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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第六章 旅路の果て
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1 光と影

 神殿の街ピオーニから船の街アルメアまでは馬車で三日程かかる。

 セイジ邸から馬車に乗り込んだのは五人。セイジ、ルーフェ、ハシバ、レティスとあと一人、馬車の御者としてセイジ邸の従僕が付き添っている。従僕は口数が少ない若い男で、ハシバよりは上、セイジよりは下といったところ。どこにでもいそうな風貌というと誤解を招きそうだが、不思議と存在感を感じさせない人というのが従僕へ抱いた印象だった。


 乗合馬車となると他地方民となるルーフェとレティスの存在がネックになるということからセイジ所有の馬車での移動となった。お忍び用だというこぢんまりとした馬車は四人も乗れば少し手狭だ。とはいえ雪道を歩かなくていいのは純粋にありがたいので些細なことだろう。

 馬車はアルメア行きの乗合馬車の後を追いかけるように街道を東へ進んでいく。

 低く垂れ込めた雲からは雪がはらはらと降り注ぐが、馬車の轍を消すほどでもない。風もおだやかで、この天候であれば立ち往生することはなさそうだ。


 座席の並びは進行方向に向かってルーフェとハシバが並び、向かい合わせでセイジ、レティスと座る。体格のいい成人男性を斜めに置いてスペースと荷重を分散させる形だ。

 車内ではセイジによる五家の解説が行われていた。


「まずは五家の内訳だが、どこまで知っている?」

「名前と、その役割くらいは……」

「そうか。では関係性からだな」


 そう言ってセイジはおもむろに手を差し出した。

 手のひらに光が生まれる。五つの光に分かれたそれは円を描くように等間隔に浮かんでいた。


「イチヤ、フタバ、ミカサ、シノミヤ、ゴジョウ。それぞれの家に役割があって、どことどこが希薄というわけじゃないが、情報は基本的にイチヤへ集約される。そこから各々の家へ分配されることから、イチヤが知らないことはまずないと思っていい」


 光のひとつがひときわ強く輝きを放つ。


「ってことは、こうしてルーフェがセイジさんのところにいるのも?」

「俺のところにはイチヤの息がかかっていない者を集めてはいるし、情報を渡してもない。が、絶対に大丈夫とは言い難いところだな。ゴジョウの情報網は侮れん」

「ゴジョウ? イチヤじゃなくてですか?」

「あぁ。ゴジョウは表向きは交易を担っているが、裏の顔は諜報部門だ。行商人ほど多くの人と関わる者はいない。情報を得るにはもってこいだろ?」

「なるほど……」


 ギルドの統括もしているという五の家(ゴジョウ)

 先代の魔導師であるサヤの生家でもあったなと膝の上で丸くなるシズを見下ろした。

 シズはすうすうと寝息を立てている。ふわふわの毛並みは心地よく、つい目尻が下がってしまう。


「あー……勘違いしているかもしれないから先に言っておくが。サヤ様はゴジョウの出ではあるが、生まれは違うんだ。孤児でありながらその魔法の才を見出されて、ゴジョウの養子となった方だ」

「えっ」


 セイジの言葉は思いもよらないもので、レティスは目をぱちくりさせた。

 これまで黙って話を聞いていたルーフェが口を挟む。


「見た目の良さも買われた理由のひとつだと聞くけど?」

「らしいな。諜者となるべく育てられたのは否定しない。事実、魔導師となるまではその美貌を武器としていたそうだ」

「……人を道具みたいに扱うのはどうかと思うわ」

「日の当たる場所には必然的に影もできる。綺麗事ばかりじゃ治まるものも治まらないもんだ」


 冷ややかなルーフェの視線をセイジは悠然と受け止める。

 ルーフェらしからぬ厳しい口調から、おそらく倫理にもとるようなことも行われていたのだろう。

 シズへの態度からも、ルーフェはサヤに悪感情は持っていないように感じられる。反面、五家に対しては常に一線を引こうとしていた。余計な軋轢を生まないように距離を置いていると思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。


 セイジの手のひらの上で揺らめく五つの光。イチヤを示すように強く輝くもの、ゴジョウを示すように明滅するもの。次いで三つ目の光はそれらから距離を置くようにすいと離れていく。

 光はハシバの眼前でぴたりと止まった。


「で、だ。ゴジョウが張り巡らせた情報網にも穴はある。ひとつがシノミヤが握る神殿に関するものだな」

「……神殿は基本的に中立であり、誰の支配も受けません。とはいえ為政者の手を借りたい時もあります。五家もまた然り、ということで橋渡し役としてシノミヤがいます」

「巫子の力が他者に渡らないよう囲う代わりに、巫子が責務を果たすためにその他諸々の雑事を請け負っているってわけだ」


 物は言いようとはよく言ったもの。

 ハシバとセイジは同じことを言っているようで受け取る印象はまるで違った。


「さすがのゴジョウも神殿と五家の関係を壊すような真似はしない。巫子を辞めた者への接触もシノミヤにしか許されていないし、緩衝役ってところだな」

「それでト……あの二人も、アオイさんが引き取ってたんだ」


 なんとなくトウマとクラキの名を出すのははばかられてしまう。

 意図は伝わったのかセイジは肯定するように頷く。ハシバの前で漂っていた光はセイジの手のひらの上へ戻っていった。


「まぁそんなところだな。神殿に縁があるとすれば、フタバもそうだ」

「フタバ……というと、学校関係の?」


 ミオが通う学院の教師にフタバの者がいると聞いたばかりだ。

 教育機関と神殿にいまひとつ関連性が見出だせず、レティスは首を傾げた。


「学校には子どもが集まるだろう? フタバ主導で教えるかたわら、巫子や魔法使いの素質がある者を見出しているんだよ」

「巫子の家系でないところから時折生まれる巫子の子は保護対象となるんです」


 補足したのはハシバだった。


「巫子は早期発見が肝心なため、教育を受けさせつつ、素質がある者を探し出す。合理的な手段だと思います」


 巫子の素質がある者がすべて巫子になるわけじゃないとしても、可能性がある者は把握しておかなければならない。

 早期発見にこだわるのは資格を失ってからでは遅いためだ。

 巫子は精霊に愛されし者。その力は他者への好意を口にした途端、儚く消えてなくなってしまう。

 巫子の家系に生まれた者であればそのあたりはわきまえているが、そうでなければ話は別だった。


「とはいえ、サヤ様がいなくなられてから神殿は男の巫子を受け入れない状態が続いている。珍しいとはいえいないわけじゃないというのに、だ」


 受け入れられないからといってその巫子の卵を放っておくこともできない。現状はシノミヤの庇護を受けつつ、市井に紛れるように生活しているのだという。

 セイジから冷めた目で見られて、ハシバは少しバツが悪そうな表情を浮かべていた。


「すみませんが、姫のお考えは僕には分かりません」

「だろうな。だがな、お前だけ残されてるってのはやはり腑に落ちん。他にも男がいればと思うこともあるだろ」

「……なんとも言えません、としか……」


 守秘義務にでも抵触するのか、どうにもハシバの言葉の歯切れは悪い。

 ハシバはちらりとルーフェに視線を送る。ルーフェは視線に気づいた上でふいと顔を横にそむけた。


「私がそちらの事情を知るわけないでしょ。そもそも水神殿のあり方にどうこう言った覚えはないわ」


 ルーフェがハシバに対して突き放すような物言いをするとは、珍しいこともある。

 引っかかったのはレティスだけでなくセイジもそうで、二人揃って顔を見合わせてしまった。なんとも言えない顔をしていることから、おそらく脳裏に浮かんでいるのは同じ光景だろう。

 セイジ邸の去り際の一幕――ミオが起こした一悶着に場の空気が凍ったことは記憶に新しい。

 まばたきで互いに同じことを考えていることを悟り、レティスは「それはそうとして」と話題を変えた。


「ミカサは? セイジさんの家は治安を守ってるって聞くけど」

「あぁ、そうだな。三の家(ミカサ)は治安に関することを手広くやらせてもらってる。要人警護から街の警備まで、大体はミカサの傘下だな。もうじきある大祭の警備ももちろん管轄する。そういった意味じゃうちが一番他家と関わることが多いかもしれんな」


 セイジの手のひらの上、ひとつの光が転々と他の光のまわりを巡る。


「今のミカサの家長は俺の親父だ。次は……まぁ、このままだと兄貴だろうな。親父の周りの人を少しずつ兄貴に移していると聞く」

「お兄さん? カズマさん、だっけ」


 確かそんな名前をミオが口にしていた気がする。


「そうだ。カズマ・ミカサ――今回の大祭の警備責任者でもある。いずれ会うこともあるだろう」

「大祭の……あの、どんな人かっていうのは聞いても?」

「兄弟なだけあって似ていると思うぞ? 特に声が似ているらしいが、自分じゃよく分からんな」


 ミオの口振りではなにやら確執があるように感じ取れたが、セイジからはそんな風に感じ取れない。

 セイジと似た人であるならば、話が通じる人なのだろうか。

 そんなレティスの内心を否定したのはセイジではなくハシバだった。


「似てませんよ、全然。カズマ殿は権威を笠に着て、利己主義で周りを振り回すような方ですから」

「え」


 目を丸くするレティスに、身内を悪く言われたにも関わらずセイジはからからと笑ってみせた。


「ははっ、こりゃまた辛辣だな」

「事実でしょう。セイジさんだって数え切れないくらい後始末をされているじゃないですか」

「まぁ、そうだが――っと」


 ぐらりと馬車が大きく揺れる。

 急に止まったのか、後ろを向いて座っていたためにレティスは背中を強く打ちつけてしまった。衝撃のあまり何度かまばたきを繰り返す。

 シズは無事だ。ちょうどレティスの身体がクッションとなったらしい。状況が把握できずにきょろきょろと辺りを見渡すような素振りを見せるシズを横目に、隣に座るセイジを見ればルーフェを抱きとめていた。


「大丈夫ですかな?」

「う、うん……平気。ありがとう」


 どうやら前方へ投げ出されたところを受け止めたようだ。

 手短に礼を言ったルーフェが離れたのを見届けて、セイジは窓から顔を出す。


「――何があった?」

「す、すみません急に止まって。その、前を行く乗合馬車が魔獣に襲われているようで」

「なんだと?」


 ”魔獣”の一言で車内の空気が一変する。

 扉を開き、四人は馬車から降りた。




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