊びをさせられたとだけ伝えておきます。想像しちゃいけねーですよ。



窒息死。したなら…化けて出てやりてぇけど…実際どうなるんでしょうね?



三人揃って共同浴場を出てリューザッジが自販機に目を奪われている隙に

斎藤さんは雪藤さん並みの速さで自転車漕いで何とか逃走することに成功。


いっそのこと、車輪のスポーク使ってアレしてぇ。脳内妄想じゃ雪藤さん。

自分も一応「眼鏡男子」なんですから、それくらい許されて構わねぇよな。

殺人狂、サイコパス、シリアルキラー、何でもいい。思う存分ヤれるなら!


キヨからの依頼、忘れておりません。商店でミントのど飴を購入しました。

キャンディの色は透き通った青色。心奪われる色。個包装から取り出した

一粒を空に向けて一頻り眺めて口を開けて入れてやった。がっかり残念味。

スーパークールという程じゃないけれど、死ぬまで味わい尽くす人生の味。


六年生後半から常に痰が絡む喉、風邪じゃない。のど飴や薬局で購入した

トローチなど色々試してみましたが、未だ効果があると感じられた品には

巡り合えません。耳鼻咽喉科の医師に診てもらうべきか頭の片隅で検討中。



…日没…



学校の駐輪場に到着。地球ロック等、一連の施錠作業を済ませました。

肩と手に荷物を持って、西の空へ視界を合わせました。見えませーん。


宵の明星、雲間に隠れているのかもしれません。

八月も近いので、時期など考慮すれば山の陰になる

可能性も否定できませんが、観測不能な状態であるのは

確かでしょう。一番星、夜空には見つけられませんでした。


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心だけでも気分良く過ごせる場所へ連れて行こうと思います。


羽織ってる半袖ジャージのポケットから

使い捨ての安価なライターを取り出して

着火しました。調整部分をマイナス側へ

オレンジ色を消し去る目的の微調整作業。


丸く小さな青い炎が手元で揺らめきます。


今にも消えそうな不安感を着火部分を

強く押さえることで抑えつけてる感じ。


誤解されたり、言い訳するのが面倒ですから、一人のとき限定の愉しみ。

小さく窄めた青い炎を無心に眺める。間違いなく普通じゃないヤツです。


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胸の奥に生じた美しくない何かを焼き尽くすまで眺めて

もう少し見つめてたい気持ちと共に消火したライターを

ポケットへ仕舞いました。親友にも絶対秘密の中身です。


夕食、チキンソテーだったっけ? アッちゃんのリクエストなら胸肉だな。

寮母さんの味付けなら不味くはないけど、いまいち食欲湧かないメニュー。


時間や出くわす生徒とか考慮して食堂へ向かわなきゃ拙いんだ。

美味い食事も不味くなる。隠れて菓子パンでも食べた方がマシ。



早く帰って、好きな物を好きなよう周りに気を遣わず食いてぇ。



帰れる家があるだけ、自分は幸せだと思わなければなりません。

寄宿舎には帰郷先のない生徒が三名います。二組の生徒が二人。


晃ちゃん、晴ちゃん、二人とも青空の下が似合いそうな字面なのに

実体を見れば、斎藤さんと同じ「がっかり残念味」が似合ってます。



生まれ落ちた瞬間、白い色を運命づけられた人間もいるのでしょう。



愛せない。愛したくない。拒絶する自分自身との闘い。

夏期休暇の間は逃げ出せる。戦争にも休息時間が必要。



心を彷徨う木偶人形は、一人で小さな渡し船の甲板に立っています。


「今回の帰郷では注意されませんように」


西の宵空に輝く一番星を見つけ出し、一心に祈りを捧げていました。



笑顔で過ごせる者に訪れるのが幸運。

道理を知ってるのにハードル高過ぎ。



笑顔、心からの笑顔。いつでも笑顔を忘れずに。白い色が生きるため。

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