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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第四章 交わる記憶
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2 在りし日を思う

少し長めです。



 十一月に入り、より一層冬の気配を感じられるようになった。馬車の外、街道の脇には雪で覆われた木々が立ち並び、山々も白い頂を見せはじめている。


 ……あれからハシバはレティスの方を見もしようともしない。


 真偽を確かめることもなく、ただ拒絶するような態度に傷付かなかったと言えば嘘になる。けれどルーフェのみならずセイジにも「そっとしてあげてほしい」となだめられてそれ以上踏み込むことはできなかった。

 元より必要がない限りハシバと言葉を交わすことはなく、距離をおいたところで誰も困りはしない。

 空気を読んだのかクラキとトウマの二人も様子のおかしいハシバに言及することがないまま、湖の村ノポリを後にした。


 ミカサの屋敷があるという神殿の街(ピオーニ)から派遣されてきた馬車は二台。御者と護衛が二名ずついたが、護衛は後から帰るということで御者二名と他六人でピオーニへ向かうことになった。

 どう分乗するかの内訳はレティス、ルーフェ、セイジの三人と巫子三人という形に落ち着いた。決めたのはルーフェとセイジで、その二人に異論を唱える者はいない。ハシバとトウマが同じ馬車で大丈夫だろうかと一抹の不安を感じたが「お前ら揉めるなよ」と巫子三人に念押ししていたので杞憂に終わると信じることにした。


 一見穏やかに馬車は寂れた街道を進む。

 時折馬車が雪に足をとられて立ち往生するも、人が多ければどうにでもなる。押してだめなら引いてみて、それでも無理そうならレティスの火の魔法で雪そのものをなかったことにする。

 火を起こすというレティスにとっては手間にもならないことが思いのほか重宝がられた。

 簡単に火を起こす手段としての魔道具はあるが、そこに使われている火の魔石が希少かつ高価なため一般にはあまり出回っていない。その便利さ故に生活に根ざしつつある魔道具だが、部品である魔石の魔力が尽きれば使えなくなるという脆さも併せ持つ。修理となれば魔石を交換、もしくは魔力を充填することになる。前者はとかく高価になりがちで、後者には系譜に連なる巫子の力が必要だ。

 便利に使えて生活の質が上がるが、常用するにはコストがかかる。

 そんな魔道具をセイジはもちろん持っていたが、使わないに越したことはない。

 明日にもピオーニへ着くだろうかという日の夕暮れ時。早めに野宿の場を定めて火を起こしていたレティスにセイジが声をかけた。


「ふむ。レティスがいると旅が楽だな。どうだ、行くあてがないなら俺のとこで働かないか?」


 ハシバと距離が開いたのとは裏腹にセイジには興味を持たれたらしく、あれ以来少し態度が変わったような気がする。

 どういう風にと具体的に言い表すことはできないが、話しかけてくる頻度は確実に上がった。軽口をたたいてくることもあり、今回もまたかと笑って受け流す。


「はは、また冗談ですか?」

「いや、結構本気」

「ちょっと、勝手にレティスを勧誘しないでよ」

「有能な人材を取り立てたいと思うのは人の常だろう」


 ルーフェが不満げに唇を尖らせてもセイジはどこ吹く風だ。


「そんなわけだ。レティス、考えておいてくれ」

「……う、うん……」


 ……大神殿に行って、その後のこと。この先の行くあてなどそういえば考えたことがなくて、レティスは言葉に詰まってしまった。




 この日、見張り兼火の番として起きていたのはレティスとトウマの二人だった。

 本調子ではないからとこれまでずっと免れていたトウマだったが、本人から大方戻ったいう主張があったたため、それならばと役目が与えられた形だ。

 皆が寝静まった夜半過ぎ、火を囲っていたトウマがおもむろに口を開いた。


「なぁ、お前の父親ってお前みたいな髪色してたりする?」

「同じだけど……」

「いや、思い出したんだけどさ。俺、お前と同じ髪色でお前によく似た顔したやつを見たことあるんだよな」


 トウマの口から紡ぎ出される言葉の真意が図れなくてレティスはまじまじと見返してしまった。

 信じるか信じないかは好きにすりゃいいけど、と前置きしてトウマは言葉を続ける。

 それは巫子として臨んだ最後の首長会議のこと。それまで公の場に出るのはサヤ付きの巫子が多かったがサヤが消えたことによりお役御免となり、その場には引き継ぎも兼ねてイズミも参加していたという。


「首長会議ってのがロトスであって、神殿から近いとはいえ前日入りするんだよ。で、首長であるイチヤと打ち合わせという名の食事会があるわけなんだが、サヤ様がいない状況で俺らと飯を食うどころか話すことなんてないってなって。まぁイチヤはサヤ様を毛嫌いしていたし、サヤ様の犬でしかない巫子も嫌いなんだろうな」

「嫌いって、なんでまた……」

「おおかた自分より人気のあるサヤ様が気に入らないとかそんなくだらない理由じゃねえ? ま、サヤ様はそんなこと気にもかけてなかったけど。――で、だ。肝心のお前に似たやつだが、その首長会議にいたわけだよ。スーティラの首長の護衛として来ていた魔導師補佐だって、」

「――父さんだ」


 魔導師補佐を名乗っていたのなら間違いない。


「そっか。父さん、ノルテイスラに来てたんだ……」


 そうしておそらくそこでイズミと出会ったのだろう。


「ふーん。やっぱお前の父親なわけ。じゃ、堅物女が母親ってところか」

「っ! それ、セイジさんに聞いたのか?」

「あ、やっぱそーなんだ」


 にやりとトウマの口角が上がる。


「で、セイジさんもそれを知ってると。あ、別に聞いたわけじゃないぜ? お前、前に堅物女について聞いてきたし、この前水の魔法を使ってたから間の子だろ? 状況証拠からそうなんだろうなと思っただけで」

「…………」


 騙される形になって睨みつけるもトウマは意に介さない。

 イズミのことを堅物女と称するのも気に障るが、おそらくその名前を出すことが問題であろうことはさすがに勘付きもする。レティスは渋々不満を飲み込んだ。


「前知りたがってたから昔話をしてやるってんだ、そう睨むなって」

「えっ……聞きたい、お願いします」


 細めた目を一瞬で丸くしたレティスを見てトウマはぶっと吹き出した。


「すげー単純。まぁそうだな、じゃあなんでそう思ったのかだな。その最後の首長会議の前日、そいつと堅物女が一緒にいるのを見たんだよ。イチヤと飯を食うことがなくなったからといって堅物女と飯を食う道理もないわけで、解散して各々好きにするかってなって街をぶらついてたら、偶然見ちまったわけだ」


 夜もだいぶ更けた頃、肩を並べて闇へ消えていく二人を見かけたのだとトウマは目を細めた。


 本人を前にして呼びはしないが、堅物女という呼称の通り、それまでイズミに男の影は全くなかったという。しばしば見られる巫子同士の戯れにも興味を示さず、むしろ嫌悪の眼差しを浮かべていたそうだ。

 巫子の役目を思えば、巫子同士で訓練するのが手短な上にリスクが低いのに。そうトウマは何てことのない風に呟く。

 訓練? リスクって? と首を傾げるレティスを見て、トウマは毒気を抜かれたように笑った。


「さすが堅物女が親なだけある。まぐわい……性行為って言った方が分かるか? 巫子は魔力移し中は子を作る力を失うんだよ。お互いが巫子なら、ほぼほぼできないってもんだ」

「……そ、そうなんだ」


 赤くなってしまったレティスを愉快そうに眺めつつ、トウマは話を続ける。


 巫子と大層に呼ばれるが所詮は仕事の一つに過ぎない。一定期間神殿で奉公して家業に戻るという道を選ぶ者もいて、そういう者にとって当時の神殿は馴染みのない者同士の出会いの場の一つとして機能していたそうだ。


「多少の火遊びには目を瞑ってやるのが礼儀ってもんだろ? 他地方の人間ならなおさらその場限りだろうし、俺は何も見てないし知らないってことにした。でも翌日、首長会議でそいつの顔を見た時はさすがにびびったな。あいつは俺以上にびびってたけど」


 常に凛として背筋を伸ばすのは忘れないイズミが挙動不審に陥る様は初めて見たとトウマはくつくつと喉を鳴らした。


「忘れたつもりだったんだけどな。つーか最近まで実際に忘れてたし」

「……それで、初めて会った時に『どっかで見たことある』って」

「あ? そんなこと言ったっけ?」

「言ってたよ」


 忘れもしない、ナーシスの村で囚われた時だ。


「ふーん? ま、言ったかもな。どっちでもいいわ」


 あくびを噛みころしながらトウマは膝の上で丸まっているシズの毛並みを撫でる。昔話をして疲れたとでも言う体で、端正な横顔にわずかに疲労の色が見てとれた。使い切っていた魔力はほぼ戻ったと言っていたがまだ本調子ではないのだろうか。


 トウマの話を脳内で繰り返し再生しながらレティスは小さくなってきた焚き火に薪をくべた。

 父と母の出会い。その一端を垣間見ることができて嬉しくないと言ったら嘘になる。イズミは確かにそこにいて、存在を忘れられていなかっただけでなんだか胸がつまった。


「――にしてもそうか、あいつは逃げたんだな。シラ……『白』の家から。それで家自体がふっ飛ぶんだからなんつーか皮肉なもんだな」


 ぱちりと薪が爆ぜる音が暗闇に溶けていく中、白い吐息に乗せてトウマがぽつりと呟いた言葉は到底聞き捨てならないものだった。


「? 逃げた、って、なんで……」

「あ? あー……まぁ、いいか。知ってるやつは知ってるしな。いいよ、教えてやる」


 一瞬考えこんだ様子なのは守秘義務に抵触するかもと頭をよぎったのだろう。


「サヤ様が消えたら当然、次の魔導師が必要になる。大抵五家にいる優秀な魔法使いが候補に挙がるわけだが、その中には当然未婚の者もいる。でもそれじゃ困るってことで裏三家に『優秀な巫子を嫁もしくは婿にくれ』って要請があったらしいんだよ」

「はぁ……?」

「本当にはぁ? だよな。それは俺もそう思う。魔導師になったら子を作れないから、その前に子を仕込むってわけだからな。さっすが五家、血も涙もない。でもそれに応えて実の妹を差し出そうとする『白』の当主も似たようなもんだと思うぜ、俺は」


 魔法の才は血で決まる。そして魔法使いと巫子の間に生まれる子は例外なく魔法使いの素質を受け継ぐ。

 五家に裏三家――シラハ、クロセ、アオヤギの家から巫子が嫁なり婿なりに行くことは昔はよくあったものの、濃すぎる血を避けるために近年は稀になっていたらしい。それなのにそんな話が出たということは、五家は次代の魔導師はしかと掌握しておきたいという表れでもあった。


 サヤとマナ――五家と裏三家出身の魔導師と筆頭巫子にも関わらず、二人は就任当初から五家と裏三家から距離を置いていた。


 実質ノルテイスラを治めているのが五家だとしても、魔導師と筆頭巫子の存在は大きく、無視することはできない。直接(まつりごと)を行う立場にはないが、民は不満があれば神殿に声をあげ、聞いた以上二人は五家に問いかけてくる。民の人気も高い二人の意見を無下にすることもできず、それが気に食わないと五家はずっと苦汁をなめさせられているようだったという。

 次こそはそうならないよう、手駒として扱うためにも裏三家と手を取り合うべきだ――そう言い出したのは誰かは知らない。

 けれどその甘言に迷いなくのったのがシラハの当主だった。


「そんなわけで堅物女の元には家に帰って見合いしろって話が来ていたらしい。まあ、嫌んなるわな。家を代表して奉公してるところに躾のなってない甥っ子の教育を丸投げされて、かと思えば見合いがあるから戻ってこいとか、逃げ出したくなる気持ちは分かる」


 うんうんと同情したようにトウマは頷く。

 次々と語られる思いもよらない話にレティスはどう返していいのか分からない。

 本当か嘘か判断はつかないが、母から生家のことをほとんど聞かなかった理由がここにある気はした。


「そ、っか。そんなことが…………このこと、ハシバさんも知ってるのかな……」

「ミツルか? ……どうだろうな、分かんねー。少なくとも聞いて嬉しいたぐいの話ではないしな。一人だけ生き残って、あいつもかわいそうなやつだよ」

「……あの、その『生き残った』ってのは? なんでハシバさんの名前が違うのかも不思議で」

「え、なにお前知らねーの?」


 唖然とした様子で顔を見られても知らないものは知らないのでレティスは素直に頷く。


「知らない。……色々聞こうにも、みんな母さんの名前を出したら話をそらすか怖がるかで何も答えてくれなくて」

「あー……どんだけ身の程知らずなんだよと思ってたけど、なるほど、知らねーのか」


 がりがりと頭をかきつつ、仕方ないといった風にトウマは嘆息した。

 手招きをされたので身を寄せると耳打ちの姿勢になった。聞こえるか聞こえないかの瀬戸際、ぐっと抑えた声が鼓膜を震わせる。


「巻き込まれんのも嫌だし、身を守るためにも知っといた方がいい。あのな、『白』の血族は死んだんだ。堅物女が姿を消して、怒り狂った水精霊に喰われたんだよ。唯一生き残ったのは大神殿に匿われていたミツルだけで、名を変えることで精霊から身を守った。――それ以来、『白』の名は禁忌扱い、堅物女は原因を作った裏切り者ってわけ」


 巫子として力のあるイズミを失って、嫉妬に駆られた精霊の暴走――それを治めるべき魔導師は不在の状況で、誰もどうしようもできなかったのだという。

 聞いたことがにわかに信じられなくて、レティスは頭を振ってトウマの顔を見返した。


「そんなことって……」

「信じられなくても事実だよ」


 実際に見たわけではないが人の口に戸は立てられない。

 トウマがその話を聞いたのは巫子を辞めて身を寄せていたシノミヤの家だったという。最初は噂話でしかなく半信半疑だったが、シノミヤの家の者から直々に「イズミの行方を知らないか」と情報を求められてそれが事実だと悟る。

 一人、また一人と家の者の身体に痣が浮かび上がり、水に溶けるように消えていったという使用人の証言を聞き、精霊の怒りを買ったのだと理解した。


「そんなわけで、ノルテイスラ(ここ)で堅物女の縁者だと口にするのは止めといた方がいい。へたするとお前も喰われるぞ。ってことでこの話は終わりだ」


 食い入るように身を乗り出していたレティスを手で追い払う仕草を見せてトウマは話を切った。


 イズミの名を出して煙たがられる理由として、その話はすんなりと腑に落ちた。

 けれどどこか釈然としない。

 まともになるわずかな時間だけでも、イズミが巫子という己の立場に責任と誇りを持っているようにレティスは感じていた。

 贔屓目があること、そうあってほしいという願望を否定することはできない。でも、イズミが逃げ出すような人には思えなかった。




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