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呪われた令嬢の婚約者探し  作者: 高木一
第一章 突然の宣告
7/52

07

「別に巨人族の方を伴侶にしたいとかじゃないわよ」


 個人的には愛さえあれば相手が巨人族だとしても構わないと思っている。今のところそんな予定はないが、カミラが勘違いするかもしれないと思い訂正したのだが。その配慮が火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。カミラが目くじらを立て怒り出す。


「そんなことは言っておりません! 巨人族と関わること自体が恐ろしいことだと申しているのです」

「あらカミラは巨人族の『婚約の儀』を知っていたの?」

「知りません。それにあんな野蛮な国のことを知ろうとも思いません」


 断言する侍女に内心で苦笑していると、彼女の怒りをなだめるようにフィンが入ってくる。


「まあたしかにかの国は野蛮な種族ですが、意外とロマンチストな者が多い種族でもあるのですよ」

「あらフィンは知っているの?」


 ソフィーは気をよくして侍従を見た。


「もちろんです。ですがお嬢様がご存知だったとは……。たしか巨人族の『婚約の儀』はこのように互いの小指を絡ませて」


 フィンに左手を持ちあげられる。彼の小指が自身の小指に巻きついてきた。息遣いが聞こえてきそうなほど近くにフィンの整った顔が寄ってくる。フィンの髪色と同じ長い睫が小さく揺れた。ソフィーはその奥にあるアーモンドのような形をした黒い瞳に見つめられ、訳もわからず鼓動を速くした。


「僕と永遠を誓ってくれますか?」

「え?」


 ソフィーが突然のことにまばたきを繰り返していると、カミラが頓狂な声をあげる。


「フィ、フィンさん! お嬢さまに何をなさっているんですか!」


 つながっていた小指を引き剥がすように割って入ってきた侍女を、フィンが平静な顔で躱す。


「カミラさんが巨人族の『婚約の儀』を知らなかったようなので、教えてさしあげただけですよ」

「あ、そ、そうだったのね。もう、フィンったら」


 ソフィーは笑って誤魔化した。顔が熱い。早とちりをする前にわかってよかった。カミラが歴史書に出てくる巨人族のような顔でフィンを睨みつける。


「不敬ですよ! 不敬!」


 指を突きつけカミラが侍従を叱責する。その傍らで、ソフィーは火照った頬を隠すように俯いた。フィンとつながっていた小指が、怪我をしたあとのようにジンジンと脈打っている。ソフィーは侍従に巻きつかれた指の感触を消すため小指を右手で握り締めた。



 翌日の早朝。まだ日が昇り切っていないせいか、少し肌寒い。ソフィーは肩に薄茶色のケープをかけ、目の前にいる両親へ挨拶する。


「それではお父様、お母様。いってまいります」

「気をつけていっておいで」


 父、アントンが自分と同じ水色の瞳で心配そうにこちらを見ていた。泣くのをこらえているのだろうか。鼻の下で綺麗に整えられている黒い口髭がもごもごと揺れている。ソフィーは父のそんな姿にもらい泣きしそうになり、声を出さずに小さく頷いた。そこへ、母、マルグレーテがしんみりした雰囲気をぶち壊すかのように割り込んでくる。


「いいですか、ソフィー。この際、どんな男性でも構いません。出会う人すべてが婚約者だと思って行動しなさい」


 緑色の瞳をぎらつかせる母の形相に、溢れそうになっていた涙が引っ込む。ソフィーが返事もできずにまばたきをしていると、アントンがそっとマルグレーテの肩へ手をかけた。


「マルグレーテ、よさないか。そんなキツイ言い方をしてはソフィーも委縮してしまうよ」

「だってあなた、この子の未来がかかっているのですよ? しかも今回ばかりはソフィーが一人で何もかもしないといけないのですからこのくらいの心意気じゃないと見つかる者も見つかりませんわ」

「まあまあ落ち着いてグレーテ」


 アントンがマルグレーテの手を取る。そして母の手の甲を優しくなでながら、ふっくらとした頬を綻ばせた。


「ソフィーだってきちんとわかっているよ。君がとても心配しているってこともね。なにせ君の娘なんだから」

「あなた」

「グレーテ」


 相変わらず仲のよい二人だ。一瞬にして二人の世界に入ってしまった。今日も、互いの瞳の色を取り入れた服を着ている。ソフィーは見つめ合う両親にいたたまれなくなり、咳払いをした。その音で今がどういった状況か思い出したのだろう。向き合っていた二人の体が向けられる。


「そ、そういうことですからね、ソフィー。母はあなたからのよい知らせを期待していますよ」

「はい、お母様」

「カミラ、フィン。ソフィーのことをよろしく頼むぞ」

「かしこまりました」

「この身に変えましても」


 カミラとフィンが申し合わせたかのように、寸分違わない速度と角度で頭を下げた。


「それじゃあ、いってきます」


 ソフィーは出立の挨拶を済ますと、両親たちへ背を向け馬車へ歩を進めた。これから数日道中をともにする馬車は華美ではないが頑丈な造りになっているようだ。四人乗りのシックな茶色い馬車の後ろにはすでに三人分の荷物が乗っている。その前には、足の太い二頭の馬が落ち着いた様子で並んでいた。

 フィンに手を預け、馬車へ乗り込もうとするときに母の声が聞こえてくる。


「ソフィー身体に気をつけるのですよ」


 振り返ると母が声を震わせ涙を流していた。あまり感情を面に表さないマルグレーテの泣き顔を見ている内に、ソフィーの瞳も潤み出す。


(やだわ。泣くつもりなどなかったのに。お母様の涙が移ってしまったわ)


 ソフィーは気恥ずかしくなり、無言のまま首肯する。そして馬車へ乗り込んだ。カミラがあとから入ると扉が閉まる。フィンが御者席に座ったのだろう。ゆっくりと走り出す馬車の窓から使用人たちとともに両親が手を振っているのが見えた。


(もう、お母様ったらいつもははしたないって言うくせに)


 ソフィーは走って追いかけてこようとする両親が見えなくなるまで手を振り続けた。



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