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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第三章 たゆたう獣
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13 邪魔者は誰か

 ノポリの村へ戻り役場内の応接室で待っていたクラキと合流した。セイジが怪我を負っていることにクラキだけでなく村長もまた驚き、シンジに連れられセイジは診療所へ向かった。

 残された面々のうち誰が村長と話すのかという目配せをしあって折れたのはハシバだった。つつがなく調査は終わりセイジの治療を終えた夕食の席にでも事情を説明すると告げると村長はほっとしたような顔をして応接室を後にする。


 入れ替わるように部屋に入ってきたのはカスミで、飲み物とお茶菓子が乗ったトレーを手にしていた。中央のテーブルに置き「御用があればお呼びください」と手短に告げて部屋を出ていく。


「で、どーする? 宿に戻って休みたいところだけど」


 ソファにどかりと腰掛け、テーブルの上へ手を伸ばしながらトウマが口火を切った。


「セイジさんが戻るまでここにいるべきだろう」


 答えたのはクラキで、呆れたようにトウマを見下ろしている。


「だよなぁ。じゃ俺疲れたしこれ食ったらちょっと横になるわ」

「おいトウマ、お前なぁ……」

「クラキ、トウマを少し休ませてあげて。力使って疲れてるだろうから」

「えっ」


 予想外の言葉だったのか、クラキは口をぽかんと開けて声の主であるルーフェを見た。

 ルーフェが庇うくらいなのだから魔石を作り出すというのは相当に疲れることらしい。


「あなたも巫子でしょ? なら事情を隠す必要はない。湖の主っていうのは――」

「――それを伝えるのはおいおいとして、宿まで荷物を運びたいんですが、案内してもらえますか?」


 発言を遮るようにハシバがルーフェの肩にぽんと手を置いた。

 ちらりとハシバを振り仰いだルーフェは口を固く結ぶ。数秒の沈黙の後、諦めたようにため息をついた。


「……分かった。案内するわ」

「それじゃオレも――」


 行きたい、という言葉はじろりとハシバに睨まれて声に出すことはできなかった。これだけはっきりとした敵意は久しぶりで身がすくんでしまう。

 どうしてここまで拒絶されるのか分からないが、話を聞く絶好の機会を逃すのはもったいない。ルーフェだけでなくハシバも交えて話せるのなら願ったり叶ったりだ。

 救いを求めるようにルーフェを見やるも返ってきたのは困ったような笑みだった。


「ごめんレティス、残ってシズをお願いできる? 疲れてるだろうしゆっくり休んでて」

「ルーフェこそ疲れてるんじゃないのか? それに俺、話があって、」

「気遣ってくれるなら、今は二人にしてもらえると助かる、かな」

「どう……――」


 どうして、という言葉は手を握られてどこかへ吹き飛んでしまった。


「……」

「シズをよろしくね。ハシバ、行きましょ」


 固まってしまったレティスの脇をすり抜けてルーフェはハシバと部屋を出ていった。

 レティスの褐色の手を包みこむ、ルーフェの白い手。――氷のように冷たい手だった。


『体温があるうちは大丈夫だから』


 そう言っていたルーフェの手に温かさは微塵も感じられなかった。


(魔力切れ……)


 巫子であるハシバがルーフェに付き従っている理由を改めて突き付けられた気分だった。それと同時に腑に落ちるというのはこういうことかとハシバの言動も理解できてしまう。

 ハシバが無愛想なのは常だとしても、敵意を向けられたのは数えられるほど。


(……全部、ルーフェのためだったんだ)


 魔導師である、彼女を守るため。

 ルーフェの顔色が優れないことに気付いていたのに、その理由まで考えが及ばなかった。


 部屋の入り口を凝視したままレティスは大きく息を吐き出す。

 知りたいという己の欲のことしか考えていなかった自分自身が情けなくて肩を落とすと背中からくつくつという声が響いた。振り返ると目を細めて笑うトウマと視線がぶつかった。


「振られちゃったって顔してるけど、魔導師と巫子の逢瀬を邪魔するのはいただけねーなぁ」


 軽薄な上に嘲るような口調が気に障らないと言ったら嘘になるが、のせられたら負けになる気がする。

 一つ深呼吸して、レティスはつとめて冷静にトウマを見据えた。

 邪魔をするつもりはないと口を開く前にトウマから矢継ぎ早に声をかけられる。


「あ、もしかしてお前、魔導師が魔力を糧にしてるの知らなかったりする?」

「……それくらい知ってるよ」

「なら邪魔してやるなって。ミツルは知らねーけどルーフェちゃんは見られて平気なタイプでもなさそうだし? あ、覗くのが趣味ってんなら行ってくれば?」

「……っ」


 鼻であしらわれて頭にさぁっと血が上る。

 どうしてこうも人の神経を逆撫でするのか。

 拳を握るレティスの手に力が入ったのを見てとったのか、クラキから横やりが入った。


「トウマ、言い過ぎだ。こいつあの女のお気に入りなんだろ? からかうのも大概にしとけって」

「世間知らずに現実を教えてやってるだけだよ」

「それにしてもだ。あと誰が聞いてるか分からないんだからそういう話はよせって。疲れてるんならおとなしくしとけよ」

「はいはい」


 クラキの忠告を右から左へ流してトウマはあくびを一つ噛み殺してソファに横になる。


「あっ、シズ」


 テーブルの下に隠れていたはずのシズがトウマの身体の上にぴょんと跳躍した。

 目を丸くしたのはトウマだけでなくレティスやクラキも同様だったがシズは我関せずとトウマの腹の上で器用に毛づくろいを始めた。


「こいつ、また……まぁ、いいか。温かいし」


 トウマに頭を撫でられるとシズは嬉しそうに目を細める。

 返す言葉が見つからず呆気にとられている間にトウマからは規則正しい寝息が聞こえてきた。


 こうして黙っていれば端正な顔立ちも相まって、とてもではないが口さがない皮肉屋には見えない。

 長いものに巻かれがちなレティスにとってトウマは常識という枠の外にいる人に思えた。歯に衣を着せない物言いは型破りで危なっかしい。けれどルーフェやセイジの態度を見る限り、超えてはいけない境界線は守っているようにも感じ取れる。

 先代の魔導師だったサヤ付きの巫子だったというトウマは、母であるイズミのことも知っている風だった。あの様子から詳しく話を聞くことは難しそうだが、いずれ機会があれば……と思っていた自分自身の頬を叩く。

 いきなり自分の頬を自分で叩いたレティスを見てクラキがびくっと肩を震わせた。


「はっ? なに、お前……」

「や、なんでもないです」


 熱を持つ痛みが甘い考えを持っていた自身への戒めのようだ。

 このままではだめだと浮かれていた気持ちを切り替え、レティスは窓の外、はらはらと舞う雪を見上げた。


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