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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

冥府総督府の今日の事件、おかわり!?

作者: 山下愁

「キクガよ、仕事終わりは何か予定はあるかないなよしない!!」


「確かに予定はないが、決めつけるのは止めてもらいたいのだが」



 本日執り行ったばかりの裁判記録をまとめている最中だったキクガは、唐突に執務室へ飛び込んできた黒髪の美丈夫――オルトレイ・エイクトベルに苦言を呈する。


 呵責開発課の課長であるオルトレイは、鼻息荒く2枚のチケットを見せる。チケットの表面には牛柄の帽子を被った骸骨の絵が描かれており、どこかのレストランであると想像できる。

 見覚えのある特徴的な絵だと思えば、冥府で有名な焼肉店のものである。チケットの内容に注目すると『招待券』とあった。


 冥府で有名な焼肉店の招待券を掲げるオルトレイは、



「アッシュに貰ったのだ。この前、第四刑場に導入した処刑用の魔法兵器エクスマキナを壊した詫びだとな」


「ああ、あの事件かね」



 キクガも記憶に新しい。


 現場を統括する獄卒課の課長であるアッシュ・ヴォルスラムが、第四刑場に導入されたばかりの魔法兵器をうっかり爆破させてしまったのだ。その爆発の衝撃で刑場の壁が壊されて、収容されていた罪人がこれ幸いと脱走してしまったのである。

 キクガは獄卒たちと協力して罪人を確保し、オルトレイが第四刑場に導入した魔法兵器の修理と刑場の壁の修繕を請け負った訳である。今回ばかりはオルトレイが悪い訳ではないので、アッシュは土下座しない勢いで謝っていたが。


 オルトレイは招待券をひらひらと揺らし、



「詫びとして持ってきたのだ。ただでさえ予約の取れない焼肉店の招待券だから、使わない手はないだろう」


「それならアッシュも誘ってはどうかね?」


「誘わんと思っているのか? もう誘ったが断られてしまったのだよ。詫びで持ってきたのだから2人で楽しんでこいとな」


「義理堅いな、彼も」



 キクガは真っ白なペンをペン立てに置くと、



「ではありがたく誘いに乗ろう。どうせ夕飯のアテもない」


「おい、この前オレがやった作り置きはどうした? もう食ったのか?」


「1ヶ月前の話だろう、とうの昔に完食している訳だが」


「なるほど。ならば、また作り置きをしに行かねばな」



 オルトレイは「では終業後に迎えに行くからな!!」と宣言してから、執務室を飛び出していった。弾んだ足取りが徐々に遠くなっていく。


 誰かと食卓を共にするのも久々である。

 いつもはキクガ1人で食堂に行くばかりだったが、最近ではオルトレイが面倒を見てくれている。彼もまた配偶者がいないので1人での食事が寂しいのだろう。そこへたまにアッシュが混ざるので、賑やかな食卓になるものである。


 キクガは鼻歌混じりに清書したばかりの裁判記録を確認し、裁判記録を取りにきた部下から「楽しそうですね?」と指摘されるのだった。



 ☆



「いらっしゃいませ、エイクトベル様ですね。ご予約ありがとうございます、こちらへどうぞ」



 終業後に招待券へ記載されていた焼肉店を訪れると、すでに満席だったのだが簡単に席へ案内してくれた。

 おそらく、招待券を持ってきた客用にいくつかの座席を用意しているのだろう。不思議な店の仕組みである。


 家族連れや恋人同士、同性の友人など幅広い客層が七輪で肉を焼いたり酒を楽しんでいたりしていた。楽しそうな会話が店内中に響き渡り、賑やかさを演出していた。



「こちらをお使いください」



 若い女性の店員に連れられてきた場所は、半個室の座席である。年季の入った七輪が机の上に置かれ、これで焼肉を楽しむのだろう。

 店員が「今日のオススメです」などと言って、薄っぺらなメニューを置いていく。肉の名前が陳列しているのだが、どこの部位なのかさっぱり分からない。とりあえず美味しく食べられればそれでいい。


 オルトレイは去ろうとする店員を呼び止め、



「飲み物を先に注文してもいいか?」


「何になさいますか?」


「オレは麦酒ビール、大きめの硝子杯グラスで頼むぞ」



 黒曜石の瞳をキクガに向けたオルトレイは、



「お前はどうする?」


「では同じものを」


「麦酒が2つですね、かしこまりました」



 店員は伝票に注文を書き込み、座席から立ち去っていく。注文をしたのは飲み物なので、すぐに届くだろう。



「麦酒など注文してもよかったのか? お前、そこまで酒に強くないだろう」


「麦酒程度なら私でも飲める。そこまで強くはないが、君に迷惑をかけない」


「まあ『酒に弱い』という自覚があるだけいいのか」



 オルトレイは「お前が酔っ払っても連れて帰ってやるから安心しろ」と言ってくれた。やはり彼は面倒見がいい。

 料理上手で面倒見がよく、普段の馬鹿な行動に目を瞑れば整った顔立ちではあるのに女性から全くモテないのが不思議だ。そもそもモテようという努力はしておらず、それどころか女性にすら興味がない節がある。彼の頭の中の大半は魔法で埋め尽くされていた。


 程なくして店員が麦酒を並々と注いだ硝子杯を持ってきて、



「ご注文の際はお手元の鈴でお呼びください」



 見れば、机の隅に呼び鈴が置かれていた。それで店員を呼ぶことが出来る仕組みなのか。



「では乾杯!!」


「乾杯」



 麦酒が注がれた硝子杯をぶつけ、乾杯をしてから琥珀色の酒を口に含むキクガ。苦味と酒独特の味が口の中に広がっていくが、癖になる感覚である。

 オルトレイは早速大きめの硝子杯の中身を空け、メニュー表を開く。並んだ肉の部位の名前を「どれがいいかな〜」などと言いながら吟味していた。


 メニュー表をキクガにも見せるオルトレイは、



「やはり何種類か盛り合わせたものの方がいいよな?」


「その方が多くの種類を楽しめると思うが」


「よーし、じゃあそれで。味付けは塩とタレだったらどっちが好みだ?」


「どちらでも。オルトの好きな方を頼めばいい訳だが」


「好き嫌いがないようで何より」



 オルトレイは「じゃあこの盛り合わせは塩で、こっちはタレで用意してもらって」などと選んでいく。彼なりのこだわりがあるようだ。

 料理を全くせず、台所に立てば調理器具か料理が爆破してしまうキクガはどの肉をどのように調理すればいいのか分からない。うっかり手を出して店内で爆破なんてオチになったら大変なので、七輪には触れないようにする。


 ちびちびと麦酒を消費していくキクガは、



「君はそう気遣いも出来るのに、女性に興味が湧かないのは何故かね?」


「女が関わると碌な目に遭わないからな、オレは」



 メニュー表に掲載されている肉を吟味しながら、オルトレイは机の隅に置かれた呼び鈴に手を伸ばす。メニュー表に視線を固定したまま呼び鈴を鳴らすと、割と大きめの音が鳴り響いた。

 直後に店員が「はぁい」と応じて、キクガとオルトレイの利用する半個室に顔を出す。伝票と筆記用具を構えてオルトレイの注文を聞き取る準備は万端のようだ。


 オルトレイは店員へ見えるようにメニュー表を広げて、



「おすすめ盛りと牛肉5種盛りを1皿ずつ。おすすめの方を塩、牛肉5種の方をタレで」


「かしこまりました」



 店員は伝票に注文内容を書き込んでいくと、エプロンの衣嚢ポケットから手のひらに収まる大きさの赤い石を取り出した。その石を、まるで卵の殻を割るかのように机の縁へ叩きつけてから七輪の中に放り込んだ。

 すると、七輪の網の向こう側に赤い光が灯る。覗き込んでみると赤い石が着火剤となり、炭に火が移って燃えていた。これなら肉もちゃんと焼けそうである。


 注文を厨房に報告する為に引っ込んだ店員を見送ったオルトレイは、



「まあでも、結婚はついぞしなかったが子供はいたぞ。娘が6人と息子が1人の合計7人だ」


「孤児でも引き取ったのかね?」


「オレが産んだ、男体妊娠でな」



 あっけらかんと言い放つオルトレイ。


 別段、驚く内容ではないのだが彼が男体妊娠経験者であることにキクガは少しだけ驚いた。オルトレイが生きていた時代は魔法も世界中に普及されていない時期で、魔法は金持ちだけが使える高等技術と認識されていた。魔法が全人類の身近に感じるようになったのは、ヴァラール魔法学院の存在が大きいかもしれない。

 男体妊娠とは男性が子供を身籠ることで、現在では高度な魔法技術によって実現可能となっていた。ただ自分で子供を身籠ると考える男性は少ないようで、経験人数はほんの僅かしかいない。


 そんな中、古い魔法使いの時代を生きていたオルトレイが男体妊娠を経験して我が子を7人もこさえたことは凄いことである。キクガには真似できない。



「お子さんは冥府にいるのかね?」


「娘たちは魔法を学ぶことを選ばなかったから、人並みに生きて人並みに死んだから転生している頃合いだろうよ。全員を嫁に出したが、花嫁姿は何度見ても涙が出てくるものだったぞ」


「ご子息の方はどちらに? その口振りだと、魔法を学んで寿命を超越した存在になっていそうなものだが」


「おいおい、キクガよ。お前はオレの苗字で察することが出来んのか?」



 すでに空となってしまった麦酒の硝子杯を揺らすオルトレイは、にっこりと笑う。



「お前もよく知っているだろう。ユフィーリア・エイクトベルだ、お前のところの1人息子と将来的に結婚予定の」


「やはりそうだったか」



 キクガは納得したように頷いた。逆にオルトレイは「何だ、知っていたのか。つまらんな」と少し不満げにしていた。


 以前、ユフィーリアの台帳を確認したことがあるのだ。いくら息子のショウがぞっこんラヴだったとしても、親として変な家柄に大事な我が子を嫁がせるのはどうかと考えた訳である。

 結果的にエイクトベル家という名門一族の出自で、魔法の知識や才能も申し分ないとのことで終了だ。ショウが好いた相手だからキクガは彼らの結婚を認めるどころか盛大に応援していく所存だが、気掛かりなのはユフィーリアの過去の経歴である。


 ユフィーリア・エイクトベルとは本来、女性ではなく男性だった。現在の姿になった理由は彼の恋人であった終わりの女神エンデが関係しており、女神の信者がユフィーリアのことを拷問した上で殺害したのだ。

 その際にエンデは自分の身体にユフィーリアの魂を下ろし、エンデ自身の魂は魔眼の能力で削除されたとある。ただ、魔眼の能力が多少の影響を及ぼしてしまい、ユフィーリアは過去の記憶を全て吹き飛ばして記憶喪失になってしまったのだ。


 オルトレイは次に飲む酒を選びながら、



「お前からその事実を聞いた時には、まあ多少はショックではあったがな。腹を痛めて産んだ我が子が記憶喪失になっているなんてそうそうないだろう」


「無神経なことをした、すまない」


「いや、いい。息子が娘になろうと、ユフィーリアが元気に生きてさえいてくれればそれでいいさ」



 オルトレイが呼び鈴を鳴らすと、すぐに店員が「はぁい」と飛んでくる。追加で麦酒を注文すると、店員は伝票に注文内容を書き込んでから引っ込んだ。



「親とはそういうものだろう。我が子が元気でやってさえくれればいいとな」


「そうだな、何よりも子が健康でいてさえくれれば思うところはない」



 キクガも同意したところで、店員が「麦酒とお肉お持ちしましたぁ」言いながら大きな皿を机に置く。

 皿には食べやすい大きさに切られた肉が広げられている。それぞれ上等な肉を使っているようで、色味もよく脂分も適度な量が入っている模様だ。種類の違う肉にはそれぞれすでに味付けがされているようで、あとは焼くだけとなっていた。


 店員が一緒に持ってきた鉄製の箸を手に取ると、オルトレイは「さあ食うぞ!!」と弾んだ声で言う。料理好きらしく焼肉も仕切ってくれるようだ。



「キクガもどんどん食うのだ、滅多に来れない店なのだからな」


「次回はアッシュも誘おう」


「当然だ、首根っこを掴んででも連れて行く」



 オルトレイは真剣な表情で頷き、網の上に肉を広げていく。じゅうぅ、という心地いい音が耳朶に触れた。

 ちょうどいい空腹具合の時に肉が焼けていく様は視覚的暴力と言っていい。肉の焼ける音に紛れて、キクガの腹が空腹を訴えるように小さな音を立てた。


 鉄製の箸で器用に肉をひっくり返して焼き目をつけて行くオルトレイは、



「オレは、お前のところの息子が相手でよかったと思っているがな」


「相手?」


「結婚相手だ。正直な話、ユフィーリアはオレとよく似ていてな。特に好きなことには愚直なまでに極めようとする気分屋なところが」


「ああ……」



 オルトレイの言葉に、キクガはどこか納得してしまう。


 彼の息子――いや、今は娘となったユフィーリアは思えばオルトレイと似通った部分が多い。オルトレイもユフィーリアも魔法の勉強を好み、自分が面白いと思ったことには周囲を巻き込んでも挑戦するところなどそっくりだ。もちろん、それが決して悪いとは言わないが。

 それでも、彼もユフィーリアも面倒見がいい。他人をよく見ているからすぐに異変を察知し、聡明だから解決策を練るのも早い。普段の行動がアレだが、どちらも頼り甲斐があるのは事実だ。


 そして何より、色々な事情を抱え込む部分も同じである。オルトレイもユフィーリアも、強がって自分の弱いところを見せないで抱え込む節があるのだ。



「アイツはオレと同じで寂しがり屋のくせに、それを悟られまいと強がるからな。どうしてそんないらんところまで父親の背中を見て育ってしまったのか不思議なものだが」



 オルトレイは口元を緩めると、



「ただ、オレとて我が子――ユフィーリアの幸せを願っている。たとえ忘れられていてもな」


「君は強いな。我が子に忘れ去られても、彼女の幸せを願えるのか」


「願うさ。忘れ去られようと、オレがアイツの父親であることは変わらない。オレだけが覚えていればいいのさ、息子であった時の記憶はな」



 いい塩梅で焼き目がついた肉をキクガの取り皿に乗せたオルトレイは、先程まで浮かべていた父親らしい表情とは打って変わってニヤリと企むような悪魔の笑みを見せる。



「で? お前はよく現世に有給を使って遊びに行くよな?」


「今度は君も連れて行けと? それは構わないが」


「そうではない、お前のせがれとユフィーリアはどこまで進んだ? アイツは魔法にかまけてばかりいたから恋愛の経験がなくてだな、イチャイチャの1つや2つはあるだろうほら言ってみろ」


「よく彼女は息子に手製の衣装を着せているようだが」


「何と!! 手製の衣装を送るとは『その服を脱がせたい』という暗示か、我が子ながらやるなアイツ!!」


「多分その意図はないと思うのだが」



 酒が入った影響か、オルトレイは地上でのユフィーリアの生活ぶりや息子であるショウとの恋愛話をせがんできた。口ではあれだけ格好いいことを言っておきながら、やはり我が子のことは気になる様子である。

 だからキクガも、彼が気の済むまで語ってやることにした。今まで起こしてきた問題行動や賑やかな生活ぶりを話すたびに、オルトレイは「さすがオレの子だなぁ!!」と笑うのだった。


 いつか彼も、我が子である銀髪碧眼の魔女と再会できるようにキクガは密かに祈るばかりだ。

《登場人物》


【キクガ】冥王第一補佐官。一般の獄卒から叩き上げのスキルでのし上がった有能な人物。息子のショウは目に入れても痛くないほど可愛がるが、父親として彼自身に出来る限りのことはしてやりたい。結局のところ息子には甘い。

【オルトレイ】呵責開発課の課長。自他共に認める魔法の才能を有し、自らを魔法の秀才と言うほど。男体妊娠を経験して子供を7人も設けた猛者であり、ユフィーリアの実父である。普段の性格はアホだがちゃんと父親らしい側面は持ち合わせていた。


【アッシュ】獄卒課の課長。エドワード・ヴォルスラムの実父である獣人。刑場の魔法兵器をうっかり壊して迷惑をかけたので、キクガとオルトレイにたまたま福引で当てた焼肉屋の招待券をあげた。

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[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です。 毎日暑い日が続きますが、お身体にはどうかお気をつけて。 父の日編の最新作、楽しく読ませていただきました!! >「親とはそういうものだろう。我が子が元気で…
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