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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第五章 ベールの向こう側
81/143

5 暴走 2

「事情はわかったが……にしてもなぁ……」


 いつの間にかやってきていたセイジは頭を抱えている。

 手荒にも程があるのはさておき、ここまで拒絶するようなことなのか。

 魔導師であるならば行為自体はありふれたものではないのかという疑問がありありと表情に浮かんでいた。


「そ、そうだよ。あいつは別に傷つけるつもりじゃなかったんだ。サヤ様に拒まれたことなんてなかったし……」

「巫子一人うまくいなせないだなんて、情けない人ね」


 取り繕うようなクラキの発言にミオもまた乗りかかる。


「魔力移しを拒むというのもおかしな話じゃなくて? サヤ様付きだったのなら力は十分にあるのだろうし、せっかくの魔力移しの機会を棒に振るだなんてもったいな――」

「――あまり彼女を侮辱しないでもらえますか」


 聞き捨てならないミオの言葉を遮ったのはハシバだ。

 低い声音と共に響いたのはみしりと柱がきしむ音。一拍置いてばさばさと渡り廊下の屋根から積もった雪が降り注いでくる。

 渡り廊下の柱にめり込む勢いで拳を叩きつけたハシバの眼鏡の奥の瞳はどこまでも冷ややかで、必死に感情を押し殺している――そんな風に見えた。


「勝手な物差しで彼女を測らないでください。サヤ様がどうだったかなんてどうでもいい。彼女は彼女だ。サヤ様じゃない」

「っ、ミツルくん……」


 ハシバの剣幕にミオだけでなくセイジとクラキも息を呑む。

 魔導師の基準がサヤになるのは仕方がないとしても、すべての魔導師がその型にあてはまるわけではない。

 そんな当然のことを今更ながらに指摘されて場に沈黙が落ちた。


(……そう、だよな。だってルーフェは……)


 トウマの誘いにのることはなく、一貫して拒否の姿勢を貫いていた。レティスが見た限りだけでも巫子なら誰でもいいだなんて風には到底思えない。


 光の柱に照らされる中、ぽた、となにかがハシバの近くに落ちる。

 雪でも降り出したのかと空を見上げるも藍色に黒のインクを垂らしたような夜空には月が浮かび、雲ひとつない。

 それではなにが落ちたのか。視線をハシバに戻すとそれは握られたままの拳からぽたりとこぼれ落ちていた。

 白の世界に落ちる赤。色を認識した途端、ハシバの怒りに触れたようでレティスは身が縮む思いがした。


 光の柱を仰ぎ見るハシバの視線は険しい。渡り廊下がじわりじわりと飲み込まれていっている様子から少しずつ膨らんでいっているようにも見える。


「……このままじゃルーフェ殿が危ない」

「周囲や俺の家じゃなくてか?」


 ハシバのつぶやきに反応したのはセイジだった。


「こんなに魔法を使い続けては、遅かれ早かれ魔力が尽きます。それだけはだめです」


 光の柱は間違いなくルーフェの魔法で出来ている。

 これだけの光を生み出すのにどれくらいの魔力を使ったのか。このままではそう遠くないうちに魔力切れを起こすのではないかと最悪の事態を想定するハシバの顔色は優れない。


「もし、魔力が空になったらどうなるんだ?」

「……消えます。魔導師は魔力なくして存在できません」

「! そんな、こと……」


 あり得るのだろうかと迷うレティスの脳内にいつか聞いた母の言葉が響く。


『魔法使いの中でも魔導師さまは特別で。魔力を途切れさせてはいけない、尊いお方なの』


(……あれは、そういう意味だったんだ)


 だからハシバはあれだけルーフェを気遣っていたのかと点と点が繋がった。


「いやいや、魔力が尽きるまで魔法を使い続けるってことはさすがにないだろ」


 口をつぐんだレティスの肩に手を置き、ハシバの懸念を一笑したのはセイジだ。


「その正論が通じないのが彼女なんです。……元々残っている魔力量はそんなに多くない。せいぜい二割ってところだと思います」

「はぁ? お前がいるのに?」


 言外に巫子としての役目はどうしたとセイジはハシバを責める。


「その非難は甘んじて受けます。でも今じゃない、後にしてください。今はとにかくこの結界をなんとかしないと」

「なんとかったってなぁ……」


 そびえ立つ光の柱に入り口なんてもちろん見当たらない。


「巫子の力で……ってのは無理そうだな。一人や二人でどうにかなるレベルじゃなさそうだ」


 吸収してはどうかという案を自ら却下して、セイジは光の柱へ歩み寄る。

 青い光を宿した右手で結界に触れた瞬間、ばちっと嫌な音と光が溢れた。咄嗟に手を引き、痺れる腕を振る。

 セイジは振り返って呆然としたままのミオに声をかけた。


「……これは骨が折れるぞ。お嬢も手伝えよ」

「えっ……な、なんであたしが」

「お嬢。これは魔導師との力比べだ。力を示す絶好の機会だぞ?」

「……っ」


 セイジは名誉挽回のチャンスだと暗に示しているかのようだ。

 光の柱とハシバを交互に見てとり、ミオはぎゅっと唇を噛みしめた。


「わかったわ。見せてあげようじゃないの」


 ミオの群青色の瞳に光が宿る。

 渡り廊下から音もなく中庭へおり、ミオはセイジの横へ並ぶ。

 レティスはハシバに促されてクラキと共に光の柱から距離を取った。


「相当に硬いから一点集中な。俺がまず一発入れるから、お嬢も同じところを狙え」


 ミオの頷きを合図に、セイジの身体の周りに光が集まっていく。

 青――いや、群青のような濃い青の光は形を変え、矢じりのように先が鋭くなっていった。


「――ひびでもいいから入ってくれよ」


 願いを込めてセイジが腕を振ると矢じりは一直線に光の柱へ向かっていく。

 ぶつかった瞬間、硬質な音が周囲に響き渡った。

 光が溢れ、眩しさに目がくらむ。


「ミオ、頼む」

「まかせてちょうだい」


 いつの間にかミオの眼前に光の球が生まれていた。

 セイジとは色合いの違う、瑠璃紺のような青の光。それはまっすぐ光の元へ進み、勢いよくセイジの光の背を押した。


(……すご……)


 溢れる光に目を細めつつレティスは呆気にとられていた。

 水や炎を呼び出すのとはまた違う。魔力の具現化は難しいことなのに、いとも簡単にやってのけるセイジとミオはやはり別格だ。

 そして何よりその色に目を見張ってしまう。

 色の濃さは魔力の濃度に比例する。あの小さな光の塊にどれほどの魔力が詰まっているのだろうか。

 手助けしようにも力不足すぎて邪魔者にしかならないであろう自分が歯がゆかった。


「……っ、あと、少し……っ」


 セイジの隻眼が歪み、額から汗が流れる。

 ミオもまた眉根を寄せ、険しい表情を浮かべている。


「っ、もう、割れなさいよっ!」


 ミオの群青色の瞳がひときわ強く輝き、光の球が一回り大きくなった。


 ――わずかに、矢じりの先が結界へめり込む。


 途端、ピシ、と結界へ亀裂が入った。まばたきの間に亀裂は広がっていき、刺さった矢じりの先からボロボロと光が剥がれ落ちていく。


「開いた、か……?」


 空いた穴からは中の様子をうかがうことができた。

 淡い緑をしている外観に反して、結界の中はまるで森の中のように深い緑に包まれていた。目をこらしてようやく、小さくうずくまるルーフェと、その足元に横たわるトウマらしき人影が見える。


「ルーフェ!」


 レティスは咄嗟に呼びかけていた。

 両膝を抱えていたルーフェの肩がぴくりと動く。俯いていた顔を上げ、こちらを見たルーフェからは表情が抜け落ちていた。


『こないで』


 声なき声が脳内に響く。

 それは確かにルーフェの声なのに、目の前にいるルーフェが口を動かした様子はない。

 駆け寄ろうという気持ちはあるのに、短い、しかしはっきりとした拒絶の意思を前にして足がすくんで動かなかった。


「あっ……」


 うつろな眼差しをしたルーフェが腕を振ると、みるみるうちに穴が閉じていく。

 真っ先に動いたのはハシバで、狭まっていく穴のふちに手をかけた。青い光が腕から体全体へと広がっていく。


「……っ」


 おそらく、巫子の力で魔力を吸収しているのだろう。

 びりびりと雷のような光と音に混じって小さく苦悶の声がハシバの口から漏れた。


「ミツルくんっ!」


 ミオが悲鳴を上げる。

 巫子にはそれぞれ魔力の許容量がある。それを超えてしまえばいくら巫子といえどただの人だ。


「…………っ、ルー、フェ……」


 ハシバは掠れた声で結界の中へ呼びかける。

 痺れてうまく言葉が紡げない中、名を呼ぶのが精一杯。ルーフェに届くか怪しいくらいの声量だったが、わずかに、ルーフェの瞳が揺らいだように見えた。


「ミツル、手を離せ!」


 セイジがハシバの身体を後ろに引き寄せた次の瞬間、結界の表面が波打ち、それまでハシバがいた場所を食らうようにえぐった。


「阿呆! 無茶しやがって」


 肝が冷えたとセイジはハシバの肩を叩く。


「どうして止めるんですか。中に入れさえすれば……」

「止めるに決まってんだろう。あの中見ただろ? いくら巫子でもあれだけの魔力にさらされたら下手すりゃあの世行きだ」

「ですが……っ」

「落ち着け。……お前が一番卿といた時間が長い。助けたいんなら、策がないか考えろ」

「……」


 ハシバはぐっと言葉につまった。

 考えうる方法は先程試したばかりだ。ノルテイスラの中でも指折りの魔法使いでもあるセイジとミオの二人がかりでやっとの結界。再び割ることができたとしても、中に入るにはどうすればいいのか。


「……もう一回は、無理よ……」


 肩で息をするミオがぽつりとつぶやく。

 視線を光の方へ向けると、結界は何事もなかったかのように元の姿に戻っていた。




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