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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第三章 たゆたう獣
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6 抜けない棘

 ルーフェにあてがわれた部屋はどう見ても貴賓室だった。

 装飾はきらびやかでなんだか落ち着かない。ゆうに三人は横になれそうなベッドがひときわ存在感を放っている。

 話を聞くと隣のセイジの部屋も似たようなものらしい。普通の部屋でいいと言いたかったがセイジの顔を潰すわけにもいかないのでそこは口をつぐむ。


 世話係としてついてくれたのはカスミと名乗る女性で、応接室にお茶を持ってきてくれた人だった。村長の娘でシンジの姉だという。意志の強そうな目が印象的で、背丈はルーフェとそう変わらない。年齢はハシバより少し上くらいだろうか。

 そんなカスミに愚弟の不躾な態度をお許しくださいと開口一番に頭を下げられたのはまいってしまった。別に気にしていないしむしろそうやって恐縮される方が嫌だと告げてようやく頭を上げてくれた。


(まぁ無理もないだろうけど)


 ノルテイスラで絶対的な権力を持つ五家の一角であるセイジにあそこまで言われたらああもなるだろうとルーフェは内心ため息をついた。


 肩書きだけを見て敬われるのをルーフェはあまり好まない。むしろ嫌いと言ってよく、だからこそずっと風の魔導師(ファーファネル)の名前を伏せて旅をしてきた。

 とはいえ今回素性を明かしたセイジの行動理由にも納得はできる。すんなり村長から話を聞き出すことはもちろん、宿や食事の手配も抜かりなく済ませるにはあの対応がベストだということに異論はない。合理的で人を動かすことに長けた人。ハシバが信頼を置いているのも理解できてしまって、――なんだか面白くなかった。


 口先まで湯船に浸かるとぶくぶくと水面が泡立つ。

 カスミに意向を聞かれたので素直に風呂に入りたいと告げると早い時間ながら村の浴場を開放してくれるようかけあってくれた。背中を流した方がよいかの問いは断って、昼間から一人だだっ広い浴場を満喫する。小さな村でも浴場は立派なのは水の精霊の恩恵を受けるノルテイスラならではだ。


(……にしても、揃いも揃って名前呼びなのね)


 セイジを筆頭にクラキもトウマも、何のためらいもなくハシバのことを”ミツル”と名前呼びする。もしくは憐れみをこめて『白』の子だと。

 神殿に近しい人間ほどそうなるのは理解できる。禁忌に近い扱いの名を呼ぶわけにもいかず、仮初でしかない名を呼ぶ理由もない。

 ルーフェもまたそれなりに状況を把握しているからこそ、幼い頃からずっと名前で呼んできた。『ミツルくん』と呼べば『ルーフェさん』と返ってくる、今よりずっとくだけた呼び方で笑顔をくれた頃が懐かしい。


(なんかもやもやする……)


 懐いてくれていると思っていただけに『名前呼びはやめてほしい』と言ったハシバの真意は今も分からないままだ。言われた時は思春期も相まって嫌われてしまったのかと思っていた。

 寂しくないと言ったら嘘にはなるが、そういうこともあると割り切ることしかルーフェにはできなかった。深入りすればするほど別れが辛くなる。いちいち気にしていては悠久の時を生きることなどできやしないのだからと。


 そうしてなにか喉につっかえたような、ちくりと胸に棘が刺さったような、そんな小さな違和感に見て見ぬ振りをした。


「……まぁ気にしたところで、よね……」


 今は同じ道を歩いていたとしても、そう遠くない未来に完全に道は分かたれてしまう。

 はぁと再度ため息をつくと頭がくらりとまわるような感覚に襲われた。

 このままのぼせてしまうのはよくないとルーフェはおもむろに湯船から立ち上がる。今はそれよりもやるべきことがあるのだからと頭を振ってもやもやを吹き飛ばした。




 風呂から上がり、カスミにひとまず服を借りて案内された仕立て屋でルーフェは何故か熱烈に歓迎されてしまった。

 店主らしき女性が見繕ってくれた服は華美で気後れするものばかりで悪いがどれも選べなかった。またすぐに村を出るから荷になりそうな嵩張る服は困る。普通の服でいいからと粘って出してくれた中から比較的動きやすそうなものを選ぶ。

 女店主が明らかにがっかりするものだから話を聞くと観光客が減って若い人も出稼ぎにいなくなり、身入りが少なくこのままでは遅かれ早かれ立ち行かなくなりそうだと嘆かれてしまった。


「普通の服すら買い替えることも減ってしまって。皆生活に苦しいので多少のほつれや穴は繕ってしまう。商売あがったりですよ」


 そんな中、村長の娘が金に糸目はつけないという客を連れてきたものだからついはしゃいでしまい申し訳ないと女店主は肩を落とす。


「……そう、なんだ。そっか」


 そういうことかとようやくセイジの思惑にピンときてルーフェは心の中で膝を打った。


(だから金に糸目はつけないってわけね)


 ミカサとして表立って援助すると角が立つので、なるべく恩に着せない形で金を落とす。例え一時凌ぎにしかならなくとも、少しでもノポリに恵みを与えたいのだろう。


 ――それならば道化を演じてみてもいい。


 やらない善よりやる偽善だとルーフェは女店主に向き直った。


「うーん、気が変わっちゃった。やっぱり一着見繕ってもらおうかな。あ、でも荷物になるのは嫌だから、村を出る時にカスミにその服を貰って欲しいの」

「ええっ」

「見た感じ私とそう背丈も変わらないし。ね、いいでしょ」


 困惑するカスミににこりと微笑み有無を言わさない。


「あとここって肌着とか下着も置いてる?」

「ありますけど……」

「ならそれもいくつか見繕ってくれない? 嵩張らないものだし新調したいなって思ってたの」


 本来ならとりあえずの一セットあればいいが、どうせならこれを機会に全て新しくするのも悪くはないだろう。


「っ、お任せください!」


 ルーフェの言葉に女店主は俯いていた顔を上げ、笑顔を見せた。


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