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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第三章 たゆたう獣
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19 化かしあい

「あの二人は普段からああなのか?」

「……え?」


 馬車にもたれかかりながらルーフェとハシバを眺めていたセイジがおもむろに口を開いた。

 急に話しかけられて驚き半分、ああというのがどういう意図なのか掴めなかったのが半分。まごついたレティスにセイジは聞こえていなかったのかと復唱する。


「ミツルとルーフェ殿だよ。普段からあんな感じなのか? 気心が知れているにしても、随分と距離が近い」

「あー……はい。わりと」


 ハシバの過保護っぷりは見慣れたもので、もはや違和感を覚えなくなっていた。ルーフェはルーフェでハシバ相手だと気兼ねなく接している感はある。

 距離の近さは髪を結ぶ際に限らず、手の届く範囲に常に控えていることが多い。

 頷いたレティスをしげしげと見つめたかと思うとセイジは再び視線を二人に戻した。


「ふむ。情夫としてレティスを連れているわけではない、と」

「なっ……!」


 聞き捨てならない言葉にさぁっと目の前が赤くなる。


「なんでまたそんな、そんなわけないだろ!?」

「みたいだな。まぁそう吠えるな、そう思われても仕方ない状況だって認識はなかったのか?」

「ないよ! 恩人相手にそんな、ありえないって」


 興味がある、旅は道連れだと行動を共にするようにはなったものの、ルーフェと甘い雰囲気になったことは一度もない。

 ルーフェは優しく親身になってくれるが、あくまで姉が弟に対するような――故郷の従姉妹たちから差し伸べられた手に似ている。赤の他人なのにどうしてという疑問はずっとくすぶってはいるが、その手を離す選択肢を選ぶことはできなかった。


「それにオレ、巫子じゃないし……」

「だからだよ。巫子じゃないのにそばに置いてる見目麗しいやつなんてそうとしか思えないだろ。単に行き先が同じってだけで同行するなんざにわかには信じられん。――卿には裏がある」

「そうかもしれないけど、でも、……ルーフェが悪い人には思えない」

「善悪なんて人によって変わるものだ。人畜無害な顔の裏でどんなえげつないことをしているか分かったものじゃない。そんな風ではすぐに騙されてしまうぞ?」

「……あなたに、ですか?」


 諭すように告げるセイジへ返す言葉は皮肉になってしまったが構わない。

 まっすぐ見つめ返してくるレティスを捉えた隻眼がいたずらに光り、セイジはにやりと口角を上げた。


「ほう、ちゃんと言うこと言えるじゃないか。じゃあその調子でひとつ、君のことを教えてくれないか」

「オレの、こと?」

「あぁ。昨日、主の尾の眼へ向かう様は見事だったよ。度胸も申し分ないうえに、あの魔法――水の魔法を使ったように見えた。レティス、君はノルテイスラとスーティラとの間の子だな?」


 ぽん、とセイジに肩を叩かれる。


「……そうだけど」


 間の子である点は隠し立てするようなことでもないため素直に頷く。

 そこへルーフェとハシバの二人が戻ってきた。


「お待たせレティス――」

「ふむ。では父か母、どちらがノルテイスラの民かな?」

「えっ、何の話?」


 目を丸くしたルーフェがレティスとセイジの顔を見比べる。

 そんなルーフェを見て取り、黙っておいてほしいと言われたことがレティスの脳裏によぎる。


「……それを知ってどうするんですか?」

「なに、どうというわけではなくてだな。……ルーフェ殿と話をするためとはいえ、君を餌のようにしたことは悪いと思っているんだよ。詫びになるかは分からんが、俺が出来る範囲で何かしてやりたくてな。このご時世、わざわざノルテイスラまで来たってことは何かしらやりたいことがあるんだろう?」

「それは、そうだけど……」


 ルーフェを信じると言った以上、黙っておくべきだということは頭では分かっている。

 けれどこの場にはハシバもいて、話を聞く絶好の機会でもあると気付いてしまった。

 くすぶり続けた疑問が晴れるかもしれない。それはとても魅力的で抗いがたくて――後になって冷静になってみると、この時は完全に目先の欲に目が眩んでしまっていた。

 逡巡するレティスの心中を知ってか知らずか、追い打ちをかけるかのようにセイジが口火を切った。


「なんだ、君は話すことひとつとってもルーフェ殿の許可がないとできないのか?」

「……っ」


 目が覚めるような衝撃が走り、何か言おうと口を開けるも出るのは空気だけだった。

 こちらを見下ろすセイジの隻眼に嘲りの色はなく、ただまっすぐレティスを射抜いている。


「ちょっとセイジ、何なの急に」

「貴殿は黙っててくれないか。俺は今レティスと話しているんだ」

「それにしたってそんな馬鹿にしたような言い方しなくてもいいでしょ」

「そうやって貴殿が横槍を入れるから発破をかけているまでだ。レティス、先程までの威勢はどうした? 恩人の真似して黙らずともいいぞ」


 悠然と構えるセイジからレティスの身を隠すようにルーフェは前へ歩み出る。一触即発とまではいかないがじり、と空気が張り詰めていく。


 こういう時に間を取り持つ役のハシバはどうしたと視線を横へ動かすと一歩引いた場所で静観の構えを見せていた。それなりの立場にある二人が下手な真似はしないはずと高を括っているのか、それともなにかしら思惑があるのか。いずれにせよ手助けは望めそうもなかった。

 この状況でどちらの肩を持つべきかは考えるまでもない。


(――けど、いつまでも黙ってたら前になんて進めない)


 ぎゅっと拳を握りしめるレティス。

 セイジと睨み合うルーフェの後ろ姿にぽつりと呟いた。


「…………ルーフェ、ごめん」

「え……」


 振り向いたルーフェの表情は戸惑いが色濃く出ているが、構わずにレティスはセイジに向き直る。


「オレの母さんがノルテイスラの民だよ。水の巫子をしてたんだ」

「ちょ、ちょっとレティス?」

「ほう。巫子が母親か。巫子の子なのに巫子じゃないってことは、父親が魔法使いか」

「そうだよ」


 巫子の子は巫子の、魔法使いの子は魔法使いの素質を持つのが一般的だ。ただ巫子と魔法使いとの間の子は巫子ではなく、例外なく魔法使いの素質を受け継いでいた。


「ふむ。そうか……サヤ様がいなくなってすぐ、大量に離職した巫子のうち足取りが掴めない者は数名いる。そのうちの一人ということか」

「そう、なのかな。……知らないんだ。昔の母さんのことはなにも」


 名前と、水の巫子であったこと。それくらいしかレティスは知らない。


「オレと母さん、故郷では周囲から浮いててさ。まだ母さんがいた頃はよかったけど、母さんが死んじゃってからはどうしようもなくなって……見かねた従姉妹たちが逃がしてくれたんだ。それで、行く場所として唯一思い浮かんだノルテイスラに行こうってなって」


 母の故郷である北諸島(ノルテイスラ)。そこにいるであろう母の親戚を頼りにここまできた。


「ノルテイスラに着いたはいいけど、ルーフェに拾ってもらえるまでは故郷にいる時とあんまり変わらなかったよ。どこもやっぱり、よそ者には厳しいんだな、って……」

「レティス……」

「だからほんと、ルーフェには感謝してるんだ。助けてくれて、見捨てないでくれてありがとう。おまけに母さんのことも知ってるみたいだし」

「ほう、そうなのか?」

「……まぁ、知ってるって言うか……」


 歯切れが悪い上にちらりとハシバを見やったルーフェの様子から、トウマの言葉は間違いではなかったことを知る。


「ルーフェ、オレさ。……ああ言われたけど、聞いてみたんだ。トウマさんに、母さんのこと」

「っ! ちょ、レティス」


 あわてて口を挟むルーフェを視線で制してレティスは言葉を続ける。

 勝手なことをしているのは重々承知の上だ。


「言われたんだ。話を聞くなら他に適任がいるだろ、って。母さんには甥っ子――ハシバさんがいるって」


 その言葉に皆の視線が一様にハシバに注がれる。


「――――……は?」


 狐につままれるというのはまさにこのことだろう。

 名を出されたと思ったら渦中にいた。

 いきなりのことに脳内処理が追いつかず、ハシバは完全に固まってしまっていた。







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