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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第三章 たゆたう獣
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幕間16.5 帳の下で

「それ、どうされたんですか?」


 するりと夜着を脱いだルーフェを前に、まず目に入ってきたのは手首の痣だった。

 薄暗闇でもはっきりと分かる、青紫がかったそれは数日前にはなかったもので、問う声色が無意識に低くなってしまった。


「これ? あぁほら、トウマに腕を掴まれたって言ったでしょ?」

「跡が残っているとは聞いていません」


 ルーフェににじり寄ってひやりとした手首を掴む。

 目を凝らせばちょうど指の形に跡がついていた。どれだけ強い力で握られたのだろうかとそんな目に合わせてしまった自分自身に虫唾が走る。

 不安が残ってはいたがセイジがいれば大丈夫だろうと甘く見ていた。やはり離れるべきではなかったかと後悔するも後の祭りだ。


「……じっとしていてください」


 騒ぐ胸中を抑え込み、ハシバは両手でそっと傷跡を覆い隠した。ぼうと淡い青の光に包まれる。

 手を離すと痣は跡形もなく消えていた。


「ありがと」

「いえ。怪我をしたのなら言ってください。すぐに治しますので」

「えー……放っておいても治るものだし、いいかなって」

「よくないです。他にはないですよね?」

「もちろんよ」


 こくこくと頷くルーフェに嘘をついている様子はなく、ハシバはほっと胸を撫で下ろした。


「なるべく着ていない方がいいのよね」

「あ、あぁ、はい……」


 魔力移しの最低条件が直に接触することなので衣服は取っ払ってしまった方がいい。

 改めて条件を反芻したところで、ふと、ハシバはルーフェの着ている服の違和感に気付いた。

 見たことのない肌着を着ている。胸元に繊細なレースがあしらわれており、てろてろとした質感はおそらく絹だろう。

 横を向きながら肌着を脱いだルーフェを見てハシバは完全に固まってしまった。


「……なに? 変な顔して」

「…………いえ、……それ、初めて見るな、と……」

「あぁ、下着(これ)? そう、昨日買ったやつで……」


 セイジがスポンサーとなったので仕立て屋のためにも勧められるがままに購入したと端的に説明されてハシバは納得した。

 コルセットは動きにくいから好きじゃないと上下分かれた下着を好んでいるのは知っている。見た目よりも実用性を重視するルーフェらしく、上下こそ揃ってはいるがシンプルで飾り気がないものが多い。にも関わらず目に飛び込んできたのは胸の間には深く切れ込みが入った、編み上げられたリボンの隙間から谷間が覗いているようなデザインのものだった。


「……なるほど。それで」

「うん。ちょっと派手だなとは思ったけど、まぁ、服着ちゃえば見えないし。……ハシバ?」

「…………いえ。お気になさらず」


 ルーフェのすらりとした白い肢体に映えていて、店主の目利きは確かだった。端的に言えばよく似合っている。そして似合っているからこそ刺激が強く、胸元のリボンをほどきたいなどと思ったことは口が裂けても言えなかった。

 先程何もしないと誓ったことを早くも後悔してハシバは片手で顔をおさえて天を仰いだ。


(……耐えろ……)


 はぁと長いため息をついてわきそうになる頭を鎮める。

 舌の根も乾かぬうちに言葉を曲げるわけにはいかないと頭を振り、ハシバは無心で服を脱いだ。これ以上見ているのは目に毒だと横になって寝具を被り、目を閉じる。

 衣擦れの音が耳に響き、ほどなくして隣に人が来る気配を感じたのでそっと目を開くとハシバに背を向ける形でルーフェが横になっていた。

 距離を開けたままでは意味がないとぴったりくっつくように引き寄せる。

 触れるとひやりと冷たいながらも、柔らかな背中だ。胸は避けてお腹のあたりに手を置き、そっと魔力を込める。


「……ん……」


 接触面積に比例して渡せる魔力量はその分増える。

 魔力の流れが心地良いのか、ルーフェの口からは時折吐息が漏れた。


(……頼むから、理性、持ってくれよ)


 補給後は大抵こうしてくっついて寝ることが多いものの、何もしない時は別々で寝たことしかない。

 健康な成人男性である以上、この状況は理性が揺れる以外の何者でもなく、出来ることならこのまま事に及んでしまいたいところだった。

 理性を保つ杭は何もしないと言った己の言葉のみ。他は全て雑念になるが何も考えないのもまずいとひとまず羊でも数えることにする。一匹、二匹、三匹、と数えていたらルーフェに物凄く気まずそうに話しかけられた。


「あ、あのさ、ハシバ……」

「……なんですか」

「あ、当たってるんだけど……」


 何が、とは言わないまでもそんなもの分かりきっている。


「我慢してください。というか、黙っててください、頼むから」


 懇願するような声色になったのは仕方ないと思ってほしい。


「なにそれ。……いつもは声聞かせろって言うくせに」


 拗ねたような口調でルーフェは顔だけハシバに向ける。

 ルーフェはこうやって無自覚で煽ってくるところがある。良し悪しはあるが今の状況では完全に後者だとハシバは思った。


「……それ、そういうところです。貴女は無自覚で煽ってくるところがある。今煽ったらどうなるかくらい分かりますよね」

「…………」


 ゴメンナサイと小さく呟き、ルーフェは顔を戻してそれきり沈黙した。


 チッチッと時計の針の音まで聞こえてくる程の静寂が満ちる。

 薄暗闇の中、ほのかに青い光が断続的に灯る。単に魔力を渡すのであれば、肌と肌よりも粘膜同士の接触の方がはるかに効率が良い。口付けのひとつでも交わす方が早いとルーフェもハシバも分かっているが、そうしてしまうと抑えが効かなくなるだろうと本能的に察していた。

 ただ、触れるだけ。

 効率としては最底辺だが穏やかにこの場を切り抜けるにはこれ以上はなかった。


 しばらくするとルーフェから寝息が聞こえてくる。寝返りをしたそうに身動ぎしたので手を離すとごろんとハシバの方に向き直ってきた。


(睫毛も色素が薄いんだな)


 そっと目の縁をなぞり、まぶたに口付ける。何もしないとは言ったものの、これくらいは許して欲しい。

 腕の中にいるのに何もできないのは想像以上にやるせなかった。

 甘い匂いに柔らかな身体。それがどう色づいていくのか知っているのに、ただ抱きしめることしかできない。

 無防備で安心しきったように眠る姿はいつものことといえばいつものことだが、そこに至るまでの経緯が異なるともはや拷問に近かった。


(…………きつい、けど、もう少しだけ……)


 なるべく長い間、せめてルーフェの体温が戻るまではと触れたところから魔力を渡す。

 そうしてハシバが睡魔に襲われて眠りについたのは空が白み始める頃だった。








本筋に関係なくただもだもだしているだけですがこういうのこそ書いてて楽しいんですよね。

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