05
「オルソン先生から興味を持たれるなんてすごいんだな」
教師の影が見えなくなると、メリーンが感心したように話しかけてくる。ソフィーはそれを笑って誤魔化した。
「い、いえ、それほどでも……オホ、オホホホ」
「謙遜しなくてもいい。それじゃあ教室へ案内しよう」
メリーンが背を向けて歩き出す。ソフィーもそのあとに続いた。
(身長はフィンと同じくらいかしら?)
しかし背中はフィンよりも大きいよう見える。
(あら? メリーン様の服ってトールヴァルド様の服と同じものじゃない?)
もしかしたらホーン国での流行り服ではなく、学園内で義務づけられている服なのかもしれない。認識を改め直していると、ふいに前を歩くメリーンの手が目に入ってきた。
(この人がわたくしの婚約者になったら、あの指で『婚約の儀』をするのよね)
まっすぐに伸びる彼のゴツゴツとした指を注視していると、なんだか恥ずかくなってきた。ソフィーは熱があがっていくのを感じ、手で顔を扇ぐ。
「お嬢様」
おもむろに背後から声をかけられ立ちどまる。振り返ると侍従の姿があった。
「あら、どうかしたのフィン?」
小走りで近づいてきた侍従に驚き声をかけると、彼は息を乱すことなく頭を下げてくる。
「荷物の整理もあらかた終えたので、おそばに控えようと思いまして」
「そうだったの。メリーン様、侍従のフィンです」
ついてこない自分に気づいたのだろう。メリーンが立ちどまりこちらを窺っている。ソフィーはメリーンへフィンを紹介した。
「侍従がいるということは、ダール嬢はお嬢様なのだな。もしかしてダール嬢なんて呼び方ではまずかったか?」
真面目な顔で言うメリーンにソフィーはくすりと肩を揺らした。
「いいえ構いません。侍従と言っても幼い頃から仕えてくれているので兄妹のようなものですし」
ね、とフィンへ同意を求める。だが彼は素直に頷き返してはくれなかった。
(わたくしと兄妹扱いされるのは嫌だって言いたいのかしら)
ソフィーが無言の訴えをフィンへ送ると、メリーンが等間隔にある窓枠へ手をかける。
「そうか。俺にも似たような存在がいるが、そういう関係はいいよな」
メリーンは窓の向こうにそびえ立つユグドラシルを眺めているようだった。あの木に特別な思い入れでもあるのだろうか。だが、眉間に皺を寄せ考え込むような仕草を見せているから、よい思い出ではなく辛い過去なのかもしれない。ソフィーは、彼の表情からそう予測した。
「メリーン様?」
ソフィーがメリーンの名を呼ぶと、彼はハッと我に返った。そして慌てた様子で謝罪してくる。
「すまない。少し昔を思い出して……それよりせっかく級友になったのだ、メリーン様という呼び方ではなくできればリキャルドと名前で呼んでくれないか?」
「よいのですか? ではわたくしのことも」
「お嬢様、どこかへ向かう途中ではなかったのですか?」
名前で呼んで欲しいと続くはずの声は、フィンによって遮られてしまった。ソフィーは侍従の突然の割り込みにまばたきを繰り返す。その間にリキャルドは先ほどの物悲しい顔を潜め、太陽のように明るい笑みを見せてきた。
「そうだったな。すまない。それではいこうか」
「いえ、引きとめたのは彼なので」
ソフィーは恨めしくフィンを見つめた。だが、侍従はそれに気づく様子もなく、颯爽と歩き出すリキャルドのあとへ続く。
(もう、なんなの。フィンらしくないわ)
カミラがこの場にいたら愚痴が言えたのに。ソフィーは寮で留守番している侍女を思い浮かべながら先をいく彼らを追いかけた。
いくつかの教室を通りすぎると、おもむろにリキャルドが口を開く。
「オルソン先生からすでに聞いているとは思うが、闇の塔は生徒数が少ない。他の塔に比べるとあまり重要視はされていない分野だからな……」
「たしかに人が生きていく上ではなくても問題ありませんからね」
自嘲気味に語るリキャルドの言葉にフィンが歯に衣着せぬ物言いで同意してきた。ソフィーは目を丸くし、侍従を諌める。
「フィン。失礼よ!」
「いや構わない。彼のような意見があることを知っているからな。だが俺はそうは思っていない。神話から歴史を読み解くことも可能だし、占いが明日への糧になることも多い」
そうだろう、と言外に問いかけてくるリキャルドに、ソフィーは疑問をぶつける。
「リキャルド様は何の研究をなさっているのですか?」
「巨人族のフェンリルの神話についてだ」
「フェンリル!」
間髪入れずに返された言葉にソフィーは頓狂な声をあげた。
フェンリルは、人族や白妖精族の中で最も恐れられている巨人族だ。口から吐き出す炎で山々を燃やし、鼻から出てくる煙で作物を枯らす。フェンリルが登場する神話は、どれも凶暴で残忍な生き物として描かれている。そのフェンリルを白妖精族であるリキャルドが研究していると言うのだろうか。ソフィーは信じられず、まじまじとリキャルドを見つめた。
「神話ではユグドラシルを燃やしたフェンリルを黒妖精族が人族と力を合わせて洞窟に封印したとされているんだ」
「ですがそれはあくまで神話であって実在したかどうかもわからないですよね?」
「ハハハ。これは手厳しいな」
リキャルドは柔らかな前髪を梳くようにかきあげ、苦笑した。ソフィーは失言を繰り返すフィンに代わって頭を下げる。
「うちの侍従が申しわけありません。フィンも謝って」
「いや、いいんだ。神話が創作物だと言う者は多い」
気に障ったふうもなく返事をするリキャルドにソフィーは瞠目する。
「そうなのですか? ですが、巨人族の方だってちゃんと実在しているじゃないですか。それなら神話で書かれていることが現実に起こったことだと考える方が自然ではありませんか?」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。俺はその封印された洞窟がどこなのかを研究しているんだ」
リキャルドから白い歯を見せつけるように満面の笑みを向けられ、ソフィーは顔が熱くなった。そのまま二人で微笑み合っていると、フィンが納得のいっていないような表情で話を進めてくる。
「大よその検討はついているのですか?」
リキャルドが得意げに語り出した。




