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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第三章 たゆたう獣
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5 千変万化

 少し遅めの昼食を取った後は自由行動ということになった。

 セイジは村長と話があるということで役場に戻り、ルーフェは世話係としてあてがわれたであろう女性と出掛けていった。

 特に行く当てのないレティスはどうしようかと悩んだ末、村をぶらぶらするというトウマに着いていくことにした。トウマは怪訝な顔をするも断るに値する理由が見つからなかったのか「好きにすりゃいーけど」と返ってきた。


 ノポリを散策していて思ったのは若い人が少ない、ということだ。

 出稼ぎに出ているというのはあながち間違いではないようで小さな子を抱えた母親やその祖父母らしき人は目に入るも、肝心の働き手の姿を見かけない。

 午前中ははらはらと舞っていた雪が本格的に降り出し、そもそも外に出ている人も少ない。

 歩いていると宿や商店を多く見かけたがそのどれもが閑古鳥かもしくは閉まっているようで、観光地として名を馳せていた名残りを強く感じさせた。


「ここも変わっちまったな……」


 とある店の前で立ち止まり、トウマが独り言のようにぼそりとつぶやく。

 視線の先には小さな土産物屋があり、所狭しと工芸品が並べられていた。


「前にも来たことがあるんですか?」

「まーな。……昔の話だよ。あの方とは色んなところに行ったからな」


 言外にサヤのことを言っているのだろう。トウマはどこか懐かしそうに目を細めて店先の工芸品のひとつを手に取った。


「各地を回るのが好きな方だったんだよ。ノルテイスラで行ったことのない場所なんてねーな」


 筒のような物にマナを象ったような少女と対になるような長い黒髪の女性が描かれている。空にかざしてくるくると回しながら筒を覗き見ていることから万華鏡のようだ。

 レティスもトウマを真似て万華鏡のひとつを手に取り、中を覗き見る。

 赤、青、黄色。色とりどりのガラスの玉が動き、さまざまな色や模様を形作る。中には魔石のかけらも含まれているんですよと女店主が声をかけてきた。魔道具作りの副産物として出た半端なかけらも再利用の形で混ぜこんでいるらしい。


 観光地なせいもあるのかそれともセイジの連れだということが伝わっているのか、女店主はトウマやレティスを訝しむ様子はなく、久しぶりの客だとどこか饒舌だ。


「あー、これひとつもらおうかな」


 話を切り上げるためか、手にした万華鏡を女店主に示す。端正な顔立ちのトウマににこりと微笑まれて満更でもないらしく、女店主はひとつの値段でもうひとつおまけしてくれた。

 女店主に礼を言い、店先から離れたところでふいにトウマが振り返った。


「で、俺に着いてきたってことはなんか話でもあんの?」

「あ、その……」


 先代の水の魔導師であるサヤ付きの、元水の巫子であるトウマはルーフェ以上に母であるイズミのことを知っているかもしれない人物だ。イズミと年齢も近いため、生の声が聞けるかもしれない。

 そんな淡い期待があったからトウマと行動することにしたのだが、何かしら思惑を抱えていることはトウマにはばればれだったようだ。


「……トウマさんが神殿にいた頃の話を聞きたくて」


 イズミの話を他の人にはしないでとルーフェは言っていたけれど、イズミが母であるということを伏せれば問題はないはず。外見的にも血の繋がりを疑われることはないだろう。

 レティスから神殿という単語が出てトウマはわずかに驚いたように眉を上げた。


「そんな昔の話聞いてどうすんだよ」

「どうということはないんですけど、……ただ、知りたくて」

「ふーん? 何が知りてーの? つっても守秘義務で言えねーことも多いけど」

「その…………イズミって巫子を知ってますか?」

「……!」


 それまで飄々としていたトウマの顔色が変わった。

 目を見開きまじまじとレティスを見返してくるトウマの表情は明らかに険しい。


「は、なに……? なんでお前あいつのこと知ってんの?」

「知ってるんですね。ど、どんな人でした?」

「どんなって……」


 混乱したようにトウマの目が泳ぐ。

 レティスにとってその反応はむしろ想定内で、同時に悲しくもあった。どうして誰も彼もイズミの名を出すと答えに窮するのか。『裏切り者』だなんて不名誉な話は本当なのか。知りたいのに、誰も答えてくれない。


「いや待て。その話題はまずいだろ、どう考えたって」

「どうしてですか?」

「どうしてもこうしてもだ。へたに精霊を刺激して俺まで消されたくない。つーか堅物女の話が聞きたいなら他に適任がいるだろ」


 これ以上聞きたくないとトウマは耳を塞いで話を突っぱねた。


「適任って、ルーフェですか?」


 食い下がるレティスにトウマは頭を横に振る。

 そうじゃなくて、と続けられた言葉は予想だにしていなかったものだった。


「ミツルがいるだろ、堅物女の甥が。あいつは唯一の『白』の生き残りだよ」



***



 その後のことはあまりよく覚えておらず、ただ当たりさわりのない会話をして時間を潰したような気がする。

 レティスの様子がおかしいことにトウマは気づいていたとは思うが深入りはしてこない。触らぬ神に何とやらな反応にレティスもまた表面上は平気そうな振りをする。


 気付いた時には宿に戻ってきていた。ルーフェの部屋を訪ねるも不在で、戻る時間は不明とのこと。手持ち無沙汰に与えられた部屋に戻ったレティスはずるずるとその場にへたりこんでしまった。


(――ハシバさんが、母さんの甥っ子……?)


 トウマの言葉に嘘はなさそうなのに、とてもじゃないが信じられなかった。


 違う、そんなはずない。だって名前が違うじゃないか。ルーフェだってそんなこと一言も――


『――今の話、他の人にはしないで』


 そう、言った時。ルーフェはどんな表情をしていた?

 あの時、ちゃんと起きていたならばルーフェの口から聞くことができたのだろうか。


 ――聞いたところで、信じることができただろうか。


(……『白』の子……シラハの子……?)


 ぐるぐるとイズミとハシバの姿と共に、トウマの言葉が脳内を駆け巡る。

 トウマに『白』の子だと呼ばれた時、驚いてはいたがハシバは否定しなかった。

 寄せては返す波のように、近づいたかと思えばまたすぐに離れていく。――ただ、知りたいだけなのに。


(……ルーフェに、聞かないと)


 またあとでとルーフェは言っていた。

 本当のところはどうなのか確かめないといけない。

 もやもやした気持ちが晴れることはないまま、ルーフェと顔を合わせたのは夕食時だった。


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