表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第一章 雪降る街で
4/143

3 旅は道連れ

 食器を返しに行ったハシバが戻るとほぼ時を同じくして、レティスが浴室から出てきた。


「はー、さっぱりした」


 心なしか声が嬉しそうだった。

 髪はまだ少し濡れたまま、肩にタオルをかける形のレティスを見て、ルーフェはおもわず息を呑んだ。


(……とんでもないの拾っちゃったかも)


 色素の薄い髪だとは思っていた。


 泥や汚れをさっぱり落とすと、そこにあったのは煌めく銀髪だった。褐色の肌に、濃いグレーにも紺にも見える複雑な色を抱えた瞳。

 瞳を覆うまでに伸びた前髪を上げてしまえば整った目鼻立ちがより強調されるようで、ノルテイスラではまず見かけないタイプの人間がそこにいた。


「オレの顔に何かついてる? あ、どっかまだ汚れてるとか?」


 固まってしまったルーフェにレティスが首を傾げつつ尋ねる。


「あぁいや、大丈夫大丈夫」


 ……あんまり綺麗だから、つい、と紡いだ言葉は小さくて、レティスの耳には届かなかった。


「落ち着いたなら、話をしましょうか」


 入り口近くの壁に寄りかかる形で立っていたハシバが先を促す。


 ソファの上には荷物がまだ乗っており、部屋の中に椅子は二つ。そのうちの一つの椅子に座ったルーフェが空いた椅子をレティスにすすめる。


「そうそれ。えぇと、レティスに聞きたいことがあるの。いいかな?」

「……助けてくれたし、嫌とは言えないよ」


 汚れと一緒に刺々しい雰囲気も洗い流してきたのか、幾分すっきりした顔つきでレティスは頷いた。

 レティスが椅子に座ると、シズがその膝の上に飛び乗る。


「巫子を怒らせた他地方の民がいる、って噂があるんだけど、それってレティスのこと?」

「……違う。いや、違わないんだけど、オレは何もしてない」


 肯定だとも否定だとも言えない答えが返ってきた。


「どういうこと?」

「オレは、巫子さまに会ってない。会いに行ったのは確かだけど、会えなかったんだ」


 そうして、ぽつぽつとレティスはこれまでの経緯を話し始める。


 人を探していること。

 巫子さまなら知っているんじゃないかと言われたこと。

 南の神殿の街にいる巫子に会いに行ったら会ってくれず、魔法使いに追い立てられたこと。

 その様子を街の人が見ていて、以降、冷たくあしらわれるようになったこと。


「……それで、もっと大きな神殿へ行けば会えるんじゃないかと思って」

「大神殿に行く途中で、行き倒れたってこと? なるほどね」


 北諸島――ノルテイスラはいくつかの島に分かれ、今いるシセルの街は南の島にある。

 目指しているという大神殿はこのシセルの街から更に北、海の先の中央の小島にあった。


「その、探している人っていうのは?」


 ルーフェの言葉に、シズを撫でるレティスの腕がぴくりと反応した。


「それは……」


 レティスは言いよどむ。


「巫子さまなら知っている、とだけ。……ごめん」


 俯き加減のレティスから目を離し、ルーフェはちらりとハシバの方を窺う。眼鏡の奥の表情は読めないが、明確に首を横に振られた。

 何事もなかったかのようにルーフェはレティスに視線を戻す。


「そう、そっか。話してくれてありがとう。……それじゃ、レティスはこれから北へ行くってこと?」

「そのつもり。あ、でも、助けてくれたお礼……服も、食事も。でもオレ、お金持ってなかった……」


 顔を上げ、レティスは頷くも最後には尻すぼみになっていった。

 眉をひそめ、どうすれば恩返しできるか考えているようだ。


「お金なんていいわよ。――うん、決めた」


 つとめて明るくルーフェがぱん、と両手を合わせた。


「レティス、一緒に行きましょう」


 それがお礼ね、と勢いそのままルーフェはレティスの手を取った。


「――ちょっと待ってください」


 面食らうレティスが口を開くより早く、それまで押し黙っていたハシバが割って入ってきた。


「何よハシバ。ちょうど北に行くとこだしいいじゃない。何か文句あるの?」

「文句も何も――」

「いいの。決めたの。旅は道連れとも言うじゃない?」

「…………」


 不満げな顔を隠そうともしないハシバだったが、こうなったルーフェはてこでも動かないことも知っている。

 不満を飲みこんだハシバを見届けて、ルーフェはレティスに向き直る。


「ってことで、よろしくね」

「う、うん。こちらこそよろしく」


 ルーフェの勢いにのまれた形だが、レティスに異論なぞあるわけなかった。




 昼前にはここを出るというのが宿屋の主人との約束だった。

 準備をしたらまた来るからとルーフェは部屋を出る。

 ルーフェが泊まったのはフロア違いの一人部屋だ。階段を登りながら、ルーフェは後ろへ声をかける。


「ハシバ、準備はいいの?」

「すぐ済みます。それより、話があります」

「はいはい」


 明らかに不満げなハシバの言葉に、ルーフェは内心苦笑するしかない。

 部屋に戻り、扉を閉じる。振り向いた先には、苛立ちを隠そうともしない表情のハシバがいた。


「やだハシバ、怖い顔」

「これが平然としていられますか。一緒に行くだなんて、どういう了見ですか」

「どうもこうも。――シズが、見つけたからよ」


 路地裏で、レティスを見つけた白い魔獣。


「マナから託された、シズが懐いたのよ。その理由をはっきりさせたいの」

「……っ」


 マナ、という名に眼鏡の奥の瞳が揺らぐ。

 その名を出されては従うしかない――そんな様子だ。

 押し黙ったハシバに背を向け、ルーフェは荷物をまとめる作業に入った。


「ほら、戻った戻った。あんまり時間ないわよ」

「……では、最後にひとつだけ」


 いつの間にかハシバが背後まで来ていた。

 ハシバは背が高い。見下ろされては天井のランプから逆光となり、表情が見えない。


「補給はどうするおつもりですか?」

「なんとかなるわよ。一昨日したばっかだし?」


 ルーフェの軽い返答にハシバはため息をつく。


「……無理そうだと判断したら、人がいようと関係ないですから」

「そ、れは……」


 ルーフェが後ずさる。

 明らかにたじろいだ様子のルーフェに一歩近寄り、ハシバはその手を掴んだ。

 ゆっくりと口元へ引き寄せ、軽く口づけると、ルーフェの指先にわずかに光が灯る。穏やかな、青い光。


「……とりあえず今日のところはこれで」


 手を離すとハシバはすぐに踵を返し、レティスの待つ二人部屋へ戻っていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

△△△△△
ブクマ・ポイント評価いただけると励みになります!
△△△△△

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ