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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第三章 たゆたう獣
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4 湖の主

 湖の村ノポリに着いてからしばらくは奇異の視線にさらされてしまった。

 ほとんど見なくなった観光客と思われたにしても如何せん面子が悪い。明らかにノルテイスラの民だと風貌から分かるのはセイジだけだが、隻眼に額に傷と人相に難ありだ。

 トウマは何も隠すことなく褐色の髪とはちみつ色の瞳を晒している。レティスは帽子によって銀髪は隠れているものの褐色の肌とわずかにブルーがかった瞳の色は人目をひいた。

 そんな中フードをかぶったルーフェは亜麻色の髪もエメラルドグリーンの瞳もよくは見えないが怪しさ満点、隠すことが逆効果になっている。

 居心地の悪さを感じるレティスとは対照的にセイジはどこ吹く風といったように道行く村人に声をかけた。


「すまないが、村長はどこにいらっしゃるかな」

「……なんだ? あんたら村長に何の用だ?」


 うさんくささを隠そうともしない村人の気持ちがレティスにはよく分かる。


「少しな。三の家の者として会いたいのだが」

「三の家? ……本当か?」


 三の家−−五家の一角、ミカサを示す単語に村人の態度がこわばる。様子をうかがっているような、信じきれないといった空気がありありと感じ取れてセイジは苦笑した。


「あぁ。案内してくれずとも、場所を教えてくれるだけでいい」

「それなら、まぁ……。この道をまっすぐ行って、ふたつ目の角を右だよ。少し進むと大きめの建物があって、そこが役場だ」

「そうか、助かるよ。ありがとう」


 礼を言って道を進み、角を曲がる。言われた通り周囲より大きな建物が見えてきた。ちょうど入り口あたりで雪かきをしている若い男が見えてこれ幸いとセイジが声をかけた。


「ここに村長はいらっしゃるかな」

「あ、はぁ……って、ミカサ卿!?」


 名乗る前に名を呼ばれセイジは面食らった。


「そう、だが……」

「え、本物? 嘘だろ!? いや嘘じゃないな、えっと何だこれオレ夢でも見てんのか!?」


 鼻息荒く男は自分の頬を自分の手のひらでつねりあげる。苦笑しつつ痛いとうめいた男をなだめるセイジ。


「あー、落ち着いてくれ。確かに俺はミカサだ、村長に用があるのだが」

「父さんに? 案内しますっ、こちらです」


 興奮冷めやらぬといった雰囲気で若い男は役場に一行を招き入れた。



***



 通されたのは応接室のようで、表通りに面する大きな窓とその横に鎮座する大きな暖炉が印象的な部屋だった。手際よく暖炉に火をくべた後、すぐに連れて参りますのでと若い男は部屋を慌ただしく出ていった。

 部屋の中央にはテーブルがあり、二人がけのソファが向かいあわせになるように置かれている。上座にあたる位置には暖炉が近いため椅子はないが、反対側には一人がけのソファがひとつ。


「ルーフェ殿、どうぞ」


 セイジが部屋の奥のソファにルーフェを座らせるよう促す。立場が上の者からという姿勢が染み付いているようで、ルーフェは抵抗するだけ無駄と悟ったのかため息を漏らしつつもおとなしく座った。


「ねぇ、素性明かしちゃって良かったの?」

「構わんさ。この面子じゃ何をするにも面倒くさそうだからな。もてなしてくれたほうがスムーズだろう」


 宿に泊まるにしろ食事をするにしろ、不要な衝突は避けたいところだった。


「そう言っても向こうはセイジさんのこと知ってる風だったけど。会ったことがあるんすか?」

「ないと思うが、わからん。最近はあまり表仕事をすることもないしな。一応村長との面識はあるから話を聞いているのかもしれんな」

「村長の息子っぽかったものね」


 村長のことを父さんと呼んでいたことから先程の男は村長の息子なのだろう。

 噂をすればなんとやらでコンコンと入り口の扉がノックされる。


「失礼します。村長を連れて参りました」

「これはこれは、ミカサ卿……! こんな辺鄙な村によくぞ来てくれました」


 入ってきたのは先程の若い男と、線の細い中年男性だった。


「村長、久しいな」


 人好きのする笑顔を浮かべてセイジは村長と握手を交わす。


「セイジでいい。あまり堅苦しいのは好きではなくてな」

「は、はぁ……セイジ様、ひとまずお座りになられてください。シンジ、なにか飲み物の用意を」

「大丈夫です、すでに声はかけています」


 村長の指示に村長の息子−−シンジは明るく返した。

 セイジはルーフェの隣に腰を下ろし、村長はその向かいのソファにおそるおそるといった体で座る。村長の隣に座るかと思われたシンジだったがおもむろに村長の座ったソファの後ろに控えた。

 シンジの視線の先は父親である村長ではなくセイジで、どこか憧れを抱いているかのように熱を帯びていたが、その隣に座るルーフェには怪訝そうに眉をひそめる。どうして上座にうら若い少女が座っているのかと心の声が聞こえるようだ。


 一人がけのソファはひとつ空いている。トウマが口を挟まずに壁際でじっとしているのにならい、レティスも存在を消すかのように横に並んだ。

 部屋は幾分か温まってきている。村長が震えているように見えるのは寒さのせいではないだろう。どこか怯えたように村長が口を開いた。


「して、何用でしょうか……? ご覧の通り観光客は消え、ここ数年、五家に受けた恩をお返しはできておりませぬが如何せん打てる手立てがなく……」

「なに、糾弾するために来たのではない。少し気になることがあるから立ち寄っただけで」


 そう怯えないでくれとセイジは苦笑を浮かべる。


「き、気になること、……ですか?」

「あぁ。例えば、だが……このあたりに強い魔獣が出たという話はあるか?」

「魔獣」


 予想外の言葉だったのか驚いたように村長の肩がはねた。


北の村(ナーシス)からここへ来る道中、見慣れない魔獣がいてな。水辺に棲んでいるはずなのに、森の中にいた。一匹二匹なら迷い込んだとも思えるが、群れで動いていたのでどうも様子がおかしい」

「そんな、そんなところまで……?」

「ほう。心当たりがある、と」

「あ、いや……その……」


 部屋が温まってきたとはいえ汗をかくほどの気温でもないのに、村長の額には玉のように汗が滲んでいる。


「ほら父さん、やっぱり主様の調査を進めるべきだったんだよ」


 懐から取り出したハンカチを村長に渡しながらシンジが後ろから口を挟んだ。耳聡く聞きつけたセイジが聞き捨てならない言葉を反芻する。


「−−主様、とは?」

「あぁいやその、なんと言いますか……」

「湖の主のことです。このノポリの西に広がる湖には主様が住んでいるんです」


 しどろもどろな村長をそっちのけでシンジが身を乗り出した。村長は黙っていろと目線で制すがシンジは止まらない。


「古くからこの地を統べる存在です。主様がいるおかげでこのあたり一帯は魔獣の危害にさらされることなく、観光地として栄えることができているとも。でも最近、その主様が……魔獣化したのではないかという噂が出ています」

「シンジっ!!」

「落ち着け村長。言っただろう。糾弾するつもりはないと。シンジ、といったか。話してくれて助かる」

「いえ、とんでもありません」


 セイジに礼を言われてシンジの目はきらきらと輝いている。対する村長は息も絶え絶えといった体で、見ていて気の毒になるくらいだ。


「して、その噂に信憑性は?」

「あくまで噂の域を出ませんが、魔獣が村の近くに出たり、湖に様子を見に行くと行った者が帰ってこなかったりと何かしら起こっているのは間違いないと思います」

「ふむ。それはミカサに報告はしたのか?」

「ご報告しましたが『そちらに任せる』と回答があったのみです」

「……少なくとも俺は聞いていない……ということは兄貴だな」


 苦々しげにセイジが呟く。

 捨て置いてしまいすまないと頭を下げたセイジにシンジはとんでもないと手を左右に振った。


「不確定要素が多い報告をあげてしまったのはこちらですから」

「だからといってろくに評価せずに聞き流していい道理はない」


 きっぱりと言い切るセイジ。


「それで、その後はどうしたんだ? 放置した結果があの魔獣であるなら由々しいが」

「いえその、調査隊を出す話は出たのですが……あいにく若い村人中心に出稼ぎに出ていて人手が足りません。ひとまず近隣の神殿の街(ピオーニ)の魔法使いギルドに調査依頼を出しましましたが、あいにくこんな辺鄙な村まで来てくれる方がいません」


 報酬に旅費相当分を多少上乗せはしたが、それでも調査依頼で出せる金額は知れたもの。不確定要素に加え道中のリスクを考えると受けたい種類の依頼ではなく、今まで誰一人として調査に訪れた者はいないという。


「そうか。……ふむ」


 シンジからあらかた話を聞き終え、セイジはあれこれと考えを巡らすように腕を組んだ。


「その湖の主っていうのはどんな生き物なの?」


 それまで黙って聞いていたルーフェが口を挟んだ。

 横槍が入る形にも関わらずセイジがルーフェを咎めることはない。レティスからすればそれは当然のことなのだが、村長やシンジからすると異様な光景に見えたようだ。

 返事をするのも忘れてしげしげとルーフェを検分する二人にセイジがごほんとひとつ咳払いをする。


「村長。答えてくれないかな」

「はっ、はい……そ、そうですね。全身の姿をはっきり見た者はいませんが……首が長い生き物と言い伝えられています。夜、湖の水面に伸びる長い首を見たという者がいます」

「そう……」


 村長の答えに満足したのかそれきりルーフェは口をつぐんだ。

 コンコンと部屋の扉がノックされ、飲み物が乗ったトレーを持った女性が室内に入ってくる。テーブルの上に丁寧に並べた後、お連れの方もどうぞと声をかけて小ぶりなカップを手渡してくれた。温かな湯気を立てる黄緑色の液体。爽やかさの中にもほんのり甘さを帯びたようなこの香りはお茶のようだ。


「詳しい話をもう少し聞きたいのだが、構わないだろうか」

「は、はい、もちろんです」

「助かるよ。あといくつか頼み事があって……」


 この村に泊まりたいので宿を手配するにあたって口添えをしてもらいたいこと。食事も同様にと要望を口にするセイジに村長は従うのみだ。


「あとひとつ、この方の身の回りの世話もお願いしたい」

「ちょっとセイジ、私は別に……」

「そろそろ着替えたい頃合いかと思いましてな。窮屈な思いをさせて申し訳ない」


 金は出すから好きなものを見繕ってもらって構わないと思いのほか真面目な口調でセイジはルーフェに話しかける。

 五家の一角であるセイジが敬う姿勢を見せるルーフェという存在に村長たちは目を白黒させた。


「素性は明かせぬが高貴な方だから、くれぐれも丁重に頼むよ」


 念押しするような言葉は探らないようにと言外に含んでいる。

 それを悟った村長は青い顔をしてしきりに頷いていた。



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