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人はこうして恋をする。

作者: エルキングダム

 僕はこの春から新卒一年目として働き始めた。

大学は医療系の国家資格を取得したいと思ったから資格に強い大学に進学して勉強した。

高校まではずっとサッカー一筋で今までろくに勉強してこなかったから今更勉強なんてできるのかと思っていたが案外やればできた。

大学時代は1つ上の先輩と付き合っていたが社会人になるタイミングで別れてしまった。

理由は嫌いになったわけでは無くなんか違うと思ったからだ。

当時付き合っていた彼女はこんな理由で納得できるわけもなく混乱していたがそれでもよりを戻さなかったのはそこまで気持ちは無かったのかもしれないと今になって思う。

大学時代のほとんどをその彼女と過ごしていたのに終わるときは案外あっさりで悲しくも無くて僕は一生恋愛と言うものをしてはいけないと思った。

 会社の同期はそれぞれ個性が強かった。

その中でも1人の女性と気が合った。

気が合うのもそうだが間とかタイミングとか計れないものがとにかくぴったりで驚いた。

例えばくしゃみのタイミング、相槌のタイミング、さすがに休日にカフェに行ったら彼女がいた時は驚きを通り過ぎて怖かったのを覚えている。

彼女は職場で周りから好かれていた。

1つ上の先輩があまりにもがっついていてモテる人も大変なんだなあと思っていたら、彼女とよく一緒にいるという理由で僕はその先輩から相当いじられた。

最初は気にしていなかったが次第に彼女まで僕と一緒にいるせいでいじられ始めたため僕はその日以来彼女とは距離を取るようにした。

お昼休憩は被らないように、帰るタイミングが一緒でも何か理由をつけてタイミングが被らないように、連絡は向こうがしてくる以外は極力自分からはしないように。

そうして彼女と距離をとる中で僕はあることに気が付いた。

「彼女以外の誰と話していても何をしていても日常に色が感じられなくなった。」

 僕は今日も灰色の世界で生きている。

「先生のおかげで肩もすっかり良くなりました~!ほんとにありがとう!」

「いえいえ。リハビリ頑張ってくれたからですよ!」

患者はご機嫌に肩をぐるぐる回しながらリハビリ室から出ていった。

初来院のときは全くと言っていいほど腕が上がらず、本人も滅入った様子だったが徐々に笑顔も増えていき今日は最高な笑顔で帰っていった。

まさにこの職業のやりがいの部分を目の当たりにしているわけだが、色がない。

嬉しいことは嬉しい。

患者をよくすることができて心底ほっとしているし、こんな何物でもない自分が何か少しでも社会の役に立てたと感じる。

ただ僕という人間は仕事が自分の中でそこまで大きくないのだと思う。

マズローの欲求階層で言えば、ピラミッドの一番下の自分の中で土台となるものは人間関係でその次に仕事、その二つがクリアできて初めて趣味なんかに没頭できるのだと思う。

前に付き合っていた彼女と別れた時にあれほど恋愛をするべきではないと自分自身を戒めたのに、距離を取ればとるほど同期の存在が大きくなっている。

僕はそのことに気づかないふりをしてなんとかやり過ごしている。

 「やっと昼だな~。赤城、飯行くぞー。」

昼になるなり先輩がご飯に誘ってきた。

このご飯に誘ってきた先輩こそ同期と距離を取ろうと思ったきっかけを作った人だ。

「はい!この業務すぐ片付けてから行くので先行っててください!」

「早く来いよー。」

だるそうに歩く先輩はいつものご飯に行くメンバーに声をかけていた。

先輩のことは別に嫌いでは無かったがあまり得意ではなかった。

治療の技術はあるし知識もあるが、どこか先輩風を吹かせている態度や僕の人間関係に対して遠慮なく踏み込んでくる感じが合わなかった。

ただ社会人になってからこういった先輩から誘われたごはんも極力行くようにしていた。

まあまずおごってもらえるし。

僕は残っていた業務を手早く片付けると先に出た先輩たちに追いつくために急いで準備をした。

 いつもの定食屋に着くと先輩たちはもう席についていた。

「お前の分も頼んどいたぞ~。いつものやつな!」

「あれ食ったら午後しんどいぞ~」

いつものやつとは絶対に食べきれない揚げ物がどんぶりにトッピングされた豚丼だ。

この先輩たちはこうして後輩が困っている姿や、あたふたしている姿を見るのが好きみたいで僕はそのリクエストにいつも答えている。

実は僕がものすごく大食いで苦しんでるふりをしているなんてことを知らない先輩たちはいつも楽しそうにしていて、僕は僕で無料でおなか一杯にできるから受容と供給が成り立っているともいえるのかもしれない。

僕は今日も今日とて苦しんでいるふりをして、先輩たちを喜ばせた。

 ごはんを食べた後はいつも通りコンビニでじゃんけんをして負けた人がみんなの飲み物を買うくだりをして、病院に戻りまた仕事を再開させた。

いつも通り落ち込んでいる患者が来ては親身になって話を聞いて励まし、楽しそうに孫の話をする年配者にはそれ以上に楽しそうに話を聞いた。

そして、患者が全員帰ればいつも通り残業をしてカルテをかいて、新人の僕は最後まで残り病院の戸締りをした。

ただ、今日はいつも通りではないことが一つあった。

距離を取っていたあの同期のカバンが残っていたのだ。

戸締りをするのは新人の業務ではあったが同期と距離を取りたかったのと、単純に業務後はのんびりカルテをかきたかった僕は進んで最後まで残っていた。

そうしているうちに、だんだんと周りが僕に締めの業務を任せてくるようになり最近では一人で帰ることが当たり前になっていた。

このまま気づかないふりをして帰ってしまおう。

多分ここで話をしてしまったら、僕はいよいよ自分の気持ちを認めてしまう。

いつも行う締めの業務を出来る所までやりさっさと帰る準備をした。

誰に急かされているわけでもなく、誰に待たれているわけでもないのにとにかく急いだ。

そうしていることで自分の気持ちから逃げられると思ったから。

帰る準備が整って急いで更衣室をあけるとさっきまであったはずの同期のカバンが無くなっていた。

僕はほっとしたのと、何だが虚しい気持ちになったのと、そんなに焦らなくても良かったのといろんな感情が押し寄せてきた。

締めの業務は全て終わっているようで、最後に電気を消して真っ暗な廊下を歩き職員玄関を出ると帰ったはずの同期が壁にもたれてスマホをいじっていた。

「なんで、、」

「お疲れさま!驚いた?」

彼女はポケットにスマホをしまうと今度は逆のポケットからオレンジジュースを取り出した。

「これ!」

下から投げたにしてはあまりに誤った方向に行ったジュースを僕は何とかキャッチした。

「おお。さすがだね~。上手い!」

「あ、ありがと。」

「さ!ぼっとしてないで帰るよ!」

彼女は踵を返すと歩き出した。

オレンジの酸味かかった甘さと、久しぶりに感じた彼女の存在と、夏の夜のにおいと、戻れなくなってしまいそうな自分の気持ちに色がついた。

全て太陽みたいに笑う君のような温かい色で、僕は認めてしまった。認めざるを得なかった。

僕は君に恋をした。








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