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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第六章 旅路の果て
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2 剣と魔法と

「これはまた、数が多いな」


 感心したようなセイジのつぶやき通り、街道を埋め尽くすほどの魔獣がそこにいた。

 トカゲのような魔獣は全身が硬そうなウロコに覆われている。その姿にレティスはどこか既視感を覚えた。


「なんか、ノポリの湖で見たのに似てる……?」

「そうね。多分、ノポリから逃げてきた集団ってところじゃない? 魔獣に限らず、上位の個体に似せて身を守るのはよくある話だし」

「だとしたら目が弱点、かな」


 違いがあるとすれば、単眼ではなく目は二つあるといったところだろうか。

 大きさは膝ほどまでとトカゲにしては大きいが魔獣にしてはそう大きくない。裂けた口元からちらりと青い舌が覗く。

 その舌が棘のように伸びて乗合馬車を襲っていた。

 応戦しているのは二人の男だ。杖を持ち魔法で対峙している者と、剣を持っている者。後者は身なりからおそらく御者のようだ。腕から血を流しつつ、興奮した馬を守るように剣で魔獣を牽制していた。


「加勢するぞ」


 手短に言ったセイジの手から光が溢れ出す。


「ええ。まずは馬車から引き剥がさないと」


 ルーフェの手にはいつの間にか杖が握られていた。白い杖の先、翠色の石に光が灯る。

 セイジの手から放たれたいくつもの青い光が一直線に伸び、馬車ににじり寄る魔獣の体を包み込む。ぐっとセイジが拳を握ればみるみるうちに魔獣の体が凍りついていく。

 応戦していた二人が相対していた魔獣はルーフェの杖から放たれた光を受けて弾き飛ばされていった。


「た、助かった、のか……?」

「一体誰が、って……え、セイジ様!?」


 安堵の声と共に御者はへなへなとその場にへたり込む。反面、魔法使いはセイジを見て明らかに動揺した。


「俺を知ってるなら話が早い。助太刀する。お前も手伝え」

「か、かしこまりました!」

「この集団は俺たちが相手するから、お前はこいつと一緒に後ろの方にいる馬車を守ってくれ」


 こいつと指で示されたのはハシバだ。

 訝しげに眉を寄せるハシバにセイジは端的に理由を告げる。


「こいつらにナイフは通じない。ウロコが硬くて弾かれちまうだろう」


 ハシバが得意とするナイフの投擲では処理できない相手となる。

 意図を理解してハシバは「分かりました」と唇の端を噛んだ。


「取りこぼす気はないが、念の為な。まぁ一匹二匹くらいは相手できるだろ。おそらく弱点は目だ、しっかり狙えよ」

「はい。……お気をつけて」


 ハシバの視線はルーフェの背中に向けられている。

 馬車に近付こうとする魔獣を魔法で弾き飛ばしているルーフェがそれに気付くことはないが、返事のように鋭く声がかかった。


「――レティス、シズをハシバに預けておいてくれる?」

「えっ? ――あ、うん。分かった」


 肩の上にいたシズをハシバに手渡す。

 レティスが剣なり魔法なりを使って魔獣を相手するにはシズは枷にしかならない。そしてシズならば巫子であるハシバを守ってくれるだろう。

 これぞ一石二鳥な判断。即座に思いつくのはさすがだなとレティスは感心した。


「ではレティス、実践といこうか」


 ハシバと魔法使いが乗合馬車から離れていくのを尻目に、セイジは魔獣へと向き直る。

 レティスはひとつ深呼吸して、帯刀していた剣を鞘から引き抜いた。

 手にしっくりと馴染む、細身の剣だ。冴えた光を放つかのような刀身にはらりと舞う雪が写り込む。


 セイジ邸で過ごした期間は一週間にも満たなかったが、得るものは大きかった。

 錯綜する情報を完全に理解できたかは怪しい。いっぱいいっぱいなレティスを見兼ねて助け舟を出してくれたのはセイジだった。


『身体を動かせば頭もスッキリするぞ』


 どこかで聞いたような言葉と共に、セイジの魔法の師匠だという人を紹介された。


(……まさかカレンさんがそうだなんて思わないよ)


 元はセイジの父の右腕的存在の魔法使いであり、現場を離れたことをきっかけに執事へと転身したというカレンはセイジ兄弟の魔法の師でもあるという。

 かくしゃくとしたグレイヘアの使用人の意外すぎる経歴。

 半信半疑なレティスを前に、カレンは鮮やかな手つきで魔法を見せてくれた。

 カレンが得意とするのは剣なり弓矢なりに魔法を付与して意のままに操ること。いくら剣術が得意でも男には体力面で劣り、魔法だけでは近接に不安が残る。重ね合わせることで弱点を克服したカレンは実践面において右に出る者がいなかったそうだ。

 レティスもカレンと同じで、剣も魔法も使える。

 おあえつらえむきな状況を整えられ、出発までの空いた時間はカレンに師事して過ごしたのだった。


「――水よ」


 そう精霊に呼びかければ、ちり、とうなじあたりが粟立つ。

 先祖返りだとされるレティスの銀の髪は豊富な魔力をその身に宿す証だ。人並みに魔法を使う分には造作もなく、故郷にいた頃は困ったこともない。

 けれど北諸島(ノルテイスラ)でルーフェやセイジ、ミオを見て自身の魔法は子ども騙しに過ぎないことを実感した。


『どう在りたいか、そのイメージを持つことが重要です』


 カレンの言葉を頭の中で復唱する。

 これまでは精霊に求められるがままに魔力を渡していただけ。渡す魔力の量によって起こる事象も異なると思っていたがそうではなかった。

 魔力の流れを意識し、どのような形で魔法を発現させたいか。

 そのイメージをより精細に思い描くことで結果は驚くほどに変わった。


(……剣も腕の一部だと思うように……)


 ぼう、と剣を握るレティスの腕に光が宿る。

 そのまま光は剣先へと伸び、ぴたりと剣を包み込む形で落ち着いた。


「ふむ。上出来じゃないか」


 満更でもない風にセイジに褒められたが、カレンが見ればまだまだだと言われそうだとレティスは思った。

 なんせ時間がかかりすぎる。慣れれば一瞬で出来るようになるというが、そうなるまでの道のりは長そうだ。


「ルーフェ殿、準備できたぞ」


 セイジの呼びかけにルーフェは頷きをもって返事とした。

 杖の先から光が失われていくのを横目に、レティスはルーフェの前に歩み出る。

 何度弾き飛ばされても列を成して迫ってくる魔獣の群れ。怖くないと言えば嘘にはなるが、ルーフェとセイジがいるならば万が一があっても大丈夫だ。


「……いきます」


 わずかに青い光を帯びた剣を握り直し、横に一閃。

 ピシ、と空気が凍るような音が響いた次の瞬間には魔獣の動きが止まっていた。

 ゆらりと群れ全体が斜めに傾ぐ。くずおれていく魔獣をよく見れば、体が真っ二つに割れていた。

 硬いはずのウロコは物ともしない。切られた断面はつるりとしていて、まるで氷の膜に覆われたかのようだ。流れるはずの血は流れてこず、一拍おいてじわりと魔獣の体が凍りついていく。

 刃は列を成していたその奥まで届いたようで、ざっと見た限りでは動き出す個体はいなかった。


「やるなぁ」


 上機嫌なセイジの声が場違いのように響く。


「……うん。大丈夫そうね」


 一息遅れてルーフェは安堵のため息をもらした。見れば杖の先がわずかに光を帯びている。おそらく無事に制圧できたか魔獣の反応を探っていたのだろう。


「すごいじゃない、レティス」


 ぽんと肩に手を置かれてようやく、うまく呼吸ができた気がした。

 ふうと息を吐けば途端に腕から魔力が抜けていく。刃こぼれひとつなく、冴えた輝きを保ったままの剣に目を落とせば、うっすらと頬が上気した自身が映り込んでいた。


(まだまだ、だけど……オレにもできた)


 手助けを借りても、一歩は一歩だ。

 湧き上がる高揚感を噛みしめながら、レティスはそっと剣を鞘に収めた。




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