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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第三章 たゆたう獣
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15 落とし(た)物

 応接室へ真っ先に戻ってきたのはルーフェだった。

 急いできたのか呼吸がわずかに乱れ、上気したように頬が朱に染まっている。

 先程までとうってかわったような顔色の良さに目を見張ったのものつかの間、ルーフェは開口一番「セイジは戻った?」とクラキへ詰め寄った。


「ま、まだだけど……んんっ、……どうかされましたか? お急ぎでしたら診療所へ伝えに行きますが」


 いきなりルーフェに話しかけられてクラキは面食らっていたがすぐに態勢を立て直した。


「あー、うん。……や、それなら私が直接行くわ」

「そうですか?」

「ええ。確か村の南の方って言ってたわね」


 それじゃ行ってくると踵を返したルーフェの目の前で扉が開く。


「――いやしかし、意外と気付かないもんだな。なんか痛いなーとは思っていたが」

「痛いなー、で済む怪我じゃないですよ、それは……」


 セイジとハシバが談笑しつつ部屋に入ってきた。

 すぐに足踏みするルーフェに気付いて「戻られてたんですね」と声をかけたのはハシバだ。

 ルーフェだけ先に戻ってきたのは予想外だったのかわずかに驚いた声音が混ざっている。対するルーフェもまた一瞬たじろいで身を固くしたのをレティスは見逃さなかった。

 視線が重なっていたのは数瞬。

 先に視線をそらしたのはルーフェで、ハシバの隣に立つセイジを見て気を取り直したかのように口を開いた。


「うん、まぁ。それよりセイジ、悪いんだけどもう一回馬車を出すよう話してくれない? 湖へ行きたいの」

「湖へ、ですか? なんでまた」

「ちょっと落とし物しちゃって……」


 下ろした髪を耳にかけながら、バツが悪そうにルーフェは耳飾りを落としてきたと告げる。

 言われてみればルーフェの左耳にいつも付いているイヤーカフがない。いつ落としたのだろうとレティスは記憶をなぞる。


 確か雷の魔法を放つ前、なにかを投げ捨てていたような気はするが……


「マナから貰ったものなの。ちょっとだけって外してそのまま忘れてきちゃった」


 しおらしく肩を落とすルーフェだが落としたのは見間違いではなかったようだ。

 拾うのを忘れるのもどうかと思うが状況が状況なだけに忘れるのも無理はないかとレティスは心の内で膝を叩いた。


「ふむ。マナ様からいただいた物なら放っておくわけにはいかないか。ですが今日はもう時間がない。明日でも構いませんかな」

「いいけど、……悪いわね。神殿の街(ピオーニ)へ向かうの遅くなっちゃって」

「いやなに、問題はない。もう数日滞在しようかと考えていたくらいなので」

「そうなの?」

「あぁ。迎えの馬車が来るのがそれくらいになる。お恥ずかしい話だが、どうも肋骨が折れたかヒビが入っているみたいで、この状況での徒歩移動はさすがに医者に止められたよ」

「当たり前じゃないですか……」


 なんでもないことのように告げられた事実にハシバが冷静につっこんだ。

 肋骨に、ヒビ。湖の主に吹き飛ばされたことが原因だろうことは容易に思い至った。


「セイジさん、それじゃ安静にしていないと。あぁいや、トウマを起こして治してもらいますか?」


 泡を食うクラキが示す指の先にはソファで眠るトウマがいる。結構な騒ぎにも関わらず起きてこないあたり熟睡しているようだ。


「あ、無理に起こすのはやめてあげて。それに、トウマはしばらく使い物にならないと思うわ」

「え……」

「それくらい力を使ったから。多分、二、三日……ううん、へたすれば一週間はこんな感じだと思う」

「ほう。そうなのか」


 ルーフェの言葉にクラキだけでなくセイジもまた目を丸くした。


「それならなおさら迎えを待つか。神殿の街(ピオーニ)までは距離があるからな。ノポリに来てすぐに早馬を飛ばして迎えの馬車をよこすよう手配はしてある。なに、合流地点が道中か村かになるだけの話だ」

「用意周到ってわけね。それじゃ明日、よろしくね」

「お任せください」


 そう言ってセイジは恭しく礼を取る。身体を起こした拍子に胸を抑え「……痛いな」と呟いた。




 晩餐時に再び姿を見せた鮒ずしにハシバとクラキの初見組が取った反応はレティスと似たようなものだった。

 セイジは気に入ったのかためらうことなく箸を伸ばし、トウマは完全スルーの構えを見せている。

 ちらりとルーフェの様子をうかがうとおそるおそるといった感じに口に運んでいた。何度か咀嚼し、ごくりと飲み込む。一瞬眉をひそめたように見えたがすぐになんともないといった表情に戻った。


(……魔力移し、したんだろうし……味が分かるようになったのかな)


 少しだけのつもりが凝視してしまっていたらしく、顔を上げたルーフェとばっちり目が合ってしまった。


「なに、レティス。どうかした?」


 くすりと柔らかく微笑むルーフェ。

 誤魔化すことも頭をよぎったが口から出たのは直球の問いだった。


「あ、や……美味しい? それ」

「んー……食感は嫌いじゃないかな。溶けてくのにプチプチしてて面白い」

「……そっか」


 味に対する返答がないのが答えだった。

 野暮なことを聞いてしまったと一瞬で後悔するも時すでに遅し。ルーフェの隣に座るハシバから射抜くような視線が向けられた。

 身を固くするレティスの前でハシバの身体が不自然に揺らぎ、そのまま隣のルーフェに視線が動いた。


「睨まないの。気にしてないから」

「だからって蹴らないでくださいよ……」


 ぼそぼそと囁き合う二人はすっかりいつもの調子に戻っている。


 会話の切れ目でセイジから村長へ湖の主の事情説明がされた。湖の主ではなく別の魔獣がいたという体で話が進み、駆除をしたのでこれでもう大丈夫だとオチをつける。重ね重ね礼をする村長にそれはそれとして明日もう一度湖に行きたいと告げると快く馬車を貸してくれるとのこと。

 セイジが呼んだ馬車が来るまで滞在が伸びる点についても問題なく受け入れられた。どうせこのご時世、客も来ないので何日でもいてくれてもいいと喜ばれたくらいだ。

 今日はもう疲れただろしゆっくり休んで明日は昼から湖へ向かうということで解散となった。


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