06
「白妖精族は人族よりも力が強いことは君を知っているだろう」
ソフィーは、口を閉じたまま首肯した。その応えに満足したのか、イーヴァルが話を続ける。
「その我々すべてが彼の幻覚にかかってしまった。仮に彼が人族だったとして、魔力が常人よりも多いとしても白妖精族の、ましてや我々のような三家の者には及ばない」
「だが、それが巨人族となれば話は変わってくる」
アルノルドが、フィンを見据え言い切った。その声の大きさに、ソフィーは息を呑んだ。
(そんな、それじゃあフィンは人族ではないの?)
ちらりと侍従を窺い見た。しかし、彼のアーモンドの形をした黒い瞳がこちらを向くことはなかった。
(どうして黙ったままでいるのよ!)
ソフィーがフィンの態度をもどかしく思っている間にも話は続く。
「だとしても、フィンさんがフェンリルだと断定できないはずだ。だいたいフェンリルは幻覚なんて使えない」
「そうですよ。フェンリルが得意なのは火の操作でしょう」
リキャルドとトールヴァルドが大人たちへ食ってかかった。だが、大人たちは彼らの反論には反応を示さず、こちらを見てくる。
「あれから色々とあなたのことを調べさせてもらったの」
「わたくしのことを?」
急に話の矛先を向けられ、ソフィーは瞠目した。
「あなたオルソンに『祝福の儀』をされたそうね」
「いいえ、違います。わたくしを占ってくださった方はもっと年の若い男性でした」
ソフィーは困惑しながらも、きっぱりと否定した。だがそれをカリーナが打ち消してくる。
「それがオルソンよ。あなたたちが知らないのも無理はないわ。学園でオルソンは年をとった姿をしているものね」
「あの男は本当に何を考えているのかわからないわ。学園の教師になるって言ったときも驚いたけれど」
カリーナとフレアからもたらされた言葉にソフィーは目を見開いた。俄かに信じがたい。ソフィーはフィーナたちを見る。しかし彼女たちもこの事実を知らなかったようだ。一様に顔を左右に振っている。ただ、トールヴァルドだけが首をかしげていた。
「オルソン先生がダール嬢を占ったことが何の問題なんですか? オルソン先生のお力はフィーナ以上ですし」
「本当に占っていたのならば、な」
アルノルドがフィンを流し見た。先ほど言っていた『祝福の儀』が操作されたという話はここに繋がってくるのだろうか。ソフィーはフィンの腕を掴む。
「フィン、どういうことなの? 何か知っているなら教えてちょうだい」
いつもだったら素直に開くはずのフィンの唇は、縫いつけられたようにぴたりと閉じたままだった。
(ここでは言い出せない事情があるのかしら?)
ソフィーが思案していると、イーヴァルが深くため息をつく。
「往生際が悪いな。では本人に登場してもらおうか」
おもむろにイーヴァルが指を鳴らした。すると扉が開き、何羽もの翡翠色の鳥が何かを運んでくる。よく見るとそれは蔦で全身を拘束されているオルソンだった。
「「オルソン先生!」」
フィーナとリキャルドが同時に駆け寄る。鳥からオルソンを奪い取るように救出すると、彼の拘束を解いてやった。
「ぷはぁ、や、やあ、こんな歓迎は初めてだよ」
オルソンがよろよろと立ちあがる。その手をトールヴァルドが支えた。
「あなたが素直に応じないのが悪いのよ、オルソン」
フレアが悪びれもせずにオルソンへ話しかけた。ソフィーは彼らの会話が始まる前に割り込んだ。
「オルソン先生! あの本当に先生がわたくしを占ってくださった方なのですか?」
「知られてしまいましたか……。仕方がありませんね。はい。その通りですよ、ダールさん」
やれやれと肩を竦めるオルソンの姿が変わり始めた。徐々に皺がなくなり、左目には片眼鏡をかけている。くすんでいたプラチナブロンドの髪に艶が出始めた頃には、五歳の『祝福の儀』で会った白妖精族、その人になっていた。
「この姿ではあまり威厳というものがないですからね。教師をする際は、こうして見た目を誤魔化しているのですよ。それにこの恰好だと女性に声をかけられることもないですからね」
言うや、オルソンの姿が学園で見ていた姿に戻った。ソフィーがあんぐりと口を開け呆けていると、フィーナがおずおずと口を開く。
「あ、あの。オルソン先生はソフィー様の『祝福の儀』をきちんと占ってさしあげたのですよね?」
「なぜそのようなことを?」
「先ほどソフィー様を占ったときに、ハガル、ラド、ギューフが出ました……」
「ほぅ、それはそれは……。シェルマンさんの力は素晴らしいですねぇ。そうですか、ラドとハガルが出ましたか。ふふふ」
フィーナが文字の形だけ言うだけで、オルソンはすべて察したらしい。しかし彼は焦る様子を見せない。教え子の力を垣間見ることができて嬉しいのだろう。満足げに微笑む姿はどこか誇らし気に見えた。
一通り笑ったあと、オルソンがフィンへ目を向ける。しかしフィンは何の反応も示さない。それを見て、オルソンは小さく顔を左右に振り、ため息を吐いた。




