05
(ホーン国でお相手が見つかるといいのだけど……でも、見つかったとしても結局同じように他の方との仲を取り持っていそうよね)
カミラが丁寧に仔狼を鞄へしまっているのを眺めながらそんなことを考えていると、おもむろに侍女が顔をあげる。
「お嬢さまは『祝福の儀』をあまり信じておられないようでしたが、どうしてそのように婚約者を探すことに意欲的なのですか?」
「そんなのこと決まっているじゃない! お父様とお母様を安心させたいからよ」
ソフィーは語気を強めて、カミラを見つめた。
両親たちは隠しているのかもしれないけれど、いつも近くで見ているからわかってしまう。破談を報告されるときに、当事者である自分を気遣って笑みを作ってくれていることを。
(わたくしが誰かと想い合って結婚するなんて望んではいけないのかしら? でもお相手の事情を知ってしまうとやっぱり応援したくなってしまうのよね。……それがお父様たちを悲しませることにつながっているのだけれど)
ソフィーが自嘲気味に肩を竦めると、フィンが感心するように相槌を打った。
「なるほど」
ひどく優しい眼差しを向けられ、気恥ずかしくなる。ソフィーは言い繕うように別の理由も口にした。
「もちろんそれだけではないわよ。ただ単に恋をしてみたいっていうのもあるわ」
「恋、ですか?」
目を丸くするカミラへ、鷹揚に頷く。
「ええ。だって今までわたくしがどれだけの男女の仲を取り持ってきたと思っているの? そりゃ苦しそうな顔をしていたときもあったけど、最後はとても幸せそうだったわ。だからいつかわたくしにも、って、これでも毎回お見合いのたびに思ってはいるのよ」
「そうだったのですか。ですがたしかにこれまで自薦他薦問わずお嬢様の婚約者候補になった方々は皆様お幸せそうでした」
フィンが紅茶セットの前へ立ち、同意してきた。荷物の整理で忙しいカミラに変わり、紅茶を淹れてくれるのだろう。一方カミラといえば、手を休めることなく作業を進め、会話にも参加してくる。
「最初に仲を取り持ったのは、オルセン伯爵のご子息さまとお嬢さまのご友人アンナさまでしたね」
「懐かしいわねぇ。あれは『祝福の儀』が終わってしばらくしてからだったかしら」
初めてのお見合いは、幾人かの子どもたちを集めた小さな茶会だった。もしかしたら両親たちも贈られた言葉のことをまだ認めたくなかったのかもしれない。幼いという理由から堅苦しいものにはせず、貴族間の顔見せのような会だった。
「僕がお屋敷に奉公させていただくことになった頃ですからよく覚えております」
フィンが懐かしげ微笑む。
「でも今思えば、『祝福の儀』の際に不吉な言葉を贈られた我が家と縁を繋ぎたい貴族なんているはずがないのにね」
自分のせいで両親にはずいぶんと肩身の狭い思いをさせてしまっている。ソフィーが自嘲気味に笑うと、カミラが鼻息を荒くした。
「ですが、オルセン伯爵家のロイ様とルン侯爵家のアンナ様、ストラン伯爵家のヒルデ様はいらしてくださいましたよ」
「三人には感謝しかないわね。ああ、でもアンナはそこでロイという運命の相手に出会えたのだから彼女からは逆に感謝してもらわないといけないかしら」
ソフィーは侍女の気遣いに胸をほっこりさせながら、昔を思い出した。それまで同じ年頃の子どもといえば、カミラとフィンくらいしか知らなかった。幼かったからその堺は曖昧だったが、彼らは使用人で友人とは違う。だから家柄や年齢が近い存在に初めて会ったあの日はひどく緊張していたことを今でも覚えている。それが霧散したのは、人が恋に落ちるところを目のあたりにしたときだった。
(あのときの感動は忘れられないわ)
誰も口を開かない重苦しい雰囲気の中。ふいに動いたロイとアンナがお互いを見た瞬間、時がとまったかのように動かなくなったのだ。ソフィーにはそれが、物語の中で王子様とお姫様が出会う場面そのもののように映った。
(彼女たちがきっかけで、上手くいきそうな方々の仲を取り持つようになったのよね)
はにかむ二人の愛らしい笑みが脳裏によみがえり、ソフィーは頬を緩めた。カミラがしみじみと呟く。
「未だ婚約中ですが仲のよいお二方ですからね」
「すぐに二人の世界に入ってしまうからどうしようかって、ヒルデとも話しているわ」
ヒルデとはあぶれてしまった者同士ということもあってか、一気に打ち解けることができた。今でもその親交は続いている。
(そういえば最近は忙しいみたいで会えていないけど元気かしら?)
急な留学を知ったら彼女らのことだ。水臭いと文句を言われるに違いない。
(あとで三人には手紙を書かないといけないわね……)
ソフィーが心の中でそんなことを考えていると、フィンが紅茶をテーブルへ置いた。
「そのヒルデ様もお嬢様がご縁を結び、昨年ご結婚なされましたね」
ありがとう、と礼を言い、ソフィーは自分のことのように喜んだ。
「後妻を探していたモーアン侯爵閣下の元へ嫁いだのよ。三年間口説き落としたヒルデの勝利ね」
元々モーアンはソフィーの見合い相手だった。その頃には十二歳だったソフィーと年の合う見合い相手が貴族の中で見つけられなくなっていた。そこで両親は、一人息子のために後添えを探しているという彼に打診したのが始まりだ。しかしいざ見合いをしてみると、まだ年端もいかない少女だった自分にモーアンが難色を示したのである。そんなとき、悪徳貴族に騙されて結婚を迫られていたヒルデが逃げ込んできた。事情を知ったモーアンが侯爵の力を使い、その悪徳貴族を告訴し、ヒルデはことなきを得た。
(あのときのヒルデったら目をハートにさせて可愛かったわよね)
自分の窮地をいともたやすく解決してくれたのだ。そのときからモーアン侯爵が彼女にとっての王子様になったのだろう。それからヒルデの恋の猛攻撃が始まった。それが今から三年前のことだ。
「なんでもご子息様のエリック様のあと押しが決め手だとか」
「ヒルデにエリック様と仲よくなってみては、と提案したのよ。エリック様はわたくしたちとそう年も変わらないし。きっとそれが功を奏したのよね。今では姉弟のように仲がよいもの」
ただ闇雲に突き進むのは返って上手くいかないこともある。一見したら遠回りのようでも、実はそれが近道だったりする場合も往々にして起きる。恋を成就させるために、あの手この手を使うのは当然のことだ。ソフィーが読んだ本の登場人物たちはこれらを駆使して運命の相手と結ばれていた。
(恋愛小説ってみんな軽く見ているけど意外とバカにできないわよね)
現にヒルデは結婚まで漕ぎ着けた。ホーン国へいったら自分もあやかりたいものだ。ソフィーはほのかに甘い香りがする紅茶の匂いに肩の力を抜いた。