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呪われた令嬢の婚約者探し  作者: 高木一
第一章 突然の宣告
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06

「さすがお嬢さまです。ロイさま、アンナさまはもちろんのこと、ヒルデさまのお相手との仲も取り持ってしまうのですから」

「あら、わたくしだけの力じゃないわよ。フィンやカミラにもいつも手伝ってもらっているじゃない」


 謙遜でもなんでもない。本当に彼らがいなかったら、ここまで色々な人の恋の助けをすることはできなかった。しかし思いあたる節がないと言わんばかりにカミラが首をかしげる。


「もう、忘れてしまったの? ハーゲン子爵と女優のクリスティン様のときなんて二人の力がなければ失敗していたわよ」


 家格の低い男性も見合い相手の候補として視野に入れ始めた八歳の頃、若くして当主を継いだハーゲン子爵との縁談が決まった。十八歳の彼との見合いは、最初上手くいきそうな雰囲気だった。だが、たまたまフィンを連れて観劇へ向かった際に、そこの看板舞台女優とハーゲン子爵が密会しているところに出くわしたのだ。身分差から別れようとしている姿が、ちょうど観ようとしていた舞台の内容に似ておりソフィーの闘志に火がついた。

 二人の仲を取り持つために考えた策が、周囲からの同情を引いてしまおうというものだった。舞台では身分差の悲恋物が流行っていたが、少し食傷気味になっていた時期でもあった。そのことも、上手くことが進められた要因だっただろう。

 まずカミラに、貴族の婦人たちの同情を集めてもらうため、他家の茶会に参加した際に、身分差の恋に苦しんでいる女優と子爵の噂を流してもらった。そして、フィンには二人の逢瀬の際に、平民から同情を得るための演出を手掛けてもらった。


(まさかフィンが、クリスティン様を襲おうとしてハーゲン子爵に殴られる役をするなんて思わなかったわ)


 七年前のフィンは、ちょうど今の自分と同じくらいの年齢だったはずだ。当時からすでに洗練された佇まいだった彼は、他の使用人たちからも一目置かれた存在だった。そのフィンが薄汚れた格好をした暴漢姿で現れたのだ。ソフィーは、それがいつもそばにいる侍従だとわかっていても、悲鳴をあげて泣き出してしまった。


(あのあとフィンが必死でなだめてくれたのはいい思い出よね)


 すでに立派な男性となったフィンに昔の彼を重ね、ソフィーは頬を緩めた。


「本当に振り返ってみますとたくさんの方の仲を取り持たれてきましたよね。他にも両手では数えきれないほどの方々がいらっしゃいましたが、そのすべてが最初はお嬢さま婚約者候補だというのですから、旦那さまと奥さまの交友の広さには脱帽です」


 カミラが顔に手をあて、ほぅ、と吐息する。ソフィーは深々と頷いた。


「そうよね。わたくしのせいで一時は皆様と疎遠になってしまわれたそうだけど、お優しいお父様と、お美しいお母様のお人柄で皆様が戻ってきてくださったんだと思うわ。でもそんなお母様たちの人脈も前回のお見合いで尽きてしまったみたいね」

「先月、お嬢さまがラーシェン商会の跡取りのオッドさまとリンダさまとの仲を取り持ったお見合いでございますか?」

「幼馴染なんて物語そのものの設定よね。想い合っている二人が家の犠牲になるなんて嫌だったからフィンに手伝ってもらったのだけど、あれが最後の伝手だったみたい」


 フィンが得心したというふうに手を叩く。


「それでホーン国へ留学するのですか」

「今度はお父様やお母様が手を貸せないから、妥協してでもいいから見つけてこいですって。あちらでわたくしのお相手がいてくれるといいのだけど……」


 いつの間にか旅行の準備を終えていたようだ。ソフィーは、あと片づけをするカミラを見ながら深く息を吐いた。侍女がそれに胸を張って応じる。


「大丈夫ですよ、お嬢さま」

「あなたのその自信はどこからくるのかしらね。でも呪いの言葉以前にこのまま一生相手が見つからなかったら、わたくしの夢が叶えられなくなるのよね」

「夢ですか?」

「どのような夢なのですかお嬢様」


 何気なく漏らした願望に、従者たちが食いついてきた。じっと見つめてくる彼らの真剣さに、ソフィーは笑みをこぼす。


「ふふふ。少し照れくさいわね。恥ずかしいからここだけの話にしておいてちょうだいね」

「「それはもちろん」」


 カミラたちの言葉が重なった。ソフィーは内緒話をするように、身を屈めながら幼い頃より胸に秘めていた夢を打ち明ける。


「わたくしの夢は婚約者と『婚約の儀』をすることなの」

「『婚約の儀』? 書類を交わして国王に提出するあれですか?」


 フィンが訝しげに首をひねった。ソフィーは即座に否定する。


「違うわ。わたくしが言っているのは巨人族に伝わる『婚約の儀』のことよ」

「巨人族! そんなお嬢さま、なんという恐ろしいことを」


 カミラが悲鳴のような声をあげ、顔をしかめた。

 彼女のように巨人族を恐れている人族は多い。それは遥か昔、人族が巨人族に使役されていたからだろう。

 血の気の多い巨人族はことあるごとにその巨体同士をぶつけ合い争いをしていたという。その都度、山が欠けたり大地が抉れたりと甚大な被害をもたらし、人族は怯えながら暮らしていた。そんな巨人族の暴虐さに従うことしかできなかった人族を救ったのが、女神様の眷属である白妖精族と黒妖精族だった。眷属たちは巨人族との争いのあとも大陸にとどまり、それぞれが国を造った。それが国立学園のあるホーン国であり、ホーン国より北に位置する黒妖精族の国ゲフン共和国である。

 人族は彼らのおかげで巨人族から解放され、自由になった。このような歴史があるため、今でも巨人族は忌避すべき存在だと思っている人族が多い。


(わたくしだって怖くないと言ったら嘘になってしまうけど……)


 それでも自分が体験していないものを鵜呑みにすることはできなかった。だからだろう。歴史書や、歴史を題材にした物語を読んでも恐ろしさをあまり感じなかった。それよりも巨人族だけに伝わるという『婚約の儀』の方に興味を持った。



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