7 味わい難い
村長に案内され、招かれた村一番の料亭。
一足早く店の前で待っていたルーフェは見たことのない格好をしていた。曰く、同伴してくれた女性と仕立て屋の店主の二人に着せ替え人形にされたらしい。
いつもの動きやすい気軽な服装ではなく、身なりを整えたルーフェは普段より大人びて見える。なんだか近寄りがたくてレティスは一瞬声をかけるのをためらってしまった。
「? どしたのレティス、変な顔して」
「……あ、いや。別に……」
なんでもないと言うことができず、口ごもってしまうレティス。店の入り口で突っ立っているのは邪魔でしかないと判断したのか、ルーフェはぽんとレティスの肩を叩いた。
「うん。またあとで話しましょ」
そうルーフェに促されるまま料亭に入り、食事の席に着く。大きなテーブルを囲むようにセイジ、トウマ、ルーフェ、レティスの四人と村長が席に座った。
料理を運んできたのは昼間に役場で会ったシンジともう一人の女性だった。カスミと名乗った女性はシンジの姉で、昼間にルーフェに同伴して出掛けていたらしい。少し打ち解けたのかルーフェと一言二言交わしていた。
ある程度料理が並んだところでシンジも席に着き、共に食事を取ることになった。
話題の中心はもっぱらセイジで、料理や他愛ない世間話に村長とシンジが相槌を打つ。ルーフェは元よりトウマも話を振られない限りは黙っているのでレティスもそれにならった。
並ぶ食事は地産のものが多いらしく、肉もあったが山の幸のほか湖や川から取れるという魚がメインだった。三日月の南の中でも乾燥している地方出身のレティスにとっては山菜も魚もあまり身近ではなく、初めて食べるものばかりで何もかもが珍しい。
話題の切れ目で、意を決したようにシンジから話が切り出された。
「あのセイジ様と食事できる日がくるなんて感無量です」
きらきらと羨望の眼差しでセイジを見つめるシンジの熱量は高い。
五家の一人であるセイジは自らを”雑用係”と称していた。ルーフェやハシバを探していたのも仕事のうちなのだろうが、表に立つ人のすることではないような気がする。
「……あの、セイジさんって有名人なんですか?」
シンジの称賛っぷりに違和感を覚えた末の言葉は小さいながらもよく通り、レティスに視線が集まった。
「当たり前じゃないですか。五家の三の家、ミカサ家出身というのはもちろん、学院に入学時から卒業までずっと首席だったのはセイジ様しかいません」
何を言っているんだこいつはとばかりにシンジに睨まれる。そんなシンジの隣で村長は汗をハンカチで拭っていた。
「ちょうど倅は去年学院を卒業したところでして。セイジ様に憧れているんです」
「それは光栄だな」
満更でもないという風にセイジは笑う。
「確かノルテイスラには高等学校が二つあるのよね」
レティスが知りたかったことをずばりルーフェが補足してくれた。
テレサリスト国内の学校事情はこれまた地方差がある。ノルテイスラの場合はどんな小さな村にも読み書きと簡単な計算を教える学校があり、更に高等学校が北島と南島に一つずつ存在しているという。
高等学校――いわゆる学院と呼ばれる、入学試験をパスすることで通うことができる学びの場。学ぶ内容は多岐に渡るが人脈作りの場としての側面も大きい。もちろん魔法の才があるものは魔法の技術も学べ、専用のコースも存在している。
シンジは特に魔力持ちというわけではないらしく、普通に試験をパスして神殿の街にある学院の寮に住み、通学していたそうだ。
「セイジ様は何度か特別講師として学院にいらっしゃっていたので、その時にお見かけしたんです」
「なるほど、それで俺を知っていたわけか」
「はい。魔法コースの同級生が『あのイチヤ嬢も敵わない相手がいる』と騒いでいて。まさか御本人とこうしてお話しできるなんて、夢みたいです」
そのままセイジの在学時代の武勇伝が始まった。やれ教師の手本より見事な魔法を使っただの、魔獣討伐の試験に挑んだ際にはあらかた一人で片付けてしまっただの、座学でも教師に引けを取らない知識量で新人教師に度々教えている姿が見受けられただのと枚挙に暇がない。
放っておくとそのまま長々と話が続きそうな雰囲気なのを悟ったのか、セイジは話題を変えた。
「そうそう、そのイチヤ嬢だが。今は俺の屋敷から学院に通ってるから、じきに会うことになるぞ」
「え。イチヤ嬢、って……もしかしてミオちゃんのこと?」
驚いたような声をあげたのはルーフェだ。どことなく嫌そうな声色なのは気のせいだろうか。
セイジは特に意に介した風でもなく、ルーフェの言葉に「その通り」と頷いた。
「そうか、ルーフェ殿は面識がおありでしたな。ミオ・イチヤ――五家の一の家、イチヤのお嬢様を学院の寮っていう護衛なしの環境には置いてはおけない。ミカサの役目ってことで俺の屋敷から通ってもらってるよ」
ミカサの家としての役割が治安維持ということで要人の護衛も仕事のうちなのだという。
「そう。ミオちゃんがいるの……」
ううんとルーフェの眉間にシワが寄っている。”ミオちゃん”と呼び方がフランクな割に態度が一致しないのが不思議で、レティスは首を傾げた。
「ルーフェ、知り合いじゃないのか?」
「……知り合いというか、一度会ったことがあるだけ。なんというか……嵐みたいな子、かな」
そう答えるルーフェの表情は苦笑いという表現がぴったりだった。
「嵐みたいな子、か。言い得て妙だな」
「……おそれ多いですが、納得です。一目見たら忘れられないくらい綺麗な方ではあるんですけど」
セイジはくつくつと喉を鳴らし、シンジは恐縮しつつも同意する。
「そう、なんだ……」
ものすごく美人で、嵐のような人。
いささか妙な取り合わせで全然イメージがわいてこない。
頭の上にいくつも疑問符が浮かんでいるレティスにルーフェがふうと息をつきながらその肩を叩いた。
「まぁ会えば分かるわ。レティスと年も近い子よ。……長い付き合いになるかもしれないし」
後半部分はレティスにだけ聞こえるような声量だった。目をしばたきその意味を問おうとするも、運ばれてきた料理の前に開いた口を閉じることになってしまった。
「こちら、ノポリ名物の鮒ずしです」
湖で取れる魚を用いた料理だと説明されたが、まず、独特のにおいが鼻につく。今までに嗅いだことのない種類のにおいだ。
そっと他の面子の様子をうかがうとセイジとトウマの二人も一様に顔をしかめていた。
「少し癖はあるのですが、美味しいと評判なんですよ」
村長は目を細めつつ何のためらいもなく口に運んでいく。
そう言われても箸を伸ばすのをためらってしまうレティスの横で、ルーフェがぱくりとそれを口にした。特に何を言うでもなく咀嚼していく様子を見て、セイジがおもむろに後に続く。
「……ふむ。悪くはない、な。いや、……いけるな」
「……ほんとっすか?」
「あぁ。一口食べてみるといい」
「いや、昔来た時に食べたことがあるので味は知ってるんすよ」
だから余計に箸が進まないとトウマは苦い顔だ。
「好みが分かれる味ですから、無理もないと思います。他に料理もありますから、そちらをどうぞ」
さりげなくフォローを入れたのはお茶のおかわりを持ってきたカスミで、暗に食べずとも大丈夫だと告げる。
レティスはその言葉に甘えようかとも思ったが、ルーフェが何も言わずに食べているのを見て一口だけならとおそるおそる口に運んだ。
強い酸味と程よい塩辛さ。食感はとても柔らかく、魚の骨感は感じられない。噛めば噛むほど、複雑な味がじわじわと口の中に広がっていく。
(…………)
何とも言えない。
それが偽らざる感想で、レティスは箸を置いてそっとお茶を口に含んだ。