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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第四章 交わる記憶

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番外編 浮き立つ心

ミオ過去編、ハシバとの出会い編です。




 ミオ・イチヤは足りすぎていた。

 五家の筆頭・イチヤ本家に生を受け、蝶よ花よと育てられた幼少期。

 父はイチヤの家長、大叔父がノルテイスラの首長という環境によってもたらされるものは大きく、当たり前のように人の上に立つ者として教育された。

 周囲の期待の声に応えるかのようにミオは早々に頭角を現す。

 愛くるしい容姿に聡明さを兼ね備え、ありあまる魔力も宿している。

 いずれ家を背負っていくのだという重圧にミオは屈することはない。すくすくと成長するミオの姿に、やがて人々は在りし日の魔導師の姿を重ねた。


『ミオ様こそ、次代の水の魔導師にふさわしい』


 サヤの再来だと呼ばれるようになった頃、ミオは高等学校――学院へ進学した。

 同世代が集まる学院でミオに敵う者は誰一人いなかった。教師たちもまた、口を揃えてミオを褒めちぎる。唯一、五家の二の家(フタバ)出身の教師だけがミオに厳しく接してきたが、ともすれば思い上がりかねない自身への抑止力であると気付かないミオではなかった。


 ミオにとって学院は学びの場でもあり社交の場でもあった。

 本家の一人娘として将来の伴侶選びは慎重にならざるを得ない。イチヤの名を利用したい者、容姿に釣られる者、所詮女だろと舐めてかかる者――群がる男共にミオは辟易していた。


(どいつもこいつも、程度が低くてよ)


 おまけに身長も低いときているとミオはご立腹だった。

 すくすくと成長したのは背丈もそうで、十四才の学院入学時には今の身長(171cm)あった。

 言い寄ってくる者は目線が同じくらいかやや低い者も多い。稀に背が高い者もいたが、大きな身体で媚びへつらう姿は何とも滑稽でしかない。


 うんざりしながら迎えた初めての夏休み。

 実家に帰省した際に行われていた五家の会合で、ミオは運命の出会いを果たすことになる。



***



 新たに巫子姫の側近に就任したのが若い男だという話は聞いていた。

 父であるイチヤ家長をはじめ、大人たちが不思議と皆渋い顔をしていたのが印象に残っていて、ミオはふと会ってみたいと思った。

 学院にも進学したことだし、大人の仲間入りを果たしてみたかったということもある。

 会合に参加したいというミオの希望はすんなりと受け入れられた。

 うだるような暑い日で、会合までまだ時間があるということで屋敷の中庭で涼んでいたミオの耳に言い争う人の声が入ってくる。


「よくもまあのうのうと顔を出せたことだな」

「裏切り者の『白』の子が、どうやって巫子姫に取り入ったんだ?」

「でかい図体しやがって、おおかたこっちで気に入られたんだろ」


 よく見れば声を荒げているのは見知った顔の大人たちで、囲まれた者は一言も口を発していない。

 話の内容よりも、ミオが目を奪われたのはその囲まれた人物そのものだった。


 ひときわ背が高い。


 周囲の大人たちもけして背が低い方ではなかったと記憶しているが、頭ひとつ抜けているその人物にミオの目は釘付けになった。


「――ねえ、ちょっと」


 知らず知らずのうちにミオは声をかけていた。

 突如その場に響いた涼やかな声に囲んでいた大人たちは一様に肩を震わせた。


「みっ、ミオ様!?」

「こ、これは、その」


 慌てふためき、口々に何かを言っているがミオの耳には届かない。


「お、お見苦しいところをお見せしましたっ」


 じっと凝視するミオにおののいたのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 残されたのはミオと囲まれていた者の二人で、大人たちの背中が見えなくなってからふうとため息をつく声が降ってきた。


 ……やはり背が高い。


 改めて見ると囲まれていたのはミオよりは年上であろう若い男だった。

 黒髪に濃いグレーの切れ長の瞳。大人というには線が細いが、学院で見かけるひょろひょろと背が高いだけの者とはまるで違う。半袖からのぞく腕にはしっかりと筋肉がついていて、首筋に浮かぶ汗がゆっくりと流れる様を無意識のうちに見つめてしまっていた。

 数人に囲まれ罵倒されていたにしては平然としていて、背丈も相まって妙に落ち着きを感じさせる。


「ありがとうございます、助かりました」


 礼を言う声のトーンも落ち着いていた。


「今の、うちの分家の者たちだけど、なにかありまして?」

「え? ……あぁ、大したことはないです。お気になさらず」


 素っ気ないまでの口調は今までミオが体験したことがないもので、俄然興味がそそられる。

 口を開こうとしたミオを会釈で制止して、男は「失礼します」とその場から去っていった。




 名前を聞きそびれたことを後悔するも、機会はすぐに訪れる。

 会合の末席にその者がいたのだ。

 その隣には春から居候をしている三の家(ミカサ)の次男坊――セイジがいて、なにやら親しげに言葉を交わしている。

 セイジは実力は確かながら魔導師になり損ねた者として五家内で持て余されていた。品行方正だったというのは昔の話で、最近はもっぱらならず者扱い。それまで影に隠れていた兄のカズマがミカサを継ぐのではないかと噂される中、セイジの所から学院に通うことを言いつけられた時は耳を疑った。


『イチヤたる者、誰が相手でもうまく従えなければならない』


 そう父になだめられ、渋々セイジの屋敷に厄介になっている。

 ミオとセイジの年の差は親子ほどではないが一回り以上離れていて、同じ五家内の子世代という共通点はあっても面識はほとんどなかった。褒めそやすわけでもないのに馴れ馴れしいセイジはミオにとって異質でしかない。どう相手をしていいか思いあぐねてこれまで必要最低限の会話しかしてこなかった。

 そんなセイジの意外な交友関係を目の当たりにして、セイジに対しても興味が湧いた。

 あの人のことを知ることができるかもしれない――そんな淡い気持ちが原動力となり、セイジと腹を割って話せるようにまでなるのはまた別の話。


 がやがやと騒がしい室内。到着が遅れているという者を待つ間、ミオの元には挨拶に訪れる人が絶えなかった。父であるイチヤ家長に自慢の娘だと誇らしげに紹介され、応えるように笑顔を作る。

 会合の場を借りたお披露目の最中もミオの意識は末席に集中していた。


(初対面なのだから、いずれあの人も挨拶に来るはず)


 そう思っていたのだが、その者はミオを一瞥しただけでミオの元へ来ることはなかった。


 やがて遅れていた者も到着し、会合が始まる。

 会合は料理だけでなく酒も振る舞われる中行われ、半分宴会のようなものだった。

 まずは五月末に開催されていた首長会議の内容が共有され、懸案事項があれば各家が持ち帰り検討する。次いでこの一年であったノルテイスラ内での大きな事案について話し合いが行われる。各家からなにかしら発言があったがその者は一言も発することはなく、黙々と目の前に並んだ料理を口に運んでいた。


 声を聞いたのは宴も終盤になってから。


「そういえば、マナ様の側近が変わられたんでしたな」


 誰かのそんな言葉を皮切りに、視線が一斉に末席へ注がれる。

 食事をする手を止め、その者はゆっくりと一同を見渡し、恭しく頭を下げた。


「……ご挨拶が遅れました。このたび新しくマナ様の側近となりました、ミツル・ハシバです。今後ともよろしくお願いいたします」


(やっぱり、あの人がそうなのね。ミツル・ハシバ……男の人だけど巫子、なのよね)


 五家の家長をはじめとする錚々たる顔ぶれを前にしてへりくだることなく、冷静に告げる姿にミオは釘付けになっていた。

 そんなミオに気付かず、隣に座る父が顔を上げるよう促す。


「ふむ。君が例の……。マナ様は息災かな?」

「はい。変わりなく過ごしております」

「そうか。……ハシバ、と言ったか。私が知る名とは違うようだが」

「姫……マナ様に授けていただきました」


 その言葉に場がざわついた。

 ざわめきを抑えるかのように父は一同を見据える。静寂が訪れてから、父は威圧感のある低い声でハシバに問いかけた。


「憂いはないと?」

「はい。ご認識の通りです」


 答えるハシバは平然たる態度を崩さない。

 視線が重なったのはほんの数瞬。

 先に緊張を解いたのは父の方だった。


「……あいわかった。しかと務めを果たすように」

「承知しております」


 ハシバが深く頭を下げたことを合図に空気が緩んだ。

 その日、宴は夜遅くまで続いたという。いち早く抜け出したのは大方の予想通り末席にいた者達から。セイジと連れ立って部屋から出ていく姿を横目でとらえ、ミオはがたんと席を立った。

 驚く父や周囲の者を尻目に、二人を追いかける。


「――待ちなさい、ミツル・ハシバ!」


 去っていく背中に声をかけていたのは無意識のうちのこと。

 立ち止まったのはハシバだけでなく横にいたセイジもだった。振り返って声の主を見た隻眼が丸くなっている。


「なにかございましたか?」


 わずかに訝しげな表情を浮かべてはいるものの、問いかける口調は平然としていた。ミオを見つめる視線に媚びへつらうような色は微塵も感じない。


「や、その……まだ挨拶ができていないと思って。あたしは、」

「存じております。ミオ・イチヤ嬢。昼間はお手数をおかけしました」


 恭しく礼を取る姿勢は毅然としたものだった。


(あたしが誰かを知っているのに、この態度なの……?)


 ミオが今まで出会った者たちとまるで違う。イチヤの名を聞いても怯まず、媚びない者なんていなかったのに。


「あなた、年はいくつ?」

「……十八ですが」


 三つ上。思っていたより若い。


「そう。あなた……ううん、ミツルくん」


 ミオはハシバへ歩み寄る。


「あたしの結婚相手になってちょうだい」


 歌うようによどみなく、そんな言葉が口から漏れていた。

 耳にしたのはハシバとセイジの二人だけでなく宴の席から追いかけてきていた者たちもそうで、皆一様に金縛りにあったかのように固まっている。


「あぁでも今すぐってわけじゃないの。あたしまだ十五になったばかりだし、成人してから……ううん、学院を卒業してからかな」


 あと四年足らず。きっとあっという間だろう。

 ハシバの手を取り、にこやかに微笑みかける。


「…………お、お断りします」

「えっ」


 戸惑われるのは予想していたが断られるのは想定外だった。


「ど、どうして?」

「どうしてもなにも、初対面ですし……自分はそんな器ではないので」


 ミオの手を振り払い、ハシバは後ずさる。

 ぺこりと頭を下げ「失礼します」と踵を返して夜の闇に溶けていった。

 フリーズから解けたセイジが困惑したまま責めたててくる。


「おいミオ、いきなりなんだ? 冗談にしちゃタチが悪いぞ」

「冗談なんかじゃない! ……好きになっちゃったの」

「はぁ?」

「ねぇ、あの人、セイジの知り合いなのよね?」

「まぁそうだが……って、あいつ、一人になるなって言っといたのに。――すまん、ミオを頼む」


 ミオの後ろで固まったままの数人に声をかけ、セイジもまた足早に去っていった。


「ミ、ミオ様……」

「だ、大丈夫ですか?」


 口々に労るような声をかけられるも、ミオの耳には入らない。

 振り払われた両手を口元で握りしめ、ミオはうっとりと夜の闇を見つめていた。







少し補足。

ルーフェはミオのことを「ハシバの外見(主に背の高さ)に惚れている」と思っていますが、ミオは媚びない内面も含めて好きになった感じです。

そしてミオもまたルーフェのことを自身と同じように恵まれた環境にいたと誤解しています。

互いにそのことを話し合ったことはないのでその差異を描写のずれとして書いたつもり、です。



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