10 かく語りき 1
「さて。貴殿にここまで来てもらったのは他でもない、答え合わせがしたくてな」
翌日、昼食を終えて応接室に集められた一行を前に口火を切ったのはセイジだった。
人払いは済ませてあると使用人は遠ざけられ、この場には七人――セイジ、ミオ、ルーフェ、ハシバ、レティス、そしてクラキとトウマが残されている。
クラキとトウマがいることにミオは当初難色を示したが、セイジに諭されて渋々受け入れていた。
場馴れしていないのかどこか緊張した面持ちを浮かべているクラキに対し、トウマは悠然と部屋の隅に控えている。サヤ付きの巫子だったというのは伊達ではないようで、あくまで存在を主張することなくその場に溶け込んでいた。
シズはレティスの膝の上だ。場の空気を読まぬゆるさで毛づくろいをしている。
「すみません。その前にひとついいですか」
ハシバが話に割って入った。隣に座るルーフェに声をかける。
「姫に知らせなくていいんですか? 貴女が今から話そうとしていること」
「マナに? んー……うん、大丈夫。元々私のお願いをきいてもらっているだけだから。マナから命じられたことじゃないし、手伝いも……ほら、ハシバをつけてくれただけで、他はなにもなかったでしょ」
「……まぁ、確かに。そうですね」
頷いたハシバを見届け、ルーフェは視線をセイジに戻した。
「そんなわけで、ハシバもマナも私に巻き込まれただけだから。水神殿の者に責を負わせるような真似はやめてよ」
責任は全て私にあるからと釘を刺すルーフェにハシバは上擦った声をあげた。
「っ! そういうつもりでは、」
「分かってる。けど、ちょうどいい機会だから。はっきりさせとかないと、でしょ」
「ふむ。あくまで貴殿の独断である、と」
「えぇ、もちろん」
念押しをするようなセイジの言葉にルーフェはためらいなく頷いた。
その隣でハシバは顔を曇らせていたが割って入ることはできないようだ。不満げなハシバの視線を受け、セイジは困ったように眉を下げた。
「あらかじめ言っておくが、俺は何も罰しようとしているわけじゃない。ただ貴殿の思惑が知りたいだけだ。風の魔導師たるあなたが何故、ノルテイスラをうろついているのか。そこに合理的な理由があるならば目を瞑ることもやぶさかではない」
「ちょっとセイジ、なにを言ってるの?」
「お嬢は余計な口を挟むな。それに、この場のことは他言無用だと言っただろ?」
目をしばたかせるミオにセイジがぴしゃりと言い放つ。
「言ってたけど! お父様にも言わないとかそんなの許されるわけないわ」
「許すもなにも、端から期待されてないから『やっぱりだめだったか』程度で終わるさ。それにイチヤに叱責されたところで俺は痛くも痒くもない。五家内での俺の評判なんて地の底だしな」
「……っ、少しは挽回したいと思わないの?」
「思わんな。……覆水盆に返らず、だ」
ため息混じりにセイジは眼帯をとんとんと指し示した。これ以上ないものを見せつけられてミオは押し黙る。
セイジはそれを納得の返事だと受け取った。
「お見苦しいところを見せてすまないな。そんなわけだ、そう気負わずに話してくれたらいい」
「……今の話だと、他の五家は僕たちがここにいることを知らないんですか?」
「あぁ。これは半分俺の独断でもあるからな。事情を聞いた上でどうするか判断する。それまではこの屋敷の者しか知らないさ。なに、うちの者たちがうかつに口外することはないからそこは安心してほしい」
セイジの屋敷で働く者たちは五家であるミカサではなくセイジ個人に雇われているという。使用人であろうと信用できる者しかそばに置くことはないであろうことは容易に想像できた。
「……随分と親切にしてくれるけど、そうするメリットがあなたにあるってことね?」
「そうとってくれて構わない」
ルーフェの探るような問いにセイジは頷く。
「そんなわけで本題だ。貴殿は何をしにノルテイスラへ来たんだ?」
ずばり、直球の問い。匂わせやまどろっこしい言い方を避けた物言いにセイジの確固たる意志が見てとれるようだ。
観念したようにルーフェは呟く。
「……人を探しているの」
「ほう。それは誰だ?」
「誰というか……水の魔導師となりえる人。候補と思われる人を見つけて、マナの元へ連れていく。そのためにノルテイスラを巡っているの」
「――……えっ」
……ちょっと待ってほしい、というのがルーフェの言葉を聞いたレティスの第一の感想だった。
人を探しているとは聞いていた。その人がレティスであるかもしれないということも。
けれどそれが魔導師候補となると話は別だ。
思いもよらないことを耳にしてレティスはルーフェの横顔をまじまじと見つめてしまった。
(嘘……を言っているようには見えない、けど……)
どうして自分が、というのが偽らざる本音だ。
うまく言葉が出てこずに挙動不審になってしまったのはレティスだけで、残る面々はさほど驚いた様子もなくルーフェとセイジの会話に耳を傾けていた。
「お仲間探し、か。それはよその魔導師がすべきことではないという認識ですが?」
「そう? しちゃいけないなんて決まりはないわよ?」
「詭弁だな。不可侵条約についてはどうお考えですかな?」
「心外ね。私が何か侵害を与えたかしら?」
「系譜の異なる地をうろうろする時点で侵略行為とみなされても無理はないと思いますがね」
「それこそ詭弁よ。魔導師は系譜の異なる地では弱体化することくらい、知ってるんでしょう?」
ルーフェとセイジ、互いににこやかな笑みを浮かべているものの物騒な単語が飛び交いあう。
「弱体化と言うが元が桁違いである以上、脅威であることには変わりないな。現にあのノポリでの雷、あれは並の魔法使いにはできん芸当だ」
天候すら操ることができる様は見事だったとしみじみとセイジは頷いた。
「だったら何なの? 私が他になにかしたとでも?」
「ふむ。確かに貴殿がなにかを為したという記録はない。ただ他地方の女とその護衛らしき男を見たという村や町では、軒並み魔獣の被害が減ったいう報告があがっている。これについて心当たりは?」
「道中に魔獣がいたら駆除することもあったわね」
「取れた魔石はどうされました?」
「旅の資金にしたわ。先立つものは必要でしょ? ちなみに神殿から金銭的な援助は一切受けてないから」
「……みたいだな」
ハシバに視線を向けると頷いている素振りがあったので間違いはないらしい。
腕組みをしたセイジはしばし考えこんだ後、おもむろに口を開いた。
「やましいところはない、というわけか。しかしそうなると、貴殿をもてなすことなく不自由させてたってことになるが……」
それはそれでどうなんだとセイジはうなる。
本来なら下にも置かない扱いをしなければならないだろうに、付き人であるハシバがいることを除けばルーフェはまるで一般人のようで。
大衆の酒場で食事をとり、安宿に泊まり、村の子ども達と平気で関わりを持つ。野宿には慣れている様子で、むしろ特別扱いされることを厭うようにすら見える。
本当に自らの足でノルテイスラを巡っていたのだと突きつけられ、セイジはどう判断すべきか思いあぐねているようだった。
「別に不自由だなんて思ってないわ。……ちゃんとこの目で確かめたかったの。探すにしても、上澄みだけさらうんじゃだめなのは分かってたし」
「ほう。今のやり方では問題があると?」
「十五年もの間、見つかってないのが答えでしょ。必ずしも魔法使いとして優れていなければならないわけじゃないってマナから言われなかった?」
「マナ様が? いや……」
「その話、聞いたことがあってよ。お父様が話していた気がするわ」
首をひねるセイジに反して、ミオが肯定するように横から口を挟んだ。
「でも、そんなの詭弁じゃなくて? 魔導師たる者、ろくに魔法が使えなくてどうするの?」
先代のサヤを見ていたら力こそ正義だというのは明白だとミオは一笑に付す。
魔導師とは精霊を治める者だ。ルーフェがそうであるように、魔法に関して誰よりも秀でた者が魔導師になるのだろうとレティスも漠然と思っていた。
「それじゃいつまで経っても見つからないままね。共に立つ巫子の意向を聞かずして選ばれると思ってるだなんて、おめでたい人たちね」
「あら、マナ様の意向がなんだっていうの。それにね、あなたのしてることは無駄足でしかなくってよ。なんたってあたしが魔導師になるんだからね」
「……魔導師になる、ねぇ……」
冷ややかにミオを見つめるルーフェ。
ふうとため息をつき、まるで小さな子に語りかけるようにゆっくりと口を開いた。
「なにか勘違いしてるようだけど、魔導師はなるものじゃなくて選ばれるものなの。魔力の優劣は二の次でしかない。扉を開き、賢者さまのお眼鏡にかなうかどうか。……レティスを軽んじるあなたが選ばれるとは到底思えないわね」
「っ、よくもまあそんなでたらめを……!」
「落ち着け、お嬢」
気色ばむミオをセイジがなだめる。
「でたらめと切り捨てていい話じゃない。相手が誰か冷静に判断しろ」
「だって納得いかないわ。サヤ様には誰も太刀打ちできなかったって聞いたもの」
誰よりも強く、美しい魔導師だったとサヤを知る者は口を揃える。
そんなサヤに一歩でも近づくべく日々研鑽を積み重ねてきたのだとミオはルーフェを睨みつけた。
「お嬢の努力が豪語じゃないってのは分かっている」
セイジはミオの肩を持つ。
「――が、今の五家のやり方ではだめじゃないかというのは俺も薄々勘付いてはいた。知っていたのであればご教授いただきたかったところだが……聞く耳を持っていなかったのは我々の方、ということか」
「そういうこと。だからマナも私が探すことに反対しなかったんだと思う」
先入観にとらわれず、別の切り口から魔導師となり得る人を探す。
単純なようでいてそれが五家には難しい。魔力に優れているが故に頭角を現し、実際に過去に何人も魔導師を排出している歴史を無下にすることはできないのだろう。
優劣をつけることで存在価値を見出してきたという根幹を揺るがされてセイジは隻眼を閉じ、思いに沈むような仕草を見せた。