11 かく語りき 2
(でも、それでなんでオレになるんだ?)
ルーフェの言う通り、魔導師になる条件として魔法使いとしての優劣が関係ないとして。ぐんと対象者が広がり、地道に探すしかないということは理解できる。
けれどそうなったからとてレティス自身がその対象になることはどうしても結びつかなかった。
魔導師となるにはその土地の精霊の系譜に連なる者であるということが絶対条件となる。
いくら間の子で水の魔法が使えても生まれがスーティラである以上、レティスは対象外でしかないはずだ。
(……聞いて、いいのかな)
膝の上で丸くなるシズの真横でぎゅっと拳を握りしめる。
躊躇したのはほんの数瞬。
レティスが口を開くより先に沈黙を破ったのはセイジだった。
「――まさか、その候補というのがレティスだ、……とは言わないよな?」
聞きたいことをそのまま聞いてくれたのでレティスは口をつぐんだまま、ルーフェに視線を移す。
一同から注目される中、ルーフェはにっこりと微笑んだ。
「ご明察。その通りよ。……私はレティスを魔導師候補と見込んだから、マナの元へ連れていくことにしたの」
「……!」
きっぱりと告げられた言葉にその場にいた誰もが息を呑む。
エメラルドグリーンの瞳はどこか遠くを見据えているようで、ルーフェの言葉に迷いはなかった。
けれどレティスはどうしていいのか迷うばかりだ。返す言葉は当然ない中、驚き、戸惑い、疑うような視線が一斉にレティスに注がれる。
針のむしろな空気感がいたたまれずに身を縮ませるレティスを見て、一足早く復帰したセイジが口を開いた。
「あー……自分から言っておいてなんだが、それは無理があるだろう。スーティラ出身のレティスはそもそも資格がないじゃないか」
「そ、そうだよ。なんでオレになるんだ?」
訳が分からないのはレティスも同様で、困惑しきった声をあげる。
「それについては僕からいいですか」
問いに答えたのはルーフェではなくハシバだ。
「確かにレティスの生まれはスーティラですが、魔力の本質はおそらく水です」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「レティスが巫子から生まれたからです」
「……? それがどう繋がるんだ?」
答えになっていないとセイジだけでなくレティスやミオも首を傾げる。
唯一ルーフェのみぴんときたらしく、ぱっと弾かれたようにハシバの顔を見上げた。
「もしかして、イズミは……」
「そうです。イズミさんは巫子であるまま彼を産んだ。……人は生まれた地の精霊の系譜に連なりますが、例外がひとつだけ。巫子が巫子であるまま産まれた子は、巫子の魔力を引き継ぐんです。だから彼の魔力の本質はスーティラ由来の火じゃなく、母親由来の水になります」
「なんだそれは。そんな話は聞いたことがないが」
「まずありえない事例のため表立って話題になることがないだけで、巫子であれば周知の事実です」
「ほう。ありえない、というのは何故だ?」
「……巫子が巫子のまま子を産むとなると、その子はまず間違いなく精霊に喰われるためです」
「!」
端的に告げられたハシバの言葉にセイジとミオは揃って身を固くした。
「精霊の愛し子である巫子が産んだ子は精霊からすれば嫉妬の対象でしかないんです。存在ごと亡き者にされてしまった過去があるから、巫子はまず子を産む前に巫子の力を返上するのが慣例となっています」
「それを『白』の巫子はしなかったと?」
「そうです。……状況的にできなかったんだと思います」
そうしてハシバはレティスに昨夜語ったことを繰り返す。
当時イズミはマナの側近を務めていた。多忙を極める中、生家であるシラハからは降って湧いたように見合いの話がやってくる。
果たすべき責務と実家からの圧力に板挟みの状態で宿った命をどうするか。
巫子の力を返そうにも、想いを伝えるべき相手は他地方の人間で目の前にはいないためそれもままならない。会いに行くにも来てもらおうにも口外した時点で実家に知られることとなり、問答無用で子が犠牲になるであろうことは目に見えていた。
刻一刻と期限が迫る中、イズミの下した結論は他地方へ身を隠すことだった。相談できる人がいたのかは定かではないが、系譜の異なる地であれば子を守りきれるとふんだのだろう。
それは実際現実となったのだが、予想もしない結果をも招くことになってしまった。
「……なるほど。だからイズミは急にいなくなったのね」
「理屈は分かったが……にしてもなぁ」
「っていうかちょっと待ちなさい。さっきからイズミって言うけど、それってあの例の巫子のこと?」
納得するルーフェとセイジの間からミオが割り込んでくる。
ハシバは無言で頷くことで肯定の意を示した。
「なによそれ。間の子とは聞いたけど、あなた、あの裏切り者の子なの……?」
「……」
信じられないとばかりにまじまじと見つめてくるミオをレティスは無言で見つめ返した。
裏切り者とはっきり口にされて良い気分はしない。よく知りもしないくせに――そんな反発心を抱くもそれを表に出すと事態がややこしくなってしまうとレティスは口をつぐむ。
自分さえ我慢すればいい、長いものには巻かれてしまえばいいというのが故郷で学んだ処世術だった。
「――裏切り者じゃないわ」
レティスの内心を代弁するかのようにルーフェがぽつりと呟く。
「イズミはお腹の子を守りたかっただけでしょう? 板挟みの状況で、守るべきものを守るための行動をとった。……水精霊のイズミへの執着が思いのほか強かったのが誤算だっただけで」
巫子の名門、裏三家の筆頭、シラハ家の巫子。
マナに匹敵するやもと言われていたイズミの存在は水精霊にとっても大きかったのだろう。精霊の逆鱗に触れることとなり、暴走を招いた結果があの惨状に繋がってしまった。
「あら、随分と綺麗事を仰るのね。それでミツルくんは一人遺されたっていうのに」
「……それでも、イズミが悪いとは私は思えない」
ミオの挑発ともとれる言葉にルーフェはゆっくりと首を横に振った。
「巫子であっても、人を想う気持ちは尊重されるべきよ。思うままに生きることが悪いなんて、思えない」
それでは、水精霊が悪いのか。
答えは、誰に聞いてもノーだろう。精霊に善し悪しはない。精霊が存在しその恩恵を受けるこの国で、その存在を否定することは誰にもできない。
誰が悪いわけでもない。ただ、歯車がうまく噛み合わなかっただけ。
そこに悪意はなかったはずなのに、数奇な道を辿ってしまったのは不運としか言いようがなかった。